贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3.5話「成田、塾へ行く」

弐:塾の異変

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 成田は教室へ入ると、目立たなさそうな後ろの方の席を選び、座った。
 他の受講生達は20人ほどで、同じ節木高校の生徒も何人かいたが、見知った生徒ではなかった。
「はーい、席着いてー。出席を取りまーす」
 成田が席に座ってすぐ、女性の講師が教師に入ってきた。席を離れていた受講生達は素直に自分の席へ戻っていき、姿勢を正す。
 ふと、成田は着席している受講生の中に、玄関で代返を持ちかけてきたあの男子生徒がいることに気づいた。他の受講生と同様、何食わぬ顔で席に座っている。
 代わりに、彼に代返を頼んだ女子生徒は教室のどこにもいなかった。
(にしても、あいつどうやって誤魔化するつもりなんだ? 声はなんとかなるにしても、格好を見られたらすぐに男子だってバレるぞ)
 成田は小柄な男子生徒がこのピンチをどう切り抜けるのか興味を持ち、その動向を見守った。
「阿部さん、石田さん、内田さん……」
 講師は名簿を見ながら五十音順に生徒の名前を呼び、出席を取る。自分の名前を呼ばれた生徒達は「はい」と大きく声を出して、返事をした。
 やがて小柄な男子生徒が代返する番になった。
「園田さん」
 タイミングの悪いことに、講師は代返を頼んだ女子生徒の名前を名簿から顔を上げて、呼んだ。
 せめて名簿を見ながらだったら誤魔化せたかもしれないのに、と成田は小柄な男子生徒の末路を悟った。しかし小柄な男子生徒は臆することなく、むしろ背筋を伸ばして堂々と返事をした。
「はい」
 その声は代返を頼まれた女子の声を真似ているわけでも、無理に裏声を出しているわけでもなかった。先程成田と玄関で話していた時と同じ、高めではあるがすぐに男子だと分かる声色で答えていた。
(あちゃー……あいつ、ホントに誤魔化す気あんのか? あれじゃ、すぐバレるじゃん)
 彼の声を聞き、成田は思わず苦笑した。代返を頼まなくて本当に良かったと、この時ばかりは遠井に感謝した。
「谷山さん、千葉さん、津田さん……」
 だが、講師は特にリアクションすることなく、次の生徒の名前を呼んだ。明らかに小柄な男子生徒を見ていたはずだというのに、彼が「園田」でないと気づいていなかった。
 他の受講生達も「園田」が女子生徒だと知らないのか、平然としている。
 成田は1人、狐につままれたような気分になっていた。
(……おかしい。生徒こいつらが気づかないのはまだしも、何で講師まで気づいてないんだ?)
「成田君、成田友郎君?」
 どういうカラクリなのか考えている間に、成田の番になっていた。
 成田はしばらく名前が呼ばれていることに気づいていなかったが、周囲の受講生達が自分を見てクスクス笑っている姿に、ハッとした。前を見ると、講師が自分を見てニヤニヤと笑っていた。
「考え事をするなんて、余裕ね。今日のお昼ご飯のことでも考えているのかしら?」
「ち、違います! ボーっとしていて、すみません! 成田友郎、ここにおります!」
 成田は目立つよう挙手し、謝罪する。
 講師は「仕方ないわね」とわざとらしく息を吐き、名簿の成田の欄に「出」と印をつけた。
「次からはすぐに返事をして下さいね。返事をしないと、休みになっちゃいますから」
「へい、すいやせん」
 成田はペコペコと頭を下げ、手を下ろした。成田を見て笑っていた受講生達も講師の方へ向き直る。その中には小柄な男子生徒の姿もあった。
 結局講師は小柄な男子生徒が「園田」だと信じたまま出席を終え、授業を始めた。
「じゃあ、園田さん。この問題の答えをホワイトボードに書いてもらえますか?」
「はい」
 それどころか、小柄な男子生徒を「園田」と呼んで指名し、皆の前で問題を解かせていた。
 小柄な男子生徒も警戒することなく、ホワイトボードへ歩み寄り、問題を解いた。彼が「園田」ではないと知っていなければ、何の違和感もない光景だった。
 授業が終わると、成田は講師に頼んで名簿を見せてもらった。もしかしたらあの小柄な男子生徒の名前も「園田」なのかもしれないと考えたのだ。
 だが、名簿に書かれていた名前はあの女子生徒と同じ「ミナコ」で、およそ男子につける名前ではなかった。
「先生、園田さんは女子ですよね?」
「そうだったかしら? まぁ、どうでもいいじゃない、そんなこと」
「どうでもいい……?」
 成田は講師の神経を疑ったが、その後の授業の講師も、小柄な男子生徒を「園田ミナコ」だと信じて疑わなかった。

          ・

 そのまま1日過ごし、全ての授業を終えた。
 成田が1人で玄関から外へ出ると、遠井が塾の前でスマホをいじっていた。普段なら絶対声をかけたりなどしないが、今は誰でもいいから相談したい気分だった。
 本当は1番の友人である陽斗に話を聞いてもらいたかったが、連絡がつかなそうだったのでやめた。
「遠井、ちょっといいか?」
「俺はお前みたいに暇じゃない」
「うるせぇ。いいから聞け」
 成田は今日あったことを一方的に話した。
 遠井は最初から最後までスマホに目を落としていたが、成田が話し終わると顔を上げずに口を開いた。
「偶然、あいつも同じ名前だったんじゃないか? 最近は色んな名前があるし、男にミナコとつけても不思議じゃない。あるいは、本当は女子なのかもな。何にせよ、他人の事情に軽率に首を突っ込むべきじゃない。代返のことは俺から講師に言っておいたから、何かあれば処分が下るだろう」
 遠井は成田の話から冷静に分析し、淡々と話した。
 一応、辻褄は合っている。だが、当人と1日過ごした成田にはそうは思えなかった。
「……本当にそうなのか? 俺には何か、とんでもないことが起こっているとしか思えないんだが」
「知るか。オカルト脳も大概にしろ」
 遠井は話を切り上げると、その場から立ち去っていった。話がオカルト方面になったので、興味をなくしたらしい。
 成田は遠ざかっていく彼の背中に睨み「このリアリストめ」と吐き捨てた。

         ・

 翌朝も小柄な男子生徒は別の受講生に声をかけ、代返を持ちかけていた。その日は1人の男子生徒が彼に代返を頼み、塾から出て行った。
 園田ミナコは昨日に引き続き、小柄な男子生徒に代返を依頼したのか、教室に来てはいなかった。小柄な男子生徒は1人で2人分返事をしていたが、成田以外に気づいた者はいなかった。
「先生、園田さんが他の人の名前が呼ばれた時にも返事をしてましたよ。いいんすか?」
 彼の行為をチクるつもりはなかったが、成田はどうしても気になって、講師に尋ねてみた。
 講師は「そうだったけ?」とキョトンとしていた。
「全然気づかなかったなぁ。まぁ、いいんじゃない? 彼は園田ミナコさんであり、阿部アキラさんなんだから」
「なんじゃそりゃ……」
 講師の発言は支離滅裂で、成田は思わず眉をしかめた。
 小柄な男子生徒はクラスに馴染み、他の受講生達から「園田」とも「阿部」とも呼ばれていた。
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