贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5.5話「スイカ・ロシアンルーレット」

伍:フルーツポンチ

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「陽斗! 無事だったか?!」
 陽斗が水晶のブレスレットを手に、トイレから出てくると、相談所の前にいた成田が心配そうに駆け寄ってきた。
 他のオカルト研究部のメンバーと稲葉もドアから顔を出し、こちらの様子を窺っている。不知火は中でまだスイカを食べているのか、姿が見えない。
「……無事じゃないかもしれないなぁ」
 陽斗は隣から冷たい視線を送ってくる鬼を見て、顔を引きつらせた。
「マジか?! どっか怪我したのか?!」
「成田君……絶対に忘れ物はしちゃダメだよ。意外な人に怒られるからね、ははは」
「は……陽斗が壊れた! 稲葉さん! 陽斗のやつ、おかしくなっちまった!」
 乾いた笑い声を上げる陽斗を見て、成田は青ざめ、稲葉に助けを請う。
 稲葉は陽斗を蔑むような目つきで睨んでいる蒼劔を見て、なんとなく何が起こったか察し、苦笑いした。
「……まぁ、大丈夫じゃろ。たぶん」

         ・

 成田達には陽斗が生首西瓜に襲われたことは伏せ、「全員満腹になってしまったので、これ以上の調査は続行不可能」として、生首西瓜探索はお開きになった。
 既にカットしたスイカは陽斗、蒼劔、不知火が全て食べきり、処理した。
「良かったら、好きなだけ持っていっとくれ。このまま腐らせてしまうのも、もったいないからの」
「じゃあ、1箱もらって行きますよ」
「俺も」
 帰り際、稲葉に勧められてスイカが2玉入ったダンボール箱を1人1箱もらっていき、メンバーはそれぞれの帰路についた。
「じゃあな、陽斗! またメールするぜ!」
「うん! おやすみー」
 陽斗は雑居ビルの前で成田と別れ、蒼劔と並んで夜の路地を歩いていった。
 スイカが2玉入った段ボール箱を運ぶのは大変だったが、蒼劔も同様にスイカが入った段ボール箱を抱えていたため、「代わりに持ってくれない?」とは言えなかった。
「それにしても、いつの間に生首西瓜は冷蔵庫から出て来てたんだろうね? 蒼劔君、気づいてなかったんでしょ?」
「あぁ。おそらく、生首西瓜は内側から冷蔵庫のドアを押して開け、脱走したのだ。そして、トイレへ向かおうとしたお前の後ろを転がり、共に部屋を出ていったのだろう。これなら妖力をほぼ使っていないから、俺に気取られることなく、1人になったお前を襲うことができる」
「そこまで考えるなんて、生首西瓜って賢い妖怪なんだねぇ」
「なにせ、人間の生首からスイカに変化したくらいだからな。普通の妖怪とは発想力が違う」
 蒼劔は重い段ボールを抱えたまま、淡々と説明する。
 一方、陽斗は節木荘まであと半分のところでスタミナが切れ、立ち止まった。いくらバイトで鍛えられているとはいえ、スイカを持ったまま歩くのはキツかった。腕も腰も足も痛かった。
「そ、蒼劔君……ちょっと、お願いがあるんだけど「断る」即答?!」
 陽斗は蒼劔に自分が持っている分のスイカを運んでもらおうとしたが、すぐに断られてしまった。
 蒼劔は陽斗を置いて少し先に行ったところで振り向き、薄く微笑んだ。
「水晶のブレスレットを忘れた罰だ。これで少しは反省するだろう? 己の身を守る唯一の魔具を忘れるなど、今後二度とあってはならんからな」
「そ、そんなぁ……!」
「ほら、何をもたもたしている? 早く帰らないと、異形共が襲ってくるぞ」
 そう言うと踵を返し、陽斗を置いて先へ進んで行った。
 彼の言う通り、周囲を見回すと無数の異形達が物珍しそうに屋根や路地から陽斗を凝視しているのが見えた。今のところ敵意はないようだが、いつ襲ってきてもおかしくなかった。
「ま、待ってー! 置いてかないでー!」
 陽斗は段ボール箱を抱え直すと、慌てて蒼劔を追いかけていった。周囲の異形達も彼を追い、走り去っていく。
「……」
 ただ1人、3階建ての家の屋根であぐらをかいて座っていた不知火だけが、彼らの後には続いていかなかった。
 ポケットから2本の試験管を取り出すと、2本ともフタを取り、中にいた蚊を逃がした。
 2匹の蚊は「プゥーン」と鳴きながら、真っ直ぐ節木高校へ帰って行った。
「……自由に使える体を得ても、学校に戻るのか。興味深いな」
 不知火は2匹の蚊を見送ると、スイカが入った段ボール箱を小脇に抱え、屋根から地面へ降りた。重力を感じさせない、軽やかな着地だった。
「やれやれ。をするのは、大変だな」
 彼はボソッと呟くと、そのまま脇道へれ、夜の闇の中へ消えていった。

         ・

 翌朝、陽斗は筋肉痛で目が覚めた。
「あいたた……まさか本当にアパートまで運ばされるなんて、蒼劔君の鬼!」
「鬼だが?」
「そうだった」
 痛む体を酷使し、服を着替える。筋肉痛が痛むからと言って、バイトを休むわけにはいかない。
 陽斗は支度を済ませると、荷物を持って階段を下り、朝食を食べるために黒縄の部屋を訪れた。「いちいち開けるのが面倒」だそうで、鍵はかかっていない。
「おっはよー!」
 リビングに入ると、既に朱羅がテーブルに朝食を並べていた。
 黒縄も着替えを済ませ、眠そうに椅子に座っている。五代は毎日昼頃に起きてくるので、いない。
「お2人とも、おはようございます。本日の朝食はトースト、サラダ、ベーコンエッグ、スープ、デザートにスイカのフルーツポンチをご用意致しました。なお、デザートは陽斗殿のリクエストです」
「わーい! 食べたかったやつー!」
 フルーツポンチ、と聞いて陽斗は筋肉痛も忘れ、大喜びした。バンザイしようと両腕を上げた瞬間、鋭い痛みが腕の筋肉に走り、「うっ」と陽斗は顔をしかめた。
「陽斗、大丈夫か? 自業自得だが」
「う、うん。大丈夫……いい運動になったよ」
 陽斗は筋肉痛の痛みをこらえ、席についた。
 事情を知らない黒縄は「早くしろよ」と陽斗を急かし、大きくあくびをする。五代の言っていた通り、学校から帰った後はぐっすり眠っていたらしい。五代から生首西瓜のことは聞かされていないのか、事の顛末を陽斗と蒼劔から問いただすこともなかった。
 黒縄同様、昨夜の騒動を知らない朱羅は朝食を終えると、自信なさげに全員分のフルーツポンチを運んできた。
「なにぶん初めて作ったので、陽斗殿のご期待に添えるかは分かりませんが……どうぞ」
 朱羅が作ったフルーツポンチは、陽斗がリクエストした以上の出来だった。
 スイカを半分に切って実をくり抜き、皮のフチをギザギザに切った器に、様々なフルーツや具が詰まっていた。丸くくり抜いたスイカとメロンとマンゴーの果肉、シロップ漬けのサクランボとミカン、形が美しいナタデココとスターフルーツがスイカの器に盛られ、炭酸水が並々注がれていた。
 スイカは大きな透き通った水色の皿の上に乗せられ、カラフルなストライプのストローが添えられていた。
 まるで宝石箱のようなフルーツポンチに、陽斗は童心に帰ったかのように目をキラキラさせた。
「すごーい! 想像以上だよ、朱羅さん!」
「ふふっ。喜んで頂き、光栄でございます」
「あのスイカがこうなるとはな……」
「むぐむぐ、意外と美味うめぇじゃねぇか」
 蒼劔と黒縄もこれには驚き、感心している。黒縄に至っては、既に食べていた。
 ふと隣を見ると、五代があり得ない体勢でスマホを構え、フルーツポンチを撮影していた。
「うっひょー! これはパリピ率100パーセント案件っすわ! せっかくだから、イマスタグラム載っけていい?」
「五代君、いつの間に?!」
「パリピの匂いにつられてきますた☆」

         ・

 こうして夏は過ぎ、やがて秋が来る。
 異形にも慣れ、陽斗はバイトざんまいの有意義な夏休みを過ごした。黒縄は大した情報を得られず、不満をもらしていたが、陽斗に寄ってくる妖怪から妖力を狩れるので、嬉しそうだった。
「あれ?」
 始業式の日、陽斗は自分の机の上に、なくしたはずのバインダーと鉛筆が置かれているのに気づき、首を傾げた。
「成田君か誰かが持ってきてくれたのかな?」
 陽斗は特に不審に思わず、バインダーを手に取った。
 何も書いていなかったはずの紙には、赤いボールペンでこう書かれていた。
『忘れ物なんて、しちゃダメだよ』
「……知ってる」
 陽斗は一緒にバインダーの紙を見ていた蒼劔を見て、頷いた。

(第5.5話「スイカ・ロシアンルーレット」終わり)
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