贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5.5話「スイカ・ロシアンルーレット」

肆:スイカは転がりやすい

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 スイカを食べれば、おのずとトイレが近くなる。
 陽斗も15玉目のスイカを食べ終えたところで「稲葉さん、トイレ借りますね」と席を立った。
 ちょうどスイカを食べている真っ最中だった蒼劔は慌てて食べかけのスイカを陽斗の皿に置き、「ちょっと待て」と口をモゴモゴさせながら立ち上がった。
「俺も行こう。近くとはいえ、夜は異形共が活発になるから危険だ」
 しかし陽斗は「大丈夫だよ」と水晶のブレスレットが入っているポケットを上から叩いた。
「稲葉さんから買った水晶のブレスレットも持ってるし、1人でも平気だって。それより、今はみんなについててあげて。生首西瓜がいる部屋にみんなを置いて行くなんて、心配だから」
「……それもそうだな」
 蒼劔は不知火を一瞥し、頷いた。
 不知火には生徒を見殺しにしようとした前科がある。もし、蒼劔がいない間に生首西瓜がオカルト研究部のメンバーを襲い、それを不知火が無視したら、取り返しのつかないことになってしまうだろう。
 蒼劔にとって1番大事なのは陽斗の命だったが、彼以外の人間の命も大切に思っていた。
「分かった。何かあったら、すぐ呼べ」
「うん、お願いね!」
 陽斗は1人で部屋を出ていくと、真っ直ぐトイレへ向かっていった。
「陽斗……本当に1人で大丈夫か?」
 蒼劔は壁越しから伝わってくる陽斗の気配に神経を集中させつつ、テーブルの上に置かれていたウェットティッシュで口と手を拭った。
 オカルト研究部のメンバーは見えない何かにウェットティッシュが次々抜き取られていく光景を見て、「おぉー!」と歓声を上げていた。
「これは、まぎもなくポルターガイスト!」
「やっぱ、霊能力者の相談所は違うな!」
「それにしても、どうしてウェットティッシュを取って行くのかしら?」
「下らないな。これはそこの自称霊能力者が俺達を騙そうと仕掛けた、おもちゃだ」
「おいおい、遠井君よぉ。こんな人の良さそうな顔をした稲葉さんがそんな悪いことを企むわけねーだろー?」
「さぁ、どうだかな。巧妙な詐欺師ほど人が良さそうな顔をしていると聞くぞ」
 蒼劔は危機感が欠片もない彼らを見て「平和だな、お前ら」と目を細めた。
 その時、自分の分のスイカを食べ終わった不知火が「おや?」と冷蔵庫を見て首を傾げた。つられて、蒼劔も冷蔵庫へ目をやる。
 途端に彼は絶句した。いつの間にか冷蔵庫の1番大きなドアが開き、中から伝わってきていたはずの妖気が消えていた。
「冷蔵庫のドアが開いているな……稲葉さんが閉め忘れたのかな?」
「なんだと?!」
 稲葉も不知火の発言を聞いてハッとし、慌てて冷蔵庫へと駆け寄った。
 中に入っているスイカを1玉1玉、指を差して何度も数え、確認する。しかし何度数えても、本来あるべき個数より1玉少なかった。
「い……いなくなっとる! 一体、いつの間に?!」
「うわぁぁっ!」
 直後、外からドア越しに陽斗の悲鳴が聞こえた。ちょうど、トイレから出てきたあたりからだった。
 さらに彼のすぐそばからは、生首西瓜らしき妖気を感じた。
「陽斗?!」「贄原?」「贄原君?!」「お! なにやらオカルトの予感!」
 オカルト研究部のメンバーも陽斗の悲鳴を聞き、立ち上がる。
「陽斗……1人でも平気なんじゃなかったのか?」
 蒼劔は彼らがドアへ駆け寄るより先に刀を手に取ると、ため息を吐いた。

          ・

 陽斗が悲鳴を上げる少し前、彼はトイレを済ませて外へ出てきた。空気の通りが悪いトイレの中は蒸し暑く、出てきた時には汗だくになっていた。
「あっつ! 早く部屋に戻って、スイカ食べよっと」
 生首西瓜を探すためにスイカを処理していることも忘れ、ルンルンで部屋へ戻ろうとすると、ドアの前に1玉のスイカが転がっていた。陽斗の行く手を遮るように立ち塞がっている。
「何で外にスイカが……? 僕が部屋を出た時に、一緒に出てきちゃったのかな?」
 特に違和感を持たず、スイカを拾い上げようとかがむ。
 直後、スイカの中心が「パキッ」と音を立てて横へ裂け、ぱっくりと口を開けるように上半分が勝手に持ち上がった。真っ赤な果肉が露出し、血のように赤い果汁がアスファルトの床へ滴り落ちる。
「えっ、なに?」
 陽斗は反射的に距離を取り、後退した。いくら危機感のない陽斗とはいえ、ひとりでに動くスイカには恐怖を感じた。
 その間にもスイカは果肉のふちから黒く鋭い歯を隙間なくビッシリと生やし、噛み合わせを確認するように何度も上半分と下半分をガチガチと動かした。そのたびに、硬質な鋼と鋼がぶつかり合うような鋭い音が陽斗の耳に響いた。
「も、もしかして……あれが生首西瓜?」
 ようやく陽斗がスイカの正体に気づいた瞬間、スイカが地面から大きく跳躍し、陽斗の顔へ飛びかかってきた。
「グワァァァッ!」
「うわぁぁっ!」
 陽斗はスイカの野太い怒号と共に悲鳴を上げる。水晶のブレスレットが守ってくれるとはいえ、怖いものは怖かった。
「……ん? 水晶のブレスレット?」
 その時、陽斗はとんでもないことを思い出した。
 上からポケットを抑え、確認する。予想通り、ポケットの中はカラだった。
「や……やっぱり!」
 陽斗は全身から血の気が引いていくのを感じ、青ざめた。
 数分前、彼は水晶のブレスレットをトイレの床に落とした。トイレの床は濡れており、割と汚かった。
『やばっ、早く洗わないと……』
 その際はすぐに落としたことに気づき、手を洗う前に洗面所で水晶のブレスレットを洗った。
 そして手を洗うために鏡の前に置き、そのままトイレから出てきてしまったのだった。
「グワァァァッ!」
「ギャーッ!」
 水晶のブレスレットを持っていなければ、陽斗には何の抵抗手段もない。妖怪からしてみれば、目の前に上等なお肉が突っ立っているようなものだった。
 生首西瓜は真っ赤な口を大きく開き、陽斗に向かってくる。ほのかにスイカの爽やかな香りがした。
「グワァッ?」
 しかし、生首西瓜が陽斗の顔に噛みつくことはなかった。
 ドアの向こうから蒼劔が放った刀が生首西瓜の背に刺さり、陽斗の顔面で青い光の粒子となって消えていったのだ。
 生首西瓜が消えると、ドアから憤怒の形相をした蒼劔が現れ、陽斗を見下ろした。
「……水晶のブレスレットはどうした?」
「ト、トイレに置いてきちゃった。えへへ」
「あ゛?」
 陽斗は笑って誤魔化そうとしたが、今まで聞いたことがない蒼劔の怒りのこもった低音を耳にし、凍りついた。全身の汗が一気に引いた気がした。
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