贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

拾伍:調査終了

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 岡本は遠井が提出したレポートを確認しながら、ムフフと笑った。
「それにしても、今回の調査は過去最大に有意義だったなぁ。『増える階段』が不審者オチだったのと、『呪われた姿身』が見つからなかったのは残念だったが、これも実地調査の醍醐味というものだよ。今年の文化祭の発表は、ちょっとばかし趣向を凝らす必要があるなぁ……ふっふっふ」
 岡本の不気味な笑い声に、神服部は何故かゾッとした。
「なんだか嫌な予感がする……部長、また何か良からぬことでも企んでるのかしら」
 ふと、神服部は岡本が持っているバインダーを見て「あっ!」と声を上げた。何か重大なことを思い出したらしく、青ざめている。
 ポケットを探り、中にハンカチとティッシュとスマホしか入っていないことを確かめ、目当てのものを持っていないと分かると愕然とした。
「贄原君、どうしよう……! 私、バインダーと鉛筆を学校に置いてきちゃった! たぶん、倒れた時に廊下に落ちちゃったんだと思うんだけど……知らない?」
 神服部は隣にいた陽斗に小声で耳打ちし、バインダーと鉛筆の行方を尋ねた。不知火に背負われている成田も神服部同様、持っていなかった。
 すると陽斗はポカン、とした表情で首を傾げた。
「バインダーと鉛筆って?」
 そう答えた陽斗の手にも、バインダーと鉛筆は握られていなかった。そもそも、バインダーと鉛筆の存在を忘れていた。
 家庭科室で呪われた姿身が入っていた引き出しを開ける際に棚の上に置いたのだが、その後色々あり過ぎて、気づかなかったのだ。
 成田と神服部のバインダーと鉛筆は、2人が憑依された拍子に廊下に転がっていたが、見過ごされていた。
「ほら、最初に部長から渡されたでしょ? 今日の調査結果を書き留めておくようにって」
「そうだったっけ? 後で紙に書いて、部長さんに渡せばいいんじゃない? あの様子じゃ、中には入れないし」
 陽斗は2つの校舎を振り返り、中にいる霊達に視線を向けた。正門はちょうど2つの校門の間にあり、双方の霊から見下ろされていた。
 霊達は廊下に整列し、窓に向かって立っていた。学ラン、セーラー服、ブレザー、ジャージ、夏服、冬服、とバラバラの制服をまとい、青白い顔で立っている。薄暗い廊下で顔だけがうっすら浮かび上がって見え、不気味だった。
 神服部は陽斗に言われて、初めて霊の存在に気づき、絶句した。
「私達……さっきまであの中にいたの?」
「そだよー。結構ピンチだったんだけど、蒼劔君が黒縄君を呼んでくれたおかげで、助かったんだ。黒縄君って、なんだかんだ言って、いい鬼さんだよねー」
 陽斗はうっかり蒼劔と黒縄のことを口にしたが、その頃には神服部はショックで気絶し、不知火に支えられていた。
 陽斗も言い終わってから神服部が意識を失っていることに気づき「だ、大丈夫?!」と彼女を背負い直した。
「神服部さんって、繊細な子なんだなー。内緒にしとけば良かったかも」
「そう言う君は、ずいぶん霊に慣れているのだね」
 不知火は成田を背負い直し、探るように陽斗に言った。
 蒼劔は敢えて会話には入らず、遠巻きに不知火の言葉に耳を澄ませる。
「えー?! そんなことないですよぉ! 僕だって、急に脅かされたらびっくりしますし!」
 不知火に褒められ、うっかり霊が見えることを肯定する。幸い、岡本は校内で撮った写真を確認していて話を聞いていなかった。
 蒼劔もそのことに気づき、「いや、否定しろよ」と眉をひそめた。
「先生は霊、見えないんですか? みんなは何故かハッキリと見えてるみたいですけど」
 陽斗の疑問に、蒼劔が答えた。
「あいつらが見えているのは、一時的に高濃度の妖力に触れたせいだ。どういう仕組みかは分からんが、お前の学校は0時のチャイムが鳴った瞬間に異界と同期するらしい。霊共が急に現れたのもそのせいだ。日の出までに出ないと二度と出られないというのも、異界へ迷い込んで霊になってしまうせいだろうな」
「えぇっ?! うちの学校ってそんな危ない学校だったの?! 全然知らなかった……」
「校長が0時までに帰れと言ったのも、そのことに薄々気づいていたからかもしれんな」
 不知火は蒼劔が説明し終わるのを待ってから、口を開いた。
「私はみんなのようにハッキリとは見えないんだ。モヤのようにしか見えなくて、そこに何がいるのかすら分からないのだよ」
「てことは、ここにいる蒼劔君のこともモヤにしか見えてないってことですか?」
 陽斗は蒼劔を手で指し示し、無意識に不知火を試すような質問を投げかけた。
 学校の異界は限定的に効力を発揮するものらしく、蒼劔の姿はオカルト研究部の部員達には見えていなかった。もし、不知火がモヤでも蒼劔の姿が見えていると言えば、それは学校の異界とは関係なく、異形の姿が見えていることになる。
 陽斗の意外な質問に蒼劔と不知火は驚き、目を見張った。不知火は「うーん」としばし考えた末、答えた。
「見えていない……ということにしておくよ」
 不知火の曖昧な答えに、陽斗と蒼劔は疑いの目を向けた。
「……それって、どっちなんですか?」
「ハッキリ言え、不知火。どうせ見えているのだろう?」
 しかし不知火はそれきり質問に答えなくなってしまい、「今夜も星が綺麗だねぇ」と空を見上げていた。

         ・

 陽斗は電話で稲葉を呼び出し、迎えに来てもらうよう頼んでいた。やがて1台のワゴン車が正門に到着すると全員乗り込み、学校を去っていった。
 その様子を、猫の面をつけた女子生徒が実習棟の屋上から見下ろしていた。黒縄は早々に追うのを諦めてしまったが、彼女は屋上から3階へ続く階段の裏側に逆さで立ち、潜んでいたのだった。
「忌々しい……まさか、黒縄まで味方にするなんてね。蒼劔を連れてたことも予想外だったけど、あの2人が共闘するとは思わなかったわ」
 猫の面の女子生徒は先ほど会った黒縄の姿を思い返し、苛立つ。よほど彼らが手を組むのが気に入らないらしい。
 しかしすぐに「でも、」と別の人物の姿を思い浮かべ、眉をひそめた。
「1番厄介なのは不知火ね。私をフライパン1つで退けるなんて、規格外もいいところだわ。異形が見えているということは、少なくともただの一般人ではないんでしょうけど」
 わずかに痛む腕をさすり、ワゴン車が去っていった方向を見つめる。彼女にも不知火の正体は分からなかった。
「そういえば……あれ、どうしよう? 持っていても使わないし、こっそり贄原君の机にでも置いておこうかしら」
 ふと、猫の面の女子生徒は先ほど家庭科室と1階の廊下で拾った3セットのバインダーと鉛筆の存在を思い出し、困った様子で首を傾げた。
 調査に夢中になっていた陽斗の紙はほぼ真っ白で、何も書かれていなかった。

(第5話「節木高校七不思議」終わり)
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