贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

捌:動くピアノ

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 実習棟へ入った途端、陽斗の全身に寒気が走った。暗闇の中で、何かの気配が複数潜んでいる。
 目を凝らすと、そこには学ランやセーラー服を着た学生が何人もいた。皆、青白い顔で廊下をさまよっている。中には腕があり得ない角度で曲がっている者や、手首から出血している者もいたが、痛がる様子はなく、無表情だった。
「蒼劔君……あの人達って、もしかして全員霊?」
「目を合わせるな。見える人間だと知れたら、何処までも付き纏ってくるぞ」
「う、うん」
 陽斗は蒼劔の忠告通り、霊達から目を背ける。
 先に歩いていた成田達のすぐ目の前にも霊はいたが、彼らは全く気づくことなく、素通りした。
 陽斗も成田達を倣い、霊からどれだけ至近距離で見つめられても真っ直ぐ前を向き続けた。
 蒼劔は周囲の霊達が陽斗に近づく前に刀で斬り、消滅させていく。
 蒼劔には実習棟内が異常な霊力で溢れていることが分かっていた。これらの霊はその霊力を求め、集まっている。
「そして、その発生源は……」
 蒼劔は廊下の突き当たりにある家庭科室を睨み、気配を探った。やはり、何の気配も感じ取れなかった。

         ・

 岡本に連れられたのは音楽室だった。カーテンが開いており、外から青白い月の光が差し込んでいる。宙を舞っているホコリが月の光を受け、キラキラと輝いていた。
 部屋に入ると、すぐに視線の先にグランドピアノが置かれていた。窓を背に座るように設置されている。
「夜の肖像画って不気味よね」
「目とか口とか動きそうだよな」
「音楽室も怪談の宝庫だからねー」
 オカルト研究部のメンバーは呑気に怪談話に花を咲かせていたが、陽斗にはそのグランドピアノの椅子に男子生徒が座っているのが見えていた。
 線が細い少年だった。昔の夏服である半袖の白いポロシャツを着ている。肌が日焼けしておらず、白い。
 陽斗には普通の人間のように見えていたが、成田達に見えていない以上、彼もまた霊なのだと陽斗は思った。
 少年は一同が音楽室へ入ってくると、憂いを帯びた表情でピアノを奏で始めた。ドビュッシーの「月光」だった。
「な、何だ?! ピアノが勝手に……!」
 成田達は急にピアノが動き出したのに驚き、戸惑う。
 一方、陽斗はピアノの音色に聞き入っていた。月明かりの下で紡がれる旋律は、特別美しいもののように感じた。
 蒼劔も刀は持ったまま、静かに少年の動向を見守っている。
 やがて曲が終わると、少年は椅子から腰を上げてピアノのそばに立ち、陽斗達に向かってビシッと指を差した。
「さぁ、弾け! 僕の演奏を超えてみせろ!」
 その瞳は線の細い彼の出で立ちとは違い、力強った。あまりの気迫に、陽斗はその場で硬直する。
 しかし、彼の姿が見えていないオカルト研究部のメンバーは少年を素通りし、お構いなしにピアノへ近づいていった。
「部長! これが例の『動くピアノ』なんですね!」
「そうだぞ、神服部君。かつてこの学校には、天才的なピアノの才能を持ちながら、志半ばで病死した男子生徒がいた。彼は死後もピアニストになるという夢を諦めきれず、こうして毎晩弾き続けているのだよ」
 岡本は得意げに説明したが、当の本人は「いや、違うけど」と否定した。
「僕はただ、このピアノが可哀想だと思っただけさ。彼はこんなに優秀なピアノなのに、つまらない曲や簡単な曲ばかり弾かれているからね……せめて、僕と同等レベルのピアノ弾きがいれば、安心して成仏出来るんだけど、なかなか現れないんだ」
 少年は重く息を吐き、首を振る。
「早く天国に行けるといいね」
「ありがとう」
 彼の声が聞こえる陽斗は純粋に少年を応援する。
 一方、声が聞こえないオカルト研究部のメンバーは少年を無視し、誰が最初にピアノを弾くか話し合っていた。
「成田君、君が最初に弾いてみたまえ。面白いことが起きるから」
「俺っすか? チャルメラしか弾けないっすよ?」
 その成田の発言を聞いた途端、少年はピアノのフタを両手で素早く閉め、開けられないように上から押さえた。
「ダメ! もっと難しい曲じゃないと、弾かせないからな!」
 成田達はフタが閉まった「バンッ!」という音に驚き、ビクッと体を震わせた。
「フタが、勝手に閉まった……?」
「嘘……?!」
 成田と神服部は怯えた様子でピアノを見つめる。
 すると岡本は「やはりね」とほくそ笑んだ。
「このピアノは夜に弾いてはいけないんだよ。死んだ男子生徒の練習の邪魔になるからね。もし弾いてしまうと、ひとりでにフタが閉まって、二度とピアノを弾けない手にされてしまうそうだよ」
「怖っ! それ、先に言って下さいよ!」
 成田は青ざめ、岡本を非難したが、彼女は悪びれることなく「ごめんごめん」と軽く謝った。
「でも、上手な演奏だったら、セーフらしいんだよ。だから神服部君、次よろしく」
「えぇっ?!」
 成田に続き、神服部も青ざめる。
「嫌ですよ! 確かにピアノは習ってましたけど、人並みなんですって!」
「仕方ないじゃないか。君以外にピアノを弾ける人なんて、ここにはいないんだからさ。頼むよー。成功例を見たいんだよー」
「うぅぅ……これもオカルトのため……」
 神服部は渋々椅子に座り、フタに指をかける。
「ふぅん……ピアノやってたなら、ちょっとは聴けるかな」
 少年は神服部がピアノを習っていたと聞いて少し興味を持ったのか、フタから手をどけた。
 神服部はそのままフタを持ち上げ、しっかり固定すると、先程少年が弾いていた「月光」を弾いた。特にミスもなく弾き切ったが、陽斗には少年が弾いた音色とは違って聴こえた気がした。
 それは少年も同じだったようで、神服部が弾き終わると渋い顔で黒板へ駆け寄り、白のチョークでこう書いた。
『30点』
「30点?!」
 神服部はピアノの腕を馬鹿にされたショックで悲鳴を上げ、ガックリと肩を落とす。おもむろに椅子から立ち上がると、壁を背に座り込んだ。
 しかし成田と岡本は神服部どころではなく、いつの間にか書かれていたチョークの字に興奮していた。
「こ、これは、霊のメッセージというやつでは?!」
「写真、写真!」
 黒板を前に小躍りし、神服部そっちのけでスマホで写真を撮りまくる。
「時間経過か温度変化で現れるように仕組んだ? だがそれにしては、タイミングが良過ぎる……」
 遠井もどのような仕組みで字が現れたのかブツブツと呟きながら考察し、様々な角度から写真を撮っていた。
「はぁ……こいつらもダメか」
「ごめんねぇ」
 彼らの様子を見て、少年は落胆する。ピアノが弾けない陽斗は申し訳なさそうに謝った。
「今度、ピアノが得意な子を連れて来るね」
「頼んだよ」
 その時、ピアノの音が聞こえた。音は次の音へと繋がり、「月光」を奏で始める。
 見ると、不知火が椅子に座り、ピアノを弾いていた。少年が弾いていた「月光」と全く同じ音色で、興奮していた成田達も、落ち込んでいた神服部も、今まで辛辣だった少年も、一心に不知火の手を見つめ、ピアノの音に耳を傾けていた。
 演奏が終わると、蒼劔と少年を除いた一同は拍手し、不知火の元へ駆け寄った。
「先生、すげー!」
「ピアノ弾けるなら、早く言って下さいよ!」
 不知火はなんでもないことのように「たまたまだよ」と頭をかいた。
「他人の真似をするのは得意でね。最初に弾いていた通りに弾いてみたら、出来たんだ。ピアノなんて初めて弾いたよ。すごいのは、最初に弾いた霊さ」
「それ、耳コピじゃないですか!」
「才能が意外過ぎる!」
 ふと、陽斗が振り返ると、少年が穏やかな表情でピアノを見つめていた。
「……まさか、教師の中にこんな人がいるなんてね。これで安心して向こうに行けるよ。今までありがとう」
 刹那、少年の姿は陽斗の視界から消えた。
 納得出来る演奏者が見つかり、成仏したらしい。
 陽斗も少年が消えたことに寂しげな表情を見せながらも、虚空に向かって嬉しそうに微笑んだ。
「天国でもピアノ、弾いてね」
 成田達の興奮冷めやらぬ中、蒼劔は険しい表情で不知火を睨んでいた。彼は不知火がペダルを踏む操作まで少年と同じだったことに疑問を持っていた。
「……確かに、音は聞けば分かるかもしれん。だが、ピアノの操作までは、音を聞いただけでは分からない。ただし、
 蒼劔は少年が最初に演奏していた時の不知火の視線を思い返した。
 その時、彼はペダルを踏むをジッと見つめていた。
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