贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

伍:増える階段

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 陽斗達は首吊り桜を後にし、次なる七不思議が起こるという教室棟3階へと向かっていた。首吊り桜に襲われた遠井も一緒について来ている。
 あんな危険な目に遭った後だというのに、怯えるどころか、常に手に持っていたスマホをポケットに仕舞い、眼光鋭く霊を探している。陽斗達の方が、彼の体の心配をしていた。
「なぁ、遠井。ほんとに帰らなくていいのか? またさっきみたいな危ない目に遭うかもしれないんだぜ?」
 後ろから成田が遠井に声をかける。彼と並んで歩いている陽斗も「そうだよ」と頷いた。
「縄で首を絞められるなんて、僕だったらトラウマになるよ。暫く、1人でトイレに行けなくなっちゃうかも」
「今までのことはトラウマにはならないのか?」
「うーん……怖かったけど、最後には蒼劔君や朱羅さんが助けに来てくれたから、今となっては、いい思い出かな!」
「いい思い出……?」
 蒼劔は陽斗の神経を疑い、顔をしかめる。
 隣にいる成田は、蒼劔と話している陽斗を見て「ちょっ、誰と話してんの?!」と怯えていた。
「俺はオカルトを信じていない。さっきのことも、何らかの自然現象のせいに決まっている。たぶん他の七不思議も検証すれば、何か分かるかもしれない」
「もし、本当に幽霊の仕業だったら、どうするんだ?」
「その時は……」
 遠井は歩みを止めず、陽斗と成田を振り返った。
「何が何でも捕まえて、ありとあらゆる方法で体の成分を調べるだけだ」
 遠井の目には、霊への強い殺気が宿っていた。恐怖心は微塵も感じられず、むしろ陽斗達が遠井に恐怖を抱いた。
「さ……さすがっす、遠井先生」
「と、遠井君なら、本当に幽霊の正体が分かっちゃうかもね……」

         ・

 節木高校の校舎は1年生から3年生の教室がある「教室棟」と、理科室や家庭科室などの実習を行う教室がある「実習棟」の2つに分かれている。
 共に3階建ての校舎で、校舎と校舎の間を渡り廊下で繋いでいた。
「教室棟3階西階段……ここが、次の七不思議『増える階段』が起きる場所さ」
 全員が3階に到達したところで、岡本が階段を背に、紹介した。
 陽斗と他のメンバーも3階から階段を見下ろし、様子を窺う。薄暗くて見えづらいが、霊はいないようだった。
「……普通の階段だね」
「というか今さっき、ここを上ってきたんだけどな」
「上るのは問題ないのだよ。七不思議が起きるのは、下る時さ」
 岡本は『増える階段』の噂について、話した。
「ここ……教室棟西階段の3階から2階へ段数を数えながら降りると、12段のはずの階段の段数が、13段に増える。その13段目を踏んでしまうと、階段から転げ落ちて、死んでしまうそうだ。なんでも昔、ある男子生徒がこの階段で足を踏み外したせいで死んだらしく、その男子生徒が呪い殺しているのではないかと言われているよ」
「……なんか、首吊り桜の話と似てません?」
「話を作ったやつが、同一人物なんだろう」
 既視感のある話だったため、陽斗も他のメンバーも大して怖がることはなかった。
 しかし、先ほど遠井が死にかけたのを目の当たりにしたせいか、率先して階段を下りようとする者はいなかった。
「じゃ、おっさきー!」
 ……ただし、岡本を除いて。
 岡本はスキップでもするように、階段を飛び跳ねながら下りていった。
「ちょっと、部長?! 何考えてんすか!」
「こういう時は、慎重に下りましょうよ!」
「いっちにーさんしっ、ごーろっくしっちはっち……」
 成田と神服部が階段の上から呼び止めるが、岡本は全く足を止めない。
 遠井も呆れた様子で、額に手を当てた。
「ダメだ、あの部長。あれじゃ、命がいくらあっても、足りやしない」
「そんな、ラジオ体操の時みたいな掛け声、やめて下さいよー」
 岡本を心配しながらも、恐ろしくて後には続かない一堂を置いて、蒼劔は3階から階段の踊り場へと跳躍した。階段の数を数えてみたが、まだ12段のままだった。
「妙だな。岡本が13段目を数えた瞬間に、出現するのか?」
 そこへ、ちょうど12段目を数え終えた岡本が、あるはずのない13段目を踏もうとしていた。蒼劔は12段目の先を注視しつつ、左手へ右手を添える。
「じゅうにー、じゅうさん!」
 次の瞬間、階段の12段目の前に、うつ伏せで倒れた男子生徒の霊が現れた。
 ルンルンで階段を下りてきた岡本はそこに男子生徒の霊が倒れているとは知らず、思いっきり彼を踏む。
「ふぎゅっ!」
 男子生徒は岡本に踏まれると、奇声を上げた。
「ふぎゅ?」
 岡本は男子生徒の奇声に気づき、自身の足元へ視線を落とす。
 学ランを着た男子生徒だった。顔が青白く、頭から血を流していた。
 その姿は明らかに霊だったのだが、男子生徒は岡本に殺意を向けておらず、それどころか恍惚の表情を浮かべていた。
「なんていい踏みっぷりなんだ……その調子で、もっと踏んでくれたまえ!」
「……」
 岡本が男子生徒を認識した瞬間、期待に満ちていた表情がジェットコースターのごとく急降下していった。あからさまにテンションを下げ、落胆し、重く息を吐く。
 蒼劔は彼女のその表情を見て「妖力が思っていたほど取れなかった時の黒縄と、顔がそっくりだな」と思った。
 岡本は男子生徒の体から足を退けると、上履きの底を階段の床にこすりつけながら、スカートのポケットから袋詰めになった塩を取り出した。未開封のもので、袋の隅まで塩がびっちり詰まっている。
 その袋の封を岡本は両手で開き、上下逆さにすると、足元にいる男子生徒の霊の頭にかけた。塩はザーッと音を立て、滝のように男子生徒の頭へ降り注ぐ。
「うぉおおっ?! 頭の傷に滲みる……!」
 男子生徒の霊は苦しくそうに頭を押さえ、踊り場でゴロゴロと転がる。
 岡本は空になった塩の袋を4つに畳んでポケットに入れると、「先生ー」と階段の上を振り返り、不知火を呼んだ。
「不審者、捕まえましたー。縛って、警察に突き出しましょー」
「ん。今行く」
 不知火は両手を白衣のポケットに突っ込んだまま、階段を1段飛ばしで下りていく。
「不審者?」
「マジで?」
 成田と神服部も恐る恐る階段を下りて、確認しに行く。陽斗と遠井も後に続いた。
「何処?」
「ここです、ここ。私の目の前、に……」
 岡本は塩だらけで転がっていた男子生徒の霊に向かって指を差そうとしたが、彼の姿はいつの間にか消えていた。踊り場には岡本がぶちまけた塩が大量に散乱していた。
 オカルト研究部の部員達には見えていなかったが、陽斗には岡本が目を離している隙に、蒼劔が男子生徒の霊に刀を突き立て、消滅させている姿が見えていた。蒼劔は塩を踏まないよう回り込み、陽斗の隣に立った。
 岡本は男子生徒の霊が消えたことに一瞬呆然としていたが、すぐに「あの不審者め!」と怒りを露わにし、猛スピードで階段を駆け下りていった。
「せっかくの七不思議探索を台無しにした上に、勝手に消えるなんて許さーんッ! 絶っっっ対に捕まえて、『オカルト調査妨害罪』により一生ツチノコ探索の刑じゃボケー!」
 岡本の声と足音はどんどん遠ざかり、遂に聞こえなくなった。
 残された陽斗達は岡本が去っていった方向を呆然と眺めていたが、
「……掃除しよっか」
 と不知火が言ったのに頷き、皆で階段を上っていった。
 階段を上がってすぐ近くにあるトイレからホウキとチリトリを持ってくると、手分けして塩を掃除した。
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