贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

肆:首吊り桜

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 まず、岡本が連れて来たのは、グラウンドの隅に植えられている1本の桜の前だった。
 節木高校にはたくさんの桜がグラウンドを囲うように植えられているのだが、その桜の根本にだけ『危険! 近づくな』と書かれた立て札が刺さっていた。
 陽斗達も立て札の指示に従い、桜おから少し距離を置いて立ち止まる。
「我が校には古くから“節木高校七不思議”と呼ばれる怪談が伝わっている。いわゆる学校の七不思議というやつだ。この桜の木も七不思議の1つで、通称首吊り桜と呼ばれている」
「物騒な名前ですね」
 陽斗は首吊り桜を見上げ、複雑そうな表情を浮かべた。

「え?」「ん?」「へっ?」「は?」
 その陽斗のちょっとした一言に、オカルト研究部一同は耳を疑った。思わず首を傾げ、陽斗を凝視する。
 それもそのはず、彼らの目には首吊り桜はが生い茂っているように見えていた。
 夏真っ只中である今、他の桜の木がそうであるように、首吊り桜もとっくの前に花を散らせているはずだった。
 しかし、陽斗には首吊り桜が春のように満開の花が咲いているように見えていた。夜風に揺られ、桃色の花びらが薄闇に舞う光景は、とても幻想的で美しかった。
「贄原君……君は、あの桜の木に花が咲いているように見えているんだね?」
 岡本に詰め寄られ、思わず肯く。
「は、はい。夏に咲くなんて、珍しい桜ですね」
「他には?! 他には何か見える?! 首を吊った生徒とか、輪っかになった縄が垂れ下がっているとか!」
「いえ、そういうのは全く……急にどうしたんですか?」
 立て続けに質問され、陽斗は困惑する。
 岡本は「なんてことだ」と手の甲を額に当て、首を振った。
「首吊り桜は別名、万年桜とも呼ばれていてね。人によっては春でもないのに花が咲いているように見えるそうだよ。ただ、」
「ただ?」
「その美しさに魅入られて近づいた者は、そのまま首吊り桜で首を吊って、死んでしまうそうだ。その昔、この桜の木の下で告白して失恋した女子生徒がいてね。彼女はショックから、ここで首を吊って、自殺したんだが、死後も相手の男子を怨み続け、桜の木に近づく人間を呪い殺しているらしい」
 すると、岡本の話を聞いた遠井が「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨て、首吊り桜へ近づいていった。
 慌てて成田が「何考えてんだよ!」と遠井の腕をつかむ。
「今、部長から聞いただろ?! この桜に近づいたら、死ぬんだぞ!」
「あんな作り話、本気で信じてるのか?」
 遠井は成田の手を振り払い、彼を睨んだ。
「どうせ、生徒が桜にイタズラしないよう、学校側が流したデマだ。縄だって持っていないのに、首を吊られるわけが……」
 その時、首吊り桜から輪っかになった縄が遠井に向かって飛んできた。輪っかは遠井の頭を通って首に引っかかり、そのまま引っ張り上げる。
 遠井はジタバタともがきながらも、縄によって首吊り桜の枝まで持ち上げられた。縄が首に食い込んで、息が出来なかった。
「遠井!」
「成田君、近づいてはいけない!」
 岡本は成田が首吊り桜へ駆け寄ろうとするのを手で制し、遠井を見上げる。遠井の首に巻きついている縄が見えない岡本には、遠井が宙に浮いているように見えていた。
 一方、陽斗は遠井の首に巻きつい縄の先にものを見て、青ざめた。
「蒼劔君、……」
 成田達に気づかれないよう、小さく指を差して蒼劔に知らせる。
 蒼劔もそれを見て頷き、左手から刀を抜いた。
「くそっ……何なんだ、この縄は!」
 遠井は首を絞められながらも、両手で縄を引っ張り、解こうとしていた。だが、縄は遠井の首に食い込んだままで、一向にゆるむ気配を見せない。遠井の霊力は成田達の霊力と変わらないにも関わらず、何故か彼には縄がハッキリと見えていた。
 ふと、誰が自分の首を締めているのか疑問に思い、縄の先を目でたどると、木の枝の上に制服を着た女子生徒が座っていた。昔の節木高校の制服である、白のラインが入ったこげ茶色のセーラー服を着ており、血色が異常に悪く、首には縄で絞めた痕がくっきりと残っていた。手には遠井の首を絞めている縄を両手でしっかりと握っている。
 女子生徒は遠井と目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。可愛らしい顔をしているが、顔色が悪いせいで不気味に見えた。
「先輩……私と一緒に天国へ行きましょうね?」
 遠井は「お前なんかと天国に行ってたまるか」と口にしようとしたが、首を絞められているせいで上手く声が出なかった。
 意識も徐々に遠のいていき、いよいよ死を覚悟した直後、桜の木へ跳躍した蒼劔が女子生徒に向かって刀を振り下ろした。
 女子生徒は自分の体が青い光の粒子となって消えていくのを見て、「いやぁっ!」と悲鳴を上げた。
「まだ……まだ消えたくない! せめて、先輩も一緒に……!」
 片手で縄を持ったまま、遠井に向かって手を伸ばす。しかしその手が遠井に触れる前に、彼女の体は消えた。
 同時に、遠井の首に巻きついていた縄も消え、遠井は地面へ落下した。反射的に陽斗と成田が桜の下へ駆け寄り、遠井を受け止める。
 近くにあるベンチへ寝かせ、暫くすると遠井は起き上がった。ベンチの背に手をつき、腰を上げる。フラついてはいたが、特に怪我はないようだった。
「遠井、大丈夫か?」
「あぁ……問題ない」
 遠井は恐怖で青ざめた顔で頷く。首吊り桜の方へ視線を向け、あの女子生徒が消えているのを確かめると、ホッと息を吐いた。
 彼の首には縄の痕がくっきりと残っており、それを目にしたオカルト研究部一同は言葉を失った。
「それ、縄で絞められた痕だよな?」
「噂は本当だったってこと……?」
 動揺する成田と神服部に、遠井は「そうだ」と頷く。
「にわかには信じがたいが、実際にこの目で見たんだ……枝の上に座っている女子が俺の首に縄を巻きつけ、絞め殺そうとしていたところを」
「な、なんだって?!」
 途端に、岡本の目が輝いた。バインダーと鉛筆を手に遠井へ詰め寄り、立て続けに問いかける。
「その女子生徒の格好は?! 昔の制服だった?! 顔はどんな顔?! 首に縄の痕があったんじゃないか?! 何か喋ってた?! 名前は?!」
「ちょっと、部長! 今は遠井を休ませてやって下さい!」
「そうですよ! 噂通りなら、遠井君は死んじゃうところだったんですからね?!」
 成田と神服部が遠井の前に立ち、岡本を遮る。
 岡本は諦めきれず「いいじゃん、ちょっとでいいからさー!」と駄々をこね、隙間から遠井へ顔を覗かせていた。
 陽斗はその様子を後ろから眺め、遠井の無事にほっとしていた。
「良かった……遠井君、なんともなかったみたいだね」
「……そうだな」
 蒼劔は刀を左手へ戻し、横目で不知火を睨む。
 不知火は遠井が目の前で死にかけていても顔色一つ変えず、ただ様子を見守っていただけだった。異形が見えていてもいなくても、蒼劔には彼のその行動が許せなかった。
「お前……自分の生徒がどうなっても良かったのか?」
「……」
 不知火は聞こえているのかいないのか、困ったように目を伏せ、頬をかいた。
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