贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2.5話「ホラー映画が苦手な亡霊」

肆:禁断のホラー映画必勝法(必須:五代)

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 場内が暗くなり、コマーシャルを経て映画が始まる。
 誰もいない、真っ暗なオフィスでパソコンに向かって残業をする男性社員の後ろ姿が映し出された。
「くそっ……ちゃだ子のやつ、勝手に自殺なんかしやがって。あいつは俺の残業をするのが仕事だろうが!」
『違いまーす! 今からお前をぶち殺すのが、ちゃだ子さんのお仕事でぇーす! 喜べ、モブ太郎! キサマがこの映画最初の犠牲者だァー!』
 悪態を吐く社員に、五代が陽斗のスマホからツッコむ。
「ヒャッハーッ!」
 それを聞いた陽斗達も両腕を振り上げ、両手でメロイックサイン(折り曲げた中指と薬指の上に親指を折り曲げるサイン)を作る。上映の妨げにならないよう、陽斗だけは小声でかけ声を発した。観客達は映画に夢中になっており、陽斗の奇行には気づいていなかった。
 幸子が無事最後まで映画を見て成仏するため、連絡を受けた五代は「禁断のホラー映画必勝法」を提案した。
『ようは、怖い気分にならなければいいわけよ。オイラが楽しく盛り上げて、面白おかしく脚色してしまえば、ノープロブレム! 映画を見終わった頃には、“ちゃだ子”というフレーズを聞いただけで爆笑しちゃうよーん』
「なんか……せっかくホラー映画を作ってくれた人に失礼じゃない?」
「幸子さんが成仏するためです。割り切りましょう! それに、五代さんが面白くしてくれたら、僕も朱羅さんも怖くありませんから!」
「わ、私も見るんですか?!」
『1人だけ逃げるつもりぃ……? 朱羅氏も一緒のタブーを犯して楽しもうよぉ、ホラー映画爆笑実況』
「……怖くなったら、途中で抜けますからね」
 そう言っていた朱羅は薄目でスクリーンを見ながら、恐怖で震える手でメロイックサインをしている。青ざめ、今にも倒れそうだった。
 陽斗と幸子も怖さを感じないよう、五代の指示に従って無理矢理楽しんでいる。2人の目は死に、笑顔は引きつっていた。
 映像は男性社員を正面から撮影した視点へと切り替わり、苛立ちながらキーボードを叩く茶髪の若い男性社員が映し出される。彼の肩越しから、背後にある机に置かれたパソコンの画面が見えていた。電源は点いておらず、画面は暗い。
 すると直後、シャットダウンしていたはずのパソコンの電源がひとりでに入った。画面にパスワードの入力画面が表示され、キーボードがかすかに音を立てて1文字1文字入力していく。男性社員は作業に集中しているせいか、キーボードの音に気づいていない。
『遠隔操作で起動出来るなんて、便利な時代になったよねぇ~。全然需要なさそうだけど。少なくとも、オイラは使わないね! 他人に見られたらマズいホーム画面に設定してるんで!』
 やがてパスワードの入力が完了し、ホーム画面が映し出される。今度はカーソルがひとりでに動き、ホーム画面に表示されていた名無しのファイルをダブルクリックした。
 フル画面で動画が表示され、自動的に再生する。薄暗い部屋の中心に、スーツを着た長い茶髪の女性が立っていた。
『キター! ちゃ・だ・子・ダー!』
「可愛いーっ!」
「髪サラサラー!」
「前髪上げて下さーい!」
 陽斗達は悲鳴を上げる代わりに、ちゃだ子を褒める。言葉にして発したせいか、不思議と本当にちゃだ子が可愛く見えてきた。
 ちゃだ子は動画を撮っているカメラへゆっくりと近づき、手を伸ばした。
 すると、ちゃだ子の手は画面を通り抜け、実際にパソコンの中から出てきた。青白く、痩せて骨張った手だった。爪は血に濡れて、赤い。
『さぁ、ちゃだ子氏の入場です! 本日のマニキュアは、気合の入ったレッド! 積年の恨みを晴らさんと、ずっとパソコンの中で待機しておりました!』
 五代は架空の情報も織り交ぜ、ちゃだ子がパソコンから出てきた恐怖を和らげる。
 彼は過去に術者から「人から聞かれた質問に嘘をつけない」呪いを受けているが、己が一方的に喋っている間は嘘をつき放題だった。息を吐くように、生き生きと嘘をついている。いつか嘘をつき過ぎて鼻が伸びるかもしれない。
「マニキュア可愛いー!」
「女子力高ーい!」
「ずっと待ってるなんて、一途ですねー!」
 陽斗達も五代の架空の設定に全力で乗っかり、ちゃだ子を褒める。もはや彼らの目には(朱羅はまだ若干怯えているが)、ちゃだ子は「恐ろしい悪霊」ではなく「ちょっと個性的なヒロイン」に見えていた。
 ちゃだ子はパソコンからオフィスへ侵入し、背後から男性社員へ近づいていく。
 男性社員は背後に迫るちゃだ子の存在に全く気づかないまま、仕事を終わらせ、パソコンをシャットダウンさせた。
 電源が落ち、画面が暗くなると同時に、背後にいたちゃだ子の姿がパソコンに反射して映る。そこでようやく、男性社員はちゃだ子が背後にいることに気付いた。
「ひ、ひぃっ?!」
 男性社員は青ざめ、反射的に振り返る。
『嘘っ! ちゃだ子さん?! 僕、ファンなんですぅー! あっ、握手してもらってもいいですか?』
 五代が男性社員のセリフを勝手にアテレコした直後、ちゃだ子が男性社員ののどを爪で貫いた。
 男性社員は目を見開き、うめく。口からゴボッと血が溢れた。
『デター! ちゃだ子ちゃんのダイナミック握手ー! 時代は“手to喉”ダゼー! モブ太郎氏、歓喜のあまり鼻血を口から出してしまったー!』
「ナイス鼻血ー!」
「赤いよー!」
 吐血を鼻血と呼ぶ五代に、陽斗と幸子はこれまで通り乗っかる。横から朱羅が
「鼻血? 口から出ているのであれば、あれは吐血と言うのでは?」
 と首を傾げると、2人は笑顔で朱羅に詰め寄った。
「違うよ! あれは鼻血だよ! うっかり、喉に入っちゃったんだよ!」
「そうよ! そういうこと、よくあるでしょ?! ね? ね?」
 朱羅は必死に恐怖を押し殺そうとしている2人を見て、「は、はい」と頷くしかなかった。
 その間に男性社員は絶命し、床へ倒れる。
 ちゃだ子は男性社員を残したまま、パソコンの中へ戻っていった。
『フィニーシュ! モブ太郎、大敗! ちゃだ子氏、序盤で圧倒的な存在感を見せつけ、ルンルンでホームへ帰って行きます! 次は一体、どのような試合を繰り広げてくれるのでしょうかーっ?!』
 最初のちゃだ子登場シーンをなんとかやり過ごし、陽斗達はホッと息を吐く。
 その後も幾度か訪れたドッキリポイントをクリアしていき、いよいよ問題の最恐シーンが近づいてきた。
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