贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2.5話「ホラー映画が苦手な亡霊」

弐:霊とは

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「あの人が、霊?」
 女性の姿がはっきりと見えている陽斗には、彼女が霊だとはとても信じられなかった。館内が暗くてよく見えないのもあって、普通の人間との差が分からなかった。
 何より、既に死んでいるはずの人間が再度死ぬことに矛盾を感じていた。
「でもあの人はもう死んでるんだよね? それなのにまた死ぬって……ドウイウコト?」
 陽斗なりに答えを考えてみたが、頭が混乱するばかりで分からない。
 同じ異形である朱羅にも事情が分からないのか「さぁ……?」と首を傾げた。
「霊が心臓発作で死ぬなど、聞いたことがありませんね。何か未練があって、ここに留まられていることは確かだと思いますが……」
「五代さんにあの人の記憶を読み取ってもらえば、何か分かるんじゃない?」
 しかし朱羅は首を振った。
「霊の記憶を読み取るのは危険です。我々の記憶を勝手にホイホイ読み取られる五代殿でも、霊の記憶だけは絶対に読み取られません」
「どうして?」
「霊とは、死者がこの世に残された“未練の記憶の塊”です。不用意に触れ、その記憶を読み取ることは大変危険なのです。最悪、意識が霊の記憶に飲まれたまま、戻って来られなくなります。先程あの女性に触れられた際に、陽斗殿もご覧になったのではありませんか? 見知らぬ記憶の断片を」
「うん……見たよ」
 陽斗は先ほど見た幻覚を思い返し、朱羅に話した。死の予感を微塵も感じさせない、ありふれた日常の風景だったが、話を聞いた朱羅の表情は固かった。
「その“声だけ聞こえた女性”というのが、あの女性本人でしょうね。陽斗殿は彼女の視点から、記憶を疑似体験していたのですよ。すぐにあの女性から引き離しておいて、良かったです」
「朱羅さんのお陰で、助かったよ。お化けがそんなに危ないって知らなかったからさ」
「いえ……私では、陽斗殿を霊から引き離すので精一杯でしたから。蒼劔殿がいらっしゃれば、霊を祓うことも出来るのですが……」
「じゃあ、あの人はずっと倒れたままってこと? 誰にも見つけられずに?」
「おそらくは」
 陽斗は倒れたまま動かない女性の霊へ目を向ける。
 陽斗のように高い霊力を持っている者でない限り、倒れている女性に気づく人間はいないだろう。陽斗がこのまま見て見ぬフリをしても、上司から怒られることはない。
 だが、その目で彼女の記憶と心の一端を見聞きした陽斗には、他人事のようには思えなかった。
「あのままじゃ可哀想だし、映画が終わったら椅子に座らせてあげようよ。今は席が何処にあるか分かんないから、明るくなってからさ。僕があの女の人の体を持つから、朱羅さんは僕の腕を持って、あの人を椅子に座らせてあげてね」
「な、なりません! それでは陽斗殿が危険です! 私が彼女を持ちます!」
「僕じゃ、朱羅さんの腕は持ち上げられないよー。見るからに重そうだもん」
「そ……それはそうですが」
「じゃ、決まりね!」
 陽斗は最初とは打って変わり、映画の音声に耳を傾け、映画が終わるのを今か今かと待つ。
 一方、朱羅は隣で「もし陽斗殿に何かあったらどうしよう」と青ざめていた。耳を塞がずとも、映画の音声が聞こえなくなるほどに、この場にいない蒼劔に怯えていた。

         ・

 映画が終わり、場内の照明が点いた。それでも、陽斗には女性が普通の人間にしか見えなかった。
 客が出て行った後、陽斗は女性の元へ駆け寄った。女性の姿が見えない人間からすれば、陽斗の行動はゴミか落とし物を見つけて拾いに行っているようにしか見えない。
 しかし、陽斗が女性の元へたどり着く前に、
「えっ?」
「おや?」
 陽斗は驚いて途中で立ち止まり、後からついてきていた朱羅も不思議そうに女性を見る。
 女性はおもむろに起き上がり、周囲を見回すと、重くため息をついた。そして自分が座っていた座席のシートに手をつき、立ち上がると、再び席に座った。顔色こそ悪いが、胸に手を当てて苦しむこともなく、不安そうに真っ白なスクリーンを見つめている。
 陽斗と朱羅は遠巻きから女性を眺め、互いに顔を見合わせた。
「……起きたね、あの人」
「やはり、本当に死んでいたわけではなかったのですね。いえ、霊ではあるのですが」
 女性自ら、座席に戻った以上、陽斗の目的は達成されている。
 だが、陽斗は女性の表情を見ているうちに、どうしてあんなにも不安そうなのかと疑問に思った。少なくとも、これから映画を見ようとする人間の顔ではないと思った。
「ちょっと、あの人に話を聞いてくるね」
「えっ?」
 朱羅が驚いている間に、陽斗は女性の元へ駆け寄り、話しかけた。
「こんにちは!」
 目の前で話しかけたにも関わらず、女性は陽斗を無視し、スクリーンを見続けていた。
 そこで、陽斗は女性の目の前で手を振り、「もしもーし」と顔を覗き込んだ。
 すると女性はハッとした表情で目を大きく見開き、後ろへ身を引いた。そのまま目の前にいる陽斗を信じられないものでも見ているような眼差しで、凝視した。
「君……私が見えるの?」
「はい! バッチリと!」
 陽斗はグッと親指を立てて見せる。
 女性は陽斗の親指の先を黙って見つめていたが、おもむろに手を伸ばし、触れようとした。しかし、
「触れてはなりません」
 と、陽斗の後ろで控えていた朱羅に見下ろされ、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい。もしかしたら、私と同じ幽霊かと思って、触れるかどうか確かめたかったの」
「彼は生きた人間ですよ。訳あって、貴方のような人ならざる者の姿が見えるのです」
 すると女性は興味深そうに目を輝かせた。
「すごい……幽霊が見える人って、ほんとにいるのね。私、初めてそういう人に会ったわ」
 女性は意外そうに陽斗を観察する。陽斗はいわゆる「幽霊が見える人」といった印象ではないため、珍しいらしい。
 一方、陽斗は他人からそんなふうに見られたことがないため、照れ臭そうだった。
「えへへ……お姉さんこそ、自分が幽霊だって知ってるなんて、すごいですね」
「……覚えてるからね。自分が死んだ瞬間を」
 女性は胸に手を当て、目を伏せる。既に死んでいる彼女の心臓は脈を打ってはいない。
「私……死んでからずっとここにいるの。
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