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第4.5話「生き霊の大家さん」
伍:大家の真実
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「えっ……?」
陽斗が驚いている間に、老婆は消えてしまった。
同時に黒縄の金縛りも解け、長椅子へ倒れ込む。蒼劔がコップに水を入れて持ってきてやると、一気に飲み干した。
「黒縄様! ご無事ですか?!」
遅れて朱羅が天井から降りてきた。黒縄は蒼劔に水のおかわりを要求し、遅れて来た朱羅に「遅い!」と怒鳴った。
「も、申し訳ございません! 今し方、五代殿から聞いて来たものですから……」
朱羅は部屋を見回し、老婆がいないことを確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。
「大家殿はもういなくなった後だったのですね。安心いたしました」
「それより、クロコどもに追加で外付け階段の改修を依頼しておけ。報酬は倍払うから、仲間を増やしてでも今日中に済ませろとな」
「しょ、承知しました!」
朱羅は突然の黒縄の指示に戸惑いながらも、跳躍して天井から部屋を出ていった。
「おぉ~、ジャンプして上に行けるなんて、便利だなぁ」
「おい、クソガキ」
陽斗が呑気に、朱羅が去った天井を見上げて拍手していると、黒縄が険しい眼差しで陽斗に目を向けた。
陽斗は黒縄の目にビビりながらも、「な、なに?」と尋ねた。
「お前、さっきあのババァに触っただろ? 何が見えた?」
「え? えっと……」
陽斗は先程の光景を思い出し、顔を曇らせた。病院のベッドに横たわっていた老婆の顔色は目に見えて悪く、1週間前に見た時よりも衰弱していた。なんらかの病気であるのは確かだった。
「大家さんが病院のベッドで寝てたとこ……すっごく顔色が悪かった。あんな大家さん、見たことないよ」
「……なるほどな」
黒縄はようやく状況が読めた、といった表情で眉をひそめた。真相が分かったはずだというのに、複雑な表情をしている。
老婆が生き霊だと分かっていた蒼劔にも、今の老婆がどのような状況にあるのか、なんとなく察せられた。
「どうしたの? 何で2人ともそんな顔してるの?」
「事情は後で話す。テメェはまず、俺を連れてバイトに行け」
「黒縄君と?」
黒縄は陽斗の返答を待たずして玄関へ向かい、靴を履きながら「そうだ」と肯定した。
「クロコ達に払う追加の妖力を集めに行かなくちゃならなくなったからな。蒼劔は霊を倒してくれ。俺は霊の妖力は食えん」
「分かってる。人間から力を奪えないよう、目白から呪いを受けたのだろう? 五代から聞いたぞ」
「アイツ……何でもペラペラ喋りやがって」
陽斗も慌てて玄関で靴を履き、黒縄の後に続いて部屋を出た。
・
陽斗がコンビニで品出しをしている間、黒縄は万引きしようとした妖怪を捕らえ、妖力を奪いながら陽斗に老婆について話した。
蒼劔も黒縄の話に耳を傾けながら、客に取り憑こうとした女の霊を斬る。
「今し方、五代から詳しい情報が送られてきた。あのババァは1週間前に持病が悪化し、入院している。今もだ」
「そんな体調だったのに、生き霊になってまで黒縄君を説得しに来てたの?」
「おそらく、病院に入院したことで不安になったんだろうぜ。俺がリフォームしねぇまま、自分は死ぬのかもしれねーってな」
「……大家さん、大丈夫だよね? このまま病気で死なないよね?」
不安げな陽斗に、蒼劔は老婆の様子を思い返し「きっと大丈夫だ」と彼を励ました。
「今日見た老婆は1週間前に見た老婆と変わらなかった。じきに退院するはずさ」
「そっか……それなら良かった!」
蒼劔に励まされ、陽斗は再び元気を取り戻した。引き続き、品出し作業を行う。その手付きは、先程よりも軽やかだった。
黒縄は2人のやり取りを見て、何故か驚いていた。
「蒼劔……変わったな、お前」
「? そうか?」
蒼劔が店で売っている菓子を勝手に食べようとした太っちょの霊を斬り、首を傾げると「そういうとこがだ」と蒼劔の行動を指差した。
「つい最近までは、そんな人っぽい仕草をしてなかったぞ。クソガキから、だいぶ影響を受けてんな」
「陽斗から?」
蒼劔は手際よくパンを棚に並べていく陽斗を見て、微笑んだ。
「そうかもしれないな」
・
バイトから帰宅すると、2階と外付け階段のリフォームが完了していた。デザインは変わっていなかったが、新築と見間違えるほど綺麗になっていた。
黒縄もなんとか代金の妖力をコンビニで集めきり、クロコ達に渡した。クロコ達は文字通り無表情だったが、満足そうに帰っていった。
「ったく、あんだけの妖力がありゃ、暫くは体がもったのによぉ」
「ごめんね、黒縄君。大変な思いさせちゃって」
陽斗が申し訳なさそうにしていると、黒縄はわざとらしくため息を吐いた。
「まったくだぜ。こりゃ、次のテメェのバイトの休みが楽しみだなァ」
「え」
黒縄はニヤニヤと笑い、何処へ陽斗を連れて行こうか思案しながら、部屋へ帰っていった。
「ど、どうしよう、蒼劔君」
不安そうに陽斗が蒼劔を見上げると、蒼劔は陽斗の肩に手を置き、言った。
「何かあれば、俺が守る。だから、安心しろ」
「……うん!」
陽斗は蒼劔の真っ直ぐな瞳を見て、頷いた。蒼劔と一緒にいれば、何があっても大丈夫だと思えた。
・
翌日、老婆は退院し、リフォームした節木荘へ見学に来た。
老婆は自分が入院していた間にリフォームされていた2階と外付け階段を見て「あぁ、やっぱり」と頷いた。
「やっぱり夢の通りになった。ちゃあんと夢の中でお願いしたからねぇ。あの子供みたいな姿をした、陰険な新しい大家に」
「正夢になって、良かったですね!」
陽斗が元気になった老婆を見て感動している横で、黒縄は目の前で悪口を言われ、今にも老婆に向かって鎖を放とうとしていた。朱羅が黒縄を羽交い締めにし、なんとか抑えた。
「黒縄様、落ち着いて下さい!」
「るっせぇ! このババァ、1回シメてやる!」
人間に戻った老婆には、目の前で怒っている黒縄の姿は見えていなかった。
(第4.5話「生き霊の老婆」終わり)
陽斗が驚いている間に、老婆は消えてしまった。
同時に黒縄の金縛りも解け、長椅子へ倒れ込む。蒼劔がコップに水を入れて持ってきてやると、一気に飲み干した。
「黒縄様! ご無事ですか?!」
遅れて朱羅が天井から降りてきた。黒縄は蒼劔に水のおかわりを要求し、遅れて来た朱羅に「遅い!」と怒鳴った。
「も、申し訳ございません! 今し方、五代殿から聞いて来たものですから……」
朱羅は部屋を見回し、老婆がいないことを確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。
「大家殿はもういなくなった後だったのですね。安心いたしました」
「それより、クロコどもに追加で外付け階段の改修を依頼しておけ。報酬は倍払うから、仲間を増やしてでも今日中に済ませろとな」
「しょ、承知しました!」
朱羅は突然の黒縄の指示に戸惑いながらも、跳躍して天井から部屋を出ていった。
「おぉ~、ジャンプして上に行けるなんて、便利だなぁ」
「おい、クソガキ」
陽斗が呑気に、朱羅が去った天井を見上げて拍手していると、黒縄が険しい眼差しで陽斗に目を向けた。
陽斗は黒縄の目にビビりながらも、「な、なに?」と尋ねた。
「お前、さっきあのババァに触っただろ? 何が見えた?」
「え? えっと……」
陽斗は先程の光景を思い出し、顔を曇らせた。病院のベッドに横たわっていた老婆の顔色は目に見えて悪く、1週間前に見た時よりも衰弱していた。なんらかの病気であるのは確かだった。
「大家さんが病院のベッドで寝てたとこ……すっごく顔色が悪かった。あんな大家さん、見たことないよ」
「……なるほどな」
黒縄はようやく状況が読めた、といった表情で眉をひそめた。真相が分かったはずだというのに、複雑な表情をしている。
老婆が生き霊だと分かっていた蒼劔にも、今の老婆がどのような状況にあるのか、なんとなく察せられた。
「どうしたの? 何で2人ともそんな顔してるの?」
「事情は後で話す。テメェはまず、俺を連れてバイトに行け」
「黒縄君と?」
黒縄は陽斗の返答を待たずして玄関へ向かい、靴を履きながら「そうだ」と肯定した。
「クロコ達に払う追加の妖力を集めに行かなくちゃならなくなったからな。蒼劔は霊を倒してくれ。俺は霊の妖力は食えん」
「分かってる。人間から力を奪えないよう、目白から呪いを受けたのだろう? 五代から聞いたぞ」
「アイツ……何でもペラペラ喋りやがって」
陽斗も慌てて玄関で靴を履き、黒縄の後に続いて部屋を出た。
・
陽斗がコンビニで品出しをしている間、黒縄は万引きしようとした妖怪を捕らえ、妖力を奪いながら陽斗に老婆について話した。
蒼劔も黒縄の話に耳を傾けながら、客に取り憑こうとした女の霊を斬る。
「今し方、五代から詳しい情報が送られてきた。あのババァは1週間前に持病が悪化し、入院している。今もだ」
「そんな体調だったのに、生き霊になってまで黒縄君を説得しに来てたの?」
「おそらく、病院に入院したことで不安になったんだろうぜ。俺がリフォームしねぇまま、自分は死ぬのかもしれねーってな」
「……大家さん、大丈夫だよね? このまま病気で死なないよね?」
不安げな陽斗に、蒼劔は老婆の様子を思い返し「きっと大丈夫だ」と彼を励ました。
「今日見た老婆は1週間前に見た老婆と変わらなかった。じきに退院するはずさ」
「そっか……それなら良かった!」
蒼劔に励まされ、陽斗は再び元気を取り戻した。引き続き、品出し作業を行う。その手付きは、先程よりも軽やかだった。
黒縄は2人のやり取りを見て、何故か驚いていた。
「蒼劔……変わったな、お前」
「? そうか?」
蒼劔が店で売っている菓子を勝手に食べようとした太っちょの霊を斬り、首を傾げると「そういうとこがだ」と蒼劔の行動を指差した。
「つい最近までは、そんな人っぽい仕草をしてなかったぞ。クソガキから、だいぶ影響を受けてんな」
「陽斗から?」
蒼劔は手際よくパンを棚に並べていく陽斗を見て、微笑んだ。
「そうかもしれないな」
・
バイトから帰宅すると、2階と外付け階段のリフォームが完了していた。デザインは変わっていなかったが、新築と見間違えるほど綺麗になっていた。
黒縄もなんとか代金の妖力をコンビニで集めきり、クロコ達に渡した。クロコ達は文字通り無表情だったが、満足そうに帰っていった。
「ったく、あんだけの妖力がありゃ、暫くは体がもったのによぉ」
「ごめんね、黒縄君。大変な思いさせちゃって」
陽斗が申し訳なさそうにしていると、黒縄はわざとらしくため息を吐いた。
「まったくだぜ。こりゃ、次のテメェのバイトの休みが楽しみだなァ」
「え」
黒縄はニヤニヤと笑い、何処へ陽斗を連れて行こうか思案しながら、部屋へ帰っていった。
「ど、どうしよう、蒼劔君」
不安そうに陽斗が蒼劔を見上げると、蒼劔は陽斗の肩に手を置き、言った。
「何かあれば、俺が守る。だから、安心しろ」
「……うん!」
陽斗は蒼劔の真っ直ぐな瞳を見て、頷いた。蒼劔と一緒にいれば、何があっても大丈夫だと思えた。
・
翌日、老婆は退院し、リフォームした節木荘へ見学に来た。
老婆は自分が入院していた間にリフォームされていた2階と外付け階段を見て「あぁ、やっぱり」と頷いた。
「やっぱり夢の通りになった。ちゃあんと夢の中でお願いしたからねぇ。あの子供みたいな姿をした、陰険な新しい大家に」
「正夢になって、良かったですね!」
陽斗が元気になった老婆を見て感動している横で、黒縄は目の前で悪口を言われ、今にも老婆に向かって鎖を放とうとしていた。朱羅が黒縄を羽交い締めにし、なんとか抑えた。
「黒縄様、落ち着いて下さい!」
「るっせぇ! このババァ、1回シメてやる!」
人間に戻った老婆には、目の前で怒っている黒縄の姿は見えていなかった。
(第4.5話「生き霊の老婆」終わり)
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