贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
87 / 327
第4.5話「生き霊の大家さん」

肆:1週間後

しおりを挟む
「黒縄氏ぃ、いい加減もうリフォームしたら?」
「あ゛?」
 黒縄が1階をリフォームしてから1週間後の朝、陽斗達と自室のリビングで食卓を囲んでいた黒縄はげっそりした顔で、五代を睨んだ。目の下には濃いクマができ、唇は紫に青ざめている。
 そうめんパーティーをして以来、食事は黒縄の部屋で朱羅の手料理を食べるのが彼らの日課になっていた。今朝は白米、焼き魚、玉子焼き、味噌汁、しば漬けという、ザ日本の朝食なメニューだ。
 部屋の主である黒縄は最初こそ文句を言い、陽斗達を追い出そうとしたが、彼らが懲りずに毎日来たのと、夜ごと生き霊となって部屋を訪れてくる大家による疲労で、諦めた。
「知ってんすよ? 黒縄氏の部屋に夜な夜な、大家氏の生き霊が来て、リフォームするようせがんでるってこと」
「そうなの?」
 朱羅に用意してもらった玉子焼きをくわえ、陽斗は驚く。
「あぁ」
「そうなんです……」
 事情を知っている蒼劔と朱羅は揃って頷いた。黒縄の元に大家の生き霊が来ていることを知らないのは、陽斗だけだった。
 黒縄は鬱陶しそうに舌打ちし、しば漬けをボリボリと噛んだ。
「生き霊に譲歩なんかしてたまるかよ。そんなにリフォームしたかったなら、テメェが大家の時にやっとけって話だろ?」
「大家殿はこの節木荘の維持で、いっぱいいっぱいだったんです。リフォームまで手が回らなかったのだと、初めて電話した際におっしゃっていました」
「そりゃ、結界張ってる間は大家氏入って来ないかもしれないけどさぁ、このまま妖力を使い続けてたら、今の黒縄氏の体が保てないよ? これ以上ちっちゃくなるのは避けたいっしょ?」
 朱羅と五代が黒縄の体を心配するが、本人は顔をしかめたまま、しば漬けをボリボリと噛み続けていた。
 箸で器用に焼き魚の骨を取っていた蒼劔も「諦めろ」と黒縄に言った。
「異形は依代になり得る、古い物を好む。このアパートにある物だと、畳や電化製品などが危険だろう。最悪、この建物そのものに、なんらかの異形が憑依することだってあるかもしれないのだぞ」
「だったら、願ったり叶ったりだな。強い妖怪が憑依してくれりゃ、俺様の体も維持出来るってもんだ」
「……本気で言っているのか?」
 蒼劔は器用に焼き魚の目玉を箸でつまみ上げ、口へ運ぶ。
 黒縄もしば漬けを力任せにボリボリと噛みながら、蒼劔を睨んでいた。
 険悪な空気の中、暫く食事をする音のみが続いていたが、ふいに黒縄が重くため息を吐いた。
「はぁ……分かったよ。リフォームすりゃ、いいんだろ? いい加減、あのババァの顔を見んのはツラいからな」
「えっ、ほんと?!」
「本当ですか?!」
「やったマジで?!」
 黒縄の答えを聞いた途端、陽斗、朱羅、五代が一斉に表情を明るくさせ、黒縄に詰め寄った。
 黒縄は手で「しっしっ」と3人を払い、口へ白米を掻き込んだ。
「その代わり! 家賃は上げるからな!」
「えー?!」
「そこはそのままでいいではないですかー!」
「そーだそーだ!」
「うっるせぇっ! リフォームするだけ、ありがたいと思え!」
 文句を言う3人を横目に、蒼劔は白米を口にして微笑んだ。

         ・

 朝食を食べ終わってすぐ、黒縄はクロコ達を呼び出し、リフォーム工事を依頼した。
 2階に住んでいた陽斗、朱羅、五代は荷物を黒縄の部屋へ移動させ、駐車場から工事の様子を見守っていた。荷物を黒縄の部屋へ移動させた折、部屋の主である黒縄と軽くもめたが、朱羅が高級チョコレートを使用したチョコアイスをバケツ一杯に作って渡し、事なきを得た。
「楽しみだねー」
「そうだな」
 工事の完成を楽しみにバイトへ向かおうとした陽斗の元へ、原因となった生き霊の前の老婆がやって来た。
「陽斗ちゃん、おはよう」
「お、大家さん! おはようございます!」
 今朝初めて大家が生き霊となっていたことを知った陽斗は戸惑いながら、大家に挨拶した。体を確認したが、至って健康そうだった。
(良かった……お元気みたいだ。繰り返して生き霊になってると魂が抜けやすくなって、そのままぽっくりって聞いてたから、すごい心配だったんだよね……)
 陽斗は先程食卓で蒼劔達から聞いた話を思い出し、青ざめた。
 老婆は自分が生き霊になっているとも知らず、節木荘が工事をしている様子を見て「やっとリフォームしてくれることになったんだねぇ」と顔をほころばせた。
「良かったよぉ。これで陽斗ちゃんも、快適に暮らせるねぇ」
「はい! 家賃は上がっちゃいますけど、今より快適に暮らせるなら仕方ないかなって」
「……家賃、上げるのかい?」
 その途端、老婆の眼光が鋭くなった。そのまま黙って黒縄の部屋へ向かう。
「あ、あの、大家さん?!」
「陽斗、そろそろバイトの時間だぞ」
「分かってるけど、でも……!」
 陽斗はバイトの時間が気になりつつも、大家の後を追って、黒縄の部屋へ向かった。
 黒縄の部屋の扉は閉まっていたが、どういうわけか老婆が近づくと勝手に開いた。そのまま老婆はヨタヨタと歩いて中へ入っていく。
 陽斗の後をついてきた蒼劔はその瞬間を目の当たりにし、目を見開いた。
「まさか、あの大家……」
 一方、陽斗は扉が勝手に開いたことに気づいておらず「あの扉、自動ドアだったんだね」と勘違いしていた。

         ・

 黒縄は部屋でアイスを食べ終え、長椅子でウトウトしていたが、突然部屋に入ってきた老婆を見て、一気に眠気が吹っ飛んだ。
「な、なんで真昼間にお前が!」
「年長者に向かって、なんて言い草だい? 坊や」
 老婆は黒縄の姿が見えていた。足音を立てることなく、ゆっくりと黒縄へ近づいていく。
「くそっ」
 黒縄は袖から鎖を放ち、老婆を捕らえようとした。しかし、その前に体が硬直し、動かなくなった。袖から放たれた鎖は、老婆へ届くことなく、床へ落下する。
 老婆は黒縄の眼前まで近づくと、口を開いた。
「やっと2階をリフォームする気になってくれて、嬉しいよ。でも、具体的にどうリフォームする気なんだい? 内容によっては、家賃値上げに反対するつもりだよ」
「そ、そこの机の上に図面がある。テメェの目で確認しろ」
 老婆は黒縄に言われて、机の上の図面を覗き込んだ。大家をやっていただけあって、図面の見方はよく分かっていた。
「なるほど……構造はそのままに、畳や老朽化した箇所は交換するんだね。クーラーも付けてくれるのかい? 嬉しいねぇ」
「言っとくが、変更は出来んぞ! もう工事は始まってるんだからな!」
 老婆は暫く図面を見つめていたが、グルンっと急に黒縄を振り返り、目を見開いて呟いた。
「それなら、外付け階段もリフォームしてくれないかい? かなり錆びてて、今にも崩れ落ちそうなんだよ。あそこはまだ手をつけていないんだろう? 陽斗ちゃんや他の入居者さんが危険な目に遭っちゃ、たまったもんじゃないからねぇ」
「チッ、分かったよ。あの階段も改修してやる。他にはもうないだろうな? 
「そうだねぇ……寒くなったら、暖房器具と毛布を買いな。このアパートは冬になると、外と変わらない室温になるからねぇ。それなら、値上げに応じるよ」
「分かった、分かった! 冬になったら買ってやる!」
 そこへ、老婆を追ってきた陽斗と蒼劔が部屋へ入ってきた。老婆が中へ入った後、再び扉が閉まったため、手間取っていたのだ。
 陽斗は黒縄の部屋の扉が自動ドアだと信じて疑わず、なんとか開けようと試行錯誤していたが、結局蒼劔が扉をすり抜け、中から鍵を開けた。
「大家さん! 急にどうしたんですか?! 黒縄君の部屋に勝手に上がるなんて! 僕だって、未だにインターホン押さずに入ったら、怒鳴られるのに!」
「陽斗、あの老婆は……」
 すると大家は陽斗の顔を見るなり顔をほころばせ、黒縄から離れて彼へ歩み寄った。やはり、足音はしなかった。
「陽斗ちゃん、良かったねぇ。階段、直してもらえるって。冬も暖房器具と毛布を買ってもらえりそうだよ」
「えっ、本当ですか?!」
 陽斗が聞き返すと、大家はニコニコと笑って何度も頷いた。
「本音を言うと、お風呂とトイレを各部屋に作ってもらいたかったんだけど、もう工事が始まってるそうだから、無理だったよ。銭湯代はこの、イケすかない新しい大家に払ってもらってね」
「おい! 勝手に銭湯代を払わせようとしてんじゃねぇ!」
 黒縄が老婆の後ろで怒っていたが、陽斗は階段のリフォームと、冬があったかく過ごせると聞き、嬉しかった。
「ありがとうございます、大家さん! 大家さんのお陰です!」
 そして老婆の手を取ろうと手を伸ばしたが、陽斗の手は老婆の手をすり抜けた。
「えっ?」
 その一瞬、陽斗の脳裏に姿がよぎった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

処理中です...