贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4.5話「生き霊の大家さん」

参:真夜中の大家

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 黒縄は人の気配に目覚めた。
 寝室に窓はなく、真っ暗だったが、鬼である黒縄にはハッキリと、ベッドの近くに立っている元大家の老婆の姿が見えていた。白いフリルがついた、ピンクの花柄のパジャマを着ている。
(このババァ……どっから入ってきやがった?)
 黒縄は袖から鎖を放ち、老婆を捕らえようとしたが、体が固まって動けなかった。どうやら金縛りにあっているらしい。辛うじて、目は動いた。
 人間に起こる金縛りは、脳が起きているのに体が動かないために発生する、と科学的に解明されている。しかし、鬼である黒縄にはその現象が自然に起こることはなく、明らかに霊的な力によるものだった。
 そして、その金縛りを起こしているのが、目の前に立っている老婆だということも、すぐに分かった。
(コイツ……生き霊か!)
 老婆は虚な目で黒縄を見下ろしていた。
 普通の人間ならば、見える人間と見えない人間に分かれるのだろうが、同じ異形の黒縄にはハッキリとその姿が見えていた。
(クソッ! おい、五代! 蒼劔にこっちに来るよう言え! どうせ起きてんだろ、昼夜逆転野郎!)
 黒縄は頭の中で五代に呼びかけたが、彼は珍しく眠っていた。キャロライナリーパーのそうめんを食べたことでネットゲームに集中出来ず、早々に諦めて眠ったのだ。
 黒縄の声は届いていたものの、夢の中の出来事だと思い、無視していた。
「う~ん、黒縄氏うるしゃーい。今、オイラがハルティンと握手してるでしょーがー」
 その間も老婆は黒縄のベッドのそばに立ち続けていたが、身動きの取れない黒縄に危害を加えようとする様子はなかった。
 それでも黒縄が老婆を警戒し、様子を窺っていると、ふいに老婆と目が合った。
(やっべ!)
 慌てて目をそらそうとしたが、今度は目まで動かなくなった。
 老婆は黒縄と目を合わせたまま、ジリジリと近づいてくる。やがて黒縄の眼前まで顔を近づけると、ボソッと呟いた
「……リフォーム、してくれないかい?」
(は?)
 何を言い出すか身構えていた黒縄は、拍子抜けした。もし顔が動いていれば、彼には珍しいポカンとした表情を浮かべていたはずである。
「2階のリフォーム……してくれないかい?」
 老婆は黒縄が返答出来ないことが分からないのか、尚もリフォームするよう頼んだ。
 終いには、陽斗と出会った時のことまで話し出し、涙を浮かべていた。
「陽斗ちゃんは……いい子なんだよぉ。こんなボロ屋でも、“立派なお部屋ですね”なんて、言ってくれてねぇ……あたしゃ、孫が増えたみたいで嬉しかったよぉ」
 そこでようやく、黒縄は老婆の目的を理解した。
(このババァ……俺にリフォームさせるためだけに、生き霊になって飛んで来やがったのか?! あり得ねぇ!)
 生き霊とは、生きながらにして霊になることである。
 魂の一部、もしくは魂そのものを体から排出し、霊体となって活動できるのだが、術者以外の人間の場合はほとんどが無自覚に生き霊になっていることが多く、そのまま体に戻れず、死亡してしまう者も多かった。
 術者の場合は「思念体」という、魂の分身のような物を作り出し、それに意識を乗せて操る。そのため、思念体が消えても意識が体に戻るだけで済むが、かなりの難易度の高い術で、使えるのは実力のある一部の術者のみだった。
 生き霊にしろ思念体にしろ、目的の場所や相手に放つには、強い念が必要になる。この老婆の場合、陽斗の部屋をリフォームして欲しいという願望を黒縄に叶えてもらいたい気持ちが強過ぎて、生き霊になったらしい。
 普通ならば、「陽斗の部屋をリフォームする」と老婆に宣言し、その通りに行動すれば、生き霊が出ることはなくなるので、そうすればいいのだが、黒縄は強情な鬼だった。元々リフォームする気などない上に、「生き霊に命じられたからリフォームした」などとは、陽斗達には口が裂けても言えなかった。
 黒縄は声が出ないのを承知で、老婆に言った。
「誰がリフォームなんかするかバァーカ!」
 不思議なことに、声が出た。
 腹から出した大声に、2階で待機していた朱羅が天井から寝室へ降りてきた。
「黒縄様! どうかなされましたか?!」
 蒼劔にも黒縄の声は聞こえていたが「デカい寝言だな」と呆れるばかりで、降りては来なかった。
 朱羅は寝間着にしている朱色の薄手の浴衣姿で金棒を構え、寝室にいる老婆を睨んだ。
 だが、すぐに老婆が前の大家だと分かると、目を丸くして驚いた。
「大家殿?! どうしてここに……?!」
 老婆は朱羅に気づき、ゆっくりと彼へ顔を向けた。無言のまま暫く朱羅を見つめ、何やらモゴモゴと言っていたが、何を言っているのか分からないまま、姿を消した。
 同時に、老婆が姿を消したことで黒縄の金縛りが解け、黒縄は「ぶはっ!」と勢いよくベッドから起き上がった。呼吸が荒く、温度を感じないはずの全身から汗が吹き出していた。
「黒縄様、ご無事ですか?! 今、お水をお持ちしますので!」
 朱羅は金棒を床に置き、急いでキッチンへ向かった。
 やがて朱羅がコップに水を汲んで持ってくると、黒縄はコップを受け取り、一気に飲み干した。幾分か動悸と汗はおさまり、黒縄は平静さを取り戻した。
「……朱羅。あの大家の生き霊のことは、他のヤツらには絶対言うな」
「し、しかし、あのお婆さんは前の大家殿ですよね? 何かのっぴきならない事情があって、黒縄様の元へいらしたのでは? 何があったのか、私にだけ教えて下さい!」
「断る。さっさと部屋に戻れ」
 そう言うと黒縄は布団を頭まで被り、朱羅に背を向けた。こうなったら、もう黒縄はうんともすんとも言ってはくれない。
 朱羅は言われた通り、部屋から出て行こうとして、老婆が先程自分を見てボソボソと何か呟いていたことを思い出した。
 朱羅には聞こえなかったが、老婆と距離が近かった黒縄には聞こえたはずだと思い、彼は黒縄に尋ねた。
「ではせめて、大家殿が私を見て何と仰っていたのかだけでもお答え下さい。それならば、私にも知る権利があるでしょう?」
「……」
 黒縄はもぞもぞと布団から顔を出し、何故か気の毒そうに朱羅を見ながら答えた。
「“いい男だねぇ。あたしも、もうちっと若かったら良かったんだけどねぇ”……だと」
「……」
 朱羅は暫く言葉を失った後、ポツリと呟いた。
「……一応、私の方が年上なんですけどね」
「知ってる」
「……」
「……」
 暫く沈黙が続いた後、朱羅は床に置いていた金棒を拾い上げ、複雑そうな表情で玄関から部屋を出て行った。天井から戻った方が早い、ということまで頭が回らなかった。
 部屋に残った黒縄はベッドに寝転がったまま寝室に結界を張り、再び眠りについた。結界のお陰か、今度は老婆に起こされることもなく、朝までぐっすりと眠ることが出来た。
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