贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4.5話「生き霊の大家さん」

壱:黒縄が新しい大家さん?!

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 バキバコバリバリドカーンッ!
「ひょわっ?!」
 早朝、陽斗は突然の轟音と振動で布団から飛び起きた。
 音は階下から聞こえていた。何かが猛烈な音を立て、崩れ落ちているようだ。
「ま、まさか地震?!」
「落ち着け、陽斗」
 部屋の隅で座っていた蒼劔は顔をしかめ、1階へ目をやった。
「これは地震じゃない。黒縄の仕業だ」
「黒縄君が?」

         ・

 陽斗が蒼劔と共に1階へ向かうと、黒縄と朱羅が駐車場に立っていた。2人共、頭に工事用の白いヘルメットを被っている。朱羅はいつものスーツだったが、黒縄はグレーの半袖のつなぎを着ていた。
 朱羅は外付け階段から陽斗と蒼劔が降りてきたのを見ると「おはようございます」と2人に微笑んだ。
 隣にいる黒縄は2人を無視し、両手で広げた大きな紙へ視線を落としている。日光で紙の裏が透け、アパート1階の設計図が書かれているのが見えた。小さな文字で事細かに指示が書かれており、裏からでは何と書かれているのか判然しない。
「お、おはよう、朱羅さん。あの、これは一体何をやってるの……?」
 陽斗は駐車場から節木荘の1階の惨状を見て、愕然とした。
 4つの部屋があったはずの1階が、壁も畳も押し入れも取り払われ、木の骨組みだけの状態になっていたのだ。部屋と部屋を仕切っていた壁もなくなったため、吹き抜けになっている。
 朱羅は「お知らせするのが遅れて申し訳ございません」と断りを入れ、言った。
「実は、黒縄様がこちらのアパートを買い取られたのです。この先ずっと、車中で過ごすのは御免だから、と。現在、黒縄様のお部屋となる1階のリフォーム工事の真っ最中でして……ご迷惑をおかけしますが、本日の夕刻には完成する予定ですので、何卒ご容赦くださいませ」
「買い取ったって……1階、全部?!」
「いいえ。このアパートそのものを、です」
「えぇぇっ?!」
 朱羅の説明によると、黒縄は陽斗達と協力関係になった上に、以前の根城だった原黒井ビルが崩落したことで、節木荘を新たな根城にすることを決めたのだという。
 しかし、節木荘の老朽化具合を実際に見て
「こんなとこで住めるかッ!」
 とキレた彼は、昨夜の花火大会が終わってすぐに節木荘の大家へ連絡し、「節木荘を買い取りたい」と伝えた。
 当初、大家は売却を渋っていたが、黒縄が何やら囁くと、一転して売却に快く応じ、今朝には黒縄へ所有権が移っていた。
「私は術にあまり詳しくないので詳細は分かりかねますが、黒縄様が大家殿になんらかの術を施し、商談をまとめたのは確かです。とはいえ、お金はきちんと一括でお振込みしましたので、ご安心下さい」
「アパートを、一括で……?!」
「ボロ物件だけあって、破格の安さだったぜ? 追々手放す予定だったみてーだし、タイミングとしてもちょうど良かったんだろ」
 黒縄は設計図に視線を落としたまま、言った。
 しかしいくら築年数が経ったアパートとはいえ、それを一括で購入した上、リフォームまでするにはかなりの額が必要になるはずだ。少なくとも、陽斗には払えそうもなかった。
「……黒縄君って、もしかしてお金持ち?」
「今まで使ってこなかっただけだ。人間共とは極力、距離を置くようにしているからな。リフォームを依頼したアイツらも、人間じゃねぇ」
 黒縄が指差したのは、骨組みのみになった1階で作業している、大工達だった。
 黒縄と同じ白いヘルメットを目深に被り、黙々と作業をしている。よく見ると、全員顔が真っ黒で、目も鼻も口も耳も髪もなかった。
「“クロコ”か。」
 蒼劔は彼らを見て、眉をひそめた。
「クロコって?」
「代行業を生業としている妖怪だ。職種問わず、ああして黙々と作業する仕事を得意としている」
「代償に、妖力をガッポリ取られるけどな。ま、クソガキのお陰で妖怪には不自由してねぇけど」
 陽斗は改めて、クロコ達を見た。
 外見こそ不気味だが、普通の人間と同じように働いている。以前、駐車場へ集まっていた妖怪達と同じ生き物だとは思えなかった。
「妖怪にも色々いるんだね……」
 ふと、陽斗は今朝もバイトがあることを思い出し、朱羅に時間を聞いた。
 朱羅は胸ポケットからスマホを取り出し、「あと5分で8時ですよ」と教えてくれた。今すぐバイト先へ向かわねば、遅刻する時間だった。
「やばっ! 早く着替えてこないと!」
 陽斗は急いで外付け階段を昇り、部屋へ戻っていった。
「……そういえば、許したのか?」
 その場に残った蒼劔は、ふいに黒縄に尋ねた。
 黒縄は彼の意図が読めず、「何がだよ?」と顔をしかめて聞き返す。
 蒼劔は、同じくポカンとしている朱羅を見て、言った。
「朱羅はお前を裏切っていたのだろう? 全面的に悪いのは、説明足らずなお前のせいだが、今後は協力するのだから、互いに遺恨が残ってはいないかと危惧してな」
 黒縄は真っ直ぐ蒼劔の目を見て答えた。
「気にしちゃいねぇよ。俺は裏切られて当然のことをしたんだからな」
「し、しかし、黒縄様は地獄八鬼を止めようとなさっていたのでは……」
 庇おうとする朱羅を黒縄は鋭く睨み「同じことだ」と言い切る。
「テメェがいた村を襲ったのが俺の元仲間だった以上、止められなかった俺にも非はある。むしろ、俺がビルから放り出すまで裏切らなかったテメェに驚いてるぜ」
 それに、と黒縄はイジワルそうな笑みを浮かべ、朱羅の背中をバンバン叩いた。
「テメェは俺が1番ムカついてた鉄衣を倒した! ずっと気に食わなかったんだよなー、アイツが俺と同じ名前を名乗ってたこと! テメェがアイツを倒したって矢雨から聞いた時は、笑い転げたぜ! だから、あんま気にすんな?」
「は、はぁ、ありがとうございます……」
 朱羅は裏切ったことを責められるどころか、かえって褒められ、複雑な表情をしていた。
 蒼劔も、てっきりいつものように黒縄が朱羅を口汚く罵るのかと思っていたため、拍子抜けしたように驚いていた。
「……やっぱし、黒縄氏は朱羅氏に甘ぇな、と思う蒼劔氏なのであった」
 いつの間にか蒼劔の隣に並んで立っていた五代は蒼劔の心の中を読み取り、あたかも彼のモノローグであるかのように話した。
 五代は目の下に濃いクマを作り、寝癖だらけの髪のままで遠くを見つめていた。服は昨日と同じ、『フィジカル勝負オンラインⅡ』と胸にロゴが入った、ネットゲームのTシャツを着ている。
「五代……貴様、いつからいた?」
「さっき。工事の音がうるさくて起きたら、ネトゲ寝落ちしてたことに気づいて、ひとしきり絶叫してから、様子見に来たんだお。激レア武器ドロップイベント最終日だったのに、まさかの寝落ち……もう後悔みがぱなくて、あざ丸水産に就職してマグロ漁船によいちょまるしたい気分だわ」
「一体、何を言っているんだ? 日本語で話してくれ」
「俺にもさっぱりだよ……使ってる言葉の意味、間違ってる気がするし」
 陽斗が準備を終えて、戻ってくるまでの間、蒼劔は五代と並んで、工事の風景を眺めていた。
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