贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」

5日目:花火大会前編(エピローグ)

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 五代と別れてから数時間後、夜。
 間もなく節木市では「節木市花火大会」が始まろうとしていた。
 花火が見える夏祭りの会場は、1日目の比でない賑わいを見せ、客達でごった返している。
「いらっしゃいませー! ジャンボ1本ですね! ありがとうございます!」
 林檎飴の屋台に立つ陽斗も、忙しなく働いていた。ジャンボ林檎飴が物珍しいのか、屋台の前には長い行列出来ている。
 陽斗はコンビニのバイトで鍛えられた接客術で手際良く客の注文を処理していき、花火の打ち上げが始まる数分前には全ての客をさばき終えていた。
「ありがとうございましたー!」
 最後の客へ頭を下げ、顔を上げると、2人の子供が屋台の上から顔を出していた。
「陽斗」
「陽斗」
「うわっ?!」
 不意打ちに現れた2人の子供に、陽斗は思わず声を上げた。しかしすぐに、相手が焦熱と炎熱だと分かると「焦熱君! 炎熱君!」と笑顔で迎えた。
「花火、見に来てくれたんだね!」
「うん。ついでに林檎飴も買いに来た」
「うん。普通のやつ買いに来た」
 焦熱と炎熱は小さな手で陽斗に小銭を渡し、林檎飴を注文した。
「まいどあり! ジャンボもあるけど、普通の林檎飴でいいの?」
「あれはほとんど飴。林檎飴じゃない」
「僕らは林檎飴が食べたい。だから普通を選ぶ」
「まぁ、子供が食べるにはサイズがおっきいしね」
 陽斗は2人から小銭を受け取ると、「ノーマル2本!」と屋台主のおじさんに注文を伝えた。
「せっかくだから、そのまま屋台の上で花火を見たらどう? そこなら、僕も君達と一緒に花火を見られるし!」
 焦熱と炎熱は頷き「いいと思う」と同時に言った。
 陽斗は屋台主から2本の林檎飴を受け取り、頭上の焦熱と炎熱に渡した。
 隣にいる屋台主は陽斗が誰もいない空間に向かって喋っていることも、渡した林檎飴が一瞬にして消えた瞬間も見ていたが「働き過ぎて幻を見た」と自分に言い聞かせ、見て見ぬフリをした。
「ところで、何か増えてないか?」
「緑のモジャモジャ、増えてないか?」
 ふと、焦熱と炎熱は林檎飴をペロペロ舐めながら、屋台の裏に植わっている街路樹を指差した。
「モジャモジャ?」
 陽斗が振り返ると、号泣している五代が黒縄の鎖で街路樹にくくりつけられていた。
「うぅぅ……花火が上がる前に失恋したボーイが可哀想だよぉ……。好きな子がクラスのイケメンとデートしてるの偶然見ちゃうとか、悲し過ぎるぅ……!」
 陽斗は気の毒そうに五代に視線をやりながらも、鎖から解放しようとはせず、「あの人は五代さんだよ」と焦熱と炎熱に説明した。
「思っていることを読み取ったり、本人も忘れている過去の記憶を辿ったり出来る、すごい妖怪さんなんだけど、ちょっとマイペース過ぎる妖怪さんでね……あれは仕事をサボった罰なんだって」
「ふぅん……弱そう」
「ふぅん……人間の血が混じってる」
「人間?」
 焦熱と炎熱はこっくりと頷いた。
「そういえば、蒼劔君もそんなようなことを言ってたような……」
 陽斗は屋台主に断りを入れ、五代の元へ駆け寄った。
「五代さーん! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」
 そこへ、屋台へ買い出しに行っていた朱羅がちょうど戻ってきた。様々な屋台の食べ物が、彼の頑丈な腕で大量に抱えられていた。
「五代殿! かき氷、買ってきましたよ。メロンミルクでよろしかったですよね?」
 朱羅は大量の戦利品を一旦、街路樹の下に敷いていたレジャーシートへ置くと、五代が所望していたかき氷をスプーンで一口すくい、くくりつけられている五代の口へ運んだ。
「はい、どうぞ」
 五代は朱羅の優しく穏やかな笑顔に、かき氷をかき氷を食べながらホロリと涙をこぼした。
「う、うぅ……朱羅氏、ありがとう。オイラの味方は、陽斗氏と朱羅氏だけだよぉ。蒼劔氏も黒縄氏も、2人して僕をここにくくりつけるなんて、酷い! 非道い! 非道過ぎるぅ!」
「えぇ、まったく」
 朱羅も険しい表情で頷き、五代の口へかき氷を突っ込む。
「蒼劔殿は屋台巡りでお忙しそうですし、黒縄様は陽斗殿に近づいてくる妖怪を狩れて、喜ばれていらっしゃいます。私に五代殿のお世話を押しつけておいて……本当にお2人は勝手な方達ですよね」
「ちょ、朱羅ふぃ? かき氷の量多ふない? 俺っふぃ、このままだとかき氷で窒息しひゃいそうなんらけろ」
 五代は朱羅に次々にかき氷を口に入れられ、もごもごしていた。しかし朱羅の手は止まらない。
 今こそ恨みを晴らすとき、とばかりに、五代の口をかき氷で埋めようとしている。
「ご、五代さん、大丈夫?」
 心配そうに陽斗が呼びかけると、まともに喋れない五代の代わりに、朱羅が「大丈夫ですよ」と答えた。朱羅の口は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「彼は曲がりなりにも妖怪ですから、この程度では死にません。私に間違った情報を流し、黒縄様を裏切らせた罰です。熱い食べ物が御所望でしたら、出来立てのたこ焼きも御座いますよ? 食べます?」
「ふぉっ、ふぉれんなふぁいぃー!」

         ・

 五代が悲痛な叫び声を上げている上空では、黒縄が両袖から出した鎖を振り回していた。
「ハッハッハ! さすがだな、クソガキ! 妖怪共が入れ食いじゃねぇか!」
 黒縄は数本の鎖を駆使し、人混みに紛れている妖怪を次々に捕らえていた。
 捕らえた妖怪は鎖を通して黒縄に妖力を吸い取られ、消滅する。
 その様子を、蒼劔は焦熱と炎熱と同じ、陽斗がバイトをしている林檎飴の屋台の上から見ていた。
「無差別に妖力を奪うなよ? 人間に害をなそうとしている異形のみにしろ」
「分かってるっつーの! テメェは呑気に甘味でも食ってな!」
 黒縄の言う通り、蒼劔の手には大盛りの宇治金時のかき氷が抱えられていた。ストローで作った普通のかき氷のスプーンでは間に合わないため、カレー屋からくすねてきた大きなプラスチックのスプーンを使っている。
 蒼劔の周囲には、あんこを使ったスイーツが山のように置かれていた。1日目よりも量も種類も増していたが、既に購入した食べ物の半分以上は彼に食い尽くされていた。
 同じ屋台の上にいる焦熱と炎熱も、蒼劔を取り囲んでいるあんこスイーツの山脈を見て、無表情のままドン引きしていた。
「うわ……」
「うわ……」
「ん? 食べたいならやるぞ」
 蒼劔は双子にドン引かれているとも知らず、まだ手をつけていなかった今川焼きを2つ渡した。
 焦熱と炎熱は恐る恐る今川焼きを受け取り、食べた。
「……美味しい」
「……美味しい」
「だろう?」
 目を細めて笑う蒼劔を見て、双子は「こいつ、こんな表情もするのか」と思いながら、今川焼きを食べていた。
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