贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」

5日目:五代の居場所

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 「無限大」の部屋は物で溢れかえっていた。
 台所は食べ物や飲み物の空き箱が詰め込まれた大量のゴミ袋で埋まり、四畳半の部屋には5台ものデスクトップパソコンが机や床を占拠し、膨大なアニメグッズや漫画が部屋の隙間を埋めるように置かれていた。壁や天井にも、アニメやキャラクターのポスターが所狭しと貼られている。
 物だらけの部屋の真ん中で、「無限大」と名乗っていた五代はチワワのように震えて腰を抜かしていた。今日は刀を構えているキャラクターがシルエットになってプリントされた、ミント色のTシャツを着ていた。
 先に部屋へ侵入していた蒼劔は五代に刀を向けていた。
 黒縄も陽斗と朱羅の首から鎖を外し、代わりに五代の体へ巻きつける。五代は「ぐぇっ」と潰れた蛙のような声を発し、呆気なく拘束された。
「観念しろ、五代。“陽斗に恩がある”と言いながら、貴様は必要な時に限ってサボっていた。貴様には罰を受けてもらわねばならん」
「いーやーだーッ!」
 五代は両足をバタバタと動かし、首を横にブンブンと振る。陽斗と話していた時の内気な態度は消え、スピーカーや電話を通して話していた五代そのままの姿をさらけ出していた。
「チミ達に協力して、目白探しを続行するとか、絶対無理! 俺は術者に見つからず、ひっそりと生きていきたいの! なんの情報も読み取れない術者とか、絶対ヤバいヤツじゃん! そんなのに見つかったら、俺もう生きていけない!」
 蒼劔は言おうと思っていたことを五代に先に言われ、眉をひそめた。
「俺の心を読み取ったか……ならば話は早い。引き続き、俺達に協力しろ。それが陽斗を危険に晒した罰だ」
「俺は全力でやったんですぅー! 悪いのは黒縄氏でしょ?! ホントマジ勘弁して下さいよぉ……!」
 五代の言い分は責任逃れとしか捉えようがなかったが、彼が術者を恐れているのは本当のようだった。大袈裟ではあるが、冗談や演技で言っているのではない。陽斗は五代が長い前髪の向こうで涙を浮かべているのを見て、そのことに気づいた。
 足の踏み場を探しながら五代の元へ歩み寄り、蒼劔と黒縄の間から割って入ると、腰を抜かしている五代の前にしゃがんだ。
 五代は陽斗の行動に驚き、ウサギのような赤い目を丸くする。
「どうしてそんなに術者が怖いの?」
 五代は陽斗から目を逸らし、答えた。
「……アイツらは俺を狙っているんだよ。俺の能力を使えば、鬼や妖怪の位置情報とか、次にとる行動とか、何でも分かるからね。術者達は俺達異形を便利な道具としてしか見ていない。中には無茶な使われ方をして精神的におかしくなったり、逆恨みされて呪われたりしたヤツもいる。だから、俺は君達に協力出来ない」
 それとも、と五代は前髪の間から陽斗を見上げ、自嘲気味に笑った。濡れた赤い目は希望を失っていた。
「それとも……君が俺を守ってくれるのかい?」
 陽斗は俯き、答えた。
「……僕には五代さんを守れない」
 陽斗は五代の言うような術者に会ったことはないが、話を聞くに、自分が太刀打ち出来るような相手でないことは分かっていた。
 かと言って、彼は五代を見捨てようなどとは全く思っていなかった。
「え?」
 五代は陽斗が考えていることを先読みし、驚く。
 読まれているとは知らない陽斗は、自分の両脇に立つ蒼劔と黒縄の手を取り、言った。
「でも、蒼劔君達なら君を守れる」
「む?」
「はァッ?!」
 突然の申し出に、蒼劔は眉をひそめ、黒縄は抗議の声を上げる。
「術者さん達がどれくらい強いかは知らないけど、蒼劔君達だって強いんだよ? 蒼劔君と朱羅さんは2人で地獄八鬼の鬼をみんな倒しちゃったし、黒縄君は力が元に戻ってないのに蒼劔君と互角に戦ってたし……僕達と一緒にいれば、安心だと思うよ?」
「た、確かに!」
 五代は一転して目を輝かせ、その場で正座すると「よろしくお願いしやっす!」と頭を下げた。
「ちょっと待て! 俺はコイツを守るなんざ、御免だぜ?! こんな、いるだけでムカつく野郎の護衛なんてよッ!」
 勝手に五代の護衛まで追加された黒縄は不満を爆発させ、陽斗の胸倉をつかんで揺さぶる。
 陽斗は前後に激しく揺さぶられながらも、幼い黒縄の姿に癒されて頬をゆるませていた。
「もぉ~、黒縄君はワガママだなぁ。五代さんがいた方が、早く目白さんを見つけられるかもしれないでしょ? お互い困ってるんだから、協力しようよ~」
「そうですよ、黒縄様。みすみす五代殿を術者に奪われては、我々も危険です。ここはお互い協力しましょう?」
 部屋の隅で話を聞いていた朱羅も、床に置かれたアニメグッズや漫画をかき分け、黒縄をなだめに来る。蒼劔も「諦めろ」と黒縄の肩に手を置いた。
「チッ……分かったよ。その代わり、あんまり外をうろちょろすんじゃねぇぞ」
 黒縄はこの場に味方が1人もいないと分かると舌打ちし、渋々承諾した。
「うっす! 俺っちインドアなんで、ほぼ外出ないっす! 改めて、よろしくお願いするっす!」
「うん! よろしくね!」
 五代が敬礼すると、陽斗も笑顔で彼の手を取り、握手した。
「……ところで陽斗氏、この前頂いた謎アイスって、何処で手に入れたでござるか?」
 挨拶を済ませ、事態がひと段落すると、五代は小声でコソコソと陽斗に尋ねた。
 特に秘密にしなくてはならないことでもないので、陽斗は普通の声量で答えた。
「近所の激安スーパーだよ。今度一緒に行こうね」
「ヤッフー! 夢にまで見た、謎アイスパーリィーだぜぇー!」
 テンション高く小躍りする五代に、黒縄は
「テメェ、インドアじゃなかったのかよ!」
と突っ込む。
 五代は開き直ったようにヘラヘラしながら返した。
「俺っち、欲しいものはこの手で手に入れる主義だからネ! 同人誌も初回限定版DVDもレイヤーのチェキも、全て! 現地に行って手に入れてこそ、価値がある!」
「……まさか、そこに俺達も行く訳じゃないだろうな?」
「デュフフフー! 黒縄氏もヲタになろうぜー! そのうち、世界が2次元に見えてくるからさー!」
「絶対嫌だ!」
 黒縄と五代がやいのやいの言っていると、ふいに蒼劔は踵を返し、床を埋め尽くしているグッズをすり抜けて玄関へ向かっていった。部屋へ入る時に蒼劔が空けた穴は、朱羅が通った後に勝手に塞がっていた。
 蒼劔は結界に向かって手を伸ばし、再度穴を空ける。
「おい、帰るなら一言言えよ!」
「楽しそうだったから、このままいるのかと思ったんだ」
「お、置いて行かないで下さいー!」
 結界が張られたままでは外に出られない黒縄と朱羅も、慌てて玄関に向かった。
 陽斗が五代の部屋に置かれていたキャラクターものの時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。
「僕も帰るね。明日も朝からバイトだから」
「うむ、ゆっくり休みたまえ」
 蒼劔、黒縄、朱羅が部屋から出て行った後、陽斗もドアから部屋を出て行こうとした。しかしふと、ある事を思い出し、五代を振り返って言った。
「そうだ! 今日の夜、花火大会があるんだよ! 五代さんも行こうよ!」
「え゛」
 途端に五代の顔が引きつる。
 陽斗はそれに気づかず、五代を花火大会に誘った。祭り会場で五代が言っていた「人混みが多いと頭がパンクするから苦手」という情報はすっかり忘れていた。
「僕はバイトで忙しいけど、蒼劔君達も一緒だから、安心だよ! 屋台もいっぱいあるし!」
「い、いやぁ、人混みが多いところはちょっと……」
 ふと、五代はドアの隙間からこちらを覗いている鬼3人に気づいた。
 蒼劔は五代を睨み、黒縄はニヤニヤと笑い、朱羅は口だけで笑っている。
 彼らの表情を見て、五代は能力を使わずとも察した。
(あ、これ俺っちへの罰ゲームだ)
と。
 ここで断っても、結界が張られたままである以上は外には出られない。蒼劔達に無理やり連れ出されるに違いないと五代は思った。
「ワカッター。ボクモイクヨー」
「やったー!」
 五代が死んだ目で頷くと、背後の3人の顔に気づいていない陽斗は両手を上げ、素直に喜んだ。
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