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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」
5日目:1人と3匹が手を取り合った日
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1階の出入り口付近に積まれた瓦礫の上に立っていたのは、陽斗と朱羅だった。
2人は事前に決めたタイミング通り、「ビルが静かになった10秒後に突入」しようとしたのだが、瓦礫で出入り口が塞がっていたせいで立ち往生していた。そのため、朱羅が陽斗を担ぎ、2階の窓から侵入したのはつい今し方のことだった。
2階の窓は瓦礫が落下した衝撃で全て割れており、外からの侵入は容易だった。朱羅は陽斗が怪我をしないよう、窓枠にガラスの破片がほとんど残っていない安全な入口を選び、巨体を屈めて中へ侵入した。
吹き抜けになった原黒井ビルには当然、明かりになるような物は残されてはいなかったが、月の光と近くに建つビルの明かりが窓から差し込んでいるお陰で、薄っすら明るかった。
2人は遥か頭上で繰り広げられている蒼劔と黒縄のやり取りを心配そうに見守っていたが、彼らがこちらに顔を向けたのに気づくと、陽斗は大きく手を振って大声で呼びかけた。
「おーい! ちょっと話を聞いて欲しいから、2人とも降りてきてもらえるー? 目白さんについて、五代さんから報告があるんだー!」
「目白だと?!」
真っ先に反応したのは、黒縄の方だった。鎖の上から躊躇なく飛び降り、陽斗の眼前に軽やかに着地する。
黒縄は陽斗を睨むような眼差しを向け、彼に詰め寄った。
「言え! 五代はアイツのどんな情報を手に入れた?!」
「そ、それがね……」
あまりの気迫に陽斗は後退りながらも、五代から聞いた情報を話した。隣にいる朱羅は黒縄の無事な姿に感涙しており、説明どころではない。
「蒼劔君が会った目白さんと、黒縄君が会った目白さんは、同じ人だったんだって!」
「なんだと?!」
「それは確かな情報なのか?!」
黒縄は目を見開き、驚く。
鎖を足場に、遅れて降りてきた蒼劔も驚き、陽斗に詰め寄った。
「本当だよ。五代さんが蒼劔君と黒縄君の記憶を辿って、調べてくれたんだ」
「チッ。あの野郎、俺が頼んだ時は“往年の蒼劔氏コワーイ”だとか抜かして、断ったクセに」
黒縄は舌打ち、五代が言っていた言い訳を彼の口調を真似て、口にする。
一方、蒼劔は尚も陽斗に食い下がった。
「目白は顔を面で隠している。同じ面を被り、目白を語った偽物かもしれん」
その時、陽斗のスマホが鳴った。電話の相手は五代だった。
『蒼劔氏には悪いけど、目白と会った時の記憶を隅々まで検証させてもらったよ。確かに、蒼劔氏の記憶の中には目白の素顔は出て来なかった』
「だったら、目白ではない可能性は充分にあるだろう?!」
狼狽する蒼劔に、五代は淡々と答えた。
『顔が分からなくても、同一人物かどうか調べる方法は無限にあるんだよ。髪質、耳の形、肌の色、指紋、手相、爪の状態、指の長さや太さ、身長、体格、声、喋り方、仕草、霊力の量、その他諸々エトセトラ……実際に会って調べるよりは情報は少ないけど、個人を特定するには充分っしょ?』
「……その結果、お前は同一人物だと判断したのか」
蒼劔は恨めしそうに陽斗のスマホを睨む。陽斗は蒼劔がスマホを壊すのではないか、と冷や冷やしながら、スマホを持っていた。
こちらの状況を知らない五代はビビることなく『うん』と肯定した。
『全ての項目において、ほぼ完全に一致していた。どっちかが目白のクローンでもない限り、同一人物と見て間違いない』
「そんな……」
蒼劔は悲しげに俯き、肩を落とす。陽斗は彼がここまで落ち込んでいる姿を、これまで1度も見たことがなかった。
『目白は黒縄氏には塩対応だったけど、蒼劔氏にはかなり優しかった。なんせ、わざわざ術を使って、蒼劔氏の願いを叶えたくらいだからね。蒼劔氏が自分を探していると分かれば、向こうからコンタクトを取ってくるかもしれない』
「蒼劔君の、願い……?」
蒼劔は異形から人間を守ることと、小豆の菓子やパンなどを食べること以外に関しては無頓着な鬼だった。人間の武器や魔具に興味を持つのも、あくまで人間を守るために必要な物であって、彼が執着するほどの物ではなかった。
その蒼劔が、敵対する存在である術者に頼んでまで叶えてもらった願いとは何なのだろうか? と陽斗は想像してみたが、小豆のお菓子やパンに囲まれて喜んでいる蒼劔しか思い浮かばなかった。
「蒼劔君はどんなことを目白さんにお願いしたの?」
「……“人間を殺したくない”と願った」
蒼劔は当時のことを思い出し、窓の向こうに浮かぶ月を見上げる。
黒縄はそのような願いを持つ意味が分からないとでも言いたげに、眉をひそめた。
「お前、よくそんなこと願ったな。今まで散々、人間を殺してきたのによ」
すると蒼劔は黒縄を鋭く睨んだ。
その強い殺意に黒縄はゾッとしながらも、「な、なんだよ」と睨み返した。
「……俺は殺したくて殺したんじゃない。そういう体質だったんだ」
「知ってるぜ。人から命を奪う妖力を撒き散らす体質だろ?」
黒縄も当時の蒼劔を思い出し、ニヤリと笑う。
「あの頃のお前はすごかったよなァ。お前がいた山に登って来たヤツら、全員死んだもんな」
「そ、そんなこと、どうやって出来るの? 毒ガスでも撒いたの?」
「……」
陽斗は蒼劔に尋ねたが、彼は黙って俯くばかりで、答えようとしない。
代わりに、黒縄が「当たらずも遠からずだな」と答えた。
「あの頃の蒼劔は常に粒子状の妖力を体に纏っていた。己を守る鎧みたいにな。人間は過剰に妖力を摂取すると、霊力が妖力に変換され、生きながらにして異形に変わる。だが、こいつの妖力は人間が一瞬でも触れたら死ぬ。例えるなら、致死率100パーセントの毒のようなもんだ。あそこまで人間への殺意に満ちた妖力を持った異形はなかなかいねぇよ」
「でも、蒼劔君は人間を殺したくなかったんだよね? 何でそんな体質になっちゃったんだろう?」
すると蒼劔は首を横に振り、重い口を開いた。
「……分からない。俺は鬼になる以前の記憶がないんだ。自分が何処の誰だったのかも、何故鬼になったのかも分からない。恨む相手もなく、ただ彷徨っていた」
「じゃあ、蒼劔君の名前は……?」
蒼劔は再度首を振る。
「本名は俺も知らない。“蒼劔”という名は黒縄が俺に会う前に勝手につけた、通り名のようなものだ」
「え、黒縄君がつけたの?」
「“劔”を持った、“蒼”いツノの鬼だから、蒼劔って名付けたんだぜ。カッコいいだろ?」
黒縄は得意げに笑う。
朱羅が横から「素晴らしい感性です、黒縄様!」と褒め称える一方、蒼劔は冷めた目で黒縄を見た。
「こいつが無闇に俺の噂を流行らせたせいで鬼からも恐れられ、俺は孤立していた。近づいてくるのはアホ黒縄と、こいつに付き合わされていた哀れな朱羅だけだった」
「誰がアホだ!」
「……だが、そんな俺を救ってくれたのが、目白だった」
蒼劔は目白と会った時のことを思い出し、目を細めた。その穏やかな表情を見て、陽斗は彼がどれだけ目白を信頼しているのか、よく分かった。
「あいつは俺の妖力の性質を破邪の妖力に変え、俺に異形を倒すよう言ってくれた。以前より異形の悪行を止めたいと思っていたこともあり、俺はその頼みを受け入れ、今まで殺した数以上の人間を守ると誓った。だから……目白が黒縄から妖力を奪うなどという所業を、事実として受け入れられなかった。この男は鬱陶しいヤツではあるが、地獄八鬼を抜けてからは人間とは一線を置いていた。すぐに倒さなければならない、人間の害ではなかったはずなんだ」
「蒼劔……」
黒縄は蒼劔が自分とあった目白を偽物だと言い続けた意外な理由を知り、驚く。
蒼劔は彼へ向き直り、手を差し出した。今の彼の目に殺意は宿っていなかった。
「俺は、お前も目白も信じたい。目白を見つけて、あいつから真実を聞き出すまで……共に協力しないか? ついでに、人間を巻き込まないと誓うなら、お前の妖力集めにも協力してやってもいい」
「お前が俺と、ねぇ……?」
黒縄はニヤニヤと笑うと、手を持ち上げた。しかし蒼劔の手を握るのではなく、対面でスマホを持って話を聞いていた陽斗へ指を差した。
突然指を差され、陽斗は「ふぇ?」と首を傾げ、自分に向けられている黒縄の指先を見つめる。白魚のような、綺麗な指だった。
「コイツを餌に使っていいんなら、他の人間は巻き込まねぇって約束するぜ」
「な……ッ!」
「黒縄様! それでは今までと同じではありませんか!」
蒼劔は怒りのあまり絶句し、朱羅は黒縄を責める。
黒縄は「同じじゃねぇよ」と陽斗を差していた指を自分の顔の前で振った。
「クソガキはあくまで引きつけ役……妖怪が現れ次第、回収する。コイツの霊力なら、どんな妖怪でも必ず現れる。妖怪の中には俺達鬼を避けるヤツもいるから、コイツに働いてもらった方が好都合だろう?」
「そのような戯言を……この俺が許すとでも思ったか?」
蒼劔は差し出していた右手を左手へやり、刀を抜こうとする。
黒縄もニヤニヤと笑いながら、わずかに回復した妖力で応戦しようとしていた。
どちらの味方もしたい朱羅はおろおろとしながら、仲裁に入る。
「お、お2人共! 今は争っている場合では……!」
するとふいに、陽斗が口を開いた。
「いいよ」
「えっ?」
3人の鬼は一斉に陽斗の方を見る。
陽斗は笑顔で彼らに言った。
「僕も黒縄君が消えたら、悲しいからね。また怖い思いをするのは嫌だけど、蒼劔君が守ってくれるなら安心だし、いいかなって」
「陽斗……」
陽斗はスマホを通話状態にしたままポケットへ入れると、蒼劔と黒縄の手を取り、2人に握手させた。
「みんなで力を合わせて、頑張ろう!」
その屈託のない笑顔に、殺気立っていた蒼劔と黒縄の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。
「お前がそう言うなら、分かった。協力しよう」
「頼んだぞ? クソガキ」
そこへ朱羅も陽斗の対面へ回り込み、握手した蒼劔と黒縄の手の上から両手を重ねた。
「もちろん私も尽力させて頂きます! もう二度と、黒縄様を悪の道に走らせはしません!」
「よく言うぜ! 俺を裏切ったクセによォ」
「いいえ! 今回のことは、全面的に黒縄様が悪いと思います!」
こうして、1人の人間と3匹の鬼は共通の目的のため、手を組んだ。
そう……ただ1人、この様子をスマホから聞いていた1匹の妖怪だけが、彼らに賛同していなかった。
2人は事前に決めたタイミング通り、「ビルが静かになった10秒後に突入」しようとしたのだが、瓦礫で出入り口が塞がっていたせいで立ち往生していた。そのため、朱羅が陽斗を担ぎ、2階の窓から侵入したのはつい今し方のことだった。
2階の窓は瓦礫が落下した衝撃で全て割れており、外からの侵入は容易だった。朱羅は陽斗が怪我をしないよう、窓枠にガラスの破片がほとんど残っていない安全な入口を選び、巨体を屈めて中へ侵入した。
吹き抜けになった原黒井ビルには当然、明かりになるような物は残されてはいなかったが、月の光と近くに建つビルの明かりが窓から差し込んでいるお陰で、薄っすら明るかった。
2人は遥か頭上で繰り広げられている蒼劔と黒縄のやり取りを心配そうに見守っていたが、彼らがこちらに顔を向けたのに気づくと、陽斗は大きく手を振って大声で呼びかけた。
「おーい! ちょっと話を聞いて欲しいから、2人とも降りてきてもらえるー? 目白さんについて、五代さんから報告があるんだー!」
「目白だと?!」
真っ先に反応したのは、黒縄の方だった。鎖の上から躊躇なく飛び降り、陽斗の眼前に軽やかに着地する。
黒縄は陽斗を睨むような眼差しを向け、彼に詰め寄った。
「言え! 五代はアイツのどんな情報を手に入れた?!」
「そ、それがね……」
あまりの気迫に陽斗は後退りながらも、五代から聞いた情報を話した。隣にいる朱羅は黒縄の無事な姿に感涙しており、説明どころではない。
「蒼劔君が会った目白さんと、黒縄君が会った目白さんは、同じ人だったんだって!」
「なんだと?!」
「それは確かな情報なのか?!」
黒縄は目を見開き、驚く。
鎖を足場に、遅れて降りてきた蒼劔も驚き、陽斗に詰め寄った。
「本当だよ。五代さんが蒼劔君と黒縄君の記憶を辿って、調べてくれたんだ」
「チッ。あの野郎、俺が頼んだ時は“往年の蒼劔氏コワーイ”だとか抜かして、断ったクセに」
黒縄は舌打ち、五代が言っていた言い訳を彼の口調を真似て、口にする。
一方、蒼劔は尚も陽斗に食い下がった。
「目白は顔を面で隠している。同じ面を被り、目白を語った偽物かもしれん」
その時、陽斗のスマホが鳴った。電話の相手は五代だった。
『蒼劔氏には悪いけど、目白と会った時の記憶を隅々まで検証させてもらったよ。確かに、蒼劔氏の記憶の中には目白の素顔は出て来なかった』
「だったら、目白ではない可能性は充分にあるだろう?!」
狼狽する蒼劔に、五代は淡々と答えた。
『顔が分からなくても、同一人物かどうか調べる方法は無限にあるんだよ。髪質、耳の形、肌の色、指紋、手相、爪の状態、指の長さや太さ、身長、体格、声、喋り方、仕草、霊力の量、その他諸々エトセトラ……実際に会って調べるよりは情報は少ないけど、個人を特定するには充分っしょ?』
「……その結果、お前は同一人物だと判断したのか」
蒼劔は恨めしそうに陽斗のスマホを睨む。陽斗は蒼劔がスマホを壊すのではないか、と冷や冷やしながら、スマホを持っていた。
こちらの状況を知らない五代はビビることなく『うん』と肯定した。
『全ての項目において、ほぼ完全に一致していた。どっちかが目白のクローンでもない限り、同一人物と見て間違いない』
「そんな……」
蒼劔は悲しげに俯き、肩を落とす。陽斗は彼がここまで落ち込んでいる姿を、これまで1度も見たことがなかった。
『目白は黒縄氏には塩対応だったけど、蒼劔氏にはかなり優しかった。なんせ、わざわざ術を使って、蒼劔氏の願いを叶えたくらいだからね。蒼劔氏が自分を探していると分かれば、向こうからコンタクトを取ってくるかもしれない』
「蒼劔君の、願い……?」
蒼劔は異形から人間を守ることと、小豆の菓子やパンなどを食べること以外に関しては無頓着な鬼だった。人間の武器や魔具に興味を持つのも、あくまで人間を守るために必要な物であって、彼が執着するほどの物ではなかった。
その蒼劔が、敵対する存在である術者に頼んでまで叶えてもらった願いとは何なのだろうか? と陽斗は想像してみたが、小豆のお菓子やパンに囲まれて喜んでいる蒼劔しか思い浮かばなかった。
「蒼劔君はどんなことを目白さんにお願いしたの?」
「……“人間を殺したくない”と願った」
蒼劔は当時のことを思い出し、窓の向こうに浮かぶ月を見上げる。
黒縄はそのような願いを持つ意味が分からないとでも言いたげに、眉をひそめた。
「お前、よくそんなこと願ったな。今まで散々、人間を殺してきたのによ」
すると蒼劔は黒縄を鋭く睨んだ。
その強い殺意に黒縄はゾッとしながらも、「な、なんだよ」と睨み返した。
「……俺は殺したくて殺したんじゃない。そういう体質だったんだ」
「知ってるぜ。人から命を奪う妖力を撒き散らす体質だろ?」
黒縄も当時の蒼劔を思い出し、ニヤリと笑う。
「あの頃のお前はすごかったよなァ。お前がいた山に登って来たヤツら、全員死んだもんな」
「そ、そんなこと、どうやって出来るの? 毒ガスでも撒いたの?」
「……」
陽斗は蒼劔に尋ねたが、彼は黙って俯くばかりで、答えようとしない。
代わりに、黒縄が「当たらずも遠からずだな」と答えた。
「あの頃の蒼劔は常に粒子状の妖力を体に纏っていた。己を守る鎧みたいにな。人間は過剰に妖力を摂取すると、霊力が妖力に変換され、生きながらにして異形に変わる。だが、こいつの妖力は人間が一瞬でも触れたら死ぬ。例えるなら、致死率100パーセントの毒のようなもんだ。あそこまで人間への殺意に満ちた妖力を持った異形はなかなかいねぇよ」
「でも、蒼劔君は人間を殺したくなかったんだよね? 何でそんな体質になっちゃったんだろう?」
すると蒼劔は首を横に振り、重い口を開いた。
「……分からない。俺は鬼になる以前の記憶がないんだ。自分が何処の誰だったのかも、何故鬼になったのかも分からない。恨む相手もなく、ただ彷徨っていた」
「じゃあ、蒼劔君の名前は……?」
蒼劔は再度首を振る。
「本名は俺も知らない。“蒼劔”という名は黒縄が俺に会う前に勝手につけた、通り名のようなものだ」
「え、黒縄君がつけたの?」
「“劔”を持った、“蒼”いツノの鬼だから、蒼劔って名付けたんだぜ。カッコいいだろ?」
黒縄は得意げに笑う。
朱羅が横から「素晴らしい感性です、黒縄様!」と褒め称える一方、蒼劔は冷めた目で黒縄を見た。
「こいつが無闇に俺の噂を流行らせたせいで鬼からも恐れられ、俺は孤立していた。近づいてくるのはアホ黒縄と、こいつに付き合わされていた哀れな朱羅だけだった」
「誰がアホだ!」
「……だが、そんな俺を救ってくれたのが、目白だった」
蒼劔は目白と会った時のことを思い出し、目を細めた。その穏やかな表情を見て、陽斗は彼がどれだけ目白を信頼しているのか、よく分かった。
「あいつは俺の妖力の性質を破邪の妖力に変え、俺に異形を倒すよう言ってくれた。以前より異形の悪行を止めたいと思っていたこともあり、俺はその頼みを受け入れ、今まで殺した数以上の人間を守ると誓った。だから……目白が黒縄から妖力を奪うなどという所業を、事実として受け入れられなかった。この男は鬱陶しいヤツではあるが、地獄八鬼を抜けてからは人間とは一線を置いていた。すぐに倒さなければならない、人間の害ではなかったはずなんだ」
「蒼劔……」
黒縄は蒼劔が自分とあった目白を偽物だと言い続けた意外な理由を知り、驚く。
蒼劔は彼へ向き直り、手を差し出した。今の彼の目に殺意は宿っていなかった。
「俺は、お前も目白も信じたい。目白を見つけて、あいつから真実を聞き出すまで……共に協力しないか? ついでに、人間を巻き込まないと誓うなら、お前の妖力集めにも協力してやってもいい」
「お前が俺と、ねぇ……?」
黒縄はニヤニヤと笑うと、手を持ち上げた。しかし蒼劔の手を握るのではなく、対面でスマホを持って話を聞いていた陽斗へ指を差した。
突然指を差され、陽斗は「ふぇ?」と首を傾げ、自分に向けられている黒縄の指先を見つめる。白魚のような、綺麗な指だった。
「コイツを餌に使っていいんなら、他の人間は巻き込まねぇって約束するぜ」
「な……ッ!」
「黒縄様! それでは今までと同じではありませんか!」
蒼劔は怒りのあまり絶句し、朱羅は黒縄を責める。
黒縄は「同じじゃねぇよ」と陽斗を差していた指を自分の顔の前で振った。
「クソガキはあくまで引きつけ役……妖怪が現れ次第、回収する。コイツの霊力なら、どんな妖怪でも必ず現れる。妖怪の中には俺達鬼を避けるヤツもいるから、コイツに働いてもらった方が好都合だろう?」
「そのような戯言を……この俺が許すとでも思ったか?」
蒼劔は差し出していた右手を左手へやり、刀を抜こうとする。
黒縄もニヤニヤと笑いながら、わずかに回復した妖力で応戦しようとしていた。
どちらの味方もしたい朱羅はおろおろとしながら、仲裁に入る。
「お、お2人共! 今は争っている場合では……!」
するとふいに、陽斗が口を開いた。
「いいよ」
「えっ?」
3人の鬼は一斉に陽斗の方を見る。
陽斗は笑顔で彼らに言った。
「僕も黒縄君が消えたら、悲しいからね。また怖い思いをするのは嫌だけど、蒼劔君が守ってくれるなら安心だし、いいかなって」
「陽斗……」
陽斗はスマホを通話状態にしたままポケットへ入れると、蒼劔と黒縄の手を取り、2人に握手させた。
「みんなで力を合わせて、頑張ろう!」
その屈託のない笑顔に、殺気立っていた蒼劔と黒縄の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。
「お前がそう言うなら、分かった。協力しよう」
「頼んだぞ? クソガキ」
そこへ朱羅も陽斗の対面へ回り込み、握手した蒼劔と黒縄の手の上から両手を重ねた。
「もちろん私も尽力させて頂きます! もう二度と、黒縄様を悪の道に走らせはしません!」
「よく言うぜ! 俺を裏切ったクセによォ」
「いいえ! 今回のことは、全面的に黒縄様が悪いと思います!」
こうして、1人の人間と3匹の鬼は共通の目的のため、手を組んだ。
そう……ただ1人、この様子をスマホから聞いていた1匹の妖怪だけが、彼らに賛同していなかった。
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