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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」
5日目:決着
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蒼劔と黒縄の戦いの中で、原黒井ビルの内装はすっかり様変わりしていた。
1階の床を除く、全ての階の天井や床が蒼劔を襲ったトラバサミによって破壊され、吹き抜けの建物になっていた。それらの大量の瓦礫によって1階を埋められ、最上階の隅に置かれていた長椅子も姿が見当たらない。
吹き抜けには蒼劔に避けられたトラバサミが壁に刃を突き立てたことで、縦横無尽に鎖が伸びていた。絡まないよう、全ての鎖は黒縄の袖から独立し、両端についたトラバサミを壁に食いついている。
黒縄は鎖を足場として利用していた。鎖から鎖へ軽快に移動し、ビルの窓枠を足場に追ってくる蒼劔から逃げ続けている。
苦し紛れに蒼劔が刀を投げつけると、袖から出した鎖で刀を巻き取り、1階に堆積している瓦礫へ叩きつけて破壊した。砕かれた刀は青い光の粒子となって、消える。既に何本もの刀が消失していた。
(いくら限界がないとはいえ、この短時間でかなりの量の妖力を消費してしまった。このままでは、妖力の回復速度を上回る……)
蒼劔は妖力が無尽蔵に発生する体質なのだが、万全の状態に回復するには時間がかかった。当然、妖力の消費が回復する量を上回れば、妖力は減る一方になる。
しかし蒼劔が妖力を回復させようと攻撃の手を休めると、ここぞとばかりに黒縄は反撃に転じ、ビルの壁に刺さっているトラバサミを操って、攻撃を仕掛けてくる。
蒼劔は身を守るため、やむなく刀を抜き、トラバサミを迎え撃った。
黒縄も相当の量の妖力を使っているはずだが、彼の妖力は全く減らなかった。おそらく龍穴の影響を受けているからだろうが、何故か蒼劔にはその恩恵がなかった。
そのことに蒼劔が疑問に思っていると、頭上から彼の胸中を察した黒縄が「悪いなァ」と嘲笑した。
「このビルの地下にある龍穴は俺にしか効果が作用しないよう、術をかけておいた。つまり、テメェには何の恩恵もねぇってことだ。いくら妖力に際限がねぇとはいえ、消費すれば少なからず影響は出る。そこを……」
黒縄は蒼劔に見せるように手を挙げると、その手で拳を握った。
その瞬間、蒼劔の周囲に張り巡らされていた鎖が一斉に片方のトラバサミを壁から外し、蒼劔を捕らえようと襲いかかってきた。
「……こうして、仕留める」
「くッ」
蒼劔は鎖の先で牙を剥いているトラバサミを避けるため、大きく跳躍する。そのまま一瞬で黒縄の頭上まで到達すると、持っていた刀を彼に向かって投げつけた。
「本当はこの手を使いたくはなかったが、致し方あるまい」
そう呟き、左手から新たに刀を抜くと、立て続けに黒縄に向かって投げつける。
2本の刀は回転しながら、眼下の黒縄へと落下していった。
「またそれかよ! そんな攻撃じゃ、俺様を止められねーぜ!」
黒縄は頭上から降ってくる2本の刀に怯むことなく、両袖から鎖を伸ばして刀を受け止めた。すぐさま、直接刃に触れた箇所を切り離し、1階を埋めている瓦礫の山へ捨てる。
直後、刀とは別の何かが黒縄の顔面目掛けて降ってきた。
「あン? 何だ、ありゃ」
黒縄はそれが何なのか分からず、目を細めた。
それは蒼劔が「スタングレネード」と呼んでいる黒い筒状の爆弾だったのだが、スタングレネードに馴染みのない黒縄には、どういった代物なのか分からなかった。
黒縄は念のため、その場から飛び退き、スタングレネードを避ける。しかし、彼が後方に垂れ下がっている鎖へ着地する前に、スタングレネードは空中で爆発した。
眩ゆい青い光が黒縄の目を眩ませ、強烈な音が耳をつんざく。
黒縄から離れた距離にある窓枠へ着地した蒼劔も黒縄から顔を背け、両手で耳を塞いでいた。黒縄の気配は、スタングレネードが光を放っている現場に留まっていた。
「……黒縄」
蒼劔はあれだけ黒縄に殺意を抱いていたにも関わらず、悲しげに目を伏せていた。喜ぶどころか、黒縄を始末したことを悔いているようだった。
黒縄が人間を利用するのをやめない以上、彼の所業を止めるには倒すしか方法はなかった。妖怪だけを標的にするよう何度も説得したが、「それだけじゃ間に合わない」と聞き入れてはもらえなかった。
黒縄が今の体になってから200年もの時が経った。その間も蒼劔は何度か黒縄と衝突し、戦ったが、彼を仕留めるまでには至らなかった。
それはひとえに、蒼劔が人間を殺して回っていた頃に唯一話しかけてきたのが、妖力を失う前の黒縄だったことによる。
黒縄は人間はもちろん、鬼や妖怪にすら寄りつかれなかった蒼劔に、何の躊躇もなく近づき、言った。
『お前、“武の蒼劔”だろ? 俺は黒縄、“術の黒縄”だ。なァ、どっちが最強の鬼か勝負しねぇ? 負けたら、俺の子分になれよ!』
『失せろ』
蒼劔は黒縄の宣伝布告を即刻切り捨てたが、黒縄は毎日蒼劔の元にやって来ては、喧嘩をふっかけてきた。
そのうち蒼劔も鬱陶しくなり、黒縄の喧嘩を買う形で彼と勝負したが、他の鬼が乱入してきたり、術者が止めに入ったりで、結局勝負はつかなかった。後に黒縄が妖力のほとんどを奪われたことで、勝負をすることもなくなった。
「……まさかこんな形で雌雄を決するとは、思わなかったがな」
蒼劔は黒縄と交わした約束を思い出し、自重気味に笑った。いつしか彼も、黒縄との喧嘩を楽しんでいた。
やがてスタングレネードの光が収まってきた。蒼劔は耳から手を離し、スタングレネードが爆発した方向を見る。
不思議なことに、黒縄の気配はまだ残っていた。ビルに縦横無尽に張り巡らせられた鎖もそのままだった。
「寸前に避けたのか? だが、あの場所に留まっていては、じきに消滅するだろう」
蒼劔は窓枠から鎖へ移り、スタングレネードの光が完全に収束するのを待つ。念のため、左手から刀を抜き、構える。
……彼は失念していた。黒縄の「生きることへの執念」の強さと、彼が“術の黒縄”と称されていた理由を。
蒼劔の目の前に現れたのは、宙に浮かぶ巨大な黒い球体だった。よく見ると、無数の鎖が隙間なく絡まり合って形成されている。
球体の周りには膨大な量の青い光の粒子がモヤのように漂い、煌めいていた。
「な……何だ、これは」
突然現れた異様な物体に、蒼劔は絶句する。ただ1つ分かっているのは、その球体の中から黒縄の気配がすることだった。
やがて球体は吹き抜けに張られた1本の鎖の上で解体され、中にいた黒縄の袖の中へ戻っていった。
黒縄は宙に浮いた状態で、全ての鎖を袖へ収納すると、足下に貼られている鎖へゆっくりと着地した。俯いているせいで表情は分からなかったが、彼の体からは殺気が漂っていた。
「……蒼劔」
「何だ」
直後、黒縄は顔をバッと上げ、殺気だった目で蒼劔を睨み、怒声を上げた。
「何なんだよ、さっきの爆発はッ! 明らかに反則だろッ?! あんなの避けられるわけねぇじゃねぇか! こっちはガキの姿で戦ってンだぞ?! いくら殺し合いでも、限度ってもんがあるだろッ?! テメェ、一体何を投げつけやがったッ?!」
蒼劔は黒縄の殺気に怯むことなく、無表情で簡潔に答えた。
「スタングレネード」
「スタングレネードォ?!」
黒縄は声を上擦らせ、目を丸くした。彼はスタングレネードがどういう物なのか知っているらしい。
彼は両手でバランスを取ることなく、地上を歩くのと同じ調子で鎖の上を歩き、蒼劔に詰め寄っていった。
「あんな殺傷能力の塊、スタングレネードなわけねェだろッ?! テメェの妖力を凝縮した、もっとヤバい兵器だッ!」
蒼劔は黒縄が怒りで我を忘れているのだと判断し、彼が眼前まで近づいてきても無闇に攻撃しなかった。
「よくあのタイミングでそれに気づいたな。どうやって防いだんだ?」
「鎖をありったけ出して、バリケードにしたんだよッ! 外側の鎖は消滅したが、ギリギリなんとかなった! 落下したらテメェが追撃してくるだろうと思って、バリケードと俺自身が浮遊する術をかけて、あの場に留まった!」
「……すごいな、お前」
蒼劔は素直に驚き、黒縄を褒めた。
スタングレネードが爆発する寸前でそれに気づき、行動したのだとしたら、並大抵の判断力ではない。ついでのように発動させた浮遊術も、一部の鬼や術者にしか使えない高度な術だ。術をかけるのが苦手な蒼劔には、とても真似出来ない芸当だった。
だが、黒縄は蒼劔に褒められても、不満そうだった。
「だったら、見逃してくれんのか? 生憎、俺はもう戦えねぇぞ。テメェの自称スタングレネードを防いだお陰で、俺の妖力はスッカラカンだからな。始末するなら、勝手にしろ」
「ずいぶん、投げやりだな。本当にいいのか?」
蒼劔が意外そうに言うと、黒縄は「いいわけねぇだろ」と蒼劔を睨んだ。
「俺だってこんなとこでくたばりたくねぇよ。どうせなら、元の姿に戻ってからテメェに殺されたかった。だが、テメェは俺を始末したいんだろ? このまま生かしたって、またあのクソガキを狙うかもしれねぇもんな」
「黒縄……」
蒼劔は構えていた刀を下ろした。歯向かう力をなくしてもなお、生きることに執着する黒縄が気の毒だった。
しかし黒縄は「何してんだよ」と刀を持っている蒼劔の手をつかみ、自分の喉元へ刃先を向けさせた。
「ッ?! 何を、」
「朱羅のこと、頼んだわ。アイツ、鬼にも人間にもなれねぇ半端者だからさ、アイツの居場所になってやってくれよ」
もう黒縄の目には蒼劔への殺意は宿っていなかった。今の彼は何もかも諦め、達観した目をしていた。
その目を見て、蒼劔は左手で刀から黒縄の手を剥がした。
「なッ?!」
「断る」
黒縄は刀へ手を伸ばすが、先に蒼劔に刀を左手へ仕舞われた。
行き場のない苛立ちを目で向けてくる黒縄を見下ろし、蒼劔は言った。
「俺は朱羅の居場所にはなれない。アイツはお前の従者だ。俺ではお前の代わりは務まらないよ、黒縄」
「ッ……」
黒縄は歯を食いしばり、蒼劔から目を背けた。彼の拳は固く握られ、震えていた。
「……何なんだよ、テメェは。知った風な口、利きやがって。この4日間、朱羅と仲良くやってたじゃねぇか。だったらこれからもずっと、そうしてりゃいいだろ?」
「俺はそれでも構わんが、本人はどう思うだろうな?」
そう言うと蒼劔は瓦礫で埋もれている1階の出入り口へ目をやった。
「本人?」
黒縄もつられて、1階の出入り口を見下ろした。
1階の床を除く、全ての階の天井や床が蒼劔を襲ったトラバサミによって破壊され、吹き抜けの建物になっていた。それらの大量の瓦礫によって1階を埋められ、最上階の隅に置かれていた長椅子も姿が見当たらない。
吹き抜けには蒼劔に避けられたトラバサミが壁に刃を突き立てたことで、縦横無尽に鎖が伸びていた。絡まないよう、全ての鎖は黒縄の袖から独立し、両端についたトラバサミを壁に食いついている。
黒縄は鎖を足場として利用していた。鎖から鎖へ軽快に移動し、ビルの窓枠を足場に追ってくる蒼劔から逃げ続けている。
苦し紛れに蒼劔が刀を投げつけると、袖から出した鎖で刀を巻き取り、1階に堆積している瓦礫へ叩きつけて破壊した。砕かれた刀は青い光の粒子となって、消える。既に何本もの刀が消失していた。
(いくら限界がないとはいえ、この短時間でかなりの量の妖力を消費してしまった。このままでは、妖力の回復速度を上回る……)
蒼劔は妖力が無尽蔵に発生する体質なのだが、万全の状態に回復するには時間がかかった。当然、妖力の消費が回復する量を上回れば、妖力は減る一方になる。
しかし蒼劔が妖力を回復させようと攻撃の手を休めると、ここぞとばかりに黒縄は反撃に転じ、ビルの壁に刺さっているトラバサミを操って、攻撃を仕掛けてくる。
蒼劔は身を守るため、やむなく刀を抜き、トラバサミを迎え撃った。
黒縄も相当の量の妖力を使っているはずだが、彼の妖力は全く減らなかった。おそらく龍穴の影響を受けているからだろうが、何故か蒼劔にはその恩恵がなかった。
そのことに蒼劔が疑問に思っていると、頭上から彼の胸中を察した黒縄が「悪いなァ」と嘲笑した。
「このビルの地下にある龍穴は俺にしか効果が作用しないよう、術をかけておいた。つまり、テメェには何の恩恵もねぇってことだ。いくら妖力に際限がねぇとはいえ、消費すれば少なからず影響は出る。そこを……」
黒縄は蒼劔に見せるように手を挙げると、その手で拳を握った。
その瞬間、蒼劔の周囲に張り巡らされていた鎖が一斉に片方のトラバサミを壁から外し、蒼劔を捕らえようと襲いかかってきた。
「……こうして、仕留める」
「くッ」
蒼劔は鎖の先で牙を剥いているトラバサミを避けるため、大きく跳躍する。そのまま一瞬で黒縄の頭上まで到達すると、持っていた刀を彼に向かって投げつけた。
「本当はこの手を使いたくはなかったが、致し方あるまい」
そう呟き、左手から新たに刀を抜くと、立て続けに黒縄に向かって投げつける。
2本の刀は回転しながら、眼下の黒縄へと落下していった。
「またそれかよ! そんな攻撃じゃ、俺様を止められねーぜ!」
黒縄は頭上から降ってくる2本の刀に怯むことなく、両袖から鎖を伸ばして刀を受け止めた。すぐさま、直接刃に触れた箇所を切り離し、1階を埋めている瓦礫の山へ捨てる。
直後、刀とは別の何かが黒縄の顔面目掛けて降ってきた。
「あン? 何だ、ありゃ」
黒縄はそれが何なのか分からず、目を細めた。
それは蒼劔が「スタングレネード」と呼んでいる黒い筒状の爆弾だったのだが、スタングレネードに馴染みのない黒縄には、どういった代物なのか分からなかった。
黒縄は念のため、その場から飛び退き、スタングレネードを避ける。しかし、彼が後方に垂れ下がっている鎖へ着地する前に、スタングレネードは空中で爆発した。
眩ゆい青い光が黒縄の目を眩ませ、強烈な音が耳をつんざく。
黒縄から離れた距離にある窓枠へ着地した蒼劔も黒縄から顔を背け、両手で耳を塞いでいた。黒縄の気配は、スタングレネードが光を放っている現場に留まっていた。
「……黒縄」
蒼劔はあれだけ黒縄に殺意を抱いていたにも関わらず、悲しげに目を伏せていた。喜ぶどころか、黒縄を始末したことを悔いているようだった。
黒縄が人間を利用するのをやめない以上、彼の所業を止めるには倒すしか方法はなかった。妖怪だけを標的にするよう何度も説得したが、「それだけじゃ間に合わない」と聞き入れてはもらえなかった。
黒縄が今の体になってから200年もの時が経った。その間も蒼劔は何度か黒縄と衝突し、戦ったが、彼を仕留めるまでには至らなかった。
それはひとえに、蒼劔が人間を殺して回っていた頃に唯一話しかけてきたのが、妖力を失う前の黒縄だったことによる。
黒縄は人間はもちろん、鬼や妖怪にすら寄りつかれなかった蒼劔に、何の躊躇もなく近づき、言った。
『お前、“武の蒼劔”だろ? 俺は黒縄、“術の黒縄”だ。なァ、どっちが最強の鬼か勝負しねぇ? 負けたら、俺の子分になれよ!』
『失せろ』
蒼劔は黒縄の宣伝布告を即刻切り捨てたが、黒縄は毎日蒼劔の元にやって来ては、喧嘩をふっかけてきた。
そのうち蒼劔も鬱陶しくなり、黒縄の喧嘩を買う形で彼と勝負したが、他の鬼が乱入してきたり、術者が止めに入ったりで、結局勝負はつかなかった。後に黒縄が妖力のほとんどを奪われたことで、勝負をすることもなくなった。
「……まさかこんな形で雌雄を決するとは、思わなかったがな」
蒼劔は黒縄と交わした約束を思い出し、自重気味に笑った。いつしか彼も、黒縄との喧嘩を楽しんでいた。
やがてスタングレネードの光が収まってきた。蒼劔は耳から手を離し、スタングレネードが爆発した方向を見る。
不思議なことに、黒縄の気配はまだ残っていた。ビルに縦横無尽に張り巡らせられた鎖もそのままだった。
「寸前に避けたのか? だが、あの場所に留まっていては、じきに消滅するだろう」
蒼劔は窓枠から鎖へ移り、スタングレネードの光が完全に収束するのを待つ。念のため、左手から刀を抜き、構える。
……彼は失念していた。黒縄の「生きることへの執念」の強さと、彼が“術の黒縄”と称されていた理由を。
蒼劔の目の前に現れたのは、宙に浮かぶ巨大な黒い球体だった。よく見ると、無数の鎖が隙間なく絡まり合って形成されている。
球体の周りには膨大な量の青い光の粒子がモヤのように漂い、煌めいていた。
「な……何だ、これは」
突然現れた異様な物体に、蒼劔は絶句する。ただ1つ分かっているのは、その球体の中から黒縄の気配がすることだった。
やがて球体は吹き抜けに張られた1本の鎖の上で解体され、中にいた黒縄の袖の中へ戻っていった。
黒縄は宙に浮いた状態で、全ての鎖を袖へ収納すると、足下に貼られている鎖へゆっくりと着地した。俯いているせいで表情は分からなかったが、彼の体からは殺気が漂っていた。
「……蒼劔」
「何だ」
直後、黒縄は顔をバッと上げ、殺気だった目で蒼劔を睨み、怒声を上げた。
「何なんだよ、さっきの爆発はッ! 明らかに反則だろッ?! あんなの避けられるわけねぇじゃねぇか! こっちはガキの姿で戦ってンだぞ?! いくら殺し合いでも、限度ってもんがあるだろッ?! テメェ、一体何を投げつけやがったッ?!」
蒼劔は黒縄の殺気に怯むことなく、無表情で簡潔に答えた。
「スタングレネード」
「スタングレネードォ?!」
黒縄は声を上擦らせ、目を丸くした。彼はスタングレネードがどういう物なのか知っているらしい。
彼は両手でバランスを取ることなく、地上を歩くのと同じ調子で鎖の上を歩き、蒼劔に詰め寄っていった。
「あんな殺傷能力の塊、スタングレネードなわけねェだろッ?! テメェの妖力を凝縮した、もっとヤバい兵器だッ!」
蒼劔は黒縄が怒りで我を忘れているのだと判断し、彼が眼前まで近づいてきても無闇に攻撃しなかった。
「よくあのタイミングでそれに気づいたな。どうやって防いだんだ?」
「鎖をありったけ出して、バリケードにしたんだよッ! 外側の鎖は消滅したが、ギリギリなんとかなった! 落下したらテメェが追撃してくるだろうと思って、バリケードと俺自身が浮遊する術をかけて、あの場に留まった!」
「……すごいな、お前」
蒼劔は素直に驚き、黒縄を褒めた。
スタングレネードが爆発する寸前でそれに気づき、行動したのだとしたら、並大抵の判断力ではない。ついでのように発動させた浮遊術も、一部の鬼や術者にしか使えない高度な術だ。術をかけるのが苦手な蒼劔には、とても真似出来ない芸当だった。
だが、黒縄は蒼劔に褒められても、不満そうだった。
「だったら、見逃してくれんのか? 生憎、俺はもう戦えねぇぞ。テメェの自称スタングレネードを防いだお陰で、俺の妖力はスッカラカンだからな。始末するなら、勝手にしろ」
「ずいぶん、投げやりだな。本当にいいのか?」
蒼劔が意外そうに言うと、黒縄は「いいわけねぇだろ」と蒼劔を睨んだ。
「俺だってこんなとこでくたばりたくねぇよ。どうせなら、元の姿に戻ってからテメェに殺されたかった。だが、テメェは俺を始末したいんだろ? このまま生かしたって、またあのクソガキを狙うかもしれねぇもんな」
「黒縄……」
蒼劔は構えていた刀を下ろした。歯向かう力をなくしてもなお、生きることに執着する黒縄が気の毒だった。
しかし黒縄は「何してんだよ」と刀を持っている蒼劔の手をつかみ、自分の喉元へ刃先を向けさせた。
「ッ?! 何を、」
「朱羅のこと、頼んだわ。アイツ、鬼にも人間にもなれねぇ半端者だからさ、アイツの居場所になってやってくれよ」
もう黒縄の目には蒼劔への殺意は宿っていなかった。今の彼は何もかも諦め、達観した目をしていた。
その目を見て、蒼劔は左手で刀から黒縄の手を剥がした。
「なッ?!」
「断る」
黒縄は刀へ手を伸ばすが、先に蒼劔に刀を左手へ仕舞われた。
行き場のない苛立ちを目で向けてくる黒縄を見下ろし、蒼劔は言った。
「俺は朱羅の居場所にはなれない。アイツはお前の従者だ。俺ではお前の代わりは務まらないよ、黒縄」
「ッ……」
黒縄は歯を食いしばり、蒼劔から目を背けた。彼の拳は固く握られ、震えていた。
「……何なんだよ、テメェは。知った風な口、利きやがって。この4日間、朱羅と仲良くやってたじゃねぇか。だったらこれからもずっと、そうしてりゃいいだろ?」
「俺はそれでも構わんが、本人はどう思うだろうな?」
そう言うと蒼劔は瓦礫で埋もれている1階の出入り口へ目をやった。
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