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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」
4日目:炎の射手
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『ただいま午後10時をもちまして、節木市夏祭り1日目を終了致します。2日目の開場は午前8時からです。午後8時からは花火大会も開催されますので、是非ご参加下さい』
祭り会場に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。
アナウンスを聞いた客達はぞろぞろと会場を離れていき、屋台に残った店員も後片付けを済ませて帰っていった。明日も祭りはあるので屋台はそのままだ。
やがて会場から誰もいなくなった頃、遠隔で会場の明かりが一斉に落とされた。あれだけ賑わっていた大通りは静まり返り、闇に包まれる。
蒼劔がいる小道も唯一の光源を失い、真っ暗になった。大通りの歩道には街灯が立っていたが、小道を照らすほどの光力はない。
闇の中、蒼劔が握っている刀だけが青く輝いていた。
(炎に変わった陽斗と朱羅……あれは矢雨の能力である“陽炎”だ)
蒼劔は怒りと憎悪を露わにしながらも、頭の中では冷静に相手の分析を行なっていた。
(“陽炎”は炎の形状をしている矢雨の妖力を元にコピーを作り出す術。その精度は矢雨がどれだけ相手のことを知っているかに依存する)
蒼劔は屋上での陽斗と朱羅と、階段から降りた時の陽斗と朱羅とを比べ、ゾッとした。
些細な言動の差や保有する情報の違いこそあったものの、朱羅が金棒を忘れさえしなければ、蒼劔が2人の正体に疑惑を抱くことはなかっただろう。
(つまり、矢雨はずっと俺達を監視していた。屋上から降りる途中で陽斗と朱羅が入れ替わったということは、あの場に矢雨もいたか、あるいは遠距離から矢を放ち、階段へコピーを送ったと思われる)
蒼劔は試しに周囲の気配を探ってみるが、矢雨らしき気配は感じ取れなかった。
(矢雨なら俺が気配を探知出来る範囲外からも矢を放つことが出来るだろう。しかしそれでは俺に気づかれずに2人を拐うことなど不可能だ。気配を隠して近づいたとしても、異常を察知すれば陽斗が悲鳴を上げるなり、朱羅が応戦するに決まっている。ということは、矢雨には共犯者が……)
その瞬間、蒼劔の脳裏に不気味な笑みを浮かべる黒髪の美少年の姿がよぎった。
直後、蒼劔はビルの壁へ飛び込み、オフィスへ侵入していた。
(違う! 共犯者は矢雨の方だ! 黒縄は矢雨を除いた全ての刺客が脱落したことで、自ら陽斗を拐いに来たのだ! 音を鳴らさずに鎖を動かすのは相当困難な作業だが、黒縄なら俺に気づかれずに2人を拐うことも可能だろう。ならば、2人は黒縄の元にいるはず……!)
幸い、オフィスは無人だった。窓のブラインドは閉め切られており、外の様子は見えない。
蒼劔はテーブルに置かれた固定電話の受話器を取ると、五代のスマホに連絡した。
しかし何度呼び出し音が鳴っても、五代出なかった。五代はまだネットゲームに熱中になっており、スマホが鳴っていること気づいてすらいなかった。
「あのポンコツ妖怪……!」
蒼劔にも五代が何をしていて電話に出ないのか大方の予想はついていた。
呼び出し音が留守電のアナウンスに切り替わると、苛立ちを露わに淡々と告げた。
「今すぐ、陽斗と朱羅の居場所を探せ。さもなくば、貴様は一生その部屋から出られない。窓を開ければその意味が分かる」
するとすぐに五代は電話に出た。
『鬼ッ! アンタ、自分がやったこと分かってんの?! マジで出られなくなってんじゃん! 俺が黒縄氏に意識回してる間に、ナニやってくれちゃってんのさーッ!』
五代は電話に出るなり、蒼劔を非難した。電話からでは様子が分からないが、どうやら彼の部屋がとんでもないことになっているらしい。
しかし蒼劔は一切動じず、「その黒縄に陽斗と朱羅が拐われたんだよ」と事実を伝えた。
するとそれまで強気だった五代はそれを聞いた途端、言葉を失った。
『えっ……? そんなハズは……黒縄氏ならずっと、原黒井ビルの最上階にいるけど……?』
「それは何処から仕入れている情報だ?」
『あんま言いたくないっすけど、最上階に住み着いてるダニっす。オイラのメンタル上、視覚以外はオールシャットダウンしてるけど、現在進行形で絶賛監視中』
「その間、黒縄は一度も部屋を出なかったのか?」
『今日は2回ほど部屋を出てったよ。でも、すぐに戻ってきたし、花でも摘みに行ってたんじゃない?』
蒼劔は黒縄が2回出ていったことが気にかかった。もし1度目に“陽炎”をビルに残し、陽斗と朱羅を拐いに出ていたとしたら? 2人を拐い、彼がビルに戻ってきたところで“陽炎”がトイレに立ち、本物の黒縄と入れ替わったとしたら……黒縄は五代の目を掻い潜り、ビルを出入り出来るはずだった。
五代が2人が拐われたことを知らなかった以上、彼が監視しているビルにはいないだろうと思われたが、蒼劔は一応確認しておくことにした。
「……そこに陽斗と朱羅はいないのか?」
すると五代は豪快に笑った。
『HAHAHA! いたらすぐに報告してるって! 俺ピだってそこまでバカじゃありませんー!』
「本当か? どんな些細な手がかりでもいいんだが」
五代は『んー』と電話の向こうでぶりっ子をしながら考えた末、何かを思い出した。
『ちょっと気になるとすれば、黒縄氏が2度目のお花摘みから帰ってきてから、部屋に大きな透明な塊が転がってることくらいかなぁ? そこだけホコリが漂流してないから、違和感あるんだよねぇ。結構デカくて、2メートル近くあんの。エレベーターの中にも同じのがあるっぽくて、そっちは170センチくらい。あんまし大きな声じゃ言えないけど、さっきから黒縄氏ってば、その透明な塊に話しかけてんだよネー。妖力足らなくなって、とうとう頭おかしくなっちったかな?』
「2メートルと、170センチ……!」
それは朱羅と陽斗の身長と同じ大きさだった。
「頭が足らないのは貴様だ、五代! その透明の塊が陽斗と朱羅だ!」
『な、なんだってーっ?!』
「おそらく、気配を遮断させる術か魔具を使っているんだ。貴様に気づかれんためにな」
原黒井ビルは今いる場所から程近い場所にあるが、陽斗がどんな状況に置かれているのか分からない以上、急がねばならなかった。
蒼劔には黒縄が陽斗をどうするつもりなのかは分からなかったが、ずっと嫌な予感がしていた。取り返しのつかないことが起きるかもしれない……そんな予感が。
「五代! 貴様は俺が来るまで、なんとかして時間を稼げ!」
『なんとかって、そんなザックリオーバーなミッション仰られてもぉ……』
「そうか。そんなにその部屋は快適なのか」
『やりますッ!』
五代は自分が置かれている状況を思い出し、電話の向こうで敬礼した。
「頼んだぞ、五代。もう俺には貴様しか頼れる奴がいないからな」
蒼劔は用件を済ませると、電話を切った。電話が切れる間際、五代が『やーい! 蒼劔氏のボッチッチー!』と言っていたが、無視した。
「さて……五代は後で罰を与えるとして、」
蒼劔はブラインドの隙間から、向かいのビルの屋上を覗いた。
そこには先程まではいなかった、金の仮面をつけた派手な男……矢雨が立っていた。目線は蒼劔の方を向いているが、弓に番えた矢で狙っているのは別の方向だった。
蒼劔は彼が狙っている先に何があったのか思い出し、眉をひそめた。矢雨が狙っているのは、歩道の通行人だった。
「俺には妖力で出来ている矢が通用しないから、一般人を攻撃して俺の足止めをするつもりか。相変わらず下衆な奴だな」
こうして視界に捉えていても、矢雨からは気配がしなかった。まるで、そっくりなマネキンが立っているかのようだった。
「……まずはあいつを片付けるか」
蒼劔はブラインドの隙間から矢雨を睨むと、刀を左手へ仕舞った。
そして、歩道を歩いている通行人達へ目を向けた。
・
それは一瞬の出来事だった。
矢雨がビルのオフィスから感じていた蒼劔の気配が一瞬で大通りを渡り、矢雨がいる屋上まで上がってきた。その間、蒼劔の姿を目にすることは一度もなかった。
そのカラクリが分かった時には、背後から蒼劔に刀で切られていた。屋上には彼の他に、息を切らしている警備員の男がいた。
「人間の体から体へ乗り移って、僕を撹乱したのか! あんな速さで憑依を繰り返すなんて……君、正気かい?」
矢雨は上半身と下半身が分断され、屋上の床に落下する。刀で切られた腹の傷から青い光の粒子に変わっていくが、彼の体も陽斗と朱羅の“陽炎”同様、青い光の粒子になる直前で炎に変じていた。
いくら矢雨が隠密行動に長けているとはいえ、鬼である以上は気配はする。それが全く感じられなかったのは、彼が矢雨の“陽炎”だったからに他ならなかった。
蒼劔は刀で矢雨の弓を切り、彼を冷たく見下ろした。その目には強い怒りと憎悪がこもっていた。
「正気なものか。貴様は俺に二度も陽斗を切らせたんだぞ。今度は朱羅もだ。己の怒りと憎悪で頭が沸騰しそうだ」
「そこまでして贄原陽斗と朱羅君を助けたいの? 何のために?」
矢雨は呆れた様子で笑みを浮かべ、蒼劔を見上げる。矢雨本人が1番よく理解している人物のコピーだけあって、彼の反応は矢雨そのものだった。
蒼劔は矢雨の頭を貫き、答えた。
「放っておけないからだ。陽斗も朱羅も未熟者で、目を離せん。今も黒縄のせいで危険な目に遭っていたらと思うと、気が気ではない」
するとそれを聞いた矢雨の顔から、笑顔が消えた。刀に刺された状態のまま、冷めた面持ちで目を細めた。
「そんなことをして何の得になるんだい? 情とか絆とか……聞くだけで反吐が出るね」
そう言うと矢雨の頭は青い光の粒子となって消滅した。残された体も、彼が使っていた弓も、暫くすると跡形もなく消えた。
「……二度と俺の前に現れるなよ、外道」
蒼劔は矢雨の残骸を冷たく見下ろし、呟いた。
そして隣のビルの屋上へ跳躍すると、原黒井ビルを目指して走っていった。
祭り会場に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。
アナウンスを聞いた客達はぞろぞろと会場を離れていき、屋台に残った店員も後片付けを済ませて帰っていった。明日も祭りはあるので屋台はそのままだ。
やがて会場から誰もいなくなった頃、遠隔で会場の明かりが一斉に落とされた。あれだけ賑わっていた大通りは静まり返り、闇に包まれる。
蒼劔がいる小道も唯一の光源を失い、真っ暗になった。大通りの歩道には街灯が立っていたが、小道を照らすほどの光力はない。
闇の中、蒼劔が握っている刀だけが青く輝いていた。
(炎に変わった陽斗と朱羅……あれは矢雨の能力である“陽炎”だ)
蒼劔は怒りと憎悪を露わにしながらも、頭の中では冷静に相手の分析を行なっていた。
(“陽炎”は炎の形状をしている矢雨の妖力を元にコピーを作り出す術。その精度は矢雨がどれだけ相手のことを知っているかに依存する)
蒼劔は屋上での陽斗と朱羅と、階段から降りた時の陽斗と朱羅とを比べ、ゾッとした。
些細な言動の差や保有する情報の違いこそあったものの、朱羅が金棒を忘れさえしなければ、蒼劔が2人の正体に疑惑を抱くことはなかっただろう。
(つまり、矢雨はずっと俺達を監視していた。屋上から降りる途中で陽斗と朱羅が入れ替わったということは、あの場に矢雨もいたか、あるいは遠距離から矢を放ち、階段へコピーを送ったと思われる)
蒼劔は試しに周囲の気配を探ってみるが、矢雨らしき気配は感じ取れなかった。
(矢雨なら俺が気配を探知出来る範囲外からも矢を放つことが出来るだろう。しかしそれでは俺に気づかれずに2人を拐うことなど不可能だ。気配を隠して近づいたとしても、異常を察知すれば陽斗が悲鳴を上げるなり、朱羅が応戦するに決まっている。ということは、矢雨には共犯者が……)
その瞬間、蒼劔の脳裏に不気味な笑みを浮かべる黒髪の美少年の姿がよぎった。
直後、蒼劔はビルの壁へ飛び込み、オフィスへ侵入していた。
(違う! 共犯者は矢雨の方だ! 黒縄は矢雨を除いた全ての刺客が脱落したことで、自ら陽斗を拐いに来たのだ! 音を鳴らさずに鎖を動かすのは相当困難な作業だが、黒縄なら俺に気づかれずに2人を拐うことも可能だろう。ならば、2人は黒縄の元にいるはず……!)
幸い、オフィスは無人だった。窓のブラインドは閉め切られており、外の様子は見えない。
蒼劔はテーブルに置かれた固定電話の受話器を取ると、五代のスマホに連絡した。
しかし何度呼び出し音が鳴っても、五代出なかった。五代はまだネットゲームに熱中になっており、スマホが鳴っていること気づいてすらいなかった。
「あのポンコツ妖怪……!」
蒼劔にも五代が何をしていて電話に出ないのか大方の予想はついていた。
呼び出し音が留守電のアナウンスに切り替わると、苛立ちを露わに淡々と告げた。
「今すぐ、陽斗と朱羅の居場所を探せ。さもなくば、貴様は一生その部屋から出られない。窓を開ければその意味が分かる」
するとすぐに五代は電話に出た。
『鬼ッ! アンタ、自分がやったこと分かってんの?! マジで出られなくなってんじゃん! 俺が黒縄氏に意識回してる間に、ナニやってくれちゃってんのさーッ!』
五代は電話に出るなり、蒼劔を非難した。電話からでは様子が分からないが、どうやら彼の部屋がとんでもないことになっているらしい。
しかし蒼劔は一切動じず、「その黒縄に陽斗と朱羅が拐われたんだよ」と事実を伝えた。
するとそれまで強気だった五代はそれを聞いた途端、言葉を失った。
『えっ……? そんなハズは……黒縄氏ならずっと、原黒井ビルの最上階にいるけど……?』
「それは何処から仕入れている情報だ?」
『あんま言いたくないっすけど、最上階に住み着いてるダニっす。オイラのメンタル上、視覚以外はオールシャットダウンしてるけど、現在進行形で絶賛監視中』
「その間、黒縄は一度も部屋を出なかったのか?」
『今日は2回ほど部屋を出てったよ。でも、すぐに戻ってきたし、花でも摘みに行ってたんじゃない?』
蒼劔は黒縄が2回出ていったことが気にかかった。もし1度目に“陽炎”をビルに残し、陽斗と朱羅を拐いに出ていたとしたら? 2人を拐い、彼がビルに戻ってきたところで“陽炎”がトイレに立ち、本物の黒縄と入れ替わったとしたら……黒縄は五代の目を掻い潜り、ビルを出入り出来るはずだった。
五代が2人が拐われたことを知らなかった以上、彼が監視しているビルにはいないだろうと思われたが、蒼劔は一応確認しておくことにした。
「……そこに陽斗と朱羅はいないのか?」
すると五代は豪快に笑った。
『HAHAHA! いたらすぐに報告してるって! 俺ピだってそこまでバカじゃありませんー!』
「本当か? どんな些細な手がかりでもいいんだが」
五代は『んー』と電話の向こうでぶりっ子をしながら考えた末、何かを思い出した。
『ちょっと気になるとすれば、黒縄氏が2度目のお花摘みから帰ってきてから、部屋に大きな透明な塊が転がってることくらいかなぁ? そこだけホコリが漂流してないから、違和感あるんだよねぇ。結構デカくて、2メートル近くあんの。エレベーターの中にも同じのがあるっぽくて、そっちは170センチくらい。あんまし大きな声じゃ言えないけど、さっきから黒縄氏ってば、その透明な塊に話しかけてんだよネー。妖力足らなくなって、とうとう頭おかしくなっちったかな?』
「2メートルと、170センチ……!」
それは朱羅と陽斗の身長と同じ大きさだった。
「頭が足らないのは貴様だ、五代! その透明の塊が陽斗と朱羅だ!」
『な、なんだってーっ?!』
「おそらく、気配を遮断させる術か魔具を使っているんだ。貴様に気づかれんためにな」
原黒井ビルは今いる場所から程近い場所にあるが、陽斗がどんな状況に置かれているのか分からない以上、急がねばならなかった。
蒼劔には黒縄が陽斗をどうするつもりなのかは分からなかったが、ずっと嫌な予感がしていた。取り返しのつかないことが起きるかもしれない……そんな予感が。
「五代! 貴様は俺が来るまで、なんとかして時間を稼げ!」
『なんとかって、そんなザックリオーバーなミッション仰られてもぉ……』
「そうか。そんなにその部屋は快適なのか」
『やりますッ!』
五代は自分が置かれている状況を思い出し、電話の向こうで敬礼した。
「頼んだぞ、五代。もう俺には貴様しか頼れる奴がいないからな」
蒼劔は用件を済ませると、電話を切った。電話が切れる間際、五代が『やーい! 蒼劔氏のボッチッチー!』と言っていたが、無視した。
「さて……五代は後で罰を与えるとして、」
蒼劔はブラインドの隙間から、向かいのビルの屋上を覗いた。
そこには先程まではいなかった、金の仮面をつけた派手な男……矢雨が立っていた。目線は蒼劔の方を向いているが、弓に番えた矢で狙っているのは別の方向だった。
蒼劔は彼が狙っている先に何があったのか思い出し、眉をひそめた。矢雨が狙っているのは、歩道の通行人だった。
「俺には妖力で出来ている矢が通用しないから、一般人を攻撃して俺の足止めをするつもりか。相変わらず下衆な奴だな」
こうして視界に捉えていても、矢雨からは気配がしなかった。まるで、そっくりなマネキンが立っているかのようだった。
「……まずはあいつを片付けるか」
蒼劔はブラインドの隙間から矢雨を睨むと、刀を左手へ仕舞った。
そして、歩道を歩いている通行人達へ目を向けた。
・
それは一瞬の出来事だった。
矢雨がビルのオフィスから感じていた蒼劔の気配が一瞬で大通りを渡り、矢雨がいる屋上まで上がってきた。その間、蒼劔の姿を目にすることは一度もなかった。
そのカラクリが分かった時には、背後から蒼劔に刀で切られていた。屋上には彼の他に、息を切らしている警備員の男がいた。
「人間の体から体へ乗り移って、僕を撹乱したのか! あんな速さで憑依を繰り返すなんて……君、正気かい?」
矢雨は上半身と下半身が分断され、屋上の床に落下する。刀で切られた腹の傷から青い光の粒子に変わっていくが、彼の体も陽斗と朱羅の“陽炎”同様、青い光の粒子になる直前で炎に変じていた。
いくら矢雨が隠密行動に長けているとはいえ、鬼である以上は気配はする。それが全く感じられなかったのは、彼が矢雨の“陽炎”だったからに他ならなかった。
蒼劔は刀で矢雨の弓を切り、彼を冷たく見下ろした。その目には強い怒りと憎悪がこもっていた。
「正気なものか。貴様は俺に二度も陽斗を切らせたんだぞ。今度は朱羅もだ。己の怒りと憎悪で頭が沸騰しそうだ」
「そこまでして贄原陽斗と朱羅君を助けたいの? 何のために?」
矢雨は呆れた様子で笑みを浮かべ、蒼劔を見上げる。矢雨本人が1番よく理解している人物のコピーだけあって、彼の反応は矢雨そのものだった。
蒼劔は矢雨の頭を貫き、答えた。
「放っておけないからだ。陽斗も朱羅も未熟者で、目を離せん。今も黒縄のせいで危険な目に遭っていたらと思うと、気が気ではない」
するとそれを聞いた矢雨の顔から、笑顔が消えた。刀に刺された状態のまま、冷めた面持ちで目を細めた。
「そんなことをして何の得になるんだい? 情とか絆とか……聞くだけで反吐が出るね」
そう言うと矢雨の頭は青い光の粒子となって消滅した。残された体も、彼が使っていた弓も、暫くすると跡形もなく消えた。
「……二度と俺の前に現れるなよ、外道」
蒼劔は矢雨の残骸を冷たく見下ろし、呟いた。
そして隣のビルの屋上へ跳躍すると、原黒井ビルを目指して走っていった。
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