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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」
4日目:鎖が拐い、炎が惑わせる
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「本当に僕らいなくて大丈夫?」
「黒縄が何か仕掛けてくるかもしれないけど大丈夫?」
「いいから、行け。お前達が街中で暴れる方が危ない」
「むー」
「むー」
むくれる焦熱と炎熱と別れ、陽斗達は非常階段を使って屋上から地上へ降りていった。
非常階段には蛍光灯が点いていたものの、所々薄暗く、そういうわずかな闇には人ならざる何かが潜んでいた。
「気をつけて降りろ。特に陽斗は魔具の霊力がほとんど残っていないはずだから、妙なモノを見ても足を止めるな。朱羅は陽斗の後方を頼む」
「はい!」
3人は蒼劔の指示通り、蒼劔、陽斗、朱羅の順に1列になって非常階段を降りていった。
非常階段は幅は人1人が通れるほどの狭さで、陽斗の後ろからついてきている朱羅は身を縮こませ、階段を降りていた。
「それにしても陽斗殿、よく8階分の階段をお1人で昇ってこられましたね。大変だったでしょう?」
「どうってことないよ。焦熱君と炎熱君を助けたくって無我夢中で昇ってたら、いつの間にか着いてたんだ」
「……そうだったんですか」
朱羅は自分の行いを振り返り、目を伏せた。焦熱と炎熱がどのような経緯で鬼になったか知ろうともせず、彼らを他の地獄八鬼と同じ非道な鬼だと決めつけていた自分が許せなかった。
(だが、この少年は違う)
朱羅は目の前を歩く陽斗へ目を向ける。
今は階段から転げ落ちないよう、慎重に1段1段降りていく冴えない人間の少年だが、焦熱と炎熱を蒼劔の刀から身を挺して庇ったあの時の陽斗は、別人のように勇ましかった。自分だったら足がすくんで動けないだろうと思った。
(私も、彼のような勇気が欲しい)
その時、朱羅の耳に鎖が揺れる音が聞こえた。
・
陽斗は後ろから鎖が揺れる音が聞こえた気がした。
「ねぇ、朱羅さん。今、なんか音が……」
背後からついて来ている朱羅に確認しようと、後ろを振り返る。
しかし陽斗の後ろには誰もいなかった。屋上から吹き込んでくる生温い風が陽斗の体を撫でた。
「朱羅さん……?」
陽斗は突然朱羅がいなくなったことに理解が追いつかず、立ち尽くす。
すると陽斗の頭上から何本もの黒い鎖が降り注ぎ、陽斗を捕らえた。明らかに異形の者の仕業だった。
「っ!」
陽斗は悲鳴を上げようとしたが、その前に鎖が口や喉に巻きつき、声を出せなかった。
他の鎖も彼の手足や胴体の巻きつくと宙に持ち上げ、上へ引っ張り上げた。
(蒼劔君! 蒼劔君!)
陽斗は鎖の下から何度も蒼劔に呼びかけたが、振り向いてはもらえなかった。
あっという間に蒼劔の姿は見えなくなり、陽斗は屋上まで戻ってきた。
鎖は陽斗に巻きついたまま、彼を乱暴にコンクリートの床へ下ろす。陽斗はその弾みで背中を強打した。
(あいたっ! もっと優しく降ろしてよ……)
あまりの痛みに悶え、うめく。
その時、倒れている陽斗の顔を誰かが見下ろしてきた。陽斗は「焦熱君か炎熱君が戻ってきたのかな」と思ったが、別人だった。
焦熱や炎熱よりも幼く、小柄な少年だった。つり目がちの大きな黒目が印象的で、ツヤのある黒髪を肩につかない長さで切りそろえている。
雨が降っていないのに黒いレインコートを羽織り、フードを被って顔を隠そうとしている。
少年は格好とは裏腹に、子供とは思えない冷たい目で陽斗を見下ろし、ニヤリと笑った。
「残念だったなァ、クソガキ。どうやら俺の方が一枚上手だったらしい。ざまぁみろ」
陽斗は彼の姿を見て、以前蒼劔が話していた同じ外見の鬼のことを思い出した。
(まさか、この子が黒縄さん?! 焦熱君や炎熱君よりも歳下じゃん! ホントにこの子が朱羅さんの上司で、地獄八鬼のリーダーだったの?!)
焦熱や炎熱が鬼だと知った時も信じられなかったが、2人よりも明らかに歳下の彼までも鬼だとは、とても受け入れられなかった。
陽斗がそんな葛藤をしている間にも黒縄はポケットからお札を取り出し、陽斗の額に貼り付けた。途端に陽斗は強烈な睡魔に襲われ、眠りにつく。
「じゃあ……行くとするか」
黒縄は自分の袖の中で繋がっている鎖を引き連れ、屋上伝いにビルを離れていった。鎖は再び宙に浮き、陽斗が障害物にぶつからないよう適宜避ける。
陽斗の隣にはもう1人、同じように額にお札を貼られ、眠っている朱羅がいた。陽斗同様、障害物を避けながら浮いているが、陽斗よりも重いせいか、スレスレで避けている。
黒縄は全く目を覚ます様子のない朱羅を一瞥し、舌打ちした。
「あー、重い重い。何でこの俺がこいつらを運ばなくちゃなんねぇんだよ。矢雨も手伝えっつーの!」
この異常事態を察知出来る者は五代しかいなかったのだが、当の五代はネットゲームで忙しかった。
・
「着いたぞ」
2人が連れ去られたことにも気づかず、蒼劔は地上へ到達した。
ビルの非常階段は祭り会場となっている大通りに面した小道に入り口がある。街灯はないが、祭り会場から差す明かりのお陰で明るかった。
「あー、疲れた! 階段って降りる時も疲れるよねー」
「同感です。私もさすがに疲れました」
蒼劔に続いて非常階段から地上へ降りてきたのは、拐われたはずの陽斗と朱羅だった。
2人は何事もなかったかのように体を伸ばし、談笑している。蒼劔はそんな2人の姿を微笑ましそうに見ていた。
(陽斗……元気になって良かった。一時はどうなるかと思ったが、回復したようだな)
ふと、蒼劔は朱羅が金棒を持っていないことに気づいた。
「朱羅、金棒はどうした?」
「金棒?」
朱羅は一瞬キョトンとしていたが、すぐに思い出し「そういえば!」と手を打った。
「すっかり忘れておりました! 取りに行って参りますので、少々お待ちください!」
「もー、朱羅さんおっちょこちょいなんだからー!」
朱羅は金棒を取りに、1人で非常階段を昇って行った。すぐに朱羅の姿は見えなくなり、足音も遠ざかっていく。
「……」
蒼劔は眉をひそめ、朱羅の姿を見送った。あれだけ金棒を大事にしていた彼が、蒼劔に指摘されるまで金棒の存在を忘れていたことに違和感を持っていた。
陽斗は特に気に留めていないようで、手持ち無沙汰に祭り会場の方を気にしている。
(……まさか)
嫌な予感がした。信じたくはなかったが、確認しない訳にはいかなかった。
蒼劔は込み上げてくる不安を押し殺し、口を開いた。
「……陽斗、すまなかったな」
「えっ?」
陽斗は突然謝られたことに驚き、蒼劔を振り返る。
蒼劔は真っ直ぐ陽斗を見つめ、切々と謝罪した。彼の拳は震えていた。
「俺はお前を守るどころか、命を奪いかけてしまった。完全に俺の怠慢だった。すまない」
「そんなことないよ! さっきのは完全に僕が悪かったって! 蒼劔君は何も悪くないよ!」
陽斗は慌てて蒼劔を励ました。先程まで生死の境を彷徨っていたというのに、そのことには一切触れなかった。
それでも蒼劔の不安は払拭されなかった。自責の念を拭えない様子で、地面へ視線を落とす。
「だが、俺は今までだってお前を危険に晒してきてしまっただろう? 昨日の山根亭でも、山根から人間の部位を持ってくるよう指示されて怖い思いをしたんじゃないのか?」
「全然そんなことなかったよ!」
陽斗は蒼劔に心配かけまいとわざと明るく振る舞い、笑顔で言った。
「そりゃ、山根さんからそう指示された時はびっくりしたし、本当に冷凍室に保存されてあって怖かったけど……みんなが助けに来てくれたから、もう大丈夫だよ!」
「……そうか」
直後、蒼劔は左手から刀の柄を出して握り、居合で陽斗の体を切った。異形のみを切れるはずの刀は、陽斗の胴を真っ二つにした。
「えっ……?」
陽斗は信じられない様子で蒼劔を見つめる。蒼劔の顔からは、先程までの弱々しい表情は消え失せていた。
「なん、で……」
陽斗は蒼劔に向かって手を伸ばす。蒼劔は彼の手を取ることなく、その場に立ったまま彼を睨みつけていた。
「それはこちらのセリフだ。何故お前はそんな嘘をつく? 山根はお前に何の指示も出していない。お前が受け取ったメモには何も書かれていなかったはずだ」
「だからって刺すなんて、ひどいよ……」
「どの口が言う? ならば、これは何だ?」
そう言って蒼劔が掲げたのは、陽斗のポケットから拝借した水晶のブレスレットだった。祭り会場の明かりを反射し、輝いている。
しかし蒼劔が刀で水晶の1粒を切ると、何故か水晶は炎に変わり、青い光の粒子となって消えた。
ブレスレットの紐が切られたことで、残りの水晶の玉は紐を伝って全て地面へ落下していく。それらは落下している途中で炎へと変じ、空中で燃え消えた。蒼劔の手に残っていた紐も、彼の手から離れると炎となって消えた。
「稲葉からは、切ったら炎になるとは聞いていないが?」
「……」
陽斗は陽斗がしない、憎しみに満ちた表情を蒼劔に見せ、青い光の粒子となって消滅した。彼の体もまた、青い光の粒子に侵食される直前に真っ赤な炎に変わっていた。
陽斗が完全に消滅したのを見届けると、蒼劔は刀を握っている自分の手を見た。彼の手は震えていた。
「……ひどいのは貴様の方だ。俺に二度も陽斗を切らせやがって」
そこへ金棒を持った朱羅が階段から駆け下り、背後から蒼劔に襲いかかった。彼の体もまた、炎に変わりかけていた。
蒼劔は朱羅の攻撃を避け、刀を振り上げる。炎になりかけた朱羅は金棒ごと青い光の粒子へと変わり、消滅した。
「……」
蒼劔は周辺の気配を探った。陽斗と朱羅の気配はしない。怪しい気配も見つけられなかった。
「黒縄が何か仕掛けてくるかもしれないけど大丈夫?」
「いいから、行け。お前達が街中で暴れる方が危ない」
「むー」
「むー」
むくれる焦熱と炎熱と別れ、陽斗達は非常階段を使って屋上から地上へ降りていった。
非常階段には蛍光灯が点いていたものの、所々薄暗く、そういうわずかな闇には人ならざる何かが潜んでいた。
「気をつけて降りろ。特に陽斗は魔具の霊力がほとんど残っていないはずだから、妙なモノを見ても足を止めるな。朱羅は陽斗の後方を頼む」
「はい!」
3人は蒼劔の指示通り、蒼劔、陽斗、朱羅の順に1列になって非常階段を降りていった。
非常階段は幅は人1人が通れるほどの狭さで、陽斗の後ろからついてきている朱羅は身を縮こませ、階段を降りていた。
「それにしても陽斗殿、よく8階分の階段をお1人で昇ってこられましたね。大変だったでしょう?」
「どうってことないよ。焦熱君と炎熱君を助けたくって無我夢中で昇ってたら、いつの間にか着いてたんだ」
「……そうだったんですか」
朱羅は自分の行いを振り返り、目を伏せた。焦熱と炎熱がどのような経緯で鬼になったか知ろうともせず、彼らを他の地獄八鬼と同じ非道な鬼だと決めつけていた自分が許せなかった。
(だが、この少年は違う)
朱羅は目の前を歩く陽斗へ目を向ける。
今は階段から転げ落ちないよう、慎重に1段1段降りていく冴えない人間の少年だが、焦熱と炎熱を蒼劔の刀から身を挺して庇ったあの時の陽斗は、別人のように勇ましかった。自分だったら足がすくんで動けないだろうと思った。
(私も、彼のような勇気が欲しい)
その時、朱羅の耳に鎖が揺れる音が聞こえた。
・
陽斗は後ろから鎖が揺れる音が聞こえた気がした。
「ねぇ、朱羅さん。今、なんか音が……」
背後からついて来ている朱羅に確認しようと、後ろを振り返る。
しかし陽斗の後ろには誰もいなかった。屋上から吹き込んでくる生温い風が陽斗の体を撫でた。
「朱羅さん……?」
陽斗は突然朱羅がいなくなったことに理解が追いつかず、立ち尽くす。
すると陽斗の頭上から何本もの黒い鎖が降り注ぎ、陽斗を捕らえた。明らかに異形の者の仕業だった。
「っ!」
陽斗は悲鳴を上げようとしたが、その前に鎖が口や喉に巻きつき、声を出せなかった。
他の鎖も彼の手足や胴体の巻きつくと宙に持ち上げ、上へ引っ張り上げた。
(蒼劔君! 蒼劔君!)
陽斗は鎖の下から何度も蒼劔に呼びかけたが、振り向いてはもらえなかった。
あっという間に蒼劔の姿は見えなくなり、陽斗は屋上まで戻ってきた。
鎖は陽斗に巻きついたまま、彼を乱暴にコンクリートの床へ下ろす。陽斗はその弾みで背中を強打した。
(あいたっ! もっと優しく降ろしてよ……)
あまりの痛みに悶え、うめく。
その時、倒れている陽斗の顔を誰かが見下ろしてきた。陽斗は「焦熱君か炎熱君が戻ってきたのかな」と思ったが、別人だった。
焦熱や炎熱よりも幼く、小柄な少年だった。つり目がちの大きな黒目が印象的で、ツヤのある黒髪を肩につかない長さで切りそろえている。
雨が降っていないのに黒いレインコートを羽織り、フードを被って顔を隠そうとしている。
少年は格好とは裏腹に、子供とは思えない冷たい目で陽斗を見下ろし、ニヤリと笑った。
「残念だったなァ、クソガキ。どうやら俺の方が一枚上手だったらしい。ざまぁみろ」
陽斗は彼の姿を見て、以前蒼劔が話していた同じ外見の鬼のことを思い出した。
(まさか、この子が黒縄さん?! 焦熱君や炎熱君よりも歳下じゃん! ホントにこの子が朱羅さんの上司で、地獄八鬼のリーダーだったの?!)
焦熱や炎熱が鬼だと知った時も信じられなかったが、2人よりも明らかに歳下の彼までも鬼だとは、とても受け入れられなかった。
陽斗がそんな葛藤をしている間にも黒縄はポケットからお札を取り出し、陽斗の額に貼り付けた。途端に陽斗は強烈な睡魔に襲われ、眠りにつく。
「じゃあ……行くとするか」
黒縄は自分の袖の中で繋がっている鎖を引き連れ、屋上伝いにビルを離れていった。鎖は再び宙に浮き、陽斗が障害物にぶつからないよう適宜避ける。
陽斗の隣にはもう1人、同じように額にお札を貼られ、眠っている朱羅がいた。陽斗同様、障害物を避けながら浮いているが、陽斗よりも重いせいか、スレスレで避けている。
黒縄は全く目を覚ます様子のない朱羅を一瞥し、舌打ちした。
「あー、重い重い。何でこの俺がこいつらを運ばなくちゃなんねぇんだよ。矢雨も手伝えっつーの!」
この異常事態を察知出来る者は五代しかいなかったのだが、当の五代はネットゲームで忙しかった。
・
「着いたぞ」
2人が連れ去られたことにも気づかず、蒼劔は地上へ到達した。
ビルの非常階段は祭り会場となっている大通りに面した小道に入り口がある。街灯はないが、祭り会場から差す明かりのお陰で明るかった。
「あー、疲れた! 階段って降りる時も疲れるよねー」
「同感です。私もさすがに疲れました」
蒼劔に続いて非常階段から地上へ降りてきたのは、拐われたはずの陽斗と朱羅だった。
2人は何事もなかったかのように体を伸ばし、談笑している。蒼劔はそんな2人の姿を微笑ましそうに見ていた。
(陽斗……元気になって良かった。一時はどうなるかと思ったが、回復したようだな)
ふと、蒼劔は朱羅が金棒を持っていないことに気づいた。
「朱羅、金棒はどうした?」
「金棒?」
朱羅は一瞬キョトンとしていたが、すぐに思い出し「そういえば!」と手を打った。
「すっかり忘れておりました! 取りに行って参りますので、少々お待ちください!」
「もー、朱羅さんおっちょこちょいなんだからー!」
朱羅は金棒を取りに、1人で非常階段を昇って行った。すぐに朱羅の姿は見えなくなり、足音も遠ざかっていく。
「……」
蒼劔は眉をひそめ、朱羅の姿を見送った。あれだけ金棒を大事にしていた彼が、蒼劔に指摘されるまで金棒の存在を忘れていたことに違和感を持っていた。
陽斗は特に気に留めていないようで、手持ち無沙汰に祭り会場の方を気にしている。
(……まさか)
嫌な予感がした。信じたくはなかったが、確認しない訳にはいかなかった。
蒼劔は込み上げてくる不安を押し殺し、口を開いた。
「……陽斗、すまなかったな」
「えっ?」
陽斗は突然謝られたことに驚き、蒼劔を振り返る。
蒼劔は真っ直ぐ陽斗を見つめ、切々と謝罪した。彼の拳は震えていた。
「俺はお前を守るどころか、命を奪いかけてしまった。完全に俺の怠慢だった。すまない」
「そんなことないよ! さっきのは完全に僕が悪かったって! 蒼劔君は何も悪くないよ!」
陽斗は慌てて蒼劔を励ました。先程まで生死の境を彷徨っていたというのに、そのことには一切触れなかった。
それでも蒼劔の不安は払拭されなかった。自責の念を拭えない様子で、地面へ視線を落とす。
「だが、俺は今までだってお前を危険に晒してきてしまっただろう? 昨日の山根亭でも、山根から人間の部位を持ってくるよう指示されて怖い思いをしたんじゃないのか?」
「全然そんなことなかったよ!」
陽斗は蒼劔に心配かけまいとわざと明るく振る舞い、笑顔で言った。
「そりゃ、山根さんからそう指示された時はびっくりしたし、本当に冷凍室に保存されてあって怖かったけど……みんなが助けに来てくれたから、もう大丈夫だよ!」
「……そうか」
直後、蒼劔は左手から刀の柄を出して握り、居合で陽斗の体を切った。異形のみを切れるはずの刀は、陽斗の胴を真っ二つにした。
「えっ……?」
陽斗は信じられない様子で蒼劔を見つめる。蒼劔の顔からは、先程までの弱々しい表情は消え失せていた。
「なん、で……」
陽斗は蒼劔に向かって手を伸ばす。蒼劔は彼の手を取ることなく、その場に立ったまま彼を睨みつけていた。
「それはこちらのセリフだ。何故お前はそんな嘘をつく? 山根はお前に何の指示も出していない。お前が受け取ったメモには何も書かれていなかったはずだ」
「だからって刺すなんて、ひどいよ……」
「どの口が言う? ならば、これは何だ?」
そう言って蒼劔が掲げたのは、陽斗のポケットから拝借した水晶のブレスレットだった。祭り会場の明かりを反射し、輝いている。
しかし蒼劔が刀で水晶の1粒を切ると、何故か水晶は炎に変わり、青い光の粒子となって消えた。
ブレスレットの紐が切られたことで、残りの水晶の玉は紐を伝って全て地面へ落下していく。それらは落下している途中で炎へと変じ、空中で燃え消えた。蒼劔の手に残っていた紐も、彼の手から離れると炎となって消えた。
「稲葉からは、切ったら炎になるとは聞いていないが?」
「……」
陽斗は陽斗がしない、憎しみに満ちた表情を蒼劔に見せ、青い光の粒子となって消滅した。彼の体もまた、青い光の粒子に侵食される直前に真っ赤な炎に変わっていた。
陽斗が完全に消滅したのを見届けると、蒼劔は刀を握っている自分の手を見た。彼の手は震えていた。
「……ひどいのは貴様の方だ。俺に二度も陽斗を切らせやがって」
そこへ金棒を持った朱羅が階段から駆け下り、背後から蒼劔に襲いかかった。彼の体もまた、炎に変わりかけていた。
蒼劔は朱羅の攻撃を避け、刀を振り上げる。炎になりかけた朱羅は金棒ごと青い光の粒子へと変わり、消滅した。
「……」
蒼劔は周辺の気配を探った。陽斗と朱羅の気配はしない。怪しい気配も見つけられなかった。
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