贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

4日目:夏祭り⑥

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 陽斗は傷跡を見て、青い光の粒子が完全に消えたことを確認すると、両手で焦熱と炎熱を抱きしめた。
「ありがとう! 本当にありがとう! 君達は僕の命の恩人だよ! よく頑張ったね!」
 焦熱と炎熱は自分達の身に何が起こっているのか分からない、と言いたげに目を丸くしている。
 そこへ陽斗の上から覆い被さるように朱羅も焦熱と炎熱を抱きしめ、号泣した。
「良かった! ご無事で本当に良かったです陽斗殿おぉぉーっ!」
『うぉぉんっ! 陽斗氏が鬼にならなくて良かったよぉぉ! どうか君はいつまでも、そのままのチミでいてねぇぇぇ!』
 五代も朱羅の胸ポケットに仕舞われたスマホから号泣している声が聞こえてくる。本当に泣いているかは不明だが。
 焦熱と炎熱はそこでやっと「自分達がやったことは正しかったんだ」と理解が追いつき、安心したように目を細めた。
「おい」
 ただ1人、この場の空気に飲まれていない男がいた。蒼劔は屋上の硬いコンクリートの床から立ち上がると、焦熱と炎熱を睨んだ。
 焦熱と炎熱も朱羅の肩越しに睨み返す。
 しかし蒼劔はすぐに焦熱と炎熱から視線を外し、屋上の隅へと歩んでいった。そしておもむろに刀を抜き、結界を崩した。結界を構成する1本が失われたことで、頭上を覆っていた結界の天井が消えた。屋上からは見えないが、床の下に通っていた結界も消えた。
 立て続けに蒼劔は他の刀も抜き、自分の左手へと戻していく。結界は完全に消え、元の何の変哲もない屋上へと戻った。
 陽斗と朱羅もようやく屋上の様子に気づき、周囲を見回した。
「……これで結界は全て消えた。さっさと立ち去れ。そして二度と、俺の前に姿を現すな」
「やだ」
「やだ」
「やだ!」
 焦熱と炎熱は即答した。2人に続き、陽斗も声を上げる。
「この子達、いい子じゃん! そりゃ、今までは悪いことをしてたかもしれないけど、これから直していけばいいでしょ?」
「また人間を襲ったらどうする? お前を殺しに来る可能性だって充分あるだろう?」
「ないよ!」
「ない」
「ない」
 今度は焦熱と炎熱が陽斗に続いて答えた。
「僕達は陽斗に助けられた。絶対陽斗を傷つけることはしない」
「陽斗が人間を殺すのはダメって言うなら、絶対しない。陽斗に助けられたから」
「ほら、素直でいい子じゃん! もういっそ、うちの子になりなよ! 鬼だから普通の人間には見えないし、タダで住めるよ?」
「陽斗!」
 堪らず、蒼劔は陽斗を一喝する。あまりの覇気に、陽斗は思わず縮こまった。
「だって……このまま一緒にいた方が、この子達も嫌な思いしなくて済むじゃん」
「身勝手に情けをかけるな。これからもそうやって、情が移った鬼を同じ住処に住まわせるのか?」
「ダメ?」
「ダメ」
 陽斗と蒼劔は互いに睨み合う。
 長くなるかと思われた争いに終止符を打ったのは、話の当事者である焦熱と炎熱だった。陽斗の肩をちょんちょんと指でつつき、2人を自分達の方へ向かせると、淡々と言った。
「僕達、旅に出ようと思う」
「旅?」
 陽斗が聞き返すと、双子は頷いた。
「旅に出て、陽斗の他にも僕達を嫌わない人間がいるか調べる」
「陽斗、さっき“人間は僕達を迫害する人間達ばかりじゃない”って言った。本当かどうか調べる」
「もし、嘘だったらどうするつもりだ」
 蒼劔は冷静に双子に尋ねる。陽斗は「僕、そんな嘘つかないよ!」と蒼劔を非難した。
「こいつらとお前の基準は違う。こいつらがもし、人間が己達を迫害する奴らばかりだと判断したら、世界が終わるかもしれんのだぞ?」
「そ、そんな……」
 陽斗は焦熱と炎熱の答えを待った。2人は少し考えてから、蒼劔に言った。
「「もしそうだったら、ずっと陽斗と一緒に暮らす」」
 2人の声はピタリと会っていた。
 蒼劔はおもわず「は?」と聞き返し、朱羅は「えっ?」と驚いて陽斗と双子から手を離し、陽斗は「おぉ!」と双子を抱きしめたまま喜んだ。
「大歓迎だよ! 僕はいつでも待ってるよ! 旅の途中でも、遊びに来てくれていいんだからね」
「うん。遊びに行く」
「約束」
 蒼劔は呑気に鬼2人と指切りげんまんをしている陽斗を見て、唖然としていた。
「……結局そうなるのか」
「そのようですね」
 同じく驚いていた朱羅も、呆れたように笑う。
 蒼劔は彼にとって双子が仇であったことを思い出し、確認した。
「お前はいいのか?」
「陽斗殿がよろしいのであれば、私から言うことは何もございません。その方があの双子も更生してくれることでしょう」
 朱羅は「陽斗と双子が同居してもいいのか」と尋ねられたと思ったらしい。蒼劔は「そうじゃない」と首を振り、改めて質問した。
「お前は己の復讐を遂げなくていいのか、と聞いているんだ。あの2人はお前の仇だろう?」
「……そうでしたね」
 朱羅は仲良く指切りげんまんをしている3人を見る。陽斗は両手で焦熱と炎熱と同時に指切りげんまんをして、なんだか楽しそうだった。
 その微笑ましい光景に、朱羅は目に残っていた涙を指で拭い、「焦熱と炎熱はあのままでいいです」と答えた。
「私の目的は、かつて村を滅ぼした悪鬼の集団、地獄八鬼を倒すこと……そして、人間を傷つける鬼を、倒すことです。今の彼らは悪鬼でもなければ、人を傷つける鬼でもありません。陽斗殿のご友人です」
「……分かった。もう何も言うまい」
 蒼劔は朱羅の答えを踏まえ、陽斗の望む通りにさせてやろうと決めた。それがどんな結果を生むことになったとしても、自分は陽斗の味方であろうと思った。
 しかし彼らを野放しにするつもりはなかった。朱羅の胸ポケットからスマホを取り出し、耳へ当てると五代に言った。
「奴らの行動を監視しておけ。一度でも人間に危害を加えたら、滅する」
『おk! 任しとけい! その代わり、報酬はガッポリ取らせてもらうぜ、旦那ァ』
「焦熱と炎熱が暴走したら、お前もただでは済まんのだぞ? 無賃で働け」
『ハー?! なにそれイミフーッ!』
 蒼劔はうるさいスマホを朱羅に返し、陽斗を見た。
 彼は焦熱と炎熱に明日の花火について話していた。
「明日の夜は花火が上がるんだよ! 旅はその花火を見てから出発でいいんじゃない?」
「陽斗も見にくる?」
「もちろん! と言っても、明日も屋台のバイトがあるから、屋台から見るんだけどね」
「じゃあ、僕達も陽斗と一緒に見る」
「ホント?! 楽しみだなー!」
 元気に笑う陽斗の姿を目にし、蒼劔はようやく緊張がほどけた。
 そして「もう二度と、陽斗を刺すようなヘマはしない」と固く心に誓った。

         ・

 一連の出来事を向かいのビルの屋上から監視している者達がいた。1人は黒いレインコートを羽織っている黒縄で、もう1人は矢雨だった。
 2人ともなんらかの手段で気配を遮断しているのか、人間の陽斗はもちろん、勘のいい蒼劔にすら全く気づかれていない。
「いやぁ、危なかったね。あのまま贄原陽斗を失えば、君の計画は終わっていたよ」
 矢雨が仮面の下で穏やかに微笑んでいる横で、黒縄は怒りに震えている。本当はここから焦熱と炎熱を叱りたい気分だったが、「そんなことで計画を破綻させる訳にはいかない」と、なんとか怒りを堪えていた。
「あの火力馬鹿共……! 俺はあのクソガキを連れてこいっつったんだぞ?! それを無視して殺そうとしたばかりか、命を救われて心を開くなど、あり得ん!」
「まぁまぁ。彼らはそういう子達なんだから、妥協した方がいいと思うよ?」
「……仕方ない。あとはお前だけが頼りだ。払った金の分は働けよ?」
 黒縄はレインコートのフードの下から矢雨を睨みつける。
 かつてのリーダーからプレッシャーをかけられても、矢雨は「はいはい」と軽い調子で返答し、右手を広げた。すると、彼の右手から炎が現れ、矢の形に変わった。
 矢雨は炎の矢を自分の身長と変わらない高さの弓につがえ、蒼劔達の方へ狙いを定めた。
 黒縄も向かいのビルの屋上にいる陽斗達を鋭く睨みつける。今まさに矢で狙われていても尚、陽斗達は黒縄と矢雨の存在には気づかなかった。
「……贄原陽斗は必ず俺が手に入れる。そして、俺の体を元に戻すための贄にしてやる」

(第3話「鬼祭り」後編終わり)
(第4話「黒縄の逆襲」に続く)
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