贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

4日目:夏祭り①

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「いらっしゃいませー! 林檎飴いかがですかー!」
 翌朝、陽斗は節木市で開催されている夏祭りで林檎飴の屋台のバイトをしていた。会場である駅前の大通りは歩行者天国になっており、行き交う人々で混雑している。
 陽斗のいる林檎飴の屋台も大忙しで、陽斗が接客している隣で、太っちょの中年の屋台主が黙々と林檎飴を作っていた。
「よっ! 陽斗久しぶりー!」
 そこへポロシャツ短パン姿の成田がやって来た。連れはおらず、1人だった。
 屋台から呼び込みをしていた陽斗は成田の顔を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「成田君、久しぶりー! 林檎飴食べるでしょ? ジャンボサイズでいいよね?」
「いや、普通サイズのやつでいいから。こんなバレーボールみたいな林檎、何処で採れるんだよ?」
 成田はカウンターに置かれていた巨大な林檎飴を指差し、苦笑いした。人間の顔ほどの大きさの林檎飴は真っ赤に輝いていた。
「これ、普通の林檎の周りを着色した飴で分厚くコーティングしてあるんだよ。僕も食べてみたけど、ちっとも林檎までたどり着かないの。でも味自体はすっごく美味しいからおすすめだよ。値段も1番高いし」
「それ、お前の給料に反映されるからだよな?」
 そう突っ込みながらも、成田はポケットから財布を取り出した。
「仕方ねぇ。陽斗のために買ってやるよ」
「やった! 親方、ジャンボ1つ!」
「あいよ!」
 親方は陽斗の注文に威勢よく応じ、あらかじめ作っておいたジャンボサイズの林檎飴をビニールで包み、陽斗に渡した。
 陽斗は林檎飴を落とさないよう両手でしっかり握り、成田に差し出した。
「はい、成田君。ジャンボサイズ林檎飴!」
「うわぁ……俺1人で食えるかなぁ」
 成田は自分の顔とほぼ同じ大きさの林檎飴に引きつつも、陽斗の手から林檎飴を受け取り、ビニールを取ってかじりついた。
「あ、結構旨い」
「でしょー? 成田君はこの後何処見に行くの? 射的? 輪投げ?」
「いや、これから塾の夏期講習があるから、もう行くわ。ホントはサボりたいけど、せっかく行かせてもらってるんだから行っとこうと思ってさ」
「ふーん?」
 陽斗は「いつもの成田君ならサボるのになぁ」と不思議に思ったが、詳しくは聞かなかった。
「授業で分かんねぇとこは、陽斗がメールで教えてくれたお陰で分かったし、すげぇ助かったぜ! また勉強教えてくれよな」
「うん! 暇な時に送るね」
「暇な時、限定かよ」
 成田はジャンボ林檎飴が他の人の邪魔にならないよう、人混みを避けて去っていった。
「彼が陽斗殿のご学友の成田友郎ですか。勉強熱心な好青年なのですね」
「見た目はな。中身は底なしのオカルトバカだ」
 離れていく成田の姿を、蒼劔は屋台の上、朱羅は陽斗の背後から見ていた。
 これまで4人の刺客を倒し、残りはあと3人。蒼劔と朱羅はこれまでのように刺客のペースに乗せられまいと、常に周囲を警戒し、陽斗を守っていた。
 人の多い祭り会場には妖怪や霊などの異形も集まっていたが、陽斗に近づく異形達は力を回復した水晶のブレスレットのお陰で、陽斗に近づくことはなかった。代わりに他の人間の元へ行こうとするので、そのたびに蒼劔か朱羅に倒されていた。
「あとは叫喚、焦熱、炎熱だったな」
 刺客が減っているというのに、蒼劔の顔は険しかった。朱羅も不安そうな表情で「えぇ」と頷く。
「3人とも強敵です。叫喚は弓を使って暗殺する暗殺屋、焦熱と炎熱は炎を自在に操る殺戮者……どちらが相手でも、苦戦を強いられることになるでしょう」
 朱羅は会場となっている大通りの両脇に建ち並ぶビルを見上げた。名曽野市に建っているような高層ビルではない分、こちらを狙撃するには最適の高さだった。
「会場を見下ろすビル、そして会場を行き交う大勢の参加者達。どちらが来たとしても、こちらに不利な状況です」
「だからこそ向こうは今まで来なかったのだろう。己にとって最適な場所で、確実に陽斗を仕留めに来る」
 蒼劔は屋台の上から陽斗と朱羅を覗きこむ。突然目の前に蒼劔の顔が現れ、陽斗は思わず「うわっ」と声を上げた。通りかかった参加者達から怪訝な目で見られた。
「矢雨とは以前面識がある。奴が狙ってくれば、すぐに気づく。こちらは俺に任せろ。そちらは頼む」
「はい!」
 朱羅は大きく頷いた。
 蒼劔も頷き返し、屋台の上に引っ込むと、事前に他の屋台で買っておいた餡子の串団子を頬張った。
 彼の周りにはあちこちの屋台で買った餡子の菓子が散乱し、さながら1人餡子パーティ状態だった。餡子串団子の他にもおはぎや水羊羹、あんみつまである。
「蒼劔殿……食べながら護衛するのは如何なものかと思うのですが」
「知らんのか? 張り込みの時は餡子が必需品なんだぞ」
「それを仰るなら、餡子ではなくアンパンなのでは……?」
 朱羅は冷静に下から蒼劔に指摘したが、蒼劔は知ってか知らずか黙々と餡子の串団子を食べ続けていた。仕事を忘れているわけではないようで、周囲に目を走らせながら食べている。
「五代さんならいつ敵さんが来るか分かるんじゃないの?」
「五代殿は人混みがお嫌いなんです。敵の位置や思惑を探ろうにも、こう大勢の人がいては不要な情報まで脳内に入ってきて、頭がパンクしてしまうそうで。なので、今回は五代殿に頼れないのです」
「また余計な予知をされて、俺が動けなくなるよりはマシだ」
「五代さんの予知って、ホントに当たるのかな……?」
 陽斗は五代が言った予言のことを思い出していた。蒼劔が陽斗を殺す、という起きるはずのない予言を、陽斗も「起こるはずがない」と疑っていた。
「だって蒼劔君が僕のことを殺そうとするなんてあり得ないと思わない? しかも刀で斬るんでしょ? 蒼劔君はそんなことしないよ」
「陽斗……」
 蒼劔は口に餡子を付けたまま、目を伏せる。
 蒼劔もまさか自分が陽斗を斬り殺すなどという予言を信じているわけではない。しかし、五代の予言が外れたことがないというのが事実である以上、覚悟はしなくてはならなかった。
「俺もそう思いたい」
 蒼劔は団子がなくなった串をパックに入れ、おはぎを頬張った。

         ・

 結局刺客は来ないまま、会場は夜を迎えた。祭りはこのまま10時まで行われ、1日目を終える。翌日の祭り最終日は花火大会と重なるため、さらなる集客が見込まれた。
 花火のない今夜は客がまばらで、陽斗も暇そうに星のない空を見上げている。
 屋台はこれ以上の集客は見込めないと判断し、陽斗に1000円札を差し出して言った。
「あとは儂だけで充分じゃ。君は明日に備えて、ゆっくりお休み。夕飯はまだじゃろう? これで食べておいで」
「あ、ありがとうございます! お疲れ様でした!」
 予想外の早上がりと臨時収入に陽斗は満面の笑みで野口を受け取った。
「良かったですね、陽斗殿」
「やれやれ。今日は空振りだったようだな」
 1日陽斗を護衛していた蒼劔と朱羅も刺客が来なかったことにホッとしている。蒼劔は食べ終えたパックや器を屋台の上から近くのゴミ箱へ投げ捨て、屋台の裏へ降りてきた。
「屋台で夕飯食べるなんて久しぶりだよー! カレーにしようかなー、それとも焼きそばにしようかなー」
 陽斗は完全に刺客のことを忘れ、1000円札を手に夕飯に夢を膨らませる。大事に財布へ仕舞い、意気揚々と屋台から出ようとした。
「あの」
「あの」
 その時、屋台へ2人組の男の子が来た。カウンターの前で横に並び、クリッとした大きな目で陽斗を見上げている。ハーフなのか、オレンジ色に近い赤色の髪と目をしていた。
 小学校高学年くらいの年頃で、背が低いせいで顔から下はカウンターで隠れて見えない。双子なのか、瓜二つの顔をしていた。同じ白い狐の面を額に着け、陽斗から見て右側に立っている男の子が右寄りに、左側に立っている男の子が左寄りにお面を着けている。
 さすがに客を放っておいて帰るわけにもいかず、陽斗は慌ててカウンターに戻り、2人の男の子に注文を尋ねた。林檎飴の仕込みに集中している屋台主は2人の男の子が来たことに気づいていない。
「いらっしゃいませ! どのサイズの林檎飴がいいかな?」
 2人の男の子はカウンターに置かれた標準サイズの林檎飴を同時に指差した。
「これ下さい」
「これ下さい」
 淡々とした声色で左側の子が注文し、代金をカウンターに置く。右側の子も後に続いて注文し、代金を左側の子の隣に置いた。
(か……かわいー! そっくりだし、双子かなぁ?)
 陽斗はそっくりな2人を微笑ましそうに思いながら、明日の仕込みで忙しそうな屋台主に代わり、自ら林檎飴をビニールで包んだ。2本の林檎飴を両手にそれぞれ1本ずつ持ち、カウンターの前で大人しく待っている2人の男の子に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとう」
 2人の男の子は無表情で礼を言い、林檎飴へ手を伸ばす。
 すると2人の男の子の指が林檎飴の棒に触れた途端、彼らの指先から炎が走った。炎は棒を燃やすことなく、陽斗の指へ向かって伝っていく。
 林檎飴に隠れてしまうほどの小さな炎で、棒を持っている陽斗にも、背後にいる朱羅にも気づかれなかった。
 ……ただ1人を除いては。
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