贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

3日目:レストラン山根亭⑥

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 鬼の少女、青蓮が攻撃を続けるうちに、箱の1つが花弁が当たって床に倒れた。
 その衝撃で箱のフタは取れ、中身が転がり出た。陽斗はビニールに包まったそれを見て、「ひぃっ?!」と飛び上がった。
 それは人間の手だった。手首から切り取られ、冷凍した状態で梱包されている。よく見ると、箱の中には同じように梱包された人間の手が大量に入っていた。
「こ、これ……本物じゃないよね? 人間の手によく似てる、ニワトリの足じゃないの?」
 しかし陽斗は見てしまった。赤いマジックペンでフタに小さく「ヒト:テ」と書かれてあるのを。
「……まさか」
 陽斗は箱で身を守りながら、1つ1つ箱のフタを確認していった。青蓮は依然としてラックの向こうから攻撃を続け、陽斗が盾にした箱を次々に凍らせていく。
「ヒト:アシ、ヒト:フトモモ、ヒト:ウデ、ヒト:イ、ヒト:カンゾウ、ヒト:シンゾウ、ヒト:ホネ、ヒト:ツメ、ヒト:アタマ……」
 ラックの1列を確認し終え、陽斗は青ざめた。念のため、もう1列確認するが、こちらも「ヒト」と書かれた箱ばかりだった。
「ここにある箱って……全部人間?」
「気づいちまったようだね」
「ひぇっ?!」
 陽斗のすぐ後ろから青蓮の声が聞こえた。
 青蓮は反射的に逃げ出そうとした陽斗の背中へ氷天華の花弁を押しつける。すると、陽斗が着ていたコートが花弁を中心に凍り始めた。
「やっとかい。とんだ手間をかけさせてくれたねぇ。これじゃ、アタシがあいつに怒られちまうよ」
「こ、凍ってるー!」
 陽斗は自分の背中から聞こえる「ミシミシ」という音に目を向け、悲鳴を上げた。
「君、何でこんなことするの?! 山根さんはこのことを知ってるの?!」
「もちろん。何せあいつがアタシを雇って、人間を集めているんだからね」
「山根さんが……?!」
 陽斗はショックと寒さで青ざめる。コートはどんどん凍っていき、背中の部分を完全に凍てつかせた。
「山根は妖怪共や鬼に人間を調理して、振る舞っていたのさ。原始的な連中だよ……アタシ達は食事をしなくても生きられるっていうのにね」
「き、君は食べないの?」
「アタシはそんな悪食じゃないよ。もっと美味いもんを知ってるからね。お前をここで凍らせられれば、それが買えるのさ」
 花弁はコートの襟首まで到達した。このままでは陽斗の首まで凍ってしまう。陽斗は首の寒さに震えながらも、首をなるべく襟首から離した。
「そ、それなら……もっと、真っ当なバイトを、した方が、いいよ……」
「アタシ達の世界にアンタ達人間の言う、真っ当な仕事なんてないよ。殺しか、誘拐か、呪いかしかないね」
「だ、だったら、僕達と一緒に働けばいいじゃん……僕が働いてるコンビニ、いつでもバイト募集してるよ……」
 陽斗の提案を聞いた途端、「馬鹿馬鹿しい!」と青蓮は怒りで声を荒げた。
「人間のフリをして働くなんて、まっぴら御免だね! アタシ達は人間共のせいで住処を奪われたんだよ! 今だって人間共のせいで苦労してるってのに……死んでも嫌だね!」
 その時、花弁を持つ青蓮の腕を何者かが蹴りつけた。青蓮の手から花弁が離れ、床へ落下する。
 青蓮は蹴られた腕を庇いながら、自分と陽斗の間に割って入ってきた彼女から距離を取った。
「何者だい、アンタ!」
 青蓮の腕を蹴ったのは黒猫のお面を被った、紫のドレスの女性だった。
 女性は青蓮の質問には答えず、クラッチバッグからお札を取り出すと、陽斗の背中に貼った。お札は凍てついていたコートを溶かし、陽斗を温めた。青ざめていた陽斗の顔にも血色が戻る。
 青蓮は女性が貼ったお札を見て、彼女の正体に感づいた。
「術者が何故ここに……お前達はこの店には入って来られないはず!」
「私は特別に許可をもらっているの。安心して。私は他の術者達と繋がりはないから」
 女性は黒猫のお面の下から言った。声がくぐもっていて陽斗には聞こえづらい。
 青蓮には彼女の声がハッキリ聞こえているようで、女性の真意を探ろうと慎重に尋ねた。
「……何が言いたいんだい?」
「山根はもう終わりよ。蒼劔が店に来ているの」
「何?!」
 途端に青蓮の顔に恐怖の色が現れる。しかしすぐに正気に戻り、「嘘をつくんじゃないよ!」と女性を睨んだ。
「あいつは店には入れない! 鬼避けの結界が張ってあるんだからね! その坊やを逃そうったって、そうはいかないよ。こっちにも仕事があるんだからさ!」
 女性は「これだから鬼は嫌いなのよ」と呟き、気怠そうに青蓮を説得した。
「だから、その仕事がもうじきなくなるって言ってるの。貴方もあいつの強さは知ってるでしょ? 山根は蒼劔には勝てない。戦闘力においても、能力においても」
「そもそも、何で蒼劔が店に来るんだい? まさかアイツも人肉を食らいに来たわけじゃないだろうね?」
「蒼劔はこの子を助けに来たのよ」
 そう言うと女性は陽斗を親指で指した。手で耳をあっためていた陽斗は女性から親指を向けられているのを見て、ポカンとした。
「その坊やを?」
「そ。あいつ、今この子の護衛してるの。見ての通り、この子って霊力がものすごく高いじゃない? だから、目についた妖怪は片っ端から倒してるみたい。ホント、目障りで仕方なくってさー」
 女性は蒼劔を嫌っているらしい。陽斗は「どうしてこの人、こんなに詳しいんだろう?」と不思議に思った。
「貴方も気をつけた方がいいわよ? このままここにいるつもりなら、あいつと闘う覚悟を持つのね。まぁ、あいつがここに来る頃には、雇い主である山根は死んでるだろうから、無償労働ってことになるけど」
「……」
 青蓮は少し考えると、天井に向かって跳躍した。そのまま天井を通り抜けて、冷凍室から出ていった。
 女性は青蓮が去っていった天井を見上げ、「現金な子ねぇ」と呆れた。
「あ、あの」
 陽斗は女性に声をかけた。女性はセミロングの髪を揺らし、陽斗を振り返る。
「何?」
 陽斗は深々とお辞儀して、礼を言った。
「ありがとうございました。お姉さんが助けてくれなかったら、死んでました。本当にありがとうございます」
「……助けたわけじゃない」
 女性はお面の下から陽斗を見つめ、呟いた。
「どういうことですか?」
 陽斗は不思議そうに顔を上げ、女性を見つめる。しかし女性は「何でもない」と踵を返し、出入り口のドアへ向かった。
「ま、待って下さい!」
 陽斗も慌てて後を追う。
 女性は先程陽斗のコートに貼ったものと同じ札をドアに貼って解凍すると、ドアを開いて階段を上っていった。
 やがて棚のドアまで戻ってくると、女性は唐突にクラッチバッグからバナナを取り出し、「あげる」と陽斗に差し出した。
「い、いいんですか?!」
 ちょうど空腹だった陽斗は目を輝かせ、両手で受け取った。
「いい? 蒼劔が来るまで、外へ出てはダメ。もし蒼劔以外の者がドアを開けたら、冷凍室に戻って逃げなさい。あそこは広いから、時間稼ぎになるはずよ」
「わふぁりまひふぁ」
 陽斗はバナナを頬張ったまま答えた。
 その後はバナナに夢中になり、女性が棚のドアから外へ出て行ったことに気づかなかった。

         ・

「……あとは、ただひたすらバナナの旨さについて書いてあるな」
「だって美味しかったんだもん」
 蒼劔がメールを読み終え、陽斗はスマホをズボンのポケットに仕舞った。もう一方のポケットに入れていた水晶のブレスレットを取り出してみると、異常に曇っていた。
「蒼劔君、ブレスレット曇っちゃった」
 陽斗は着ぐるみの頭部から顔を出し、蒼劔に曇った水晶のブレスレットを渡した。
 蒼劔も水晶のブレスレットを凝視し「補充時だな」と判断した。
「朱羅、途中で稲葉の店に寄ってくれ」
「宿泊先はどうなさいます?」
「明日は節木市のバイトだから、陽斗のアパートでいいだろう。刺客が来たら返り討ちにすればいい」
「了解しました」
 朱羅は車を節木市にある『稲葉心霊相談所』へと走らせた。
『ねぇ、誰もおいらを労ってはくれないわけ?』
 五代はスピーカーの向こうで拗ねる。蒼劔は無視したが、陽斗と朱羅は
「頑張ったね、五代さん!」
「お陰で色々分かって、助かりました」
 と慌ててフォローした。
「それにしてもあの女の人、何者だったんだろうね」
「……さぁな」
 蒼劔は陽斗が記憶していた彼女の言った言葉が気にかかっていた。
「目障りで仕方ない、か……まるで俺達を監視しているかのような言い草だな」

          ・

 「山根亭」はオーナーである山根が消息を絶ったことで閉店した。
 棚のドアの向こうにある異界が発見されたという報道はなかったものの、「山根亭」での集団昏倒と連続行方不明事件の事実から、世間では山根が客を拐っていたのだろうと噂されていた。
 一方、陽斗は貴重な賄いつきのバイト先を失い、愕然としていた。
「夏休み中のご飯代が浮くはずだったのに!」
「次は真っ当なバイト先にしてくれ」
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