贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

3日目:レストラン山根亭⑤

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 その時、朱羅のスマホが鳴った。朱羅は金棒を片手に持ち、山根顔のコック達を倒しながら電話に出た。
「もしもし!」
『お困りのようだネェ、お2人すわぁ~ん』
 電話の相手は五代だった。先程ようやくライブが終わり、自分の仕事を思い出したらしい。
「五代殿! 貴方、今まで何をなさっていたのです?!」
『僕ちんだって忙しいの! 夏はイベントが盛り盛り盛り沢山なんだゾ☆ 大丈夫! 陽斗氏は無事だお! ほんじゃ、五代行っきまーす!』
 電話の向こうで五代がそう宣言した瞬間、厨房の壁上部に設置されていたスピーカーから曲のイントロが流れた。女子アイドルグループがスターダムにのし上がるアニメの主題歌だった。
 朱羅はスピーカーから曲が流れた途端、「マズい!」と青ざめた。
「蒼劔殿! 耳を押さえて下さい! 五代が歌います!」
「何?!」
 蒼劔も今まで2度聞いた五代の歌声を思い出し、急いで耳を押さえようとする。
 だがその間にも、山根顔のコック達は攻撃を仕掛けてくる。蒼劔はやむなく耳を手で守るのを諦め、ハリセンで応戦し続けた。
 朱羅もまた、金棒を振るう手を止めることが出来ず、歌の開始まで間に合わなかった。

         ・

「五代……殺す」
『おんやぁ? 蒼劔氏はアンコールを御所望のようだねぇ』
「蒼劔殿。せっかく助けて頂いたんですから、五代殿を許してあげて下さい」
 蒼劔と朱羅は五代の歌声によって気絶したコックやウェイター、客達を踏まないよう、調理台から調理台へ飛び移って移動していた。蒼劔はボロボロになったオダマリハリセンを懐へ仕舞って空手で、陽斗の気配がする棚は朱羅が抱えている。
 2人は本物の山根がいないか確認しながら進んでいたが、結局本物は見つからないまま、ホールまでたどり着いてしまった。
「やはり五代殿の言った通り、山根はいませんね。何処へ行ったのでしょうか?」
「倒れている連中の中にもいなかった。最初から店にいなかったんじゃないのか?」
『案外、偽物と一緒においらの歌声に酔いしれて倒れてたりしてー。ぷぷぷー!』
 その時、ホールのテーブルの1つが「ガタンッ」とひとりでに揺れた。
「ひっ?! 今、あのテーブル勝手に動きましたよ?!」
『うんにゃ。なんか下にいるっぽい』
「見てこよう」
 蒼劔は怯える朱羅を置いて、勝手に動いたテーブルへ近づいていった。長いテーブルクロスのせいで、外からでは下に何がいるのか分からない。
 それでも蒼劔は躊躇なく、テーブルクロスを引き、テーブルの下に何がいるのかかがんで確認した。
「朱羅を殺し、贄原陽斗を連れてこい」
 そこにいたのは黄緑色の肌のウェイターだった。ウェイターは下を覗いてきた蒼劔に囁き、笑みを浮かべた。その口角は耳まで裂け、サメのように尖った歯が口の中に並んでいるのが見えた。
 黄緑色の肌のウェイターが本物の山根彦丸だった。ウェイターに成りすまして店内を徘徊し、店に訪れる異形の客達をもてなしていたのだ。
 蒼劔はウェイターの囁きを聞き、硬直した。朱羅が後ろから様子を窺いながら「ど、どうですか?!」と尋ねるが、反応しない。『朱羅氏は見ない方がいいカモ』
 蒼劔の視界を読み取り、テーブルの下にいるウェイターを視認した五代はそう朱羅にアドバイスした。
「そ、そんなに恐ろしい物がいるんですか?!」
『いるよぉ……! 朱羅氏なら見ただけで卒倒しちゃうよぉ……!』
「ひぃぃっ!」
 蒼劔は目の前でニヤニヤと笑っている山根をジッと見つめていたが、おもむろに左手から刀を取り出して立ち上がり、テーブルに背を向けた。そしてそのまま背後の山根に向かって、刀を突き刺した。
 山根は蒼劔を催眠できたものだと思って油断し、予想外の蒼劔の攻撃を避けることが出来なかった。「うっ」と小さく呻いた後、テーブルの下で青い光の粒子へと変わっていった。
「な、何故……お前は、私の声を聞いていたはず……!」
「貴様の能力は相手に自分の妖力の一部を与えることで、発現するらしいな。俺は他者の妖力を消滅させる体質だから、お前のような能力は効かないんだよ」
「そ、そんな……ありえ、ない……」
 山根は黄緑色のウェイターの姿のまま、悔しそうに歯を噛みしめて消えていった。

         ・

 山根を倒し、一先ず危機は去った。
 蒼劔は朱羅に担いでいた棚を床へ下ろしてもらい、陽斗の気配がするドアの取手を握った。
(陽斗、どうか無事でいてくれ……)
 祈るような気持ちでゆっくりと取手をひねり、そっとドアを開いた。
「むご?」
 そこにはバナナを食べている陽斗が座っていた。
「……」
「あ、蒼劔君! 朱羅さんも! ちょっと待っててね。今、バナナ食べ切っちゃうから」
 陽斗は慌ててバナナを口へ押し込み、皮をポケットへ入れると、棚のドアから外へ這い出てきた。着ていたコートを脱ぎ、腕を上げて体を伸ばした。
「あったかーい! 冷房入ってるけど、やっぱ冷凍室に比べれば全然寒くないね!」
「……陽斗。お前、なんともないのか?」
「ないよ?」
 陽斗は不思議そうに首を傾げる。
 蒼劔は陽斗が入っていた棚の収納と陽斗を交互に見比べ、信じられないと言いたげな表情を浮かべた。
「あんな狭いところによく入れたな」
「全然狭くなかったよ?」
 2人で噛み合わない会話を繰り広げている横で、朱羅は陽斗が出てきた収納の中を興味深そうに覗き込んでいた。
「蒼劔殿、この収納の先に空間があります。どうやら異界に繋がっているようです」
「何?!」
 蒼劔も収納を覗き込む。明かりはまだ点いており、遥か先にある冷凍室のドアまで伸びている階段がよく見えた。
「陽斗、この先には何があった?」
「冷凍室だよ。すっごく寒かった! コックさんに頼まれて材料を取りに行ったんだけど、渡されたメモは白紙だし、鬼の女の子に追っかけられるしで、大変だったんだから!」
「鬼の女の子?」
 蒼劔は怪訝そうに眉をひそめる。そのような人物は客の中にはいなかったはずだった。
「着物を着た、青い髪の女の子だったよ。蓮の花弁みたいな物をいっぱい投げてきて、怖かった! だって、それに当たったら凍っちゃうんだもん」
「蓮の花弁……」
 蒼劔はその鬼に心当たりがあった。朱羅もその鬼のことを知っており「妙ですね」と首を傾げた。
「彼女は地獄八鬼ではありません。地獄八鬼とは別に黒縄様が雇われた可能性もありますが、彼女は黒縄様を嫌われているので、依頼があっても受けないと思います」
「ということは、別件で陽斗の命を狙っていたのか?」
「おそらくは」
 2人が真剣に話し合っている中、陽斗は山根を探して店内をキョロキョロしていた。
「あのコックさん、何処行っちゃったのかなー? お客さんもいないし、まさか夜逃げしたんじゃないよね?」
 その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。だんだん近づいてきている。
「逃げた奴が通報したんだな。今のうちに店から出るぞ」
 蒼劔は陽斗の腕をつかみ、一緒に連れて行こうとした。
「ちょっと待ってよ! バイトはどうするの?!」
 陽斗は店に残ろうとしたが、
「事情聴取で朝まで捕まりたいなら、残ればいい」
「今すぐ帰ろう!」
 蒼劔の一言で帰ることにした。
 一行は目立たぬよう裏口から脱出し(普通の人間に見えるのは陽斗だけだが)、近くの駐車場に停めていた朱羅の車に乗り込んだ。

         ・

 街はすっかり暗くなっていた。
 道中、「山根亭」がある路地の近くを通りかかると、数台のパトカーと警察官達、大勢の野次馬が路地の前に集まっていた。暫く走っていると、「山根亭」に向かっているらしい数台の救急車とすれ違った。
「催眠状態にあった間の記憶はあるのか?」
「ありません。催眠された当人からすれば、身に覚えのない事件が知らぬ間に起きていた、という感覚だそうです。おそらく、今回の山根亭での事件も集団昏倒として処理されるのではないでしょう。最も怪しい山根が姿を消した以上、どのように説明するかは警察の自由ですからね」
「ならいい。己が包丁を持って他人に襲い掛かる記憶など、覚えていても何の得はない」
「同感です」
 ふと、蒼劔は乗車早々ウサギの着ぐるみを着た陽斗に尋ねなければならないことがあるのを思い出した。
「先程、青蓮せいれんに襲われたと言っていたな。そいつは何処に行ったんだ?」
「せいれん?」
「お前を襲った鬼の少女の名前だ。青い蓮と書いて青蓮と呼ぶ」
「へー、綺麗な名前の子だね。その子なら途中で帰ったよ。が説得して、追っ払ってくれたんだ」
「……黒猫の面を付けた女?」
 そのような外見で蒼劔が思い当たるのは、店の結界を破壊した彼女しかいなかった。運転席から話を聞いていた朱羅も「黒猫の面の女性?!」と声を上げた。
「そうだよ。ドレス着てたし、お店に来たお客さんだと思う。バナナをくれたのもそのお客さんだよ。助けてもらったお礼が言いたかったんだけど、いつの間にかいなくなってたんだ」
「その女はどうやって青蓮を説得したんだ?」
「う~ん。どうだったかなぁ……?」
 陽斗は冷凍室での出来事を思い出そうと頭をひねったが、上手く思い出せなかった。
「逃げるのに必死で、あんまり覚えてないかも。山根さんって人のことと、蒼劔君のことを話してたような気はするんだけどね」
「俺の?」
 蒼劔の知る限り、黒猫のお面を付けた知り合いに心当たりはない。
 だが、一方的に彼を知る人物は多い。蒼劔もそのことを自覚していた。
「俺の名を知っているだけでは、正体が特定出来ないな」
『ヘーイ! そんな時はこの五代様の出番じゃないのかーい?!』
 そこへ車のスピーカーを介して五代が話しかけてきた。
「どうするの? 五代さん」
『俺がユーの記憶を読み取って、黒猫マスクウーメンが何を言っていたのか調べるんだYO! 俺っちは本人が思い出せない記憶でも読み取れるからねFOO!』
「僕が忘れたことも分かるの?! 五代さん、すごいね!」
『デュフフフ! 陽斗氏に褒められたぜ! 羨ましいだろ、蒼劔氏ぃ?』
「いいからさっさとやれ」
 蒼劔はスピーカーの向こうでニヤニヤしている五代をスピーカー越しに睨みつけた。
 五代は『んもぅ、素直じゃないんだから!』と文句を言いつつ、スピーカーの向こうから陽斗の記憶を読み取った。暫くして陽斗のスマホに五代からメールが届いた。
『陽斗氏のスマホに、読み取って分かったことをメールして送ったよー。俺しゃまの文才にひざまずくがいい!』
 陽斗と一緒に後部座席に乗っていた蒼劔は陽斗の手元を覗き、メールの文面を読んだ。
「……無駄な部分が多過ぎる。省いて読むぞ」
『あれ? 蒼劔氏、もしかして俺先生の力作を要約しようとしようとしてらっしゃる?』
「“鬼の少女、青蓮が攻撃を続けるうちに、箱の1つが花弁が当たって床に倒れた”」
『聞いてー!』
 蒼劔は五代を無視し、メールの文面を要約して読んだ。
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