贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

3日目:レストラン山根亭④

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「これは……」
 山根が後ろで組んでいる両手を蒼劔と朱羅に見せようとした瞬間、蒼劔は山根の眼前まで踏み込み、彼の頭に向かって刀を突いた。
 すると山根は蒼劔の動きを予測して身をかがめて避け、両手に持っていた刃渡り25センチの筋引包丁2本を蒼劔の腹に向かって刺した。山根のコック帽は蒼劔の刀に刺されて頭から外れ、山根の頭に生えていた1本の銀色のツノが露わになった。まるで包丁のような外見のツノだった。
「カハッ……!」
 蒼劔は口から青い粒子を吐きながらも、突いた刀を振りかぶり、眼下にいる山根に向かって振り下ろす。
 山根は蒼劔の腹から筋引包丁を2本とも引き抜き、頭上へ降ってきた刀を受け止めた。
「さすがは“武の蒼劔”。噂に違わず、動きがお速いですねぇ」
 山根は白目も黒目も真っ赤な目を三日月のように開き、口角を耳まで裂けさせて笑みを浮かべた。
 朱羅は不気味なその顔を見た瞬間、息を飲んだ。
「お前は……大叫喚! まさか人間に成りすましていたとは!」
「ということは、こいつが刺客の1人か?」
「おや、よくご存知ですねぇ。矢雨から聞いてはいましたが、本当に黒縄を裏切ったのですね、朱羅さん」
 山根は蒼劔の体から顔を覗かせ、蒼劔の背後にいる朱羅に向けてニンマリと微笑んだ。
 それに対して朱羅は怒りの眼差しで山根を睨みつけた。
「私は、黒縄様に正しき道を進んで頂きたいのです!」
 軽く助走をつけて跳躍し、蒼劔と山根を飛び越える。そして山根の背後へと着地すると、振り向き様に山根の頬へ金棒を叩きつけた。
「フギュッ?!」
 山根は金棒の攻撃をモロに受け、そのまま近くの調理台へと吹っ飛ばされる。山根は調理台に備えつけられた棚へ全身を叩きつけられ、気を失った。
「蒼劔殿、トドメを!」
「あぁ」
 蒼劔は刃先を山根へ向け、彼の喉元に向かって刀を突き出した。しかし、
「なっ?!」
 刀が喉を貫く寸前、蒼劔は山根の顔を目にし、刀を止めた。
「こいつは……」
「どうなさったのですか?!」
「こいつの顔をよく見ろ」
 朱羅も蒼劔に言われて、山根の顔を見る。その途端、朱羅の顔が青ざめた。
 それは山根の顔ではなかった。朱羅に金棒で殴られたせいで歪んではいるが、あの不気味な顔とは全く違う、人の良さそうな青年だった。
 胸元をよく見ると、「田中太郎」と名前が刺繍されていた。
「この方は、人間のコックさん?! 私はなんてことを……! は、早く傷痕を冷やさないと!」
 朱羅は冷蔵庫から氷を取り出し、近くにあったビニール袋へ入れると、山根だったコックの頬に当て、ガムテープで固定した。幸い顔が腫れただけで済みそうだが、もし頭に向かって金棒を振っていたらと思うと、朱羅は恐ろしくて堪らなかった。
「どういうことだ? こいつは山根ではなかったのか?」
「大叫喚の能力ですよ。奴は相手を洗脳状態にし、思い通りの姿に変えてしまう能力を持っているのです。意識を失えば洗脳は解けるそうですが、再度洗脳されれば、また元に戻ってしまいます」
「では、本物の山根は別の場所にいるということか?」
「おそらくは。まだ陽斗殿が店内にいる以上、山根も店内の何処かに潜んでいるはずです」
 蒼劔は最奥の厨房から漂ってくる陽斗の気配へ目を向けた。ここから先の厨房は厨房としては使われておらず、コックが1人もいなかった。山根がいない今なら、陽斗の元まで邪魔されずに行ける。
「山根の行方も気になるが、今は陽斗が先だ。助けに行くぞ」
「お供致します」
 蒼劔と朱羅は山根だったコックを残し、厨房の奥へと走っていった。

          ・

 2人の様子を壁の後ろから顔を覗かせて見ていた本物の山根はニヤリと笑い、2人が進んでいった方向とは逆の方向へ歩いていった。次第に厨房の喧騒が耳に届いてくる。
 厨房は戦場だった。次から次へと料理を作り、客に提供していく。
 山根は調理台に立っていた新人のコックの背後に音もなく近づくと、彼の耳元で囁いた。
「今からお前は山根彦丸だ。蒼劔を殺せ」
 その途端、コックの手が止まり、ニヤリと笑った。するとコックの目が充血して三日月に裂け、口も耳まで大きく裂け、短く切っていた髪はカールし、頭頂部から銀色のツノが生え、ものの数秒で山根に変わっていた。
 コックは2本の筋引包丁を棚から取り出すと両手に握り、蒼劔と朱羅を追っていく。人間であるはずの彼の姿は他の人間にも見えているはずだが、誰も包丁を手に走っていくコックに悲鳴一つ上げなかった。
 彼らの顔は既に、山根と同じ顔に変わっていた。厨房に立っている人間、全てが山根と同じ顔をしている。
 料理に熱中している彼らに、山根は急かすように手を叩き「さぁさぁ皆さん!」と呼びかけた。
「解体の時間ですよ! 店に入り込んだネズミ共を狩りなさい!」
 その瞬間、コック達は一斉に手を止め、各々の隠し場所から2本の筋引包丁を取り出すと、我先に蒼劔と朱羅の元へ走り出した。
 やがて厨房には本物の山根が1人取り残され、もぬけの殻となった。
 山根はまたも逆方向へと進み、厨房からホールへと出ていった。
 ホールで働いていたウェイターは山根の姿を見るなり丁寧に会釈し、テーブルの客達は静かに驚喜する。
 山根はホールに設置されていた団体客用のマイクを手にすると、客達の前で会釈し、こう告げた。
「お食事を楽しんで頂けているようで光栄です。僭越ながら、食後の運動にゲームを用意致しました。これより皆様が山根彦丸です。どうぞ、招かざる客を仕留めて下さい」
 山根の短いスピーチが終わると、客達は一斉に立ち上がった。大人も子供も男も女も、山根と同じ顔を浮かべ、テーブルクロスの下から2本の筋引包丁を取り出すと、厨房へ走っていった。
 その中にあの黒猫のお面をした女性はいなかった。

         ・

 蒼劔と朱羅は最奥の厨房にたどり着くと、陽斗の気配がする棚を発見した。
「この棚の裏に隠し部屋があるのかもしれない」
「お任せ下さい!」
 朱羅は大きな木製の棚を1人で持ち上げると、壁から離れた場所へ下ろした。
 しかし棚の裏にはなんの変哲もない壁があるばかりで、陽斗の気配は変わらず棚から伝わってきていた。
「まさか、この棚の中に陽斗が……?!」
 陽斗の気配がするドアは人1人が収まる大きさの収納ではない……入る大きさに整えれば収まるかもしれないが。
 蒼劔は思い浮かんだ最悪のイメージを振り払い、陽斗の気配がする棚のドアへと手を伸ばした。
 その時、背後から大勢の足音が聞こえた。足音はどんどん近づいてくる。
「何の音だ?」
 蒼劔が振り返ると、大勢の山根の顔をしたコック達が筋引包丁を両手に持って押し寄せてきていた。
「……は?」
「え?」
 突拍子のない出来事に、蒼劔と朱羅は近づいてくる大勢の山根の顔のコック達を呆然と見ていることしか出来なかった。
 やがてコック達は蒼劔と朱羅はいる最奥の厨房までたどり着くと、2人を取り囲み、最前列にいた数人の山根顔のコック達が蒼劔に襲いかかった。
「蒼劔殿!」
 朱羅は蒼劔を庇い、一斉に切り掛かってきたコック達の筋引包丁を金棒を受け止める。朱羅は蒼劔が人間を攻撃出来ないことを知っていた。
「蒼劔殿、ここは私にお任せ下さい! 貴殿は陽斗殿を!」
 しかし蒼劔は陽斗を追おうとはしなかった。それどころか、唯一の武器である刀を左手へと仕舞った。その行動に朱羅も驚いて目を見開いた。
「蒼劔殿、何を……?!」
「この数を1人でどう対処するつもりだ。いくら貴様が頑丈でも耐えきれまい」
 蒼劔は大きく跳躍すると、懐からハリセンを取り出し、朱羅に襲い掛かろうとしていた第2陣の山根顔のコックの顔面を叩いた。
 ハリセンに叩かれたコックはその場で倒れ、元の顔に戻る。
 蒼劔は調理台へ着地すると、朱羅に襲い掛かってくる他の山根顔のコック達を片っ端からハリセンで叩きながら、顔が戻ったコック達に「今すぐ逃げろ」と命じた。
「厨房の裏口からなら山根と接触せず、逃げられるはずだ。ここへは戻ってくるな。分かったな?」
 元に戻ったコック達はガクガクと頷くと立ち上がり、フラフラとした足取りで1番近い裏口へと歩いていった。
 「蒼劔を殺せ」とだけ命じられていた山根顔のコック達は、逃げる同僚達には興味がないようで、その場で突っ立っていた。
「蒼劔殿、そのハリセンは一体……?!」
「これはオダマリハリセンという魔具だ。叩いた相手を無力化するハリセンだ。山根のように、簡単な命令なら言うことを聞かせられる。このハリセンが効くのは人間だけだから、効かない奴が本物の山根だ」
「蒼劔殿は魔具にお詳しいのですね」
「たまたまだ」
 蒼劔は筋引包丁を軽やかにかわしながら、山根顔のコック達をハリセンで叩いていく。
 朱羅も金棒で山根顔のコック達を押し、彼らが無防備になったところを丸い金棒の先端で突いて気絶させた。
「すみません、すみません! 手加減して気絶させますので、どうかお許し下さい!」
 朱羅は床に伸びているコック達に謝りながら、次の山根顔のコックへと攻撃を仕掛けていく。
 コックを半分ほど処理した頃、再び大勢の足音が近づいてきた。
「今度は何だ?」
 足音がした方を見ると、山根の顔をしたウェイターや客達がやはり筋引包丁を2本持ち、押し寄せてきていた。
「もはやコックですらないな」
「絶対、全員偽物じゃないですか! どうなさるおつもりですか?!」
「……片っ端から倒すしかないだろう」
 その時、ハリセンに貼られていたお札の1枚が剥がれた。見ると、他のお札も剥がれかけていたり、破れたりしている。度重なる攻撃で、お札が消耗してきているらしい。
「途中でくたばってくれるなよ……」
 蒼劔はハリセンに言い聞かせ、残りの山根顔のコックに向かって駆け出した。
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