贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第3話「贄原くんの災厄な五日間」後編

3日目:???

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「ん……」
 長椅子で寝ていた黒縄は目を覚ました。細かいホコリが目の前を漂っている。
 黒縄がいるのはだだっ広いオフォスだった。机や椅子などの備品は1つもなく、彼が寝ている長椅子だけが部屋の真ん中にポツンと置かれている。
 オフォスは暗く、周囲に建つビルの電灯の明かりが窓辺を照らしていた。夜も更け、壁にかけてある時計は午前2時を指している。
 長椅子から黒縄が起き上がると、暗闇の中から炎が立ち上った。
 炎は人の形となり、細身の赤いコートを纏った金髪の青年へと変わった。青年は目元を金のベネチアンマスクで隠していたが、オレンジ色の瞳が印象的な、整った顔立ちをしていた。
「目が覚めたかい?」
 仮面の青年は薄く微笑み、起き上がった黒縄に声をかける。
 黒縄は鬱陶しげに仮面の青年を睨むと「何の用だ」と吐き捨てるように言った。
「報告しておこうと思って」
「手短に話せ」
 仮面の青年は黒縄の態度に怯むことなく、微笑んだまま答えた。
「爪痕と妃魅華と鉄衣としゅーとが倒された。君の部下の朱羅君が寝返ったことで、こちらの思惑がバレたようだ。向こうは僕達を返り討ちにするつもりらしい」
 朱羅が寝返ったと聞き、黒縄は目を伏せた。珍しく寂しげな面持ちだったが、すぐに元の不機嫌そうな顔に戻った。
「連絡のない五代も寝返ったと見ていいか?」
「おそらくね。朱羅君が贄原陽斗を退避させた際、彼の動きは明らかに先手を打っていた。どういう形であれ、五代童子が関わっていることは確かだ。まったく、厄介な奴と手を組んでくれたよ」
 仮面の青年は困ったように肩をすくめるが、彼の口ぶりから察するに、大した問題だとは思っていないようだ。
 黒縄も彼の態度が気にかかったようで、眉をひそめた。
「まるで部外者のような言い方だな。一応お前も“蒼劔とクソガキの情報を集めつつ、俺を護衛する”っつー仕事があんだろうが、矢雨やざめ
 仮面の青年、矢雨は「そうだったね」と口元に指を当て、クスクスと笑った。
「まさか、暗殺の仕事を断ったら、代わりに護衛の仕事を依頼されるとは思わなかったなぁ。そんなに蒼劔と闘うのが怖いの?」
「うるさい。お前は言われた仕事だけをやっていればいい」
 ふと、黒縄は倒されたかつての仲間の名前の中に、当時自身と同じ名前を名乗っていた男がいたのを思い出した。
「なぁ、武仭山を倒したのも蒼劔か?」
「いや、彼を倒したのは朱羅君さ。どういうわけか、昨日は1日蒼劔君とは別行動だったみたいでね。朱羅君が1人で倒したんだよ」
「……朱羅が武仭山を?」
「そう。しかも素手で」
 その途端、黒縄は笑い声を上げた。彼の声は部屋中に響いた。
「アッハッハ! よりにもよって、てめぇが滅ぼした村の生き残りに倒されるとはな! しかも素手! ザマァみろ!」
「彼の遺体の写メ、いる?」
「おぉ、くれくれ! 加工して遊んでやる!」
 黒縄は矢雨から送ってもらった鉄衣の遺体の写真を見てさらに爆笑していたが、不意に笑うのを止め、矢雨を見上げた。
「そういえば……てめぇもあん時、参加してたよな?」
「何のことかな?」
「俺が地獄八鬼を脱退してすぐ、人間の村を襲っただろ? 武仭山が加入してから、最初に襲った村のことだ」
「そんなこともあったねぇ」
 他人事のように返す矢雨を、黒縄は冷たく睨みつけた。
「守銭奴のてめぇが、あんな一銭にもならねぇ仕事に何故加担した? 他の連中みたく、人間を甚振る趣味にでも目覚めたか?」
 その怒りのこもった眼差しに、矢雨の笑顔が凍りつく。幼い姿でありながら、彼の瞳には往年の気迫が宿っていた。
 しかしすぐに矢雨は元の穏やかな笑みを浮かべ、黒縄の問いに答えた。
「爪痕に高値で雇われたんだよ。どうしても僕が必要だからって。でもあれ以降は支払いが滞っていてね……あまり実入りのいい仕事じゃなかったな。解散して良かったよ。フリーの殺し屋をやっている今の方が、確実に報酬を支払ってもらえるからね」
「そんなに金を集めて、てめぇはどうしたいんだよ? 今回の護衛だって、ありえねー金額提示しやがって」
 すると矢雨は今までの笑みとは違う、自然な笑みを見せた。
「やりたいことが出来たんだ。前はお金を集めることが目的だったけど、今はそのことにお金を使いたくてね。だから、蒼劔を暗殺するなんていう危険な仕事は受けないことにしてるんだ」
「何だよ? やりたいことって」
「内緒」
 矢雨は口の前に人差し指を立て、蠱惑的に微笑むと、炎に戻って闇に消えた。
 1人に戻った黒縄は、再び長椅子に寝転ぶ。部屋の中でホコリがキラキラと輝きながら舞っているのが見えた。
「……残りは4人。目障りな連中が死ぬのが先か、蒼劔が殺されるのが先か……」
 黒縄はニヤリと笑う。小さな牙のようにも見える八重歯がチラリと見えた。
「……はたまた、俺がクソガキを手に入れるのが先か」
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