贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

2日目:陽斗の部屋(後編)

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 陽斗が絶叫しても、しゅーと君はチェーンソーで着ぐるみを切ろうとするのを諦めなかった。そもそも耳がないのだから、音が聞こえているのかどうかも怪しい。
 陽斗はパニックになりながら、起き上がった朱羅に助けを求めた。
「朱羅さん、なんとかして! このままじゃ僕、切られちゃうよ!」
 だが、朱羅は力なく首を振った。
「申し訳ございません。私も体力の限界でして……この空間で1時間ほど全力で逃げ回っていたので、流石に疲れてしまいました」
 その言葉に嘘はなく、朱羅は立ち上がっても尚、息を荒く吐き、肩を上下させていた。
 陽斗はその場から逃げたくても、恐怖で足が動かず、逃げられない。されるまま、着ぐるみの上からチェーンソーで切られていた。
 ただただ恐怖ではあったが、痛みはなく、チェーンソーの感触もなかったので、なんとか耐えることは出来た。
「何か倒す方法はないの?!」
「それが、しゅーと君の弱点は分からないのです。何せ、彼の穴に落ちて生還した者がいませんので。下手に攻撃をするとチェーンソーで体を切られかねませんし、脱出しようにも出口は遥か上で、どうしたものか……」
 朱羅は己の不甲斐なさに、項垂れた。幾度もしゅーと君に立ち向かったのだろう、彼が持っている金棒には無数の傷が付いていた。
「なんとか私1人でしゅーと君を倒そうと思っていましたのに、まさか陽斗殿まで穴に落とされてしまうとは……こうなってしまったのは、全て私の力不足が原因でございます。どうか私を恨んで下さい!」
 そう謝ると朱羅は地面に手をつき、土下座した。
「そんなのいいから、無事にここから出る方法を考えてよ!」
 しかし今まさにチェーンソーで背中を切られようとしている陽斗には、感傷に浸る余裕はない。
 すると朱羅が顔を上げ「1つ思いついたのですが」と人差し指を立て、提案した。
「私が陽斗殿を出口に向かって全力で投げるというのはどうでしょう? これなら、私1人の犠牲をもって、陽斗殿を生還させることが出来ます」
「ダメ!」
 陽斗は即答した。
「ダメだよ、そんなの! 僕1人が生き残るなんて嫌だよ! 村を滅ぼされた仇を取るんでしょ?!」
「……そうでしたね」
 朱羅はおもむろに立ち上がると、しゅーと君に向かって金棒を投げた。金棒はしゅーと君の顔面に直撃し、怯んだしゅーと君は陽斗から離れる。
 その隙に朱羅は陽斗を抱え、振りかぶった。睨むように穴の出口を見上げる。
「朱羅さん、何を……」
 陽斗の言葉が終わる前に、朱羅は陽斗を思い切り投げ上げた。
「うぉあぉぁ……っ?!」
 陽斗は抵抗する間もなく、出口に向かって一直線に上昇していく。着ぐるみが体を覆っているせいで、全く身動きが取れなかった。
 あっという間に黄色い粒になった陽斗を見送り、朱羅は微笑んだ。残されていたわずかな体力は陽斗を放り投げたことで尽きた。その場で膝をつき、倒れ込む。
「“人間を守りたい”……あの時果たせなかった使命を果たさずして、復讐など行えるものですか」
 キュィィィンッ!
 倒れた朱羅を、チェーンソーを持ったしゅーと君が見下ろしていた。床に置かれた蝋燭によって下から照らされ、顔が影になっているせいで、怒っているように見える。
 しゅーと君はチェーンソーの出力を上げると、彼の喉元へ突き出した。朱羅にはそれを避ける体力は残っていなかった。
(蒼劔殿……後をよろしくお願いします)
 その時、遥か彼方から青い光の筋のような物が落下し、しゅーと君の脳天へ突き刺さった。
「?」
 しゅーと君はチェーンソーの手を止め、全ての目玉でゆっくりと頭上を見上げた。
 そこに刺さっていたのは、青く輝く一振りの日本刀だった。
「まさか……」
 地面に倒れていた朱羅はその刀を見て、目を見開いた。
 直後、しゅーと君の脳天に突き刺さった日本刀の柄に蒼劔が着地した。その衝撃で、日本刀は鍔までしゅーと君の脳天へ入っていった。
「生きているか?」
 蒼劔はまとめた後ろ髪を揺らし、振り返る。朱羅は呆然と蒼劔を見つめていたが、ハッとして起き上がり、何度も頷いた。
「生きてます! この通り、無傷です!」
「ならば来い」
 蒼劔は日本刀の柄から降りると、自分よりも巨体の朱羅を右肩に担ぎ、大きく屈伸した後に跳躍した。
 背後ではしゅーと君が脳天に突き刺さった日本刀を抜こうと闇雲にチェーンソーを振り回していたが、日本刀が刺さった箇所から青い光の粒子へと変わりつつあった。
 蒼劔は朱羅を担いだまま、出口の光に向かって上昇していく。
 担がれている朱羅は、遠ざかっていく異界の光を見つめながら、蒼劔に言った。
「やはりついてきていらっしゃったのですね、蒼劔殿」
「気づいていたのか?」
「いいえ。ただ、貴方は己の身を挺してまで守った人間を、そう簡単に他人に任せるような方ではありませんから。特に陽斗殿に関しては」
「……あいつは危機感がなさ過ぎるからな。自分が狙われていることも忘れて、お前の様子を見に行くような奴だ。まぁ、着ぐるみを着て来た分、マシにはなったがな」
 蒼劔は穴から落下した時と変わらない速度で上昇し、やがて出口の光が2人を迎えた。
「よっと」
 再度穴へ落下しないよう、蒼劔は穴のふちへ足を降ろし、着地する。
「蒼劔君! 朱羅さん!」
 先に穴から戻ってきていた陽斗は、着ぐるみの下で号泣しながら2人に駆け寄った。
「良がっだよ゛~! 2人共、もう帰って来ないかもしれないと思ってたよ~!」
「心配をかけたな、陽斗」
 蒼劔は朱羅を肩から畳へ降ろす。
 そのまま朱羅は畳へ腰を下ろすと、陽斗と蒼劔に向かって頭を下げた。
「私の力不足で陽斗殿を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ございません。せっかく、蒼劔殿に任せて頂いたというのに……」
 朱羅は悔しさのあまり、唇を噛む。拳を握ろうとしたが体力が残っておらず、拳を握るほどの力は出なかった。
「全くもってその通りだな」
「蒼劔君!」
 蒼劔は冷たく朱羅を見下ろす。すぐに陽斗が口で窘めたが、蒼劔は構わず続けて言った。
「お前は力に頼り過ぎている。少しは頭を使え」
「……はい」
 蒼劔の指摘に朱羅は落ち込み、項垂れる。
 しかし蒼劔はこうも付け加えた。
「だが、最後まで陽斗を守ろうとしたその心意気は良かった。その気持ちだけは、絶対に捨てるなよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
 朱羅は顔を綻ばせ、再度頭を下げる。
 2人のやり取りを見ていた陽斗も朱羅へ駆け寄り、「良かったね!」と着ぐるみの下で笑顔を見せた。
 朱羅は「はい!」と頷いたが、着ぐるみの陽斗を見て、すぐに彼の背中を確認した。陽斗を回転させて後ろ向きにし、チェーンソーが当てられていた辺りを凝視する。
 しかし、傷らしいものは全く残っていなかった。
「あれだけチェーンソーに切られていたというのに……どうなっているのですか、この着ぐるみは?」
「……チェーンソーに切られた?」
「ひっ?!」
 途端に蒼劔の顔が険しくなる。朱羅はこの真夏に寒気を感じた。
「どういうことか説明してもらおうか」
「あ、えと、あのですね……」
 どう説明したものかと朱羅が焦っていると、見かねた陽斗が振り向き、話した。
「しゅーと君に後ろからチェーンソーで切られたの! すっごい怖かったけど、全然痛くなかったし、切れる前に朱羅さんに穴から出してもらったから、平気だったよ!」
「……お前が切られている間、朱羅はどうしていた?」
「ジッとしてたよ。1時間くらい逃げ回ってたから、疲れちゃったんだって」
「……ほぉ?」
 蒼劔は先程よりも冷たく朱羅を見下ろす。その目には明らかに殺意が宿っていた。
 蒼劔に見下ろされた朱羅は自然と正座に座り直し、目を泳がせていた。何故か動悸がおさまらない。
「朱羅君……ちょっとお兄さんとお話しようか?」
「……はい」
 朱羅は力なく頷いた。顔が青ざめている。
「陽斗は廊下にいてくれないか?」
「うん、分かった。でもあんまり朱羅さんのこと、いじめちゃダメだよ?」
「案ずるな、少し注意するだけだ」
 陽斗は2人を置いて、廊下へ出た。外も相変わらず蒸し暑かったが、昼間に比べれば涼しかった。
 10分ほどして、蒼劔と朱羅が一緒に部屋から出てきた。蒼劔はいつも通りに戻っていたが、朱羅は恐怖で震えていた。背中を丸め、巨体を縮めている。
「朱羅さん、大丈夫?」
「……はい。もう二度、陽斗殿を見捨てません。今まで以上に精進致します」
「陽斗、これを」
 蒼劔は陽斗が部屋へ戻る要因となったバイトの制服を差し出した。
 陽斗は目を輝かせ、両手で大事に受け取った。
「ありがとう! 何処にあったの?」
「布団の間に挟まっていた。“服を汚したくない”と、昨日出かける前に布団の間に挟んでいただろう?」
「そうだったっけ? 忘れてたよ」
「……はぁ」
 相変わらず危機感の欠片もない陽斗に、蒼劔はため息を吐いた。
「やはり俺もお前についていた方がいいようだな」
「え?! 蒼劔君、一緒についてきてくれるの?!」
 途端に陽斗の表情が明るくなる。蒼劔は「あぁ」と頷いた。
「このままでは俺がお前を殺す前に、お前が地獄八鬼に殺されてしまう。今までの連中の様子を見るに、奴らはお前を無傷で拐うつもりはないらしい。五代の予言はよく当たるが、覆すことは出来る。俺がいては不安だろうが、それでもお前を守らせて欲しい」
 蒼劔は後ろの朱羅にも「お前もそれでいいか?」と尋ねた。
 朱羅は大きく頷き「是非そうなさって下さい」と賛同した。
「私のみでは力不足であると実感いたしました。蒼劔殿がいらっしゃるなら、何も心配はございません!」
「ならいい。陽斗、改めてよろしく頼む」
「うん! よろしくね!」

         ・

 3人は車へ乗り込み、節木荘を後にした。陽斗の次のバイトの都合で、名曽野市のカプセルホテルへと向かう。
 時刻は深夜をまわり、陽斗は着ぐるみの中で眠りに落ちていた。
「……蒼劔殿、よろしいのですか?」
「何がだ」
 蒼劔は窓から外の景色を眺め、しらを切る。
 バックミラーで彼の様子を窺っていた朱羅は「いえ」と目を伏せた。
「何でもありません」
 朱羅は先程、陽斗の部屋で蒼劔から言われたことを思い出していた。
 陽斗を廊下へ追い出し、2人きりになると蒼劔は口を開いた。朱羅は日頃黒縄から叱られている経験から、彼も長々と説教を始めるのかと思っていたが、蒼劔が口にしたのは全く違うことだった。
「もし俺が陽斗を殺そうとしたら、お前が俺を倒せ」
「……えっ」
 項垂れていた朱羅は顔を上げ、蒼劔の表情を確認した。彼は少し悲しげだった。
「五代の予言はよく当たる。どんなに覆そうにも、奴の予言したことはどんな形でも必ず現実になる。だから朱羅……陽斗を俺から守って欲しい」
「……承知致しました」
 朱羅はそこでようやく、蒼劔が陽斗を追い出した理由が分かった。このような頼みを、蒼劔を心から信頼している陽斗の目の前で頼む訳にはいかない。
 朱羅は片膝をつき、恭しくこうべを垂れた。
「不肖、朱羅。陽斗殿を必ずお守り致します。例え相手が、蒼劔殿であろうと……」
「あぁ……頼んだ」
 蒼劔は頷き、寂しげに目を伏せた。
 半畳に空いていた穴が消え、元の畳に戻った。

(第2話「鬼祭り」前編終わり)
(第3話「鬼祭り」後編に続く)
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