贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

2日目:陽斗の部屋(前編)

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 映画館のアルバイトを終えて、陽斗は「一旦、自分の部屋に帰りたい」と言い出した。
 当然、朱羅は断った。
「いけません。黒縄様が陽斗殿の個人情報を知っておられる以上、刺客が待ち構えている可能性が高いです」
「明日のバイトで着る制服なんだ! 絶対取りに戻らないと……」
「では私が取りに行って参ります。陽斗殿は車で待っていて下さい」
「……分かったよ」
 映画館を出て暫くして、車は節木荘に着いた。閑散としたアパートの駐車場に車を止める。
 朱羅は車から外へ出ると、陽斗を置いて節木荘へと歩いていった。鬼なので鍵は必要ない。錆びた外付け階段を上る音が静まり返った夜に響いた。
 街灯のない駐車場は闇に包まれていた。節木荘のベランダは駐車場の反対側にあるため、隣人の「無限大」が起きているのかは分からない。
 いくら異形が近づいて来ないとはいえ、時間が経つにつれて陽斗は心細くなっていった。
 寂しさを紛らわせようと、ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出し、黄色いウサギの着ぐるみの中で五代に電話をかける。しかしいくら着信音が鳴っても、五代は電話に出なかった。
「……そういえば、声優アイドルの応援ライブがあるから、暫くは電話に出れないって言ってたっけ」
 気を取り直し、今度は成田に電話をかける。しかし彼もまた電話に出なかった。
 メールボックスを開くと成田から大量のメールが届いていた。「塾の夏季講習に行くことになったから暫く連絡出来ねー(泣)」という文言のメールを皮切りに、複数の「この問題、どういうことか教えて」と書かれたメールが届いていた。
「通知切っといて良かったー。バイト中にスマホが鳴ったら、怒られちゃうよ」
 陽斗は暇つぶしに成田から送られてきた問題の説明を添付し、送り返していった。
 全ての問題の説明を返し終えた頃には1時間近く時間が経っていたが、朱羅は戻って来なかった。
「朱羅さん、どうしたんだろう? 制服の場所、分かんなかったのかな?」
 念のため、朱羅のスマホに電話をかけてみるが、繋がらない。何度かけ直しても女性のアナウンスが流れるだけだった。
 陽斗は朱羅が心配になり、車から降りて自室に向かった。着ぐるみで階段を上がるのは大変だったが、「せっかく無限大さんがくれたんだから」と途中で脱ぐことはなかった。
 ようやく自室の前までたどり着き、鍵でドアを開けると、中に入った。部屋の電気は点いておらず、真っ暗で何も見えなかった。朱羅がいるはずだが、物音一つしない。
 陽斗は壁に取り付けられた電灯のスイッチを手探りで探し当て、押した。居間のLEDライトが白い光を放ち、部屋を明るく照らす。
 狭い四畳半の部屋には誰もいなかった。ベランダや押し入れの中も覗き込んだが、朱羅もいなければ、バイトで使う制服もなかった。
「何処に行っちゃったんだろう? トイレかな?」
 陽斗は自分がメールに熱中している間に朱羅が部屋を出てトイレに行ったものと決めつけ、部屋を出ようとした。押し入れの戸を閉め、畳を横切ろうとする。
 陽斗が部屋に敷かれた半畳の畳を踏んだ瞬間、半畳の畳があった部分にぽっかりと黒い穴が空いた。
「へ?」
 気づいた時には、陽斗は穴に落下していた。目の前には闇が広がり、何の景色も見えない。ただ、自分が下に落ちていることだけは分かっていた。
「うわわわっ?! お、落ちてる?!」
 陽斗は慌てて落下地点を確認した。視界の遥か先に、オレンジの光が見えた。クッションになりそうな物は確認出来ないが、永遠に落ちるわけではないらしい。
 陽斗はどうにかして踏み留まろうと両腕を伸ばしたが、穴には壁がなく、落下の途中で止まることは出来なかった。その間にも光はどんどん大きくなっていく。このままでは地面に激突してしまうだろう。
「うわーっ! 誰か受け止めてー!」
 光が陽斗を迎え、彼の体が地面に激突する寸前、
「陽斗殿!」
「うわっぷ?!」
 穴の先にいた朱羅が陽斗を受け止めた。
「しゅ、朱羅さんっ! 良かった! 会いたかったよー!」
 1時間振りの再会に、陽斗は思わず朱羅に抱きつく。朱羅は何故か汗だくで、荒く呼吸をしていた。
 陽斗はすぐに彼の異変に気づき、心配そうに見上げた。
「朱羅さん大丈夫? 体調悪いの? 風邪ひいた?」
「それは……」
 朱羅は何かを言いかけたが、ハッと背後を振り返り、陽斗を抱えたままその場から飛び退いた。直後、
 キュィィィンッ!
 と音を立てて刃を回転させたチェーンソーが、先程まで朱羅が立っていた場所に向かって振り下ろされた。朱羅はなんとかかわしたが、既に息が切れかかっていた。
「危なっ!」
 陽斗はチェーンソーの主へ目を向けた。そこにいたのは異様な姿の何かだった。
 まず、顔と全身に無数の目がある。その代わりに鼻や口、耳、髪、皮膚は無く、ピンク色の肉が剥き出しで、頭頂部には白いツノが1本生えていた。地肌に紺のオーバーオールとスニーカーのみを身につけ、手には絶賛稼働中のチェーンソーが握られている。
 今まで多くの妖怪や霊を見てきた陽斗でも見たことのない生き物だった。
 あまりの衝撃に暫く絶句した後、目の前の生き物を指差し、朱羅に尋ねた。
「あれ、何?」
「しゅーと君です」
「……しゅーと君?」
 まるでマスコットキャラクターに付けられるような名前に、陽斗は耳を疑った。しかし朱羅は冗談を言っている様子ではなかった。
「どなたが名付けたのかは存じませんが、そう呼ばれているそうです。別名、阿鼻無間……元地獄八鬼の一員です。おそらく、陽斗殿を狙っている殺し屋の1人かと」
「じゃあ、あれも鬼なの? 朱羅さんと同じ?」
「アレが私と同じ生物とは思いたくないですが、そうです」
 そう話している間にもしゅーと君はチェーンソーを手に、無言で襲いかかってくる。口がないので喋れないのは当然だが、何を考えて行動しているのか全く分からない分、不気味だった。
「しゅーと君は標的を異界へ落とし、始末するのを生業としています。私も部屋に入ってすぐに落とされました。ここならば表の世界で死体が見つからないので、需要が高いようですよ。地面をご覧になって下さい」
「地面?」
 陽斗は朱羅に言われるまま、地面に視線を落とした。
 そこには骸骨の頭が転がっていた。この空間のあちこちに骸骨の山が出来ており、服を身につけたままの真新しい骸骨もあれば、黄ばんで古くなっているものもある。
 空間の周囲には、炎が灯された蝋燭が円を描くように並んでおり、この空間を照らすのに一役買っていた。
 陽斗は骸骨と目があったような気がして、跳び上がった。
「うひゃぁ?! あれ、本物?!」
「間違いなく、本物ですよ。しゅーと君に始末された方々の亡骸です」
 しゅーと君は朱羅に向かってチェーンソーを突く。
 朱羅は寸前でそれを避けたが、地面に転がっていた白骨化した頭に足を取られ、陽斗を抱えたまま転倒した。
「うわっ?!」
 転倒した勢いで陽斗は朱羅の腕から投げ出され、地面に叩きつけられる。着ぐるみを着ていたお陰で、全く痛くなかった。
「陽斗殿、申し訳ございません!」
「大丈夫、大丈夫! 朱羅さんこそ平気?」
 陽斗はおもむろに起き上がる。
 朱羅も急いで地面から起き上がり、陽斗を見た。起き上がった陽斗は、背後から背中をしゅーと君にチェーンソーで切られていた。
「あ……あ……あ……」
 朱羅の顔から血の気が引いていく。あれでは朱羅が割って入っても、助からないだろう。
 しかし、今にも陽斗の背中から血が吹き出してもおかしくないというのに一向に血が出る気配はなく、切られている本人もポカンとしていた。
「どしたの? 朱羅さん、顔色悪いよ」
 それどころか、顔色の悪い朱羅を心配している。その間にも、チェーンソーの刃は回り続ける。陽斗も「うるさいなぁ」とは思っていたが、自分の身に起きていることには全く気づいていなかった。
 朱羅は陽斗に事実を伝える前に、まず自分が落ち着こうと深呼吸をした。何度か深呼吸をし、心臓が落ち着いてきたところで、陽斗に告げた。
「陽斗殿、落ち着いて聞いて下さい」
「う、うん」
 陽斗も神妙な顔で頷く。今は着ぐるみを着ているので、朱羅には見えなかったが。
 しゅーと君は全く切れない着ぐるみに業を煮やしたのか、チェーンソーの出力を上げた。チェーンソーの音が一段高くなり、刃の回転数が上がる。それでも着ぐるみは切れなかった。
「貴方、今……しゅーと君のチェーンソーに切られています」
「……へ?」
 信じられない様子の陽斗に対し、朱羅は彼の背後を指差し、しゅーと君の存在を知らせる。
 陽斗はホラー映画のワンシーンのように勿体ぶることなく、教室でクラスメイトに名前を呼ばれた時のようにパッと振り返った。
「……」
「……」
 その瞬間、無数の目玉と目があった。「一度にこの数の目玉と目があうことなんて、今後一生ないな」と陽斗は思った。
 しゅーと君は陽斗と目があっても、無言でチェーンソーを操っていた。あまりにも動かないので作り物のように見えるが、しゅーと君の体はきちんと生きた肉で出来ていた。
 しゅーと君と目があうと同時に、至近距離で動いているチェーンソーも視界に入った。
 チェーンソーの刃は陽斗の背中を着ぐるみの上から裁断しようとしていた。へたった黄色いウサギの着ぐるみの皮へ食い込み、今にも破らんとしている。
 その光景は、視界の悪い着ぐるみの中にいる陽斗の目にもハッキリと焼きついていた。
「……」
 陽斗は自分の身に何が起こっているのか分からなかった。目の前で回転する刃とその機械音を耳にしても現実を受け入れることが出来ず、もう一度しゅーと君の顔へ目を向けた。
「……」
 しゅーと君は無言で陽斗を凝視したまま、高速で動くチェーンソーを握っていた。自分が今やろうとしていることを本当に理解しているのか疑ってしまうほど、感情の見えない目をしていた。
 陽斗は暫くしゅーと君の目玉を見つめる内に、ようやく目の前で起こっていることが理解出来た。そして理解した瞬間に
「ぎゃぁぁぁ……ッ!」
 絶叫した。
 彼が今まで上げた悲鳴の中で1番声量の大きい悲鳴を上げた。
 その悲鳴は異空間から穴が空いたままの半畳まで届き、外で控えていた彼の耳にも届いた。
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