贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

2日目:映画館(前編)

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『おのれ、深夜ブルー! 昼型人間になるだと……血迷ったか!』
『俺は決めたんだよ。ちゃんと就職して、人並みの生活を送るってな!』
『この野郎!』
『やめな、レッド! ブルーちゃんが正しい! アンタもブルーちゃんを見習って、昼型人間になりな! いつまでもこんなことを続けていたって、あの子は振り向いちゃくれないよ!』
『母ちゃんは黙っててくれ! 俺だって……好きで夜型やってんじゃねー!』
『タカシ!』
 スクリーンに映し出された全身赤タイツ姿の男が走り去っていく。その後ろ姿を全身青タイツの男が黙って見つめ、太めの体格をした全身ピンクタイツの女性が地面に泣き崩れた。
 スクリーンの前にある客席にはほとんど客はおらず、いるのはコアなファンと思われる男と、暇つぶしに来たと思われる熟睡している男、イチャつきに来たカップルが1組だけだった。
 しかしこの場で1番映画を楽しんでいたのは、客ではなかった。
「深夜レッドも深夜ブルーも仲良くしてよぉ! 深夜ピンクが可哀想じゃん! お母さんに心配かけちゃダメだよ!」
 壁側の通路に立ち、仕事も忘れて映画に熱中していた陽斗は思わず声を上げた。
 彼は今日1日、節木市の映画館のアルバイトとして働いていた。任された業務は様々あるが、今は客を監視する仕事の真っ最中だった。
 支給された黒いTシャツにジーパンというラフな格好で、ポケットにはちゃんと稲葉から買った水晶のブレスレットを入れている。そのお陰で、今日は全く異形が寄って来ていない。それどころか、陽斗の視界に入るより先に、向こうから陽斗を避けていた。
 陽斗の声は映画の音声にかき消され、客達に聞こえることはなかったが、隣で一緒に映画を観ていた朱羅には聞こえていた。彼もまた、陽斗の護衛を忘れて映画に熱中していた。
「いい加減、深夜レッドも昼型人間になるべきですよ! ブルーは一流企業に就職、グリーンは実家の農業の手伝い、イエローはカレー修行へインドに行ったのです。彼もまた、自分の道を見つける時が来たのですよ!」
「ホント、ホント! 早く昼型人間にならないかなぁ」
『チミ達、よく楽しめるねぇ。これ、今期最低のZ級映画なんだけどなぁ……』
 そんな2人のやり取りを朱羅のスマホから聞いていた五代は、心底不思議そうに言った。
『確かに、深夜戦隊ナイトレンジャーのアニメは神だよ? でも実写はみるからに低予算が過ぎるっていうか、手作り感がすごいというか……』
 五代は深夜戦隊ナイトレンジャーについて熱く語っていたが、2人の耳には届かなかった。そもそも朱羅のスマホは朱羅の胸ポケットに入っているので、五代が大声を上げない限りは、彼らに声は届くことはなかった。
 やがてシーンは進み、レッドとピンクが自宅で夕食を取る場面に切り替わった。夕食の時も2人はタイツを脱ごうとはせず、頭部のタイツを鼻の上までたくし上げて食事を口に運んでいた。
 不意にピンクが箸を机の上に置き、口を開いた。
『お母さんね、再婚しようと思うの』
『……え』
 レッドの箸が止まり、信じられない様子でピンクを見つめる。
 ふと、陽斗は深夜ピンクを見ていて、昨夜の黒衣の女性を思い出した。
「そういえば朱羅さん、昨日カラオケ屋さんに来た女の鬼の人のこと、しゅーごーって呼んでたよね。何で?」
 途端に朱羅の顔が曇る。地獄八鬼の名前を聞くだけでも、不快な気分になるらしい。
「当時、地獄八鬼のメンバーは地獄の名前を名乗っていました。あの世にあるという地獄は大まかに8つに分かれており、そこから名を付けたそうです。
等活とうかつ衆合しゅうごう叫喚きょうかん大叫喚だいきょうかん焦熱しょうねつ炎熱えんねつ阿鼻無間あびむげん、そして黒縄こくじょう。実際は焦熱地獄と炎熱地獄は同じ地獄のことで、代わりに大焦熱地獄と大炎熱地獄という地獄があり、阿鼻無間も阿鼻地獄と無間地獄を合わせて付けた名前なのですか、人数は地獄と同じ8人で構成されています。黒縄様が脱退した後は新しい黒縄が加入し、活動していたそうです」
「その内の2人を蒼劔君が倒したってことは、あと6人ってこと? 遊園地で僕を襲ってきたのは誰だったのかなぁ?」
「昨夜の話を聞くに、おそらく等活でしょう。彼は鉤爪を武器としていたそうですから」
「朱羅さん、詳しいねー」
 陽斗が褒めると、朱羅は悲しげに微笑んだ。
「いつか敵討ちをしようと、コツコツ情報を集めておりましたので。地獄八鬼にいた頃の名前さえ分かれば、どんな鬼なのかすぐに分かりますよ」
「ほぉ、これは良い金棒じゃのう」
 その時、朱羅のすぐそばから声が聞こえた。2メートル近くある朱羅よりも背が高く、大柄な山伏の男で、背負っている大きなカゴの中には大量の武器が入っていた。
 山伏は壁に立てかけていた朱羅の金棒を神妙な面持ちで観察している。その額には3本の茶色いツノが生えていた。
「鬼ッ!」
 朱羅は瞬時に金棒を手に取ると、陽斗を背にして金棒を構えた。
 陽斗も山伏の存在に気づき、驚く。
「いつの間に?! 朱羅さん、あの人も地獄八鬼の鬼?!」
「えぇ。あの格好、背中に負った大量の武器、額の3本ヅノ……黒縄様の後に黒縄として加入した鬼、武仭山鉄衣ぶじんざんてつごろもです」
 そう説明する朱羅の声は震えていた。金棒を握る手も震えが止まらない。朱羅は自分が予想以上に地獄八鬼を恐れていることを実感していた。
(あの男は黒縄様が脱退した後に加入した鬼……私がいた村を滅ぼした鬼ではない。恐れるな)
 山伏、武仭山鉄衣は朱羅に目を向け「お主がその金棒の主か」と口を開いた。
「如何にも。貴様は黒縄だな?」
「黒縄……」
 すると武仭山鉄衣は突然声を上げて笑い出した。
「懐かしい名じゃのう! 等活から付けられた時はなんと腑抜けた名じゃと思うたが、こうして他人から呼ばれると悪くない! ガハハハッ!」
「腑抜けた名……?」
 その途端、朱羅の手の震えが止まった。武仭山鉄衣を鋭く睨み、金棒を振り上げる。
「それは、我が主人を侮辱しているのかッ!」
 朱羅は怒りを露わにし、勢いよく金棒を振り下ろした。
 それに対し、武仭山鉄衣はその場に立ったまま、片手で朱羅の金棒を受け止めた。朱羅がいくら力を込めても、武仭山鉄衣の体は微動だにしなかった。
 そこで朱羅は体勢を整えるため、金棒を握ったまま後退しようとした。
 すると武仭山鉄衣は両手で金棒を握り、朱羅の動きを封じた。朱羅がどれだけ引っ張っても、武仭山鉄衣は金棒を握ったままニヤニヤと笑っている。
「このッ! 離せ!」
「断る! 儂はこの金棒が気に入った! お主を倒して、奪い取る!」
 直後、金棒を握っていた朱羅は反射的に金棒から手を離した。金棒を握っていた彼の両手は赤く爛れていた。
「朱羅さん! その手、どうしたの?!」
 後ろから朱羅の手を見た陽斗が青ざめる。
 朱羅は顔歪めながらも「大丈夫です」と陽斗に微笑みかけた。
「武仭山鉄衣の能力で、私の金棒が熱されただけです」
「ほぉ、よく知っておるのう」
 武仭山鉄衣は朱羅から奪った金棒を背中のカゴへ入れ、得意げに腕を組む。
「その通り! 儂は触れた物を熱する能力を持っておる! 今のお主は、高音に熱された鉄板に思い切り手をついたようなもんじゃな」
 陽斗はその状況を想像し、「ひぇぇ」と悲鳴を上げた。
「それ絶対熱いじゃん! 早く冷やした方がいいよ! 僕、売店で氷貰ってくる!」
 陽斗は武仭山鉄衣を迂回して出口に向かおうとしたが、すぐに朱羅に後ろ手で制された。
「ご心配なく。見た目通り、丈夫なだけが取り柄の身体ですので。暫くすれば治ります」
 唯一の武器を奪われても、朱羅の目には闘志が宿ったままだった。むしろ、最初に武仭山鉄衣と対峙した時よりも増している。まだ朱羅は武仭山鉄衣を倒すことを諦めてはいなかった。
 一方、武仭山鉄衣は自身の勝利を確信しているのか、余裕だった。
「早いところ、その小僧を置いて逃げたらどうじゃ? 儂に依頼されたのはお主ではなく、蒼劔の始末じゃ。お主は前の黒縄のしもべじゃろう? 主人の元へ戻った方が良いのではないか?」
「……そうはいきません。その金棒は、我が主人が私のために特別に作って下さったもの。貴様のように、使い手を殺してでも武器を奪い、蒐集しゅうしゅうするような悪趣味な男に、その金棒を奪われる訳にはいかないのです!」
 朱羅は手に負った火傷の痛みに耐え、武仭山鉄衣を睨みつける。背後のスクリーンでは深夜レッドがただ1人で敵のボスに立ち向かっていた。
「黒縄……あの男か」
 すると武仭山鉄衣は何かを思い出したのか、「くっくっく」と笑い出した。朱羅に睨まれていることなど、全く意に介していなかった。思わず朱羅の表情も険しくなる。
「何が可笑しい?」
「いやいや、あの男は本当に腑抜けた奴だったと思ってね。あの地獄八鬼の首魁だと聞いておったものだから、どんな奴かと思うておったが、とんだ腰抜けだったよ。何せ……」
 武仭山鉄衣はニヤリと笑みを浮かべ、こう告げた。
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