贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

1日目:五代の予言

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「……黒縄様の根城を追い出されてすぐ、私は五代殿に連絡し、彼と協力して陽斗殿を守ることに決めました。蒼劔殿が誤解するのも無理はありません。私は今までずっと、黒縄様の言いなりだったのですから」
『そういう訳で、陽斗氏の身柄は我々贄原陽斗君保護団体が預かる。蒼劔氏は……そうだなぁ……暫く南の島にバカンスでも行ってきてくれないかな?』
「何故そうなる」
 唐突な提案に蒼劔は眉をひそめる。しかし朱羅も五代も本気だった。
『実は俺っち、陽斗氏の未来を予知しちゃったんだよねぇ。これから起こるかもしれない幸運を、陽斗氏に教えちゃおうと思って。そしたら……』
 五代は言いにくそうに口をつぐんだ。言おうかどうか迷っているらしい。スピーカーの向こうで『う~むむむ』と唸っていた。
 すると五代に代わって、朱羅が口を開いた。
「……五代は、陽斗殿が殺される未来を予知してしまったのです。しかも相手は、殿だったと」
「……えっ?」
 陽斗は頭が真っ白になった。それは蒼劔も同じで、一瞬目を見開いた後、すぐにスピーカーに向かって怒鳴った。
「どういうことだ、五代! 貴様、冗談を言っているわけではないだろうな?!」
『おいらが嘘をつけないのは、蒼劔氏だって知ってるだろー! そのせいで、教えたくもない陽斗氏の情報を黒縄氏に教える羽目になったんだからさー!』
 すかさず五代も反論する。蒼劔は忌々しそうに「そうだったな」と舌打ちした。朱羅も暗い面持ちで目を伏せている。
 この場で五代が嘘をつけない理由を知らないのは、陽斗1人だけだった。
「五代さんが嘘をつけないって、どういうこと?」
「五代はかつて、ある術者に飼われていた。その時に、嘘の情報を言えないよう呪われたんだ。そのせいで奴は良くも悪くも、嘘をつけなくなった。質問されたことには正確に答えるが、他人に言ってはいけない情報まで話してしまう」
「へぇ……」
 陽斗は本当かどうか試したくなった。おもむろにスピーカーへ目を向け、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「五代さんって、僕と会ったことある?」
『……ある』
 五代は言うまいと口をつぐんでいたようだが、唇の隙間から声を出して答えた。
「やっぱり! 何処かで聞いたことある声だと思った! ねぇ、いつ会ったの?」
『ふぃっ……ふぃのぉ』
 今度は手で口を押さえていたらしい。くぐもった声で答えが返ってきた。
「昨日かぁ。何処で会ったんだろう? バイトは無かったし、道ですれ違ったのかな? もしかして同じ高校?」
『んんん。んんーんん、んんんんんっん。んん、んんんんんんんんん』
 完全に口を塞いでいたせいで何を言っているのかは分からなかったが、五代が質問に答えていたのは確かだった。
「気になるなぁ。五代さんの正体」
「今は放っておいていい。それより五代、俺は今後どうすればいい? どうすれば、陽斗を殺さずに済む?」
 五代はスピーカーの向こうで『ぶふぁっ!』と口から手を離し、蒼劔の質問に答えた。
『陽斗氏が殺される日付までは分かんないね。ただ、近い内に現実になることは確かだ。そもそも俺氏が予知しようとしたのは、近々陽斗氏に起こる幸運な出来事だったんだから』
「それがきっかけで陽斗殿の死を予知するとは……黒縄様に狙われたことといい、陽斗殿はかなりの不幸体質でいらっしゃいますね。お可哀想に」
「いやぁ、それほどでも」
「照れるな。褒めてる訳じゃない」
 蒼劔は五代の話を聞き、何かを決心したように頷いた。
「朱羅、先程の非礼を許して欲しい。すまなかった」
 おもむろに朱羅の方へ向き直り、頭を下げる。突然謝られた朱羅は狼狽した
「わ、私こそ、説明不足で申し訳ございませんでした。本来ならば、私が蒼劔殿を助けなければならなかったのに、五代殿に頼ることになってしまって……ごめんなさい」
「気にするな。刃峡谷は俺を始末した後に、陽斗を拐おうとしていた。お前が陽斗をあの店から遠ざけていてくれて助かった」
「蒼劔殿……」
 蒼劔は頭を上げると、今度はスピーカーを睨みながら「貴様も良くやった、五代」と嫌そうに礼を口にした。
「お前のことは全く信用していないが、今回だけは助かった。だが、調子に乗るなよ。もしもまた黒縄に陽斗の情報を流したら、その時は命がないと思え」
『わぁ、辛辣ぅ! 俺たん、蒼劔氏を守ろうと頑張ったんですけどぉ! あー、悲しーわぁー! ホント悲しーわぁー! もっと俺ピヨに感謝してもいいんでなーい?』
「黙れ」
 蒼劔は文句を垂れる五代を放置し、朱羅に向き直った。
「五代の予言は残念ながら、よく当たる。だから朱羅……暫くの間、陽斗を頼んだぞ」
「えっ」
「よ、よろしいのですか?!」
 朱羅は戸惑い、聞き返した。陽斗が不安げに見つめる中、蒼劔は「あぁ」と頷いた。
「このまま俺が陽斗の側にいては危険だ。それならお前と五代で守ってもらった方がいい。ただし、陽斗をバイトに行かせるという条件つきでな。俺がどういう状況で陽斗を殺すことになるのか分からんのだろう? 五代」
『分かりません! 俺ちゃまが見たのは、陽斗氏が蒼劔氏の刀に斬られている場面だけっす!』
「という訳だ。詳しい状況が分からん以上、対処のしようがない。だから手取り早く、俺が陽斗から離れる」
「ま、待ってよ! 僕は蒼劔君から離れるなんて嫌だよ!」
 陽斗は勝手に話が決まりそうになるのを見て、慌てて話に割って入った。
「僕に近づいてきた妖怪はどうするの?! 蒼劔君がいないなんて、不安だよ!」
 そのまま蒼劔にすがりつく。潤んだ目で見上げてくる陽斗に、蒼劔は困ったように眉をひそめた。
「稲葉から買った水晶のブレスレットをポケットに入れておけばいい。効果が薄れてきたら、稲葉に頼んで霊力を回復させてもらえ」
「ブレスレット、着替える時にポケットに入れ忘れちゃうんだよね……今も持ってないし。更衣室に置いてきちゃった」
「すぐに取ってこい。それでも不安なら、無限大から貰った着ぐるみを着るといい」
「着ぐるみを?」
『みょっ?!』
 着ぐるみ、と聞いて、何故か五代が妙な声を上げたが、蒼劔は無視して続けた。
「どういう構造をしているのかは分からんが、あの着ぐるみは爪痕の鉤爪を跳ね返した。自衛のために着ておいた方がいいだろう」
「それ本当? あんなにフニャフニャなのに?」
「俺も信じられないが、本当だ。この目で見たからな」
 着ぐるみが鉤爪を弾いた瞬間を見ていない陽斗は半信半疑だったが、真剣な蒼劔の眼差しに頷いた。
「……分かった。バイトの時以外は着るよ。でも蒼劔君がいないなんて、嫌だな。ずっと一緒にいたのに、急に離れ離れになるなんてさ」
 尚も不安げな陽斗に、蒼劔は「心配するな」と優しく肩を叩いた。
「お前には朱羅もボンクラ五代もついている。安心して、バイトに勤しめばいい」
「蒼劔君……」
『今どさくさに紛れて、俺ぴょんディスってなかった?』
 陽斗は蒼劔と離れる悲しみをこらえ、笑顔を見せた。五代はスルーされた。
「分かった。僕、バイト頑張るから……絶対、また会おうね」
「あぁ。約束だ」
 陽斗は蒼劔に小指を差し出した。
 蒼劔も自分の小指を陽斗の小指に絡める。彼の指は酷く冷たかったが、陽斗は気にせず歌い出した。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらカレー千杯おーごる! ゆーび切った!」
 歌い終わると同時に、勢いよく腕を振って蒼劔の小指から小指を離す。
 蒼劔は陽斗にされるまま、腕を振らされていたが、彼が歌っていた歌詞に対して眉をひそめた。
「……カレー、千杯も食えるのか?」
「1回じゃ流石に無理だよ。千回まで奢るって意味でどう?」
「そんなに食べたら飽きるぞ」
 一方、2人のやり取りをずっと見ていた朱羅は驚きを隠せずにいた。
「蒼劔殿……随分変わられましたね」
「そうか?」
「えぇ。以前はもっと淡々とされていたような……笑顔を見せられることもありませんでしたし」
「そうか……」
 蒼劔はこの数日で起こった自身の変化に気づかずにいた。
 朱羅に指摘されても、具体的にどう変わったのか分からない。ただ、ここ数日に起こったことを思い出そうとすると、常に陽斗が記憶の中にいた。彼と出会ったことが変化のキッカケになったのは確かだった。
 蒼劔は陽斗と出会う前の自分を思い出そうとして、今の体になる前の自分が頭に浮かんだ。あの頃の自分と今の自分では、何もかもが違い過ぎていた。
「俺は、変わることが出来たんだな……」
 蒼劔は自分の左手を見つめ、目を細めた。

         ・

 蒼劔は陽斗の元を去り、夜の街へと消えていった。
 蒼劔と別れた後、陽斗は朱羅の運転する車でカラオケ店へと戻った。しかし店の前には非常線が張られ、野次馬達でごった返していた。店長に連絡すると「今日はもう店じまい」と返ってきた。陽斗は今日の給料がどうなるのか心配だった。
「すぐに持ってきますので、お待ち下さい」
 陽斗は朱羅に店から荷物を持ってきてもらう間に、他の店員から話を聞くことにした。
「あの、何かあったんですか?」
「それがさ……」
 その店員によると、陽斗と一緒に受付に立っていた年上の女性店員が負傷し、救急車に運ばれたという。負傷した手からは血が流れていたのだが、話を聞いた店員は「でも変なんだよねー」と首を傾げていた。
「彼女、廊下に出てすぐ出血したらしいんだよ。それも、鋭利な刃物かなんかを触ったような切り傷だったって。不審者もいなかったみたいだし、ネットじゃ“かまいたち”なんじゃないかって噂になってるよ」
 陽斗は黒衣の女性が店中に出現させた刃を思い出し、青ざめた。そこへちょうど朱羅が陽斗の荷物を持って店から出てきたので、彼と共に車へ戻るとすぐに「お店、どうなってた?!」と問い詰めた。
 朱羅は気圧されながらも、答えた。
「負傷された店員の方の血が床に付着していましたが、それ以外には特に何も」
「嘘! あっちこっちに生えてた刀は何処行っちゃったのかな?」
衆合しゅうごう……刃峡谷妃魅華が消えたので、刃も消えたのでしょう。彼女の刀は普通の人間には見えないので、負傷したご本人も気づかれてはいらっしゃらないと思います」
「良かった……あの刀、全部僕が掃除しなくちゃいけないと思ったよ」
 陽斗はホッと息を吐き、「無限大」から貰った黄色いウサギの着ぐるみを身につけた。
 その後、陽斗は朱羅の勧めで自宅には戻らず、近くのカプセルホテルに宿泊した。朱羅は鬼なので陽斗以外に姿は見えず、陽斗は1人分の料金を支払った。
 陽斗は着ぐるみのまま横になり、彼の護衛を任されている朱羅は壁を背にして立っていた。
「おやすみ、朱羅さん」
「おやすみなさいませ、陽斗殿」
 ホテル内は冷房がかかっていたが、着ぐるみを着ているせいで蒸し暑かった。会う人全員から奇異の目で見られたが、陽斗は気にしなかった。
 陽斗は寝る直前、蒼劔のことを考えていた。
「蒼劔君、今頃どうしてるかな。僕のお守りをしなくていいから、久しぶりに寝てるかな。ちゃんと建物の中で寝てて欲しいな……」
 やがて陽斗は眠りに落ちた。
 夢の中の蒼劔は公園の木の枝の上で寝そべって、目を閉じていた。
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