贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

1日目:朱羅の過去

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 私は鬼と人間の間に生まれた子供だったそうです。物心ついた時には、既に両親は他界していたので、両親の顔も名前も知りません。
 赤子の頃に山へ捨てられ、その山を根城にしていた鬼達に育てられました。彼ら曰く、「俺達は育ててない。お前が勝手に育っていた」だそうですが、赤子が1人で育つなどあり得ません。きっと気恥ずかしくて言えなかったのでしょう。私は暫く彼らと共に行動していました。しかし私が成人した頃、突然「今日からお前は1人で生きろ」と彼らに言われました。
「お前には半分人間の血が混じっている。お前を連れていると、他の鬼達から人間の味方をしていると思われ、襲われるかもしれない。とばっちりを食うのは御免だ」
「……分かりました」
 私は彼らと別れ、1人で旅に出ました。
 やがて、山間にある小さな村にたどり着きました。老若男女、大勢の人間達が畑で野菜や果物を作ったり、山へ狩りに出かけたりして生活していました。
 彼らは私が鬼だと知っても、快く受け入れて下さいました。
「人に善人も悪人もいるように、鬼の中にも良い鬼は必ずいる。お前さんのようにな」
 そう、村長は仰っていました。
 私はそのまま村に居着き、畑仕事や隣村への荷物の運搬を手伝うようになりました。彼らと過ごした日々は今でも忘れられません。
 ……だからこそ、私は地獄八鬼が許せないもです。

         ・

 ある日、私は村で採れた果物や野菜を遠くの街まで売りに行くことになりました。道中は人間の足では到底たどり着かないほどの悪路で、私1人で出立することになりました。
 村人達に見送られ、1日かけて街までたどり着きました。
 翌日、持ってきた果物や野菜を街で売りました。ツノは妖力を調整して消し、人間のフリをしました。誰も私が鬼だとは気づきませんでした。
 全ての果物と野菜を売り終え、再び1日かけて村まで戻ってくると、村は変わり果てた姿になっていました。
 家や畑は焼け、村のあちこちに村人達の遺体が倒れていました。何かが燃えた臭いが辺りに立ち込めていました。
「一体、何が……」
 私は生存者を探して、村中を歩き回りました。村の中で生きている人間は見つけられませんでした。
 やがて、村から程近い場所にある洞窟で身を潜めていた数人の村人達を発見しました。皆、怪我をしていました。
「皆さん! 一体どうしたのですか?!」
「ひぃッ!」
 彼らは私を見るなり、悲鳴を上げました。その視線は私の額に生えたツノへ注がれていました。
 洞窟には村長もいらっしゃいました。村長は怪我をした足を引きづり、私に歩み寄られると、私が不在の間に村に何があったのか話して下さいました。
「お前さんが街へ向かってすぐ、8人の鬼共が村を襲った。奴らは地獄八鬼じごくはっきと名乗り、3日3晩悪逆の限りを尽くして去っていった。生き残ったのは我々だけじゃ。奴らは家も畑も焼き、わずかな財産を根こそぎ奪っていきおった。もう我々に生きるすべはない」
 私はすぐに説得しました。
「そんなこと仰らないで下さい。また1から始めれば良いではありませんか。私も手伝います」
 しかし村長は首を振られ、こう仰ったのです。
「朱羅殿、どうかこの村から今すぐ出ていってくれ。我々はもう、鬼を信じることが出来ない。それどころか、鬼を恐れている。村に鬼がいては、休まる心も休まらん」
 とてもショックでした。3日前まではあんなにも温かく接して下さっていた村長が、陰鬱な眼差しで私を睨んでいる。他の村人達も、私に怯えた目を向けている。言葉にはしなくとも、彼らに歓迎されていないことはよく分かりました。
 そして同時に、彼らをこのように変えてしまった「地獄八鬼」を心の底から憎みました。
 私は「はい」と頷き、村を立ち去りました。鬼の血が混じっている私では、彼らを救うことが出来ないから。

         ・

 私は再び旅を始めました。もう二度と人間の前で「自分は鬼である」と名乗るまいと、ツノを出すことをやめました。
 普通の人間のフリをしていると、行く先々で人間達から親切に話しかけられました。定住を勧められたこともありましたが、全てお断りしました。
 鬼の世界でも生きられず、人の世界でも生きられない私に、居場所などあるのかと自問自答し続け、当てもなく山を彷徨い続けました。
 そんなある日、木に実っていたアケビをもいで食べていると、頭上から声が降ってきました。
「それ、食えんの?」
 見ると、長い黒髪を束ねた美しい男性が木の枝に座り、私を見下ろしていました。彼の額には黒いツノが生えていました。
 私は全く彼の気配を感じていなかったので、腰を抜かすほど驚きました。
「い、いつからそこに?!」
「お前が来る前からずっといたけど?」
 男性は黒縄と名乗りました。彼も最近、1人になったばかりでした。
「方向性の違いで仲違いしたんだよ。メンドクセーから、俺から抜けてやった。今は気ままに旅をしてる」
「何かの団体に入っていらっしゃったのですか?」
「まぁ、そんなとこだ。今となっちゃ、どーでもいーけどな」
 黒縄は気にしていないようで、何処か寂しげでした。本当は仲間が恋しかったのかもしれません。
 ふいに黒縄は私の目を見て、仰いました。
「お前、鬼だろ? 俺と一緒に来ねぇか?」
 黒縄はツノの生えていない私を鬼だと見抜いていました。私はそのことに驚き、「この方はすごい鬼なのかもしれない」と思いました。
 こうして私は黒縄様について行くことにしました。見立て通り、黒縄様は鬼の世界では「術の黒縄」と呼ばれている凄い鬼でした。
 この方に拾われなければ、私は永遠に1人で孤独に生きていたのかと思うと、感謝の念に堪えませんでした。
 ある時、黒縄様に尋ねられ、私の身の上話をお話しました。いつもなら何を話しても「つまらねぇ」と一蹴する黒縄様が、その時は最後まで黙って話を聞いて下さいました。
 話が終わって私が涙ぐんでいると、黒縄様は何故か、
「悪かったな」
 と謝られました。私は「つらい話をさせて悪かった」という意味だと考え、この方は本当はお優しい方なんだなと感激しました。

         ・

 黒縄様が今のお姿になっても、私は黒縄様に付き従い続けました。「今こそ、拾って頂いた恩を返す時」と、どんなことにも尽力して参りました。時には自分の意志に反し、人間に危害を加えたこともございます。
 黒縄様は今のお姿になられてから、心まで変わられてしまった。「元の体に戻るためならどんな手段も厭わない」と人間を利用し、妖怪の妖力を奪い続けていらっしゃる。私は次第に黒縄様に対し、反感を抱くようになっていきました。
 そんな折、五代殿から突然連絡がきました。つい数時間前のことです。
『黒縄氏の正体、知りたくナーイ?』
 五代殿はどういうわけか、数日前から連絡を絶たれておられました。黒縄様からも「連絡がつき次第、報告しろ」と命じられておりました。
 私は黒縄様に報告しようか迷いましたが、その前に五代殿の言った「黒縄様の正体」を聞くことにいたしました。
 出会ってから数百年間、黒縄様はご自分の身の上話をなさったことはございません。どのような経緯で鬼になられたのか、ご家族はいらっしゃるのか、私と出会う前は何をなされていたのか……知りたいことは山のようにございました。
「教えて下さい。黒縄様の正体を」
 すると五代殿は珍しく真剣な口調で答えて下さいました。
『黒縄氏は、地獄八鬼の創始者にして元リーダーだった。朱羅氏と行動を共にする直前まで、朱羅氏がいた村で金品を物色し、金目のものを見つけると奪っていった。朱羅氏と会った時に着てた服も村人の物だ。黒縄氏の記憶と朱羅氏の記憶を照らし合わせたから、間違いない』
 ショックでした。今まで仕えていた主人が、仇の1人だったとは。
 黒縄様は何故仰って下さらなかったのでしょう? 私があの村の住人だと、ご存知だったはずなのに。それとも、報復を恐れて口にされなかったのでしょうか?
 携帯を持ったまま立ち尽くしていると、五代殿はこう続けました。
『黒縄氏は元地獄八鬼のメンバー達に依頼して、陽斗氏の誘拐と蒼劔氏の抹殺を企ててる。俺はそれを止めたいと思ってるんだけど、朱羅氏も協力してくんない?』
「……」
 私は考えた末に、黒縄様本人から真意を確かめてから決めることにしました。
 電話を切り、真っ直ぐ黒縄様の元へ向かいました。
「黒縄様。いくつかお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「何だ。今、手が離せねぇんだが」
 黒縄様はいつも通り、ご自身が出した鎖で作った知恵の輪で遊んでおられました。
 私は「この方が地獄八鬼のリーダーであるはずがない」と自分に言い聞かせながら、黒縄様に尋ねました。
「間違っていたら申し訳ございません。黒縄様は地獄八鬼のリーダーだったのですか?」
 一瞬、知恵の輪を操る黒縄様の手が止まりました。次の瞬間、黒縄様は声を上げて笑われました。
「アハハハハッ! なんだお前、?! 俺が地獄八鬼のリーダーだったってこと!」
「……え」
 私は頭の中が真っ白になりました。黒縄様の笑い声だけが部屋の中で響いておりました。
「で、では、本当なのですか?! 黒縄様が、私がいた人間の村を滅ぼしたというのは! かつての仲間に依頼し、陽斗殿を拐って、蒼劔殿を始末させるというのも?!」
 すると黒縄様は笑うのをやめられ、舌打ちをなされました。
「チッ、五代の奴か。余計なこと喋りやがって」
 黒縄様は私を睨むなり、私に向かって鎖を放たれました。鎖は私が金棒を振るうより早く私の首に巻きつき、黒縄様が腕を振るうと、私を部屋の窓から外へ放り出しました。
 黒縄様はビルから落下する私を冷たく見下ろし、仰いました。
「そう思いたきゃ、そうしろ。てめぇには俺を恨む権利がある」
 私はそのまま地面へ落下しました。アスファルトの地面に埋れながら、先程の黒縄様の表情を思い返し、痛感させられました。
 黒縄様が今のようになったのは、お姿が変わられたからではない。
 今の黒縄様こそが、あのお方の本性なのだ、と。
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