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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編
1日目:朱羅の裏切り
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陽斗は朱羅と共に白いワゴン車に乗り、公道を走っていた。陽斗と蒼劔が奇怪ヶ原の廃工場から脱出する際に失敬したものと同じ車だった。
「この車、朱羅さんのだったんですね」
朱羅は正面を向いたまま頷いた。
「えぇ。車がオホーツク海にダイブする前に捕獲出来て、本当に良かったです」
「オホーツク海?」
車には陽斗と朱羅以外に人は乗っていない。
時折、助手席からゴトゴトと音がしていたので、陽斗が後部座席から覗き込むと、助手席の足元に朱羅の金棒が横にして置かれていた。
「これ……いつも持ち歩いてるんですか?」
「大事なものですから。蒼劔殿の刀でも切れないのですよ」
朱羅は陽斗の質問にこそ答えていたが、余裕がない様子だった。ハンドルを握る手は常に震え、車が赤信号で止まる度に、窓の外を警戒していた。
陽斗も店に置いてきた蒼劔が気がかりで仕方なかった。今にも蒼劔が車を追ってくるような気がして、窓の景色をじっと見つめていた。
車は名曽野市からどんどん離れていく。30分ほどノンストップで走り続け、次第に陽斗も不安になってきた。
「朱羅さん、このまま何処に行くつもり? 何処かで蒼劔君と待ち合わせてるの?」
朱羅は「いいえ」と首を振った。
「蒼劔殿とは暫く別行動です。陽斗殿には事が済むまで、安全な場所で隠れていてもらいます」
「えっ?」
突然のことに陽斗は目を丸くした。ここ数日、常に共にいた蒼劔と離れ離れになるなど、思いもよらなかった。しかも、自分は「安全な場所」で事が済むまで過ごさなくてはならない。
幾つもの思いが陽斗の頭の中を駆け巡ったが、最終的に彼が朱羅に尋ねたのは
「よく分からないけど、バイトは行かせてもらえるんだよね? あと、僕って妖怪とかお化けとか引き寄せちゃう体質らしいんだけど、蒼劔君いなくても大丈夫かな?」
蒼劔のことではなく、自分の命と金のことだった。
朱羅もそのことには気づいたが敢えて触れず、質問にだけ答えた。
「外出は許可出来ません。私1人では処理しきれませんので」
「そ、それは困るよ! バイトの時間だけでも外に出してくれないと!」
陽斗は背後から朱羅に詰め寄るが、朱羅は頑なに断った。
「なりません。外へ出たが最後、命はないと思って下さい。陽斗殿に寄ってくる異形は私がなんとかしますから、安心して隠れていて下さい」
「それって、いつまで隠れてなきゃいけばいの? まさか夏休み中ずっとって訳じゃないよね?」
「……事が済むまで、です。最悪、一生隠れていてもらわなくてはならなくなるかもしれません」
「い、一生?!」
朱羅の口から飛び出した途方もない期間に、陽斗は悲鳴にも似た声を上げた。
「そんなの無理だよ! 何で隠れなくちゃいけないの?! 今すぐ戻って! 蒼劔君と会わせて!」
「申し訳ございません。蒼劔殿を頼ることは出来ないのです」
朱羅がアクセルを踏み、車の速度を上げる。反動で陽斗は後ろへ倒れた。
ふと、陽斗は以前、蒼劔が話していたことを思い出し、青ざめた。
「まさか、また僕を妖怪に食べさせるつもり? 黒縄さんに頼まれて……」
すると朱羅は慌てて「ち、違います!」と否定した。
「今回のことは黒縄様の独断で、私は関わっておりません! 私も後から話を聞いたのです!」
「今回のこと?」
黒衣の女性から話を聞いていない陽斗は朱羅の事情が読めず、首を傾げた。
その時、轟音と共に何かが車の屋根に落下してきた。
「うわっ?!」「ぐっ?!」
衝撃の弾みで、車の屋根が大きく凹む。屋根に着地した何かが天井をすり抜け、運転席の朱羅に襲いかかった。
朱羅は咄嗟に助手席の足元に置いていた金棒をつかみ、その何かの攻撃を防いだ。「キィィィンッ!」と鉄と鉄がぶつかり合う音が車内に響く。
「蒼劔君!」
陽斗は朱羅に襲いかかってきた人物を見て、喜びの声を上げた。しかし蒼劔は陽斗との再会を喜ぶでもなく、目の前にいる朱羅を睨んでいた。
朱羅は片手で金棒を持ち、ハンドルを操作して車を路肩に止めた。朱羅が片腕になっても、蒼劔は押し切ることが出来ない。それほど、朱羅の腕力は強かった。
「蒼劔殿! 話を、話を聞いて下さい!」
「……言い訳は聞きたくない。貴様は所詮、黒縄の犬だ」
蒼劔は刀を押していた力を急に抜き、朱羅の体勢を崩させた。前のめりになって倒れてきた彼の首に向かって刀を突き上げる。
「蒼劔君、ダメ!」
陽斗が止めても、怒りで我を忘れている蒼劔には彼の声が聞こえなかった。
蒼劔の刀の切っ先が朱羅の喉に突き刺さる
『ぼえ~!』
……寸前で、車のスピーカーからとんでもないボリュームの音痴な歌声が放出された。車の窓を開けていなかったので、音は外に逃げていかなかった。
しかしその音痴な歌声のお陰で、蒼劔の刀の切っ先は大きく横へずれ、運転席のシートへ深々と突き刺さった。
蒼劔は顔をしかめ、陽斗と朱羅は耳を両手で塞ぐ。
「うるさーい! なんなの、この声?!」
「ご、五代殿! もう大丈夫ですよ!」
しかし声の主は歌うのをやめようとしない。
『ぼ、ぼ、ぼえ~! ぼぼ、ぼ、ぼえ~!』
ひたすら「ぼえ~」を調子の狂ったリズムで口ずさんでいる。
すると、朱羅を仕留め損なった蒼劔がゆらりと顔をスピーカーに向け、静かに呟いた。
「……忌々しい。スピーカーごと切ってやろうか、くそ五代」
『……』
彼の声はスピーカーの声よりも遥かに小さかったが、一瞬でスピーカーの声を黙らせた。
車内が静かになったことで、陽斗と朱羅も恐る恐る耳から手を離す。
一方、蒼劔は運転席のシートから刀を引き抜き、左手へ戻していた。
「そ、蒼劔殿。私は、」
「五代。貴様がカラオケ店で俺を助けた理由は何だ?」
蒼劔は朱羅を無視し、スピーカーの声に尋ねた。先程までの怒りは鳴りを潜めたようだが、スピーカーを見つめるその目は冷ややかだった。
「あの超絶音痴は貴様だろう? 何故、刃峡谷 妃魅華から俺を助けた? あの女もお前も黒縄の仲間じゃないのか? それとも、俺を助けたのも計画の内か?」
『……クックック』
スピーカーの声は意味深に笑う。若い青年の声だった。陽斗はその声を最近何処かで聞いたことがある気がした。
『計画……そうだな。これは我々の計画の一部に過ぎない。蒼劔氏とて、今回の計画に限って言えぶぁ、この五代様の駒に過ぎな「あ゛?」嘘ですごめんなさい調子乗りましたホントすいません謝ります申し訳ございません今土下座してますマジで土下座してます畳イターイあとで写メ送りますねいりませんかそうですか』
「……」
「……」
「このスピーカーさん、一体何者?」
鬼2人が沈黙する中、陽斗はスピーカーを指差し、蒼劔に尋ねた。
スピーカーの声は
『よくぞ聞いてくれたな、少年よ! 吾輩は、』
まで口にして、蒼劔に遮られた。
「こいつは五代。別名、五代童子という妖怪で、他人の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を読み取ることで、その人物が体感している状況を知る能力を持つ。現在の記憶だけでなく、過去や未来の情報までも読み取れるため、情報屋として働いている。妖怪としての能力とは別に、機械を乗っ取るのが得意で、今現在もこのスピーカーをジャックして話している」
「へぇ~! すごい妖怪さんじゃん!」
「ただし、」
ダンッ! と蒼劔はスピーカーの上部を殴った。するとスピーカーの向こうから「うひぃっ?!」という五代の悲鳴が聞こえた。
「こいつは質問されると、どんな相手にも正しく答えてしまう。かつて飼われていた術者の呪いでな。だから、普通に考えれば他人に話すことを躊躇するような質問にも答えてしまう。例えば、陽斗の夏休みの予定を黒縄に話すとか、な」
「どういうこと?」
陽斗は理解していないようだったが、朱羅とスピーカーの向こうの五代は押し黙った。
「1日に2人の暗殺屋が襲いかかってくるなど、いくらなんでもおかしい。しかも、別々の場所で陽斗を襲ってきている。つまり、奴らは事前にお前の予定を把握していたことになる。爪痕と刃峡谷の話と照らし合わせて、分かった答えは1つ」
「……黒縄様はかつての同胞である8人の鬼達を雇われたのです。五代から得た情報を彼らに渡し、蒼劔殿を始末して、陽斗殿を拉致してくるよう指示されました」
朱羅は重い口を開き、答えた。恐れか怒りか、全身をわなわなと震わせている。その目には、陽斗から黒衣の女性について聞いた時と同じく、怒りと憎しみが宿っていた。
大方の事情を刃峡谷から聞いていた蒼劔は特に驚くこともなく「やはりそうか」と眉をひそめた。
対して、陽斗はあまりのショックに青ざめていた。
「8人の鬼さん達が蒼劔君を殺して、僕を拉致……?! ど、どうしよう蒼劔君! 今から黒縄さんに謝りに行ったら、許してくれるかな?!」
「無理だな」
「やめた方がよろしいかと」
鬼2人は即答した。
「黒縄様は本気で怒っていらっしゃいます。今まで我慢していた堪忍袋の緒が切れてしまわれたのです。私もまさか、車を盗まれたと知ってキレてしまわれるとは想像していませんでしたが……」
「じゃあ何で朱羅さんと五代さんはここにいるの? 黒縄さんの味方なんでしょ?」
「……いいえ」
朱羅は首を振った。五代も『みーとぅー』と同意する。
「私は黒縄様を裏切りました。五代殿から密かに陽斗殿の情報を集め、殺し屋をしている鬼達に蒼劔殿の殺害と陽斗殿誘拐を依頼した……それだけでも許せないのに、まさか黒縄様まで“ 地獄八鬼”の一員だったなんて。私はもう、あの方のそばにはいられません」
『激しく同意! 吾輩も黒縄氏のおーぼーには参っててねぇ。それに陽斗殿、ひいては贄原家に恩義がある拙者としてわ、今回ばかりはちょいと見逃せなかったとゆーか? そゆわけで、俺ピッピと朱羅氏は陽斗氏を守る側に寝返ったのである。ごろごろごろー』
五代がスピーカーの向こうで声が遠くなったり近くなったりする。本当に床の上で転がっているのかもしれない。
「地獄八鬼って?」
「日本全国の村々を襲い、悪逆の限りを尽くしていた犯罪集団だ。現在は解散しているが、元メンバーは全員暗殺屋か犯罪者になっている。そして、黒縄はその地獄八鬼の元リーダーだった」
蒼劔の話を聞き、朱羅が顔を曇らせる。明らかに地獄八鬼に対して殺意を持っている目だった。怒りで拳が震えていた。
「私は……彼らによって、大切な人達を奪われたのです」
そう言うと朱羅は自分の身の上について話し始めた。
「この車、朱羅さんのだったんですね」
朱羅は正面を向いたまま頷いた。
「えぇ。車がオホーツク海にダイブする前に捕獲出来て、本当に良かったです」
「オホーツク海?」
車には陽斗と朱羅以外に人は乗っていない。
時折、助手席からゴトゴトと音がしていたので、陽斗が後部座席から覗き込むと、助手席の足元に朱羅の金棒が横にして置かれていた。
「これ……いつも持ち歩いてるんですか?」
「大事なものですから。蒼劔殿の刀でも切れないのですよ」
朱羅は陽斗の質問にこそ答えていたが、余裕がない様子だった。ハンドルを握る手は常に震え、車が赤信号で止まる度に、窓の外を警戒していた。
陽斗も店に置いてきた蒼劔が気がかりで仕方なかった。今にも蒼劔が車を追ってくるような気がして、窓の景色をじっと見つめていた。
車は名曽野市からどんどん離れていく。30分ほどノンストップで走り続け、次第に陽斗も不安になってきた。
「朱羅さん、このまま何処に行くつもり? 何処かで蒼劔君と待ち合わせてるの?」
朱羅は「いいえ」と首を振った。
「蒼劔殿とは暫く別行動です。陽斗殿には事が済むまで、安全な場所で隠れていてもらいます」
「えっ?」
突然のことに陽斗は目を丸くした。ここ数日、常に共にいた蒼劔と離れ離れになるなど、思いもよらなかった。しかも、自分は「安全な場所」で事が済むまで過ごさなくてはならない。
幾つもの思いが陽斗の頭の中を駆け巡ったが、最終的に彼が朱羅に尋ねたのは
「よく分からないけど、バイトは行かせてもらえるんだよね? あと、僕って妖怪とかお化けとか引き寄せちゃう体質らしいんだけど、蒼劔君いなくても大丈夫かな?」
蒼劔のことではなく、自分の命と金のことだった。
朱羅もそのことには気づいたが敢えて触れず、質問にだけ答えた。
「外出は許可出来ません。私1人では処理しきれませんので」
「そ、それは困るよ! バイトの時間だけでも外に出してくれないと!」
陽斗は背後から朱羅に詰め寄るが、朱羅は頑なに断った。
「なりません。外へ出たが最後、命はないと思って下さい。陽斗殿に寄ってくる異形は私がなんとかしますから、安心して隠れていて下さい」
「それって、いつまで隠れてなきゃいけばいの? まさか夏休み中ずっとって訳じゃないよね?」
「……事が済むまで、です。最悪、一生隠れていてもらわなくてはならなくなるかもしれません」
「い、一生?!」
朱羅の口から飛び出した途方もない期間に、陽斗は悲鳴にも似た声を上げた。
「そんなの無理だよ! 何で隠れなくちゃいけないの?! 今すぐ戻って! 蒼劔君と会わせて!」
「申し訳ございません。蒼劔殿を頼ることは出来ないのです」
朱羅がアクセルを踏み、車の速度を上げる。反動で陽斗は後ろへ倒れた。
ふと、陽斗は以前、蒼劔が話していたことを思い出し、青ざめた。
「まさか、また僕を妖怪に食べさせるつもり? 黒縄さんに頼まれて……」
すると朱羅は慌てて「ち、違います!」と否定した。
「今回のことは黒縄様の独断で、私は関わっておりません! 私も後から話を聞いたのです!」
「今回のこと?」
黒衣の女性から話を聞いていない陽斗は朱羅の事情が読めず、首を傾げた。
その時、轟音と共に何かが車の屋根に落下してきた。
「うわっ?!」「ぐっ?!」
衝撃の弾みで、車の屋根が大きく凹む。屋根に着地した何かが天井をすり抜け、運転席の朱羅に襲いかかった。
朱羅は咄嗟に助手席の足元に置いていた金棒をつかみ、その何かの攻撃を防いだ。「キィィィンッ!」と鉄と鉄がぶつかり合う音が車内に響く。
「蒼劔君!」
陽斗は朱羅に襲いかかってきた人物を見て、喜びの声を上げた。しかし蒼劔は陽斗との再会を喜ぶでもなく、目の前にいる朱羅を睨んでいた。
朱羅は片手で金棒を持ち、ハンドルを操作して車を路肩に止めた。朱羅が片腕になっても、蒼劔は押し切ることが出来ない。それほど、朱羅の腕力は強かった。
「蒼劔殿! 話を、話を聞いて下さい!」
「……言い訳は聞きたくない。貴様は所詮、黒縄の犬だ」
蒼劔は刀を押していた力を急に抜き、朱羅の体勢を崩させた。前のめりになって倒れてきた彼の首に向かって刀を突き上げる。
「蒼劔君、ダメ!」
陽斗が止めても、怒りで我を忘れている蒼劔には彼の声が聞こえなかった。
蒼劔の刀の切っ先が朱羅の喉に突き刺さる
『ぼえ~!』
……寸前で、車のスピーカーからとんでもないボリュームの音痴な歌声が放出された。車の窓を開けていなかったので、音は外に逃げていかなかった。
しかしその音痴な歌声のお陰で、蒼劔の刀の切っ先は大きく横へずれ、運転席のシートへ深々と突き刺さった。
蒼劔は顔をしかめ、陽斗と朱羅は耳を両手で塞ぐ。
「うるさーい! なんなの、この声?!」
「ご、五代殿! もう大丈夫ですよ!」
しかし声の主は歌うのをやめようとしない。
『ぼ、ぼ、ぼえ~! ぼぼ、ぼ、ぼえ~!』
ひたすら「ぼえ~」を調子の狂ったリズムで口ずさんでいる。
すると、朱羅を仕留め損なった蒼劔がゆらりと顔をスピーカーに向け、静かに呟いた。
「……忌々しい。スピーカーごと切ってやろうか、くそ五代」
『……』
彼の声はスピーカーの声よりも遥かに小さかったが、一瞬でスピーカーの声を黙らせた。
車内が静かになったことで、陽斗と朱羅も恐る恐る耳から手を離す。
一方、蒼劔は運転席のシートから刀を引き抜き、左手へ戻していた。
「そ、蒼劔殿。私は、」
「五代。貴様がカラオケ店で俺を助けた理由は何だ?」
蒼劔は朱羅を無視し、スピーカーの声に尋ねた。先程までの怒りは鳴りを潜めたようだが、スピーカーを見つめるその目は冷ややかだった。
「あの超絶音痴は貴様だろう? 何故、刃峡谷 妃魅華から俺を助けた? あの女もお前も黒縄の仲間じゃないのか? それとも、俺を助けたのも計画の内か?」
『……クックック』
スピーカーの声は意味深に笑う。若い青年の声だった。陽斗はその声を最近何処かで聞いたことがある気がした。
『計画……そうだな。これは我々の計画の一部に過ぎない。蒼劔氏とて、今回の計画に限って言えぶぁ、この五代様の駒に過ぎな「あ゛?」嘘ですごめんなさい調子乗りましたホントすいません謝ります申し訳ございません今土下座してますマジで土下座してます畳イターイあとで写メ送りますねいりませんかそうですか』
「……」
「……」
「このスピーカーさん、一体何者?」
鬼2人が沈黙する中、陽斗はスピーカーを指差し、蒼劔に尋ねた。
スピーカーの声は
『よくぞ聞いてくれたな、少年よ! 吾輩は、』
まで口にして、蒼劔に遮られた。
「こいつは五代。別名、五代童子という妖怪で、他人の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を読み取ることで、その人物が体感している状況を知る能力を持つ。現在の記憶だけでなく、過去や未来の情報までも読み取れるため、情報屋として働いている。妖怪としての能力とは別に、機械を乗っ取るのが得意で、今現在もこのスピーカーをジャックして話している」
「へぇ~! すごい妖怪さんじゃん!」
「ただし、」
ダンッ! と蒼劔はスピーカーの上部を殴った。するとスピーカーの向こうから「うひぃっ?!」という五代の悲鳴が聞こえた。
「こいつは質問されると、どんな相手にも正しく答えてしまう。かつて飼われていた術者の呪いでな。だから、普通に考えれば他人に話すことを躊躇するような質問にも答えてしまう。例えば、陽斗の夏休みの予定を黒縄に話すとか、な」
「どういうこと?」
陽斗は理解していないようだったが、朱羅とスピーカーの向こうの五代は押し黙った。
「1日に2人の暗殺屋が襲いかかってくるなど、いくらなんでもおかしい。しかも、別々の場所で陽斗を襲ってきている。つまり、奴らは事前にお前の予定を把握していたことになる。爪痕と刃峡谷の話と照らし合わせて、分かった答えは1つ」
「……黒縄様はかつての同胞である8人の鬼達を雇われたのです。五代から得た情報を彼らに渡し、蒼劔殿を始末して、陽斗殿を拉致してくるよう指示されました」
朱羅は重い口を開き、答えた。恐れか怒りか、全身をわなわなと震わせている。その目には、陽斗から黒衣の女性について聞いた時と同じく、怒りと憎しみが宿っていた。
大方の事情を刃峡谷から聞いていた蒼劔は特に驚くこともなく「やはりそうか」と眉をひそめた。
対して、陽斗はあまりのショックに青ざめていた。
「8人の鬼さん達が蒼劔君を殺して、僕を拉致……?! ど、どうしよう蒼劔君! 今から黒縄さんに謝りに行ったら、許してくれるかな?!」
「無理だな」
「やめた方がよろしいかと」
鬼2人は即答した。
「黒縄様は本気で怒っていらっしゃいます。今まで我慢していた堪忍袋の緒が切れてしまわれたのです。私もまさか、車を盗まれたと知ってキレてしまわれるとは想像していませんでしたが……」
「じゃあ何で朱羅さんと五代さんはここにいるの? 黒縄さんの味方なんでしょ?」
「……いいえ」
朱羅は首を振った。五代も『みーとぅー』と同意する。
「私は黒縄様を裏切りました。五代殿から密かに陽斗殿の情報を集め、殺し屋をしている鬼達に蒼劔殿の殺害と陽斗殿誘拐を依頼した……それだけでも許せないのに、まさか黒縄様まで“ 地獄八鬼”の一員だったなんて。私はもう、あの方のそばにはいられません」
『激しく同意! 吾輩も黒縄氏のおーぼーには参っててねぇ。それに陽斗殿、ひいては贄原家に恩義がある拙者としてわ、今回ばかりはちょいと見逃せなかったとゆーか? そゆわけで、俺ピッピと朱羅氏は陽斗氏を守る側に寝返ったのである。ごろごろごろー』
五代がスピーカーの向こうで声が遠くなったり近くなったりする。本当に床の上で転がっているのかもしれない。
「地獄八鬼って?」
「日本全国の村々を襲い、悪逆の限りを尽くしていた犯罪集団だ。現在は解散しているが、元メンバーは全員暗殺屋か犯罪者になっている。そして、黒縄はその地獄八鬼の元リーダーだった」
蒼劔の話を聞き、朱羅が顔を曇らせる。明らかに地獄八鬼に対して殺意を持っている目だった。怒りで拳が震えていた。
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