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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編
1日目:カラオケ店(後編)
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店に取り残された蒼劔は全身を刃で刺されたまま、依然として身動きが取れない状態だった。
黒衣の女は陽斗を追いかけようともせず、無惨な蒼劔の姿を見てほくそ笑んでいた。彼女の額にはピンクのツノが生え、レースの向こうの瞳もピンク色に変わっていた。
「無様ね、蒼劔。あんな坊やの盾になるなんて、私には出来ないわ」
「……そのただの人間を全力で始末しようとしたのは、どういう魂胆だ?」
蒼劔は痛みに耐えながら、なんとか声を出す。蒼劔の質問に黒衣の女性は口元に手を当て、笑う。
「フフフッ、あれは殺そうとしたんじゃないわ。拐うのに都合のいいようにしようと思っただけ。ほら、人間って結構頑丈に出来てるから、少々傷つけても問題ないと思って」
「……これは少々のレベルではないと思うぞ」
「あら、そうなの? それはごめんなさい。私、普段は暗殺の仕事しかしてないから、程度が分からないのよねぇ。次は加減するわ」
黒衣の女性は冗談で言っている訳ではないようで、申し訳なさそうにレースの向こうで眉尻を下げた。しかしすぐに交戦的な笑みを浮かべる。
「でも安心して。貴方には手加減なんてしないから。なんて言ったって、武の蒼劔ですもの。こうして捕らえるなんてラッキーだわ」
黒衣の女性はすぐにでも蒼劔を始末するつもりのようだったが、蒼劔は命乞いをするでもなく、抵抗するでもなく、冷静に彼女が話していたことについて尋ねた。
「拐う、と言ったな。一体誰の差し金だ?」
「黒縄に決まってるじゃない。分かってるクセに」
黒衣の女性は勝利を確信しているのか、敵である蒼劔にベラベラと話した。
「彼は貴方に散々邪魔されて、お怒りよ。突然、貴方の暗殺と贄原陽斗の誘拐を依頼してきたんだもの。びっくりしちゃったわ」
「朱羅はそのことを知っているのか?」
「彼は黒縄の従者でしょう? 知らないはずはないと思うわ。黒縄だって、隠す気はないでしょうし」
「どうして陽斗がここにいると分かった?」
「黒縄からメールで教えてもらったのよ。大方、情報屋にでも聞いたんでしょう。あいつなら何でもお見通しだものね。他の連中が別の場所で待機してくれていて好都合だったわ。同士討ちなんて、一銭にもならないもの」
その時、廊下から女性の悲鳴が聞こえてきた。どうやら誰かが刃に触れたらしい。
その悲鳴を聞いて、黒衣の女性は恍惚の表情を浮かべた。
「嗚呼、なんていい声。見えない刃に体を切り刻まれるのはさぞ、恐怖でしょう」
黒衣の女性は床から生えていた刃を素手で折り、蒼劔の首筋へと近づける。今の蒼劔にはその刃を避けることすら出来なかった。
「それに引き換え、貴方は面白くありませんでしたわね。悲鳴どころか、全く動じないんですもの。残念ですわ」
「くっ……!」
蒼劔は鋭い眼光で黒衣の女性を睨みつける。相打ちになってでも、この場で彼女を倒そうと思っていた。
黒衣の女性は蒼劔に睨まれても全く動じず、それどころか笑みさえ浮かべて、蒼劔にトドメを刺そうとした。
その頃、店の全ての個室で奇妙なことが起こっていた。
「ん? 何だこの曲」
「誰だよ、入れたヤツ」
事前に入れた覚えのない曲がスピーカーから勝手に流れ始めたのである。テレビの画面にもその曲の映像が流れている。
客達は誰も知らなかったが、特撮もののアニメの主題歌だった。アップテンポなイントロが全ての個室で一斉に流れる。
「おい、早く止めろよ!」
「ダメだ! この機械、壊れてる!」
客達は曲を止めようとしたが、機械は言うことを利かなかった。それどころか、イントロが流れている間に自動的に音量が最大まで上がっていった。
「うるせー!」
「どうなってんだよ?!」
あまりの音量に客達は悶え苦しみ、たまらず個室のドアを開けた。不思議なことに、客達が個室のドアを開けたタイミングは全ての個室同時で、まさにその瞬間に黒衣の女性が刃の破片を蒼劔の首筋へ振り下ろそうとしていた。
全ての個室から廊下へ爆音のメロディが放出された直後、イントロが終わり、本来ならばメロディのみが流れるはずのスピーカーから何者かの歌声が一緒に流れてきた。
それはこんな歌だった。
♪イクゼー、イクゼー、正義のためー!
この世の悪は許さなぃぃ……!
(ただし、働くのは深夜に限る!)
昼間の眩しい太陽わぁ
僕達夜型にはキツイからぁ
(どうせ怪人だって、夜型だろぉぉ?)
月をバックに世界を守るッ!
黒いマントは夜見えないから
蛍光カラーにしてるんじゃい!(じゃい!)
蓄光性だから光るのだ!(のだ!)
レッド! ブルー! イエロー! グリーン! ピンク!
(ちなみにピンクは俺のオカン)
(可愛いあの子は夜には眠る)
彼女の安眠、守りますー!
我ら深夜戦隊、ナイトレンジャァァァァ!
凄まじく音痴な歌声だった。明らかに発声が足りておらず、声は裏返り、高音も低音も掠れた声になり、イントネーションが独特で、曲の早さについていけなくなると早口で歌い切る。歌詞だけは完璧に覚えていたが、コーラス部分まで無理矢理歌っていた。
若い青年が歌っていて、間奏部分になると「ぜーぜー」と息切れしていた。
普通の人間達にも彼の歌声が聞こえているようで、苦悶の表情で耳を押さえている。
それは鬼2人も同様だった。
「何よ、この歌! 音痴にも程があるわ!」
黒衣の女性は悲鳴を上げながら手で耳を覆い、店を飛び出していった。彼女が出ていったことで店内に生えていた刃は跡形もなく消え、個室にいた客達は無事に廊下へ退避出来た。
刃に捕われていた蒼劔も自由になり、その場へ崩れ落ちる。
「……」
蒼劔は店内に響く凄まじい歌声に顔をしかめながらも、すぐに左手からスタングレネードを取り出し、安全ピンを取って出入り口に向かって投げた。
スタングレネードは自動ドアが完全に閉まる前に外へ出て、両手で耳を押さえている黒衣の女性の足元で跳ね返った。その小さな金属音に黒衣の女性が気づかないまま、スタングレネードは光を放った。
蒼劔は受付のカウンターの下でうずくまり、スタングレネードの発光が止むのを待つ。普通の人間にはスタングレネードの光や音は感知されていないようだった。感知出来たとしても、今はそれどころではないだろう。
やがて光が止んだのを見計らい、カウンターから顔を出すと、自動ドアの向こうで青い光の粒子の集合体が浮遊していた。
「……良し」
蒼劔は黒衣の女性が消滅したのを確認し、自動ドアから店を飛び出した。
店内では2番が流れ出し、それを聞いた客達の苦悶の声が外まで洩れていた。
「陽斗、何処にいる……?」
店を出てすぐ、蒼劔は陽斗の気配を探した。自分が捕われている間に外へ出ていったことは分かっていた。
やがて彼がまだ遠くに行っていないと分かり、ホッとした。しかし同時に、彼のすぐ近くに朱羅がいることにも気づいた。
「朱羅、何故陽斗と……まさか」
その瞬間、蒼劔は怒りを剥き出しにして、走り出した。左手から刀を抜き、大通りの歩道に立つ街灯の上へ跳び乗る。
「黒縄……貴様ッ!」
そのまま街灯を踏み台に近くの雑居ビルへ跳躍すると、飛び石を渡るようにビルの屋上から屋上へ飛び移り、目にも止まらぬ速さで陽斗と朱羅を追いかけていった。
黒衣の女は陽斗を追いかけようともせず、無惨な蒼劔の姿を見てほくそ笑んでいた。彼女の額にはピンクのツノが生え、レースの向こうの瞳もピンク色に変わっていた。
「無様ね、蒼劔。あんな坊やの盾になるなんて、私には出来ないわ」
「……そのただの人間を全力で始末しようとしたのは、どういう魂胆だ?」
蒼劔は痛みに耐えながら、なんとか声を出す。蒼劔の質問に黒衣の女性は口元に手を当て、笑う。
「フフフッ、あれは殺そうとしたんじゃないわ。拐うのに都合のいいようにしようと思っただけ。ほら、人間って結構頑丈に出来てるから、少々傷つけても問題ないと思って」
「……これは少々のレベルではないと思うぞ」
「あら、そうなの? それはごめんなさい。私、普段は暗殺の仕事しかしてないから、程度が分からないのよねぇ。次は加減するわ」
黒衣の女性は冗談で言っている訳ではないようで、申し訳なさそうにレースの向こうで眉尻を下げた。しかしすぐに交戦的な笑みを浮かべる。
「でも安心して。貴方には手加減なんてしないから。なんて言ったって、武の蒼劔ですもの。こうして捕らえるなんてラッキーだわ」
黒衣の女性はすぐにでも蒼劔を始末するつもりのようだったが、蒼劔は命乞いをするでもなく、抵抗するでもなく、冷静に彼女が話していたことについて尋ねた。
「拐う、と言ったな。一体誰の差し金だ?」
「黒縄に決まってるじゃない。分かってるクセに」
黒衣の女性は勝利を確信しているのか、敵である蒼劔にベラベラと話した。
「彼は貴方に散々邪魔されて、お怒りよ。突然、貴方の暗殺と贄原陽斗の誘拐を依頼してきたんだもの。びっくりしちゃったわ」
「朱羅はそのことを知っているのか?」
「彼は黒縄の従者でしょう? 知らないはずはないと思うわ。黒縄だって、隠す気はないでしょうし」
「どうして陽斗がここにいると分かった?」
「黒縄からメールで教えてもらったのよ。大方、情報屋にでも聞いたんでしょう。あいつなら何でもお見通しだものね。他の連中が別の場所で待機してくれていて好都合だったわ。同士討ちなんて、一銭にもならないもの」
その時、廊下から女性の悲鳴が聞こえてきた。どうやら誰かが刃に触れたらしい。
その悲鳴を聞いて、黒衣の女性は恍惚の表情を浮かべた。
「嗚呼、なんていい声。見えない刃に体を切り刻まれるのはさぞ、恐怖でしょう」
黒衣の女性は床から生えていた刃を素手で折り、蒼劔の首筋へと近づける。今の蒼劔にはその刃を避けることすら出来なかった。
「それに引き換え、貴方は面白くありませんでしたわね。悲鳴どころか、全く動じないんですもの。残念ですわ」
「くっ……!」
蒼劔は鋭い眼光で黒衣の女性を睨みつける。相打ちになってでも、この場で彼女を倒そうと思っていた。
黒衣の女性は蒼劔に睨まれても全く動じず、それどころか笑みさえ浮かべて、蒼劔にトドメを刺そうとした。
その頃、店の全ての個室で奇妙なことが起こっていた。
「ん? 何だこの曲」
「誰だよ、入れたヤツ」
事前に入れた覚えのない曲がスピーカーから勝手に流れ始めたのである。テレビの画面にもその曲の映像が流れている。
客達は誰も知らなかったが、特撮もののアニメの主題歌だった。アップテンポなイントロが全ての個室で一斉に流れる。
「おい、早く止めろよ!」
「ダメだ! この機械、壊れてる!」
客達は曲を止めようとしたが、機械は言うことを利かなかった。それどころか、イントロが流れている間に自動的に音量が最大まで上がっていった。
「うるせー!」
「どうなってんだよ?!」
あまりの音量に客達は悶え苦しみ、たまらず個室のドアを開けた。不思議なことに、客達が個室のドアを開けたタイミングは全ての個室同時で、まさにその瞬間に黒衣の女性が刃の破片を蒼劔の首筋へ振り下ろそうとしていた。
全ての個室から廊下へ爆音のメロディが放出された直後、イントロが終わり、本来ならばメロディのみが流れるはずのスピーカーから何者かの歌声が一緒に流れてきた。
それはこんな歌だった。
♪イクゼー、イクゼー、正義のためー!
この世の悪は許さなぃぃ……!
(ただし、働くのは深夜に限る!)
昼間の眩しい太陽わぁ
僕達夜型にはキツイからぁ
(どうせ怪人だって、夜型だろぉぉ?)
月をバックに世界を守るッ!
黒いマントは夜見えないから
蛍光カラーにしてるんじゃい!(じゃい!)
蓄光性だから光るのだ!(のだ!)
レッド! ブルー! イエロー! グリーン! ピンク!
(ちなみにピンクは俺のオカン)
(可愛いあの子は夜には眠る)
彼女の安眠、守りますー!
我ら深夜戦隊、ナイトレンジャァァァァ!
凄まじく音痴な歌声だった。明らかに発声が足りておらず、声は裏返り、高音も低音も掠れた声になり、イントネーションが独特で、曲の早さについていけなくなると早口で歌い切る。歌詞だけは完璧に覚えていたが、コーラス部分まで無理矢理歌っていた。
若い青年が歌っていて、間奏部分になると「ぜーぜー」と息切れしていた。
普通の人間達にも彼の歌声が聞こえているようで、苦悶の表情で耳を押さえている。
それは鬼2人も同様だった。
「何よ、この歌! 音痴にも程があるわ!」
黒衣の女性は悲鳴を上げながら手で耳を覆い、店を飛び出していった。彼女が出ていったことで店内に生えていた刃は跡形もなく消え、個室にいた客達は無事に廊下へ退避出来た。
刃に捕われていた蒼劔も自由になり、その場へ崩れ落ちる。
「……」
蒼劔は店内に響く凄まじい歌声に顔をしかめながらも、すぐに左手からスタングレネードを取り出し、安全ピンを取って出入り口に向かって投げた。
スタングレネードは自動ドアが完全に閉まる前に外へ出て、両手で耳を押さえている黒衣の女性の足元で跳ね返った。その小さな金属音に黒衣の女性が気づかないまま、スタングレネードは光を放った。
蒼劔は受付のカウンターの下でうずくまり、スタングレネードの発光が止むのを待つ。普通の人間にはスタングレネードの光や音は感知されていないようだった。感知出来たとしても、今はそれどころではないだろう。
やがて光が止んだのを見計らい、カウンターから顔を出すと、自動ドアの向こうで青い光の粒子の集合体が浮遊していた。
「……良し」
蒼劔は黒衣の女性が消滅したのを確認し、自動ドアから店を飛び出した。
店内では2番が流れ出し、それを聞いた客達の苦悶の声が外まで洩れていた。
「陽斗、何処にいる……?」
店を出てすぐ、蒼劔は陽斗の気配を探した。自分が捕われている間に外へ出ていったことは分かっていた。
やがて彼がまだ遠くに行っていないと分かり、ホッとした。しかし同時に、彼のすぐ近くに朱羅がいることにも気づいた。
「朱羅、何故陽斗と……まさか」
その瞬間、蒼劔は怒りを剥き出しにして、走り出した。左手から刀を抜き、大通りの歩道に立つ街灯の上へ跳び乗る。
「黒縄……貴様ッ!」
そのまま街灯を踏み台に近くの雑居ビルへ跳躍すると、飛び石を渡るようにビルの屋上から屋上へ飛び移り、目にも止まらぬ速さで陽斗と朱羅を追いかけていった。
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