贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

1日目:遊園地(後編)

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 その男はメリーゴーランドに設置された金色の馬に乗っていた。馬が縦にゆっくり上下するのに合わせて男の体も上下に揺らされるが、男の姿勢は全く崩れなかった。
 男は皮膚に骨が浮き出るほどの痩身で、着古されてボロボロになった灰色の着流しを身に纏い、足には草鞋を履いていた。
 まるで時代劇から飛び出してきたかのような格好だったが、この上何故か頭に潜水ヘルメットのような鉄の兜を被っていた。額の真ん中に1本ツノがある変わったデザインで、目元と両耳の部分だけが編み目になっていて、装甲が薄い。
 男は蒼劔に存在を気づかれるより先に、右手に嵌めた鉄の鉤爪を陽斗の首の後ろに向かって振り下ろした。
「ッ! 陽斗ッ!」
 蒼劔は咄嗟に陽斗を突き飛ばそうとしたが、間に合わなかった。鉤爪は陽斗の首の後ろを直撃し、
 キィィンッ!
「うぉっ?!」
 一切の傷も受け付けず、跳ね返した。
 予想外の硬さに男も驚き、仰反る。その隙を蒼劔は見逃さなかった。
「ふんッ!」
 左手から刀を抜き、居合の要領で装甲の薄い耳の部分からもう一方の耳の部分へ刀を走らせ、男の頭を横に断つ。
 男は兜の中で光の粒子に変わりながら、ニヤリと笑った。
「やれやれ。これだからお前さんの相手は嫌なんだ。で引き受けた仕事だが、こりゃ無理だな」
 男は消える寸前にそう言い残し、メリーゴーランドの回転が止まる前に消滅した。右手に付けていた鉤爪や頭に被っていた兜も一緒に光の粒子となって消える。
 やがてメリーゴーランドは回転を止め、順番を待っていた客達を乗せる。先程まで男が座っていた金色の馬には、一連の出来事を知らない様子の男の子がはしゃいだ様子でよじ登り、跨っていた。
「……何、今の」
 陽斗は金色の馬の上で光の粒子となって消滅していった男の姿に、硬直していた。蒼劔に呼びかけられるまで、男の存在に気づかなかった。あんな至近距離まで迫られていたというのに。
 蒼劔は刀を左手に戻し「鬼だ」と答える。急な襲撃に、彼の目にも動揺の色が見えていた。
「あの人が、蒼劔君と同じ鬼……?」
 陽斗には男が鬼だとはとても信じられなかった。兜を被っていて顔は見えなかったが、見ようによっては個性的なファッションの人にも見えなくもない。遊園地で歩いていても、イベントのスタッフと思ってしまうかもしれない。
 同時に、背後から陽斗に襲いかかってくるなどという猟奇的な人格の持ち主が、人間のために闘っている蒼劔と同じ生き物だとは思えなかった。世間一般的に言えば、蒼劔よりも男の方がずっと鬼らしい行動をしているのだが、今まで出会った鬼が人のために闘う蒼劔と温厚そうな朱羅しかいない陽斗にとっては、そのような鬼がいることの方が驚きだった。
「奴の名は鉤塚蘇生 爪痕かぎづかそせい そうこん。殺しを楽しむ猟奇的な暗殺屋だ。あの通り気配を断つことに長け、動きも早く、体を傷つけられても頭さえ残っていれば再生する。しかしその頭を斬ってしまえば、造作もなく始末出来る。故に、あのような兜を被って身を守っている」
「あの鬼の人も、僕の霊力を狙ってきたのかな?」
 怯える陽斗に、蒼劔は「分からない」と眉をひそめる。
「いくらお前の霊力が高いとはいえ、曲がりなりにも暗殺屋である爪痕がそのような私的な理由でお前を襲うとは思えない。奴が殺すのは依頼された標的だけだからな。誰かがお前の暗殺を奴に依頼したと考える方が自然だ」
「それって、僕の暗殺を誰かがあの人に依頼したってこと?! い、一体誰がそんなこと……!」
 陽斗は過去の記憶を遡り、暗殺されそうな出来事を思い返す。ブラック企業の上司、道でぶつかった派手なシャツのお兄さん、パチモン開運グッズを売っていた人々等、候補はいくつか上がったが、どの人も陽斗の暗殺を企てそうだった。
「ど、どうする?! 今から思い当たる人に片っ端から謝ってこようか?!」
「落ち着け」
 蒼劔は動揺する陽斗の肩に手を置く。実際には着ぐるみの上からだったが、蒼劔の澄んだ青い目を見ている内に陽斗は落ち着きを取り戻していった。
「誰が依頼したとしても、俺がお前を守る。お前は安心してバイトに勤しめばいい」
「蒼劔君……」
 ふと、陽斗が空を見上げると、いくつもの風船が宙に浮かんでいた。
 陽斗はそれらの風船が、爪痕に驚いた拍子に自分の手から離れていった風船達だと気づき、一気に血の気が引いていくのを感じた。
 既に風船は回収不可能な位置まで飛んでいってしまっている。
「ど、ど、ど、どうしよう蒼劔君! 蒼劔君なら取ってこれる?! 1本でもいいから!」
 蒼劔は風船を見上げ、「無理だな」と即答した。
「見ろ、もう雲の上まで飛んでいっている。諦めて、新しい風船をもらいに行けばいい。他の奴には全部客に渡したことにすれば問題ない」
「絶対バレるよ……あんなにいっぱい、風船飛ばしちゃったんだもん。遠くからでも見えるよ」
 陽斗は肩をがっくり落とし、風船をもらいに控室に戻った。案の定、陽斗が風船を飛ばしたことはバレ、上司にこっ酷く叱られた。
 しかし陽斗が大量に風船を飛ばしたことで、プールに来ていた客達の目にも止まり、閑散としていた遊園地エリアにも客が流れてきた。陽斗は風船を求める客達の対応に追われ、先程まで叱っていた上司に褒められた。メリーゴーランドの前で鬼に襲われたことなど、忙しいさの中で忘れていった。
 蒼劔も黄色いウサギの背後に立ち、人混みに紛れて陽斗に近づいてくる妖怪や霊を斬っていく。その合間に、陽斗が着ている着ぐるみの首の後ろに触れてみたが、ほとんど布で出来ていて、綿すら入っていなかった。とても爪痕の鉤爪を弾いたとは思えない。蒼劔は着ぐるみから漂うわずかな妖力に眉をひそめた。
「……「無限大」は陽斗を守ろうとしていたのか。それならば、正直にそう言えばいいものを」
 蒼劔の声は遊園地の喧騒にかき消され、陽斗の耳には届かなかった。
 もとより、蒼劔は陽斗に聞かせるつもりはなかった。爪痕が最後に残した言葉が引っかかっていたのだ。
「昔のよしみ、か……」
 蒼劔は爪痕がかつて所属していたある組織を思い出した。
 そのメンバーの中には、見知った人物の過去の姿もあった。
「……黒縄、お前は何を企んでいる?」
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