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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編
1日目:カラオケ店(前編)
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夕方、陽斗は遊園地でのバイトを終えると、その足で今度は名曽野駅の駅前にあるカラオケ店のバイトに向かった。冷房完備、ドリンクバー付きのカラオケ店は盛況で、陽斗の他にも3人のバイトが忙しなく働いていた。
陽斗は更衣室でカラオケ店の制服に着替え、受付に立った。一緒に受付を担当する年上の女性店員から仕事を教えてもらい、次々に訪れる客を見よう見まねで対応する。日頃コンビニ業務で鍛えられている分、接客はお手の物だった。
やがて日が落ち、夕食時になると食事や軽食の注文が立て続けに入った。店の廊下は注文された料理を運ぶ店員で慌ただしくなる。受付をしていた陽斗と年上の女性店員も料理を運ぶ仕事に回された。蒼劔も陽斗の後を律儀について行く。
「すごいな、陽斗。何故ここまで働いて筋肉がつかないんだ?」
「たぶん、モヤシしか食べてないからだと思う。前に朱羅さんが言ってた通り、お肉も食べなきゃいけないなーとは思ってるんだけどね。どうやって調理したらいいか分かんなくて」
その時、受付のベルが鳴った。新たに客が来たのだ。
「贄原君、行ってきてくれる?」
「はい!」
陽斗は年上の女性店員に言われて、受付に走った。客達はカラオケに夢中で、部屋から出てこない。歩いているのはドリンクバーに飲み物を取りに行く客か、トイレに立った客だけだった。
「お待たせしました! 何名様でございますか?!」
陽斗が受付に着くと、1人の女性が受付のカウンターの前に立っていた。受付の正面にある自動ドアの向こうの景色は、とっくに夜の街へと変わっていた。
女性は長袖の黒いロングドレスを身に纏い、頭にレースの付いた小さくて黒いカクテルハットを被っている。レースのせいで顔はよく見えなかったが、唇の黒い口紅が印象的だった。
明らかに喪に服している女性に、陽斗はハイテンションで声をかけたことを後悔した。しかし女性は陽斗の接客態度を気にする様子もなく、レースの向こうで薄く笑みを浮かべた。
「1人です。本当は恋人と来る予定だったのですけど、来られなくなってしまって。貴方、一緒に歌って下さる?」
「え、えぇ?!」
陽斗は突然の誘いに動揺したが、女性は口元に手を当て「ホホホ」と愉快そうに笑った。
「冗談ですわ。だって貴方のような坊やの声なら、歌声よりも悲鳴を聞きたいですもの」
「へ?」
「陽斗ッ!」
女が話し終わるより早く、陽斗は蒼劔に横から突き飛ばされていた。そのまま冷たい床に倒れる。
直後、陽斗が立っていた床や背後の壁から無数の日本刀の刃が生え、陽斗を突き飛ばした蒼劔の全身を貫いた。
「ぐっ……!」
蒼劔はその場で全身を刀で縫い付けられ、身動きが取れない。刀を出そうにも、狙い澄まされたように左手の手の平に刃が突き刺されている。傷口からは赤い血の代わりに、青い光の粒子が溢れ出ていた。
「蒼劔君!」
床から起き上がった陽斗はその痛ましい蒼劔の姿を目の当たりにし、咄嗟に駆け寄ろうとした。しかしすぐに蒼劔が陽斗を睨みつけ、
「逃げろ!」
と叫んだ。
陽斗は一瞬足を止めたが、視界の端で黒衣の女性の額からピンクのツノが生えているのを見て、弾かれたようにその場から逃げ出した。
「うわぁぁっ! 蒼劔君、ゴメーンッ!」
出入り口の前に黒衣の女性が立っていたため、今し方通ってきた廊下を駆け抜ける。後ろを振り返ると、彼の通った後の天井や壁や床から無数の刃が生えていた。
陽斗は天井から生えた刃が次々に蛍光灯を割っていくのを見て、青ざめた。
「……あれって普通の人にも見えるのかな。僕のせいじゃないよね……?」
自分が弁償しなければならないのか? と悶々としながら走っていると、ちょうど部屋から出ようとしていた年上の女性店員とぶつかった。
「贄原君?! 一体どうしたの?!」
幸い、年上の女性店員は料理や食器の類を持っていなかったが、血相を変えて走ってきた陽斗を見て、何らかの異常を察したらしい。
しかし陽斗には説明している余裕はなく、
「ごめんなさい!」
「キャッ?!」
年上の女性店員を部屋へ押し戻し、再び走り出した。直後、無数の刃が廊下を襲う。
年上の女性店員は間一髪刃から逃れたが、廊下から生えた刃が見えていないらしく、個室の客達に見つめられる中、
「何なの……?」
と、呆然と廊下を見つめ、床に尻餅をついていた。
・
陽斗が店を半周しようとしていた頃、
「陽斗殿!」
と、聞いたことのある声が前方から聞こえた。逃げるのに夢中になっていた陽斗は声のした方に目を凝らし、およそこの場にいないと思われる人物に驚きの声を上げた。
「朱羅さん?! どうしてここに?!」
そこにいたのは、数日前に陽斗を廃工場へ拉致した赤髪の鬼、朱羅だった。朱羅はスタッフのみが出入りする裏口から店内に身を乗り出し、陽斗に手を差し伸べていた。
「事情は後で! 今は私を信じて下さい!」
陽斗は以前、蒼劔から朱羅がどんな鬼なのか話を聞いていた。
『朱羅は黒縄という鬼の従者であること』、『黒縄は妖力を集めるために人間を騙している極悪人であること』、『朱羅はその黒縄に頭が上がらず、彼の命令であれば必ず実行すること』、そして『陽斗を気絶させ、連れ去ったのが朱羅であること』……。
これらの話を聞いた陽斗が朱羅を信用出来る要素など、微塵もなかった。しかし、
「分かった!」
と、陽斗はすぐに頷き、朱羅の手を取った。朱羅はそのまま陽斗を引き寄せ、担ぎ上げると、店の裏路地を走り出した。
「このまま、大通りに止めてある車まで走ります!」
「待って! 蒼劔君を助けて! たぶん鬼だと思うんだけど、ツノを生やした女の人に殺されそうなんだ!」
陽斗は慌てて朱羅にすがったが、朱羅は「ツノを生やした女の人……」と一瞬、顔を曇らせただけで足を止めようとはしなかった。
「その人は、壁や床から日本刀のような刃を出していましたか?」
「そう!」
陽斗が頷くと朱羅は一層顔を曇らせ、唇を噛む。今まで彼が見せたことのない、憎しみと怒りが入り混じった表情をしていた。
「朱羅さん?」
恐る恐る陽斗が声をかけると朱羅はハッとして、陽斗を安心させるように微笑んだ。先程の表情は完全に消え失せていた。
「ご安心を。蒼劔殿は我々の協力者にお任せください」
「協力者?」
「えぇ。信用は出来ませんが、信頼のおける情報をお持ちの方です」
「???」
あまりにも矛盾した説明に、陽斗は首を傾げた。
陽斗は更衣室でカラオケ店の制服に着替え、受付に立った。一緒に受付を担当する年上の女性店員から仕事を教えてもらい、次々に訪れる客を見よう見まねで対応する。日頃コンビニ業務で鍛えられている分、接客はお手の物だった。
やがて日が落ち、夕食時になると食事や軽食の注文が立て続けに入った。店の廊下は注文された料理を運ぶ店員で慌ただしくなる。受付をしていた陽斗と年上の女性店員も料理を運ぶ仕事に回された。蒼劔も陽斗の後を律儀について行く。
「すごいな、陽斗。何故ここまで働いて筋肉がつかないんだ?」
「たぶん、モヤシしか食べてないからだと思う。前に朱羅さんが言ってた通り、お肉も食べなきゃいけないなーとは思ってるんだけどね。どうやって調理したらいいか分かんなくて」
その時、受付のベルが鳴った。新たに客が来たのだ。
「贄原君、行ってきてくれる?」
「はい!」
陽斗は年上の女性店員に言われて、受付に走った。客達はカラオケに夢中で、部屋から出てこない。歩いているのはドリンクバーに飲み物を取りに行く客か、トイレに立った客だけだった。
「お待たせしました! 何名様でございますか?!」
陽斗が受付に着くと、1人の女性が受付のカウンターの前に立っていた。受付の正面にある自動ドアの向こうの景色は、とっくに夜の街へと変わっていた。
女性は長袖の黒いロングドレスを身に纏い、頭にレースの付いた小さくて黒いカクテルハットを被っている。レースのせいで顔はよく見えなかったが、唇の黒い口紅が印象的だった。
明らかに喪に服している女性に、陽斗はハイテンションで声をかけたことを後悔した。しかし女性は陽斗の接客態度を気にする様子もなく、レースの向こうで薄く笑みを浮かべた。
「1人です。本当は恋人と来る予定だったのですけど、来られなくなってしまって。貴方、一緒に歌って下さる?」
「え、えぇ?!」
陽斗は突然の誘いに動揺したが、女性は口元に手を当て「ホホホ」と愉快そうに笑った。
「冗談ですわ。だって貴方のような坊やの声なら、歌声よりも悲鳴を聞きたいですもの」
「へ?」
「陽斗ッ!」
女が話し終わるより早く、陽斗は蒼劔に横から突き飛ばされていた。そのまま冷たい床に倒れる。
直後、陽斗が立っていた床や背後の壁から無数の日本刀の刃が生え、陽斗を突き飛ばした蒼劔の全身を貫いた。
「ぐっ……!」
蒼劔はその場で全身を刀で縫い付けられ、身動きが取れない。刀を出そうにも、狙い澄まされたように左手の手の平に刃が突き刺されている。傷口からは赤い血の代わりに、青い光の粒子が溢れ出ていた。
「蒼劔君!」
床から起き上がった陽斗はその痛ましい蒼劔の姿を目の当たりにし、咄嗟に駆け寄ろうとした。しかしすぐに蒼劔が陽斗を睨みつけ、
「逃げろ!」
と叫んだ。
陽斗は一瞬足を止めたが、視界の端で黒衣の女性の額からピンクのツノが生えているのを見て、弾かれたようにその場から逃げ出した。
「うわぁぁっ! 蒼劔君、ゴメーンッ!」
出入り口の前に黒衣の女性が立っていたため、今し方通ってきた廊下を駆け抜ける。後ろを振り返ると、彼の通った後の天井や壁や床から無数の刃が生えていた。
陽斗は天井から生えた刃が次々に蛍光灯を割っていくのを見て、青ざめた。
「……あれって普通の人にも見えるのかな。僕のせいじゃないよね……?」
自分が弁償しなければならないのか? と悶々としながら走っていると、ちょうど部屋から出ようとしていた年上の女性店員とぶつかった。
「贄原君?! 一体どうしたの?!」
幸い、年上の女性店員は料理や食器の類を持っていなかったが、血相を変えて走ってきた陽斗を見て、何らかの異常を察したらしい。
しかし陽斗には説明している余裕はなく、
「ごめんなさい!」
「キャッ?!」
年上の女性店員を部屋へ押し戻し、再び走り出した。直後、無数の刃が廊下を襲う。
年上の女性店員は間一髪刃から逃れたが、廊下から生えた刃が見えていないらしく、個室の客達に見つめられる中、
「何なの……?」
と、呆然と廊下を見つめ、床に尻餅をついていた。
・
陽斗が店を半周しようとしていた頃、
「陽斗殿!」
と、聞いたことのある声が前方から聞こえた。逃げるのに夢中になっていた陽斗は声のした方に目を凝らし、およそこの場にいないと思われる人物に驚きの声を上げた。
「朱羅さん?! どうしてここに?!」
そこにいたのは、数日前に陽斗を廃工場へ拉致した赤髪の鬼、朱羅だった。朱羅はスタッフのみが出入りする裏口から店内に身を乗り出し、陽斗に手を差し伸べていた。
「事情は後で! 今は私を信じて下さい!」
陽斗は以前、蒼劔から朱羅がどんな鬼なのか話を聞いていた。
『朱羅は黒縄という鬼の従者であること』、『黒縄は妖力を集めるために人間を騙している極悪人であること』、『朱羅はその黒縄に頭が上がらず、彼の命令であれば必ず実行すること』、そして『陽斗を気絶させ、連れ去ったのが朱羅であること』……。
これらの話を聞いた陽斗が朱羅を信用出来る要素など、微塵もなかった。しかし、
「分かった!」
と、陽斗はすぐに頷き、朱羅の手を取った。朱羅はそのまま陽斗を引き寄せ、担ぎ上げると、店の裏路地を走り出した。
「このまま、大通りに止めてある車まで走ります!」
「待って! 蒼劔君を助けて! たぶん鬼だと思うんだけど、ツノを生やした女の人に殺されそうなんだ!」
陽斗は慌てて朱羅にすがったが、朱羅は「ツノを生やした女の人……」と一瞬、顔を曇らせただけで足を止めようとはしなかった。
「その人は、壁や床から日本刀のような刃を出していましたか?」
「そう!」
陽斗が頷くと朱羅は一層顔を曇らせ、唇を噛む。今まで彼が見せたことのない、憎しみと怒りが入り混じった表情をしていた。
「朱羅さん?」
恐る恐る陽斗が声をかけると朱羅はハッとして、陽斗を安心させるように微笑んだ。先程の表情は完全に消え失せていた。
「ご安心を。蒼劔殿は我々の協力者にお任せください」
「協力者?」
「えぇ。信用は出来ませんが、信頼のおける情報をお持ちの方です」
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