31 / 327
第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編
1日目:遊園地(前編)
しおりを挟む
「どういうことなんだろうね?」
遊園地「逆島ランド」のメリーゴーランドの前で黄色いウサギの着ぐるみを着て、片手に風船を持って立っている陽斗は、隣でメリーゴーランドの柵に凭れて立っている蒼劔に尋ねた。
夏休みとあって逆島ランドには大勢の客が来園していたが、彼らの目的は陽斗達がいる遊園地ではなく、遊園地に併設されたプールだった。定番の流れるプールやウォータースライダーの他、様々なウォーターアクティビティを楽しめるとあって、大盛況のようだ。
対して陽斗と蒼劔がいる遊園地エリアは猛暑のせいかほとんど客はおらず、陽斗はただただ着ぐるみの中で暑さに耐えていた。首の後ろや脇の下に貼っておいた冷却ジェルシートは1時間と保たず、温くなってしまっている。着ぐるみに入ってから4時間立った今では、大量にかいた汗で体から剥がれかかっていた。
「無限大のことか?」
暑さを感じない蒼劔は涼しい顔のまま、ほとんど無人のジェットコースターが正面で急降下していくのを目で追っている。
「うん。僕が着ぐるみのバイトをやるって知ってたとしても、どんな着ぐるみを着るかなんて分からないじゃない? 僕だって知らなかったんだから。蒼劔君のことが見えてたことといい、無限大さんって何者なのかな?」
「俺にもよく分からん」
蒼劔は「無限大」の姿を思い浮かべ、眉をひそめた。情緒不安定、特徴的な外見、滲み出るオタク感……誰が見ても変人には違いなかったが、それとは別に異質な気配を漂わせてもいた。
「奴からは強い妖力を感じた。鬼にも匹敵する力を持つ、上位の妖怪だろう。見知らぬ顔だったから鬼ではないと思うが、変装している可能性もある。そして同時に、わずかだが人間の霊力も感じた」
「ってことは、無限大さんは人間ってこと?」
「そうとも言い切れない。体内に未消化の霊力を保有していただけで、ただの妖怪か鬼かもしれない。もし人間だとすれば、妖怪に取り憑かれた被害者ということになる」
「じ、じゃあ! 早く助けないと!」
陽斗は自分が今、着ぐるみのバイトをしていることも忘れて蒼劔に詰め寄った。
陽斗の背後で回っているメリーゴーランドに乗っていた少女が一緒に馬車に乗っている母親に「ウサギさんが1人で喋ってるー」と話し、後ろから陽斗を指差す。母親は「あとで風船、もらいに行こうねー」と話を逸らした。
蒼劔は親子のやり取りを耳にしながらも、こちらを向いている陽斗を注意することもなく話を続けた。どうせ正面を向かせたところで、途中でこちらを向くに決まっていると判断した。
「だが、あいつの霊力は1日経っても減ってはいなかった。生まれ持った体質なのかもしれない。お前がどんな着ぐるみを着るか当てたのも、奴の能力なのだろう。着ぐるみを渡した理由は全く分からんが」
蒼劔は「無限大」の能力がどんな物なのか考えていた。思いつく能力は様々あったが、ある可能性が頭をよぎった。
(もし、奴の能力が未来予知だとすれば、陽斗が持っていった謎アイスにあそこまで喜ぶはずはない。だが、意識的に能力を使わなければ予知出来ないのだとすれば、やはりあいつは……)
一方、陽斗は「無限大」が妖怪の被害にあっている人間でないことを祈っていた。
「無限大さん……今頃、妖怪になっちゃって暴れてないといいね。もし妖怪だったとしても、きっといい妖怪さんだよ。だって、僕のために徹夜で着ぐるみを作ってくれたんだもん」
「……着る予定の着ぐるみそっくりに作るなどという所業は、正気を疑うがな。俺なら着まい」
「えー?! せっかく作ってくれたのに? 勿体ないよー!」
陽斗はウサギの着ぐるみらしく、愛くるしいポーズをとった。
彼が今着ているのは「無限大」が作った着ぐるみの方だった。用意されていた方はそのままロッカーに戻しておいた。他の職員は陽斗が着ている着ぐるみが偽物だとは、誰も気づかなかった。
「もし無限大さんが妖怪だったらびっくりだよね。どう見ても人間にしか見えないもん」
「ほとんどの妖怪は人間に化けるのが下手だからな。得意だとしても、人間を襲う時に本性が出るから確実にバレる。その点、鬼はツノを隠すだけで人間に見えるから、術や魔具を使って姿を現し、悪事を働きやすい」
そこへ、先程メリーゴーランドに乗っていた親子が陽斗の元にやって来た。
「ピンクの風船下さい!」
「はい、どうぞー」
陽斗はうっかり風船を飛ばさないよう、慎重に少女の手に渡した。途端に少女の顔が綻ぶ。陽斗も着ぐるみの下で笑みを浮かべた。
「ウサギさん、さっき誰とお話してたのー?」
すると少女は風船を受け取るなり、真っ直ぐな眼差しで陽斗に尋ねた。着ぐるみの下の陽斗の笑みが固まる。
(蒼劔君と喋ってたの、見られてたんだー!)
陽斗は動揺しながらも、慌ててファンシーな解答を捻り出した。
「よ、妖精さんとお喋りしてたんだよー」
「ふーん?」
少女はイマイチ納得していない様子だったが、「夏美、アイス食べるって言ってなかった?」と母親に尋ねられ「食べるー!」と、アイスの方へ興味が移った。なんとか難を逃れ、陽斗はホッとする。
「ウサギさん、ばいばーい!」
「ばいばーい」
少女は風船を持っていない方の手を陽斗に振り、母親と共に去っていく。
陽斗も風船を握っていない方の手を振り返し、親子の後ろ姿を見送った。
背後から鉄の鉤爪を付けた男が襲いかかってきているのに、気づかないまま……。
遊園地「逆島ランド」のメリーゴーランドの前で黄色いウサギの着ぐるみを着て、片手に風船を持って立っている陽斗は、隣でメリーゴーランドの柵に凭れて立っている蒼劔に尋ねた。
夏休みとあって逆島ランドには大勢の客が来園していたが、彼らの目的は陽斗達がいる遊園地ではなく、遊園地に併設されたプールだった。定番の流れるプールやウォータースライダーの他、様々なウォーターアクティビティを楽しめるとあって、大盛況のようだ。
対して陽斗と蒼劔がいる遊園地エリアは猛暑のせいかほとんど客はおらず、陽斗はただただ着ぐるみの中で暑さに耐えていた。首の後ろや脇の下に貼っておいた冷却ジェルシートは1時間と保たず、温くなってしまっている。着ぐるみに入ってから4時間立った今では、大量にかいた汗で体から剥がれかかっていた。
「無限大のことか?」
暑さを感じない蒼劔は涼しい顔のまま、ほとんど無人のジェットコースターが正面で急降下していくのを目で追っている。
「うん。僕が着ぐるみのバイトをやるって知ってたとしても、どんな着ぐるみを着るかなんて分からないじゃない? 僕だって知らなかったんだから。蒼劔君のことが見えてたことといい、無限大さんって何者なのかな?」
「俺にもよく分からん」
蒼劔は「無限大」の姿を思い浮かべ、眉をひそめた。情緒不安定、特徴的な外見、滲み出るオタク感……誰が見ても変人には違いなかったが、それとは別に異質な気配を漂わせてもいた。
「奴からは強い妖力を感じた。鬼にも匹敵する力を持つ、上位の妖怪だろう。見知らぬ顔だったから鬼ではないと思うが、変装している可能性もある。そして同時に、わずかだが人間の霊力も感じた」
「ってことは、無限大さんは人間ってこと?」
「そうとも言い切れない。体内に未消化の霊力を保有していただけで、ただの妖怪か鬼かもしれない。もし人間だとすれば、妖怪に取り憑かれた被害者ということになる」
「じ、じゃあ! 早く助けないと!」
陽斗は自分が今、着ぐるみのバイトをしていることも忘れて蒼劔に詰め寄った。
陽斗の背後で回っているメリーゴーランドに乗っていた少女が一緒に馬車に乗っている母親に「ウサギさんが1人で喋ってるー」と話し、後ろから陽斗を指差す。母親は「あとで風船、もらいに行こうねー」と話を逸らした。
蒼劔は親子のやり取りを耳にしながらも、こちらを向いている陽斗を注意することもなく話を続けた。どうせ正面を向かせたところで、途中でこちらを向くに決まっていると判断した。
「だが、あいつの霊力は1日経っても減ってはいなかった。生まれ持った体質なのかもしれない。お前がどんな着ぐるみを着るか当てたのも、奴の能力なのだろう。着ぐるみを渡した理由は全く分からんが」
蒼劔は「無限大」の能力がどんな物なのか考えていた。思いつく能力は様々あったが、ある可能性が頭をよぎった。
(もし、奴の能力が未来予知だとすれば、陽斗が持っていった謎アイスにあそこまで喜ぶはずはない。だが、意識的に能力を使わなければ予知出来ないのだとすれば、やはりあいつは……)
一方、陽斗は「無限大」が妖怪の被害にあっている人間でないことを祈っていた。
「無限大さん……今頃、妖怪になっちゃって暴れてないといいね。もし妖怪だったとしても、きっといい妖怪さんだよ。だって、僕のために徹夜で着ぐるみを作ってくれたんだもん」
「……着る予定の着ぐるみそっくりに作るなどという所業は、正気を疑うがな。俺なら着まい」
「えー?! せっかく作ってくれたのに? 勿体ないよー!」
陽斗はウサギの着ぐるみらしく、愛くるしいポーズをとった。
彼が今着ているのは「無限大」が作った着ぐるみの方だった。用意されていた方はそのままロッカーに戻しておいた。他の職員は陽斗が着ている着ぐるみが偽物だとは、誰も気づかなかった。
「もし無限大さんが妖怪だったらびっくりだよね。どう見ても人間にしか見えないもん」
「ほとんどの妖怪は人間に化けるのが下手だからな。得意だとしても、人間を襲う時に本性が出るから確実にバレる。その点、鬼はツノを隠すだけで人間に見えるから、術や魔具を使って姿を現し、悪事を働きやすい」
そこへ、先程メリーゴーランドに乗っていた親子が陽斗の元にやって来た。
「ピンクの風船下さい!」
「はい、どうぞー」
陽斗はうっかり風船を飛ばさないよう、慎重に少女の手に渡した。途端に少女の顔が綻ぶ。陽斗も着ぐるみの下で笑みを浮かべた。
「ウサギさん、さっき誰とお話してたのー?」
すると少女は風船を受け取るなり、真っ直ぐな眼差しで陽斗に尋ねた。着ぐるみの下の陽斗の笑みが固まる。
(蒼劔君と喋ってたの、見られてたんだー!)
陽斗は動揺しながらも、慌ててファンシーな解答を捻り出した。
「よ、妖精さんとお喋りしてたんだよー」
「ふーん?」
少女はイマイチ納得していない様子だったが、「夏美、アイス食べるって言ってなかった?」と母親に尋ねられ「食べるー!」と、アイスの方へ興味が移った。なんとか難を逃れ、陽斗はホッとする。
「ウサギさん、ばいばーい!」
「ばいばーい」
少女は風船を持っていない方の手を陽斗に振り、母親と共に去っていく。
陽斗も風船を握っていない方の手を振り返し、親子の後ろ姿を見送った。
背後から鉄の鉤爪を付けた男が襲いかかってきているのに、気づかないまま……。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる