贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2話「贄原くんの災厄な五日間」前編

終業式:隣人もやって来た。

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「せっかくだし、無限大さんに蒼劔君の歓迎会で余ったアイス持って行こうよ!」
 蒼劔と共に部屋で蕎麦を啜っていた陽斗は唐突に言い出した。アイスと聞いて、蒼劔が眉をひそめる。
「俺は一向に構わないが、あんな物を好んで食べる奴がいるとは思えないな」
 それは先日行なった蒼劔の歓迎会、もといアイスパーティーで大量に購入した「謎アイス」なるアイスのことだった。
 外見は度肝を抜くほどのカラフルな蛍光色で、匂いこそ南国のフルーツを思わせる爽やかな香りだが、肝心の味は食べれば食べるほど奇怪になっていくという、正に「謎」なアイスだった。陽斗が名曽野市で大金を取り戻したのをいいことに好奇心の赴くままに大量購入したのだが、特別美味しくもなければ不味くもないこのアイスを、陽斗も蒼劔も持て余していた。
「いいじゃん! 見た目は結構派手だし、インパクトあると思うよ!」
「まぁ、インパクトだけはあるな」
 昼食を食べ終わると、陽斗は冷凍庫に入っていた大量の謎アイスを蕎麦が入っていたビニール袋いっぱいに入れた。謎アイスは棒に刺さったタイプのアイスで、レインボーに彩られたパッケージに入っていた。
 陽斗は大量の謎アイスを嬉々としてビニール袋に詰め、蕎麦が入っていた時よりも大きく膨んだビニール袋を持って、「無限大」の部屋を訪れた。蒼劔も後ろからついて来たが、何故か「無限大」の部屋のドアの陰になる位置に立っている。
「ごめんくださーい! 隣に住んでる贄原ですけどー!」
 インターホンはないのでドアをノックし、陽斗は中にいるはずの住人に呼びかけた。
 するとドアの向こうからバタバタと慌てた足音が近づいてきた。ギィィィと音を立て、内側からドアがゆっくりと開かれる。
「は、はい……」
 部屋の住人「無限大」は陽斗を警戒しているのか、ドアを数センチだけ開けて顔の半分を覗かせた。
 「無限大」は陽斗と同じくらいの年頃の細身の青年だった。背は陽斗より少し高いが、猫背のせいで同じくらいの高さに見える。
 内気そうな雰囲気とは裏腹に、髪をミントグリーン色に染め、目元が隠れるほど前髪を伸ばしている。髪のあちこちがはねていたりうねっていたりしており、癖毛なのか寝癖なのか分からない。
 マッチョのアメコミヒーローが大きくプリントされたTシャツとベージュの短パンを身に纏い、足にはあちこちに穴の開いたミント色のサンダルを履いていた。
 警戒心剥き出しの「無限大」に対し、陽斗は全く臆することなく、大量の謎アイスが入ったビニール袋を笑顔で突き出した。
「初めまして! 僕、隣に住んでる贄原陽斗って言います!お蕎麦、ありがとうございました! すっごく美味しかったです! これ、残り物なんですけど良かったらどうぞ!」
「ど、どうも……」
 「無限大」は陽斗の笑顔に圧倒されつつも、ドアの隙間から手を伸ばしてビニール袋を受け取った。その場で恐る恐る中を確かめる。
 次の瞬間、彼の前髪の向こうにある赤い瞳が限界まで見開かれた。
「うぉおおおおッ! マジかッ! マジですかッ! まさかあのレジェンドオブ絶版アイスをお目にかかる日が来ようとワァァッ!」
 突然人格が変わったのかと疑ってしまうほどのハイテンションで絶叫し、ビニール袋を持っていない方の拳を頭上へ突き上げて勝利を噛み締める。
「……」
「……」
 「無限大」の豹変した姿を目の当たりにし、陽斗も蒼劔も言葉を失っていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
 心配する陽斗をよそに、「無限大」は陽斗の両手をがっしりと握り、前髪の向こうの両目から滝のような涙を流した。
「ありがとう……本当にありがとう……! 君は僕にこの伝説の謎アイスを与えたもうた神だ……! 贄原陽斗氏……小生の人生を救った勇者よ……! 拙者は其方に受けた恩を未来永劫、忘れることはないぞよ!」
「……神なのか勇者なのか、ハッキリしろよ」
 支離滅裂な「無限大」の発言に、ドアの死角に隠れていた蒼劔も思わず突っ込む。
 すぐ近くに立っていた陽斗も気づかないほどの小さな音量だったが、「無限大」には蒼劔の声が聞こえたらしく、彼のテンションが目に見えて急落していった。瞬時に玄関へ引っ込み、ドアを閉め、鍵をかける。
「そ、それじゃあ、またなんかご用があればひと声をかけて下さーい。当方、1日の大半を部屋で過ごしておりますゆえ。ではではー……」
 「無限大」の声はドアの前から次第に離れていき、部屋の奥へとフェードアウトしていった。
「分かりましたー! 僕は平日は忙しいので留守にしてますけど、深夜とか休みの日ならいるので、ご用の際はお声がけさせて頂きますねー!」
 陽斗は部屋の奥でも聞こえるよう、ドアの前で声を張り上げた。返事はなかったが、陽斗が渡した謎アイスが入った袋をガサガサと漁っているらしい音は聞こえてきた。
 帰り際、陽斗は正体不明の「無限大」に怯える様子もなく、「変わった人だったね!」と明るく蒼劔に言った。
「そうだな。変わった奴だった」
 「無限大」の部屋のドアの死角から出てきた蒼劔も大きく頷く。
「たぶん、僕と同い年くらいだよね? 仲良くなれるといいなー」
 相変わらず人を疑わない陽斗に、蒼劔は表情を険しくした。
「あまり初対面の奴を信用するなよ。また騙されるかもしれんからな」
「もー! 蒼劔君は警戒し過ぎ! たまたまお隣さんになった人が悪い人だったなんて偶然、早々起こるわけないでしょ。仲良くなる前からそんなこと言ってちゃダメ!」
「……お前ならあり得るから困るな」
 2人が部屋に帰った後、「無限大」は謎アイスを口に咥えた状態でドアの隙間から顔を覗かせ、外から陽斗の部屋の様子を窺っていた。
「何で蒼劔氏がここに……まだ俺ピの正体に気づいてないみたいだからいいけど、時間の問題ダナー。今は黒縄氏の方を警戒しなきゃだから、蒼劔氏の方に意識回せないんだよネー。……にしても、こんなに謎アイスくれるなんて、陽斗氏マジ神過ぎる~! 後で何処のスーパーで買ったか教えてもらおーっと!」
 「無限大」は小声で独り言を呟くと、音がしないようにゆっくりとドアを閉め、鍵をかけた。
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