贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第1.5話「インチキ霊能力者をぶっ倒せ!」

参:すごいハリセン

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 帰りは何事もなくエレベーターまで辿り着き、陽斗と蒼劔は1階へと戻ってきた。受付の女性は、陽斗が満足そうな表情を浮かべているのを見て、困惑していた。
 ビルを出ると、陽斗は蒼劔に頭を下げ「ありがとう!」と礼を言った。
 「まさか本当にお金を取り戻せるなんて、思っても見なかったよ! 蒼劔君が強いのは知ってたけど、あんな強そうなお兄さん達をハリセンだけで倒しちゃうなんて、すごいね! 絶対、漫才でハリセンは使えないね!」
 すると蒼劔は「すごいのは俺じゃない」と否定し、陽斗にハリセンを見せた。
「全ては、このハリセンのおかげだ。人間相手に妖力は使えないから、急遽購入したんだ」
「ハリセンが?」
 よく見ると、ハリセンには大量のお札が貼られていた。1枚1枚に何やら文字が書かれているが、波線のような字で書かれていて、読めない。
「何て書いてあるの?」
「札と札が重なっていて読めない箇所もあるが、どうやら四字熟語のようだ。自我撲滅、速攻麻痺、有言実行、実力行使……等と書いてある。一部は造語だな」
「な、なんか物騒だね」
「仕方ない。これは叩いた相手の意識を混濁させ、言うことを聞かせる魔具だからな」
「これが魔具?!」
 魔具と聞いて、陽斗は驚く。改めてハリセンを凝視してみたが、魔具らしいところは大量にお札が貼られてはいるところくらいで、陽斗が想像していたような魔具とは若干異なっていた。
「もっとお守りみたいな物だと思ってたよ」
「そういう形状のものもある。魔具と言っても、性能も外見も様々だからな」
 不意に、蒼劔は懐から紙の束を取り出すと、歩きながら目を通した。
「次の標的は、今なら駅前に2人いるようだ。行こう」
 陽斗が横から紙の束を覗き込むと、そこには人物の名前や住所、電話番号、1日のスケジュール等の個人情報が数人分書かれていた。
「この紙、何?」
「これはお前から金を巻き上げた連中の個人情報だ。これを頼りに現在地を探し当て、金を取り戻す。素直に言うことを聞かなければ、ハリセンを使って強制的に金を取り戻す」
「……それって、犯罪にならない? 個人情報も勝手に調べてるし」
 怯える陽斗に対し、蒼劔は「鬼に法律は適用されない」と言い切った。
「それに、先に騙してきたのは連中の方だ。お前は被害者なのだから、堂々としていればいい」
「大丈夫かなぁ……」
 蒼劔は紙の束を懐へ戻し、駅へ向かった。陽斗も蒼劔の隣を歩いてついていく。
 ふと、陽斗は蒼劔が持っていたハリセンと個人情報はいつ用意したのか疑問に思った。彼は夜通し、陽斗の部屋で開運グッズの鑑定をしていたはずだ。
「蒼劔君、そのハリセンと霊能力者さん達の情報はいつ用意したの?」
 すると蒼劔は平然と答えた。
「ハリセンはお前が寝ている間に節木荘の隣にある家のパソコンを使って、オンラインショップで買った。情報も、情報屋がやっている個人サイトから仕入れた。俺がいない間に妖怪がお前の部屋に入ってこないよう、しっかり結界を張ってからな。今は魔具も情報もネットで買えるから、便利な世の中になったものだ」
「……魔具ってネットで買えるんだ」
 陽斗は蒼劔が他人の家に不法侵入し、勝手にパソコンを使っていたことよりも、魔具や情報をネットで買えることの方が衝撃だった。学校のパソコンで探してみようかな、と密かに目論んでいると、彼の心の中を見透かしたように蒼劔が釘を刺した。
「一般人はサイトにアクセス出来ないようになっているから、お前は買えんぞ」
「うっ、そうなんだ……」
 陽斗は露骨にガッカリした。まだ懲りていない様子の陽斗に、蒼劔の目が光る。
「……猿の手のような話は他にもあってな」
「あっ! 蒼劔君、タピオカ屋さんがあるよ! ちょっと休憩しに行こう!」
 蒼劔が話を聞かせようとすると、陽斗は慌てて近くにあったタピオカ屋に逃げ込んだ。

         ・

 タピオカを飲み終え、陽斗と蒼劔が駅に戻ってくると、先程来た時はいなかった占い師のおばさんや絵描きのおじさんがいた。陽斗は2人に見覚えがあった。
「あ! あの2人だよ! 僕が絵と写真を買った霊能力者の人!」
「よし、行ってこい」
 陽斗は蒼劔に背中を押され、近くにいた絵を描いているおじさんに話しかけた。
「おじさん、お久しぶりです!」
 おじさんはボロボロの修行僧の服を着ていた。いかにも世捨て人のように見える。実際、最初に陽斗が声をかけられた時は「つい最近まで山籠りをしていた」と話し、神通力の使い手を自称していた。
 おじさんは地べたに座り、自分の前に敷いたレジャーシートの上に、墨汁で描かれた鳥の絵を並べていた。
「おぉ、君か。またこの神聖なる絵画を手に入れに来たのかい?」
 おじさんは陽斗を覚えていたようで、笑顔で陽斗を迎えた。綺麗にハゲた頭が太陽の光を反射し、神々しく輝く。
「いえ、返品しに来たんですけど」
 途端に、おじさんの顔から笑顔が消えた。おもむろに立ち上がり、「今日はもう店じまいだから」と、絵を敷いていたレジャーシートで包み、立ち去ろうとする。
 しかしすぐに蒼劔にハリセンで頭を叩かれ、地面に倒れた。
「今すぐ金を返せ。そして、これからはただの絵描きとして絵を売るように」
「ふぁい、分かりまひた」
 おじさんは蒼劔に言われるがまま頷くと、よろよろと起き上がり、ポケットから3万円を取り出して陽斗に返した。
「悪かったね。儂の描く絵には何の力もないんだ。半年以内なら返品オッケーにしたら売れると思っていたんだが、まさか本当に返品しにくるとはねぇ。これからは真面目に絵を売るよ」
 しおらしく謝るおじさんに、陽斗はかえって申し訳なくなった。
「い、いえ! 僕こそ、急に返品しに来てごめんなさい」
 きっと、おじさんにはこうでもしなければ生活出来ない事情があるのだろう。しかし、自分には他人の生活を哀れむほどの余裕はない。3万円は生きる糧を与えてくれるが、おじさんの絵は、持っていても生活を豊かにしてくれる訳ではないのだ。
 陽斗は心を鬼にして、おじさんから買った3枚の絵をリュックから取り出し、おじさんに渡した。そして、おじさんの手から3万円を受け取ろうと手を伸ばすと、何を思ったか、おじさんは急に3万円を持った手を引っ込めた。
「それはそれとして、この絵を買わんかね? 何の効力もないが、いい絵じゃろう? 今ならこの白い犬の絵もつけるぞい」
「い、いやぁ……」
 陽斗は絵を見て、苦笑いした。
 おじさんの描いた絵は、絵というよりも落書きに近かった。それも、小学生が片手間に描いた落書きと変わらないレベルの落書きだ。特に絵に興味のない陽斗でも、その絵に何の値打ちもないことは分かっていた。「飾るだけで運気が上がる」などと言われていなければ、興味もなかっただろう。
 そのやり取りを見ていた蒼劔は、一向に3万円を渡そうとしないおじさんに痺れを切らし、再度おじさんの頭をハリセンで叩いた。
「絵に興味のない人間に、無理に絵を売ろうとするな。さっさと金を返せ」
「ふぁい」
 おじさんは再び虚な目で頷き、やっと陽斗に3万円を返してくれた。
「行くぞ。次はあの占い師だ」
「う、うん。ごめんね、おじさん」
「えぇんじゃ。儂の芸術を分かってくれる人が買ってくれれば」
 しかしおじさんは陽斗と蒼劔が立ち去った後も、懲りずに「絵に興味はないかね?」と通行人に声をかけまくり、絵を売りつけようとしていた。
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