贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第1.5話「インチキ霊能力者をぶっ倒せ!」

弐:サングラスのお兄さん達

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 そして、今に至る。
「あ、あの、野梅やばい商社の巣手後呂すてごろさんはいらっしゃいますか?」
 陽斗は蒼劔とビルへ入ると、開運グッズを売りつけられた会社と担当者の名前を受付嬢に伝えた。
「失礼ですが、アポイントメントはございますか?」
 受付嬢は貼りつけたような笑顔で聞き返す。
 ホールには彼らの他に人はおらず、妙に静まり返っていた。エレベーターも全て一階で待機している。
「は、はい。購入したグッズを返品したいとお電話したら、こちらへ来るよう言われました」
「少々お待ちください」
 受付嬢は何処かへ電話をすると、エレベーターの一基を手で指し示した
「お会いになるそうです。あちらのエレベーターをお使い下さい。オフィスは四十四階にございます」
「は、はい! ありがとうございます!」
 陽斗はホッとした様子で胸を撫で下ろすと、受付嬢に案内されたエレベーターへ乗り込んだ。そうけん
 エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。二人きりになったのを見計らい、陽斗は蒼劔に話しかけた。
「ここ、本当に僕からお金を騙し取った人の会社なの? 受付のお姉さんはいい人そうだったよ?」
「このビルは色んな会社のオフィスが入っているからな。他の階の企業と、お前を騙した企業は関係ない。受付にいた女も、野梅商社がどのような企業かは知らないのだろう」
 その後もエレベーターは上昇し続け、数分経った頃にようやく目的の階で止まった。
 扉がゆっくりと開き、徐々に外の景色が見えてくる。そこにはサングラスをかけた、真っ黒いスーツの厳ついお兄さん達がこちらを向いて仁王立ちしていた。エレベーターというよりも、陽斗を待っていた様子だった。
「……」
「……」
 陽斗は黒服の集団を目にした瞬間、反射的にエレベーターの「閉」ボタンを押した。人並み以下の危機管理能力しか持ち合わせていない陽斗だったが、ブラックな職場を数々経験してきたことで「このお兄さん達はヤバい」と本能的に察することが出来た。
 しかし扉が閉まる前に、最前列にいた黒服のお兄さんが扉の隙間から腕を差し込み、「開」ボタンを長押しした。おかげで、閉じようとしていた扉は全開になった。
「君かい? うちの会社に用があるのは」
 黒服のお兄さんはサングラス越しに陽斗を睨みつける。柔らかい口調とは裏腹に、あからさまに人相が悪かった。
「え、えっと……」
 陽斗はエレベーターの階数表示を確認した。うっかり他所の会社のオフィスに来てしまったのかと思ったが、何度見ても四十四階だった。
「ってことは、貴方が巣手後呂さん?」
 黒服の男は陽斗の質問には答えず、「連れて行け」と仲間に指示した。他の黒服達はエレベーターの中へ押し入り、陽斗の両脇を抱えて連れ去った。
「そ、蒼劔君!」
 横目で蒼劔に助けを求めると「すまん」と蒼劔は苦い顔を浮かべていた。
「世の中には俺が思っている以上に悪い人間がいるらしい。まさか、カウンターの受付もグルだったとはな。お前のように返品しに来た人間を万全の態勢で待ち構えるために、客が来たことを連絡するシステムになっていたんだろう」
 蒼劔が説明している間にも、陽斗はお兄さん達に連れられ、オフィスの廊下を歩かされる。先程見た小綺麗な玄関とは異なり、廊下は薄暗く、謎のシミが床のそこかしこに付着していて不気味だった。
 陽斗は恐怖で口を噤んでしまっていたが、彼以外の人間には姿が見えない蒼劔は陽斗を助けないまま、彼の横を歩きながら話を続けた。
「この状況は予定外だが、やることに変わりはない。このまま計画を続行する。いいな?」
 陽斗はお兄さん達に囲まれたまま、ガクガクと頷いた。
 陽斗が連れて来られたのは、狭い部屋に机とパイプ椅子が置かれただけの殺風景な部屋だった。椅子は机を挟んで、向かい合った状態で置かれている。
 陽斗はその1脚に座らされ、逃げられないよう周囲をお兄さん達に囲まれた。とんでもない威圧感に押し潰されそうになり、俯くと、明らかに血を拭いたらしき痕が机に残っていた。部屋はクーラーがついていて涼しいはずなのに、嫌な汗が止まらない。
 ガシャンと音を立て、向かい側の椅子にお兄さんの1人が乱暴に座った。
「……君、ウチの商品を返品したいんだって?」
 陽斗は机の謎のシミを見つめたまま「は、はい」と返答し、リュックから5体の置物を取り出して机の上に置いた。両手で持てる程の大きさで、それぞれ、龍、虎、白いライオン、緋鯉、巨人を模している。
 椅子に座ったお兄さんはそれらの置物を1体1体手に取って調べ始めた。静まり返った部屋にお兄さんが調べ終わった置物を机に置く音だけが響く。
 お兄さんは全ての置物を調べ終えると、組んだ両手上に顎を乗せ、わざとらしくため息を吐いた。
「困るんだよねぇ。ウチは中古品の返品は受け付けてないんだよ」
 陽斗を困ったクレーマーとでも言いたげな様子だった。これには陽斗も黙っていられず、怯えながらも反論する。
「で、でもずっと押し入れに仕舞ってたので、傷も汚れもないですよね? それに、半年以内なら返品出来るって、書類に……」
「それは未使用品の場合だけ。1度でも部屋に飾ったら、その時点で返品は出来なくなんの。買った時に説明されなかった? この“ラッキーアニマルズ”は使い捨ての開運グッズだって。暫く家に置いたら捨てて、同じ物を新しく買うシステムになってんの。君が持ってきたのは封が開いてるし、明らかに使用済みでしょ?」
「使い捨て……?」
 陽斗がバイヤーから言われたのは「置くだけで運気が上がる開運グッズ」という謳い文句だけだ。確かに、書類を書いている間に横で長々と説明してはいたが、書類を書くのに夢中で、内容は全く覚えていなかった。
 お兄さんは「そうだよ」と頷き、懐からパンフレットを取り出した。そこには陽斗が買ったものと同じ置物の写真が掲載されていた。
「だから、定期的に買いなおさないといけないわけ。君は初回購入者じゃないから、満額100万円払わないといけないけど、ここで契約を決めてくれたら、5体セットで半額の250万で売ってあげるよ。どうかな?」
 お兄さんは口調こそ優しかったが、有無を言わせない態度だった。陽斗を取り囲むお兄さん達の圧も強く、陽斗が契約するまで帰さないつもりのようだった。
「買うでしょ? 買うよね? 買わないとかあり得ないからね?」
 陽斗はブルブルと震えながら、思わず「はい」と言いそうになった。しかし、彼の口から出たのは、
「つまり、お前達は返品を受け付けないと言いたいわけだな?」
という、彼の意に反した言葉だった。陽斗はその一瞬、自分の口が自分の物ではなくなったような気がした。
「え? え?」
 陽斗は自分の身に起こった異変に動揺した。
 しかし、この部屋にいるお兄さん達はそれを陽斗が放った言葉だと判断したらしい。椅子に座っていたお兄さんが机をバンッと叩き、立ち上がると、サングラスの向こうから陽斗を冷たく見下ろした。
「テメェ……こっちが穏便に話つけようっつってんのに、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
 そう声を荒げると、お兄さんは陽斗の胸倉へ手を伸ばした。
 直後、陽斗の横にに立っていた蒼劔がお兄さんの頭をハリセンで叩いた。陽斗の耳には「パンッ」と小気味いい音が届いたが、周りにいたお兄さん達には聞こえなかったようだった。
 陽斗の胸倉を掴もうとしていたお兄さんは、ハリセンで頭を叩かれると、力が抜けたように床へ倒れた。
「兄貴ィ!」
「クソッ! このガキ、何しやがった!」
 蒼劔の姿も彼が持つハリセンも見えていない他のお兄さん達は、陽斗が何かをしたのだと思ったらしい。彼を取り押さえようと、後ろから一斉に飛びかかった。
「あぅっ」「いでっ」「うぐっ」「えほっ」「おげっ」
 しかし陽斗が悲鳴を上げる間もなく、蒼劔にハリセンで頭を叩かれ、先程のお兄さんと同様にその場で倒れた。
 恐怖で震えていた陽斗は部屋を見回し、お兄さんが全員倒れたことを確認するとようやく元気を取り戻した。
「蒼劔君、すごい!」
「いや、まだだ」
 蒼劔は最初にハリセンで叩いたお兄さんに歩み寄ると、胸倉を掴んでお兄さんの上半身を起こした。倒れた拍子にサングラスがズレたのか、目つきの悪い目が見えている。
 お兄さんは蒼劔に胸倉を掴まれても抵抗せず、虚な眼差しで天井を見つめていた。
「陽斗から騙し取った金を今すぐ返せ。そして今後一切、人を騙すような商売をするな」
 そう蒼劔が言うと、お兄さんは壊れたおもちゃのようにガクガクと頷き、呂律の回っていない口調で答えた。
「ふぁい。お金は今すぐ返しまふ。今後一切、人を騙すような商売もしまふぇん」
「良し。他の部下達にもそう命じろ」
 蒼劔が胸倉から手を離すと、お兄さんは再度頷き、部屋を出て行った。そして帯封でまとめられた50万円の札束を手に戻ってきて、陽斗に手渡した。
「行くぞ、陽斗」
「う、うん」
 用が済むと蒼劔は陽斗を急かし、部屋を出ていった。陽斗も受け取った50万円の札束を大事にリュックのへ仕舞うと、部屋で倒れているお兄さん達に軽く頭を下げ、蒼劔の後をついていった。
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