贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第1話「映える心霊スポット」

玖:異形一掃作戦

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  闇が消えると同時に、陽斗を引っ張っていた力も無くなった。
 反動で、陽斗は押入れから勢いよく飛び出し、顔面を畳で強打した。
「うぎゅっ!」
「だ、大丈夫か?」
 慌てて蒼劔は手を差し伸べる。
 陽斗は赤くなった鼻先をさすりながら「な、なんとか……」と彼の手を取り、立ち上がった。体を確認したが、闇に飲まれていた下半身は傷一つなく無事だった。
「また助けてもらっちゃって、ごめんね? 家に帰ってきたら、押し入れから声が聞こえてきて、『誰かいるのかなー?』と思って開けたら、足を引っ張られちゃった」
「今のはヤミヒソミという妖怪だ。暗い場所に好んで住んでいる。人間が住処へ近づくと、体を引き込んで霊力を奪うんだ。引っ張られたのが頭だったら、霊力を奪われる前に窒息死していたぞ」
「ち、窒息?!」
 自分が思っていたよりも危険な状況だったと知り、陽斗は青ざめた。昨夜に続き、災難にも程があった。
「まだ押し入れの中にヤミヒソミがいるかもしれん。調べさせてもらうぞ」
「あ、どうぞどうぞ」
 蒼劔は陽斗の許可を取ると、押し入れの襖を外し、中をくまなく調べ始めた。
 押し入れの中はベニヤ板で真ん中から上段と下段に分かれていた。上段には冬用の衣服、下段には冬用の布団やストーブなど、夏には使わない日用品が入っている。
 さらに、その隙間を埋めるように、大量の壺や、何に使うのかサッパリ分からない胡散臭いアイテムが、ぎっしりと詰め込まれていた。
「……これは何だ?」
 いかにも怪しい品々を前に、蒼劔は眉をひそめた。
 部屋の主である陽斗は「あっ、それはね!」と目をキラキラと輝かせ、嬉々として語った。
「有名な霊能力者さんや占い師さんに売ってもらった開運グッズだよ! お金が勝手に貯まったり、幸せがどんどん舞い込むんだって! でも、全然お金貯まんないの。何でかな?」
「ちなみに、この壺はいくらで買ったんだ?」
 蒼劔は壺の一つを取り出し、尋ねた。ヘンテコな顔の絵が描かれた、不気味な壺だった。
「十万円だよ。本当は百万円らしいんだけど、特別に安く売ってくれたんだ。壺教っていう団体が作ってるんだって!」
「……それは団体は団体でも、宗教団体なんじゃないのか?」
「そうかも。入信しないかって、しつこくスカウトされたし」
「スカウトじゃない。勧誘だ」
 蒼劔はつくづく不運な陽斗を哀れに思った。

       ・

 蒼劔は押し入れの中にヤミヒソミがいないのを確認すると、襖を元に戻し、陽斗に尋ねた。
「このアパートには、お前以外に住人はいないんだったな?」
 「うん。前は大家さんが一人で住んでたらしいんだけど、今は娘さんの家族と一緒に住んでるんだって」
「空き部屋の管理はどうなっている? カーテンや襖の状態は?」
「詳しくはよく知らないけど、内見がある時以外は何もしてないよ。カーテンも襖も閉めっぱなし」
「……ということは、他の部屋にもヤミヒソミが住み着いている可能性が高いな」
 そう言うと、蒼劔は陽斗を部屋の隅に座らせ、押し入れの前で刀を構えた。
「な、何をするつもり……?」
 陽斗が部屋の隅から不安そうに尋ねると、蒼劔は押入れを鋭く睨み、答えた。
「一掃する」
「い?!」
 次の瞬間、蒼劔の刀が青く輝き、押入れに向かって勢いよく振り下ろされた。
 同時に、刀から青い光の帯が放たれ、陽斗の部屋から西側にある部屋を二階から一階へと貫いた。光の帯は壁と床をすり抜け、節木荘の西側に住み着いていた大量のヤミヒソミ達を消滅させた。
 陽斗はその光景を直接目にすることはなかったものの、アパートの西側からこだまするヤミヒソミ達の不気味な悲鳴に、思わず耳を塞いだ。
「ア゛ァァァッ!」
「ギャァァァッ!」
「ひぃぃっ! なんかすっごいたくさん声が聞こえるよ?! 蒼劔君、何したの?!」
「まだだ」
 続いて蒼劔は姿勢を後ろへ向け、今度は東に向かって刀を振り上げた。
 東側も西側と同様に、大量に住み着いていたヤミヒソミ達を一気に消滅させる。さらに、外付け階段から二階へと上がって来ようとしていた異形達も、ついでに討伐した。
「キェェェッ!」
「グォォォッ!」
「ちょっと! 今度は別の声が聞こえてきたよ?! ここにいるのは、ヤミヒソミだけじゃないの?!」
「違うな。むしろ、ヤミヒソミの方が少ないくらいだ」
 蒼劔は節木荘に住み着いていたヤミヒソミ達を一掃すると、「あとは、あいつらを……」と部屋の壁をすり抜け、廊下へ出て行った。
「すり抜けた?! すごい! 手品みたい!」
 陽斗も壁をすり抜けた蒼劔に驚きつつ、玄関のドアから廊下へ出た。
 すると、駐車場で待機していた異形達がたちまち騒ぎ出した。
「出テキタゾ!」「アイツだ!」「早ク食ワセロ!」「ニャーッ! ニャニャーッ!」
「な、何あれ?! 季節外れのハロウィン仮装パーティ?!」
 おびただしい数の異形に、陽斗は絶句した。
 幸い、蒼劔が階段にいた異形達を消滅させたお陰で、新たに上ってくる異形はいなかった。が、中には壁を伝って上って来ようとする者や飛んで襲いかかろうとする者もおり、蒼劔が目についた者から片っ端に退治していた。
「そんなわけがあるか。奴らは全て、本物の妖怪や霊だ」
「えぇ?! ちょっと多過ぎない?! 何でこんなに集まっちゃってるの?!」
「……おそらく、お前に引き寄せられて来たのだろうな」
 予想外の答えに、陽斗は「へ?」と首を傾げた。
「僕に? 何で?」
「知らん。お前の霊力が異常に強いせいなのもあるが、いくら何でもここまで集まってくるのはおかしい。他に理由があるはずだ。何か心当たりはないか?」
「うーん……」
 陽斗は考え込んだ末、ぽんっと手を打った。
「僕と友達になりたいとか?!」
「……ないんだな、心当たり」
 蒼劔はそれ以上追求するのを諦め、深くため息をついた。見るからに隠し事などなさそうに見えるというのに、分からないことだらけだった。
「しばらく壁の方を向いて、耳を押さえていろ」
「ん? うん」
 陽斗は言われるがまま壁を向き、両手で耳を押さえる。しかしこれから蒼劔が何をしようとしているのか気になり、つい横目で彼の様子をうかがっていた。
 すると蒼劔は持っていた刀を何故か左手へ戻し、代わりに黒い筒状の何かを取り出した。陽斗の手と同じか少し大きく、あちこちに円形の穴が空いている。そして先端には銀色のリングが付いていた。
「蒼劔君、それ、何?」
 蒼劔は「壁を向いていろと言っただろう」と注意しつつも、謎の円筒について説明した。
「この前、家電屋のテレビで紹介されていた便利アイテムだ」
「ふーん。僕、初めて見たなぁ。どうやって使うの?」
「こう使う」
 そう言うなり、蒼劔は指でリングを外し、駐車場に向かって投げた。そして後ろから陽斗に覆い被さるように立ち、自らも両手で耳を塞いだ。
 円筒は駐車場にいる異形の群衆へと真っ直ぐ飛んでいく。
 やがてハゲ頭の鳥人間の頭頂に「コンッ」と音を立てて直撃した。円筒は軽く宙を跳ねたかと思うと、周囲の景色がかき消されるほど青く発光し、鼓膜を突き破らんばかりに強烈な音を響かせた。
「キャァァァァ!」「カ、体ガ消エルゥゥゥ!」「ウルセェェェ!」「フギャァァァ!」
 強烈な光と音に、駐車場にいた異形達は悲鳴を上げる。彼らは光に包まれた一瞬の内に、青い光の粒子へと変わった。 
 それを見た節木荘の周辺にいた異形達も光と音を避け、遠くへ逃げて行く。常人には光も音も感じ取れないのか、騒ぎ出す住人はいなかった。
 やがて光も音も収まると、「終わったぞ」と蒼劔が耳から手を離し、陽斗を解放した。陽斗も恐る恐る蒼劔を振り返り、耳から手を離した。
「ほ、ホント? なんかすっごい光ってたし、変な音もしてたけど」
「あぁ。もう大丈夫だ」
 蒼劔は駐車場の状態を確認し、頷く。
 陽斗も隣で見下ろすと、そこには大量の青い光の粒子が滞留していた。駐車場のアスファルトが黒いのも相まって、夜空に輝く星々のように見える。 
 あまりにも美しい光景に、陽斗は思わず見入った。
「綺麗……でもあれって、異形さんを倒した時に出るやつだよね? ってことは、あれ全部さっきの……?」
「奴らはお前を狙っていたんだ、気にするな」
「うーん、なんか複雑な気分」
 いくら命を狙われていたとは言え、陽斗は異形達を思い、心を痛めた。
 だからと言って今さらどうすることも出来ないので、
「ところでさっき見せてくれた太巻きみたいなやつって、結局何だったの?」
と、蒼劔が投げた円筒について尋ねた。
「あれはスタングレネードだ」
「すたん……ぐれね?」
 唐突に飛び出したカタカナ用語に、陽斗は困惑した。
 スマホで調べるより早く、蒼劔が淡々と説明してくれた。
「光と音で相手の動きを封じる、便利アイテムだ。先日家電屋のテレビで迷彩服を着た屈強な人間が使っているのを見てな、試しに作ってみたんだ。光は俺の妖力で出来ているから、光を受けた妖怪共は一瞬で抹消出来るし、音で動きを封じることも出来る。近くに潜んでいる異形を牽制し、追い払うことも出来るしな。人間がいる場所では使えんが、思っていたより便利なようだ。気に入った」
 蒼劔は駐車場に滞留する粒子を見つめ、満足そうに目を細める。
「へぇー! そんなに便利なアイテムなら、僕も欲しいなぁ」
 説明を聞き、陽斗は通販で買えないかスマホで調べてみた。
 しかしすぐにスタングレネードの正体が便利アイテムではなく兵器だと分かり、戦慄した。
「……蒼劔君、スタングレネードは便利アイテムじゃなくて、便利兵器アイテムだよ。普通の人は使っちゃダメなやつ」
「俺は人ではないからいいんだ。それに、あんな数の異形をいちいち斬っていられるか」
 駐車場に漂っていた青い光の粒子は星が瞬くようにチカチカと光を放ち、一粒、また一粒と消えていく。
 その様子を見届けつつ、蒼劔は陽斗に告げた。
「これでアパートの周辺はしばらく安全だ。だが、一歩でも外へ出てしまえば、再び異形の大群に襲われるだろう。最悪、もっと強い異形か、あるいは鬼が来るかもしれん」
「そ、そんな! 学校もバイトもあるのに、一日中部屋で引きこもるなんて出来ないよ?!」
 焦る陽斗に、蒼劔は「分かっている」と頷いた。
「そこで提案なんだが……お前の体質を改善出来る方法が見つかるまで、俺がお前の護衛をするというのはどうだろうか? どうせ、今ここを立ち去ったとしても、また呼ばれることになりそうだしな」
「ほ、本当?!」
 願ったり叶ったりの提案に、沈んでいた陽斗の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとう、蒼劔君! 君が守ってくれるなら、安心だよ! これからよろしくね!」
 満面の笑みで蒼劔の手を握り、嬉しそうにぶんぶんと振る。
「あぁ……よろしく」
 蒼劔も陽斗の手を握り返しつつ、頷いた。陽斗の手は体温のない蒼劔の手とは違い、温かかった。
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