贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第1話「映える心霊スポット」

伍:赤髪の大男

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 奇怪ヶ原工場は森の中に建っていた。四方を森に囲まれており、人家はない。
 光源となるものが近くにないせいか、陽斗はいつもよりも月を眩しく感じた。工場の入り口の前には街灯が立っていたが、明かりは点いていなかった。
「君、すごい力持ちだね! さっきもおっきなムカデを簡単に斬っちゃったし、ホントに何者?!」
 二度も蒼劔の怪力を目の当たりにし、陽斗は驚いた。興奮した様子で、蒼劔を問い詰める。
 蒼劔には自分が怪力だという自覚がないのか、
「騒ぐようなことではない。俺よりも力の強い奴はいくらでもいる」
 と平静とした態度で返した。
 その彼が、工場の表へと回った瞬間に顔つきを険しくした。陽斗の手を握っていない左手から刀を出し、そのまま左手でつかんで前方へ放つ。
 刀が飛んでいった先には、朱羅が金棒を手に、待ち構えていた。金棒を振り下ろし、飛んできた刀をいとも簡単に叩き壊す。刀は半分に折れ、青い光の粒子となって消えた。
「チッ、厄介な奴が出たな」
 蒼劔は忌々しそうに舌打すると、今度は三本の刀を立て続けに放った。朱羅はその巨体に見合わない俊敏な動きで金棒を操り、いずれの刀も破壊する。
 しかし不思議と、それ以上こちらへ踏み込んで来ようとはしなかった。その場で金棒を構え直し、次の蒼劔の動きに備える。
(……やはり、一筋縄では行きませんか)
 朱羅は蒼劔のを充分に理解していた。故に、迂闊に踏み込もうとはせず、機をうかがっていた。
 緊張からか、朱羅の額に嫌な汗がにじむ。最悪、
「て、手から日本刀が出てきた! どうやって出したの?! 手品?!」
 蒼劔と朱羅が互いに睨み合う中、陽斗は目をキラキラと輝かせ、蒼劔に問い詰めた。
 標的は蒼劔だけに留まらず、朱羅に対しても無遠慮に質問をぶつけた。
「ところであの人、誰? すっごくおっきい人だね! あの金棒、本物かな? ところで、何を食べたらあんなに大きくなるんだろうね? ちょっと聞いてみてもいい?」
「下がれ。今はそれどころじゃない」
「すみませーん! 何でそんなに大きくなったんですか?! 僕、モヤシばっかり食べてるんですけど、お兄さんみたいに大きくなれますか?! やっぱり、お肉も食べなきゃダメですか?!」
「おい、下がれと言っているだろう?!」
 蒼劔の制止も聞かず、陽斗は朱羅に問いかける。
 能天気な陽斗と、それに振り回され、困惑する蒼劔という絵面が微笑ましく見えたのか、警戒心剥き出しだった朱羅は思わず表情を和らげ、陽斗の質問に答えた。
「ふふっ、そうですね。やはり、モヤシだけでは栄養が偏ってしまうのではないでしょうか?」
「そっかぁ」
「朱羅、こいつの事は無視していい」
 蒼劔はイラ立った様子で、力づくで陽斗を後ろに引っ込めさせる。
 緊張を乱され、内心煩わしく思っているのだろう。それでも陽斗を守る理由があるのか、彼を捨てて立ち去ろうとはしなかった。
「……そうはいきません」
 和らいでいた朱羅の表情が、再び強張る。
 陽斗は朱羅の変化に気づかず、「でも、お肉って高いんだよなー。ラードはお肉じゃないし」と蒼劔の後ろでブツブツと呟いていた。
「蒼劔殿、彼を渡して下さい」
「何故?」
「そーけんってどんな漢字書くの? けんって犬? 県庁所在地の県? もしかして僕の聞き間違いで、そーけんじゃなくて、そーめんだったりする?」
「……後で教えてやるから、少し黙っていろ」
「はーい」
 蒼劔は「続けろ」とばかりに朱羅を睨みつけ、目で促す。心なしか、さらに表情が険しくなっていた。
 あまりの気迫に、朱羅は青ざめながらも答えた。
「こ……黒縄様から、その少年を連れて戻して来るよう命じられたのです」
「再び妖怪の贄にするためにか?」
「っ! それは……っ!」
 蒼劔に見透かされ、 朱羅はあからさまに動揺した。
 その一瞬の隙をつき、蒼劔は陽斗を小脇に抱えて来た道を戻った。朱羅が追って来られないよう、行く手に刀を放つ。
「ま、待ちなさい!」
 朱羅は刀を迂回し、二人を追いかけた。
 そのまま工場の外を一周し、元いた場所に戻ってきたが、彼らの姿はもう何処にもなかった。森の中も探したが、見つからなかった。

      ・

 朱羅は仕方なく工場へ戻ると、胸ポケットからスマホを取り出し、何処かへ連絡した。
五代ゴダイ殿、彼らは今……そうですか。もうこの辺りにはいないのですね。ご協力、感謝します。報酬は明日、振り込んでおきますので。では」
 朱羅は通話を終え、スマホを胸ポケットに仕舞う。二人を取り逃してしまった割に焦りはなく、むしろ陽斗達が無事に逃げられたことに安心しているようだった。
 思わずホッと息を吐いた直後、いつのまにか背後に立っていた黒縄に、大きな鉄の塊のような鈍器でふくらはぎを殴られた。
「痛ッ!」
 唐突な攻撃に朱羅は驚き、反射的に黒縄から距離を置く。
 黒縄が抱えていた鉄の塊は、工場で陽斗に襲いかかった鋼鉄のムカデの下半身だった。鋼鉄のムカデが完全に粒子となって消える前に切断し、手に入れていたらしい。鋼鉄のムカデの下半身はとっくの前に頭部から切断されたにも関わらず、ひとりでにうねうねと動いていた。
 今にも逃げ出していってしまいそうなそれを、黒縄はしっかりと脇に挟み、片手で抱えていた。少年の姿の彼が持っていると、電池かバッテリーで動く玩具のように見えた。
「逃してンじゃねーよ、ポンコツ! 俺はあのクソガキを取っ捕まえて来いっつったんだが?!」
 黒縄は怒りを露わに、朱羅を叱責した。
 激怒する主人を前に、朱羅は青ざめた。慌てて腰を直角に折り曲げ、陳謝する。
「も、申し訳ございません! 蒼劔殿に意表を突かれてしまいまして……」
「おかげでムカデ野郎から取れたのは、地中に埋まっていた下半身分の妖力だけ! 半年かけて人間共を喰わせた苦労が、水の泡だ! どうしてくれンだよッ!」
 怒りが収まらない様子の黒縄に対し、「お言葉を返すようですが」と朱羅はおずおずと顔を上げた。
「途中で黒縄様がお休みになられてしまったのも、原因の一つではないでしょうか?」
「あ゛?」
 次の瞬間、黒縄はムカデの下半身を振りかぶり、朱羅の脛に思い切り叩きつけた。
「"妖怪が現れたら起こしますので、ご安心を"っつったのは、テメェだろうが!」
「あ痛ッ! そ、そんなッ!」
  黒縄と朱羅は陽斗を廃工場へ攫った後、車を近くに停め、鋼鉄のムカデの出現を待っていた。
 しかし夜になってもムカデは現れず、待ちくたびれた黒縄は眠りについてしまった。その結果、黒縄は鋼鉄のムカデが出現しても目を覚まさず、ようやく目覚めた頃には、追ってきた蒼劔に先を越されてしまったのである。
「上手くいけば、一年は妖力が保つはずだったのに……くそッ! くそッ!」
「痛っ! 痛いっ!」
 黒縄は自分を眠らせた朱羅に一方的に責任を押し付け、何度も鋼鉄のムカデの下半身で彼を殴りつけた。頑丈な肉体を持つ朱羅にとっては大したダメージではなかったが、人間ならば一振りで足が使い物にならなくなるほどの威力だった。
 黒縄と朱羅は知らなかった。
 鋼鉄のムカデは目が悪く、光を遮る影を頼りに捕食していたことを。陽斗が廃工場に運ばれてすぐ、天井の穴から差し込んだ夕日を頼りに、獲物を探していたことを。
 しかし、陽斗は連日に渡る過酷なバイトや学校の宿題で夜更かしが続いていたせいで寝不足で、鋼鉄のムカデが彼の存在に気づかないほど、微動だにせず熟睡していたことを。そのせいで、黒縄が待ちくたびれて眠ってしまい、作戦が失敗に終わったことを。
「黒縄様、お気を鎮めて下さい! 妖怪は他にも沢山おります! 贄とする人間も、また探せば良いではありませんか!」
「そうはいかん。このままじゃ、蒼劔あいつに負けたみてェじゃねェか。それじゃ、腹の虫が収まんねェんだよ。あのクソガキは、絶ッ対に奪い返す!」
 朱羅が何を言っても、黒縄の怒りは鎮まらなかった。
 こうなってしまえば、主人はトコトンやる……付き合いの長い朱羅は、そのことをよく分かっていた。
「では、一旦帰りましょう。鉄鋼百足テッコウヒャクソクの下半身は如何しますか?」
「ここで全部吸収していく。車を回して来い」
「御意」
 朱羅は工場の裏に止めていたワゴン車を取りに向かった。
 残された黒縄は鉄鋼百足の下半身を直接手で触れ、立ち上ってきた銀色の煙を吸い取る。やがて鉄鋼百足の下半身は透けていき、煙を吸い尽くされると完全に消滅した。
「……このままいけば、俺もいずれ消えるのか」
  黒縄は鉄鋼百足の妖力を吸い取った、自分の手を見た。
 小さな子供の手だった。足も細く、大人よりも短い。日に日に、地面が近づいている気さえした。
「……諦めてなるものか。俺は"術の黒縄"だぞ」
 黒縄は小さくなった自分の手を忌々しげに見下ろし、固く握り締めた。

      ・

「黒縄様、大変です!」
 そこへ車を取りに行っていたはずの朱羅が、慌てた様子で走って戻ってきた。
 黒縄は舌打ち、声を張り上げて尋ねた。
「今度は何だ!」
「車がありません!」
「ハァッ?!」
 工場の裏へ走ると、確かに停めていたはずの白いワゴン車がなかった。工場へ来た時に刻まれたタイヤ痕の上から、真新しいタイヤ痕が残されていた。
 朱羅は先程かけた電話番号に再度連絡し、結果を報告した。
「五代殿によれば、蒼劔殿が贄原陽斗と共に車に乗って行ってしまわれたそうです。追いかけるのは不可能かと」
「あンの野郎……ッ!」
 黒縄は握っていた拳をワナワナと震わせ、袖から工場に向かって鎖を放った。
 鎖は先端を斧へと形を変え、工場の壁を破壊する。元々脆くなっていた工場の壁は容易く崩れた。同時に、支えを失った天井の一部も地面へ落下した。
 黒縄はもう一方の袖からも鎖を放ち、今度は鎖の先端を大鎌へと変化させ、工場の屋根を破壊した。"映える心霊スポット"の噂の要因となった天井が崩落し、床を埋め尽くしていた大量のスマホは粉々に砕かれる。
 一分も経たない内に、工場があった場所は瓦礫の山へと変じた。
「発車音が聞こえなかったのは何故でしょう!」
 朱羅は工場が崩壊する音に負けないよう、声を張り上げて黒縄に尋ねた。
 黒縄は「ンなことも分かンねェのか!」と叱咤しつつも、大声で答えた。
「車の周りに結界でも張って、音だの気配だの遮断したんだろうよ! 脳筋のアイツでも、そのくらいの知恵は持ってやがるからな!」
 その間も、黒縄は破壊の手を休めることはなかった。
 もはや彼の怒りを鎮めることは、誰にも不可能だった。
「絶対、絶ッ対、絶ッッ対……あのクソ野郎をブッ殺すッ!!!」
 怒りを抑えきれない主人を見て、朱羅はこっそりとため息を吐いた。
「お二方……どうか、ご無事で」
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