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第1話「映える心霊スポット」
参:廃工場の妖
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「ふがっごッ!」
陽斗は猛烈な鼻のムズムズで、目が覚めた。視界は真っ暗で、何も見えない。
思わずくしゃみが出そうになったが、何かが口に貼り付いているらしく、息で喉が詰まりそうになった。剥がそうにも、両手とも後ろ手に結束バンドで縛られていた。
足も同様に結束バンドで縛られていたものの、どうにか身をよじり、体を起こすことに成功した。はずみで、頭に被っていた麻のズタ袋が外れて地面に落ちた。
(ここ……何処だろう?)
郊外に連れて来られたのか、草が風に吹かれて「ザワザワ」とそよぐ音や、名も知らぬ虫達の騒々しい鳴き声が、そこら中から聞こえる。代わりに、街にいれば当然聴こえるはずの、人の話し声や車が走る音が全く聞こえなかった。
上を見ると、天井に大きな円形の穴がぽっかりと空いていた。穴の向こうには夜空に輝く無数の星々が見え、さながら自然のプラネタリウムのようであった。
(わぁ……綺麗だなぁ)
陽斗は自分が置かれている状況などすっかり忘れ、暫し星空に見とれた。
(星を見るなんて、いつぶりだろう?おばあちゃんが生きていた頃は、よく一緒に見に行ったなぁ。こんなに綺麗なのに、何で見なくなっちゃったんだろう?)
柄にもなく頭を悩ませ、星を見なくなった理由を考えてみる。今すぐ思い出さなければ、何もかも取り返しがつかなくなる……そんな気がした。
祖母が死に、節木市へ移り住んでからの記憶をたどる。そのうちに、陽斗はようやく思い出した。
(そっか! 夜もバイトで忙しくなったから、見なくなったんだ! 入り時間は夕方だし、帰りは疲れて見上げる余裕なんて無かったから!)
同時に、放課後に行くはずだったバイトをすっぽかしたことも思い出してしまい、陽斗の顔色はみるみるうちに青ざめていった。
今日行くはずだったのは、駅前にあるコンビニのバイトだった。今までの職場とは違い、給料の未払いがなく、「学生さんだから」と定時で帰らせてもらっている。店長や他の従業員もいい人ばかりで、陽斗はこの職場を「天国」と呼んでいた。
(ど、ど、ど、どうしよう! 日が落ちてるってことは、絶対遅刻確定じゃん! 店長さんに怒られる……どころか、辞めさせられちゃうんじゃ?!)
とにかく店長さんに連絡を取ろうと、陽斗は周囲を見回し、自身のスマホが入っている鞄を探した。すると、足の下で何かが光っているのに気がついた。
足を退けてみると、それはスマホだった。陽斗が持っているスマホとは違う、他社の最新モデルだ。ピンク色のボディで、背面には男性アイドルのプリクラが何枚も貼られている。
残念なことに、仏頂面の不細工な猫と一緒に表示されていた時計は、既に日付けが変わり、陽斗が入るはずのシフトの時間をとっくに過ぎていた。連絡をしようにも圏外で、スマホにはロックがかかっていた。
(お……終わった)
唯一の連絡手段を断たれ、陽斗はショックで地面に倒れた。
今勤めているコンビニの店長は、陽斗が学校の都合で遅刻してきても怒らなかった。恰幅のいい腹を揺らし「気にしないで」と笑ってくれた。
だが、今回は学校の都合でもなければ遅刻でもない……無断欠勤である。
前の職場で無断欠勤したバイト仲間は、膨大な賠償金を支払わされ、一方的に退職させられた。退職日には上司からは罵声を、同僚からは冷たい眼差しを送られ、バイト仲間は惨めに去っていった。
自分もこれからそうなるのかと思うと、陽斗はショックで起き上がれなかった。
(はは、せっかくいい職場が見つかったと思ったのになぁ……おばあちゃん、僕はもうダメかもしれません)
そのまま地面に突っ伏す。
しかしあまりの寝心地の悪さに、眉をひそめて起き上がった。最初に寝ていた地面とは違い、異様にボコボコしていた。
(おかしいなぁ。ここだけ健康マットでも敷いてあるのかな?)
先程見つけたスマホを足と足で挟み、スマホの明かりで地面を照らす。
そこには大量のスマホと、携帯電話が敷き詰められていた。ホコリを被っているものから新品同然のものまであり、中には画面にヒビがあったり上半分しかなかったりと、著しく破損しているものもあった。
(うわっ! すっごい量のスマホと携帯電話! これ全部でいくらするんだろう?)
他にもスマホや携帯電話がないか探すため、陽斗は足にスマホを挟んだままお尻を軸に回転し、周囲を照らしてみた。
すると床一面、無数のスマホと携帯電話が埋め尽くしていた。通信機器の原っぱは数十メートル先にある壁にまで広がっており、足の踏み場がなかった。
(何ここ……スマホ工場?)
異様な光景に、陽斗は絶句する。
実際、壁には「奇怪ヶ原工場」と大きく書かれた看板が立てかけてあった。今はもう稼働していないのか、壁も看板も赤茶色く錆び、ところどころ穴が空いている。
(そういえば奇怪ヶ原工場って、成田くんが昼休みに話してたなぁ。映えるなんとかってやつ。どういう場所だったかなぁ)
陽斗は肝心の噂が思い出せず、首を傾げる。
その時、天井に空いた大きな穴から、月明かりが差し込んだ。そのちょうど真下にいた陽斗は、まるでスポットライトに照らされているかのように、月光を浴びた。
(うぉ、眩しっ! 月ってこんなに明るかったっけ?)
突然の神秘的な現象に、陽斗は成田から聞いた噂を思い出すことも忘れ、夜空に浮かぶ満月に見入る。月は青白い光を放ち、暗い夜空を明るく照らしていた。
故に、陽斗は気づかなかった……己が腰を下ろしている地面が、下から勝手に盛り上がったことに。
陽斗は猛烈な鼻のムズムズで、目が覚めた。視界は真っ暗で、何も見えない。
思わずくしゃみが出そうになったが、何かが口に貼り付いているらしく、息で喉が詰まりそうになった。剥がそうにも、両手とも後ろ手に結束バンドで縛られていた。
足も同様に結束バンドで縛られていたものの、どうにか身をよじり、体を起こすことに成功した。はずみで、頭に被っていた麻のズタ袋が外れて地面に落ちた。
(ここ……何処だろう?)
郊外に連れて来られたのか、草が風に吹かれて「ザワザワ」とそよぐ音や、名も知らぬ虫達の騒々しい鳴き声が、そこら中から聞こえる。代わりに、街にいれば当然聴こえるはずの、人の話し声や車が走る音が全く聞こえなかった。
上を見ると、天井に大きな円形の穴がぽっかりと空いていた。穴の向こうには夜空に輝く無数の星々が見え、さながら自然のプラネタリウムのようであった。
(わぁ……綺麗だなぁ)
陽斗は自分が置かれている状況などすっかり忘れ、暫し星空に見とれた。
(星を見るなんて、いつぶりだろう?おばあちゃんが生きていた頃は、よく一緒に見に行ったなぁ。こんなに綺麗なのに、何で見なくなっちゃったんだろう?)
柄にもなく頭を悩ませ、星を見なくなった理由を考えてみる。今すぐ思い出さなければ、何もかも取り返しがつかなくなる……そんな気がした。
祖母が死に、節木市へ移り住んでからの記憶をたどる。そのうちに、陽斗はようやく思い出した。
(そっか! 夜もバイトで忙しくなったから、見なくなったんだ! 入り時間は夕方だし、帰りは疲れて見上げる余裕なんて無かったから!)
同時に、放課後に行くはずだったバイトをすっぽかしたことも思い出してしまい、陽斗の顔色はみるみるうちに青ざめていった。
今日行くはずだったのは、駅前にあるコンビニのバイトだった。今までの職場とは違い、給料の未払いがなく、「学生さんだから」と定時で帰らせてもらっている。店長や他の従業員もいい人ばかりで、陽斗はこの職場を「天国」と呼んでいた。
(ど、ど、ど、どうしよう! 日が落ちてるってことは、絶対遅刻確定じゃん! 店長さんに怒られる……どころか、辞めさせられちゃうんじゃ?!)
とにかく店長さんに連絡を取ろうと、陽斗は周囲を見回し、自身のスマホが入っている鞄を探した。すると、足の下で何かが光っているのに気がついた。
足を退けてみると、それはスマホだった。陽斗が持っているスマホとは違う、他社の最新モデルだ。ピンク色のボディで、背面には男性アイドルのプリクラが何枚も貼られている。
残念なことに、仏頂面の不細工な猫と一緒に表示されていた時計は、既に日付けが変わり、陽斗が入るはずのシフトの時間をとっくに過ぎていた。連絡をしようにも圏外で、スマホにはロックがかかっていた。
(お……終わった)
唯一の連絡手段を断たれ、陽斗はショックで地面に倒れた。
今勤めているコンビニの店長は、陽斗が学校の都合で遅刻してきても怒らなかった。恰幅のいい腹を揺らし「気にしないで」と笑ってくれた。
だが、今回は学校の都合でもなければ遅刻でもない……無断欠勤である。
前の職場で無断欠勤したバイト仲間は、膨大な賠償金を支払わされ、一方的に退職させられた。退職日には上司からは罵声を、同僚からは冷たい眼差しを送られ、バイト仲間は惨めに去っていった。
自分もこれからそうなるのかと思うと、陽斗はショックで起き上がれなかった。
(はは、せっかくいい職場が見つかったと思ったのになぁ……おばあちゃん、僕はもうダメかもしれません)
そのまま地面に突っ伏す。
しかしあまりの寝心地の悪さに、眉をひそめて起き上がった。最初に寝ていた地面とは違い、異様にボコボコしていた。
(おかしいなぁ。ここだけ健康マットでも敷いてあるのかな?)
先程見つけたスマホを足と足で挟み、スマホの明かりで地面を照らす。
そこには大量のスマホと、携帯電話が敷き詰められていた。ホコリを被っているものから新品同然のものまであり、中には画面にヒビがあったり上半分しかなかったりと、著しく破損しているものもあった。
(うわっ! すっごい量のスマホと携帯電話! これ全部でいくらするんだろう?)
他にもスマホや携帯電話がないか探すため、陽斗は足にスマホを挟んだままお尻を軸に回転し、周囲を照らしてみた。
すると床一面、無数のスマホと携帯電話が埋め尽くしていた。通信機器の原っぱは数十メートル先にある壁にまで広がっており、足の踏み場がなかった。
(何ここ……スマホ工場?)
異様な光景に、陽斗は絶句する。
実際、壁には「奇怪ヶ原工場」と大きく書かれた看板が立てかけてあった。今はもう稼働していないのか、壁も看板も赤茶色く錆び、ところどころ穴が空いている。
(そういえば奇怪ヶ原工場って、成田くんが昼休みに話してたなぁ。映えるなんとかってやつ。どういう場所だったかなぁ)
陽斗は肝心の噂が思い出せず、首を傾げる。
その時、天井に空いた大きな穴から、月明かりが差し込んだ。そのちょうど真下にいた陽斗は、まるでスポットライトに照らされているかのように、月光を浴びた。
(うぉ、眩しっ! 月ってこんなに明るかったっけ?)
突然の神秘的な現象に、陽斗は成田から聞いた噂を思い出すことも忘れ、夜空に浮かぶ満月に見入る。月は青白い光を放ち、暗い夜空を明るく照らしていた。
故に、陽斗は気づかなかった……己が腰を下ろしている地面が、下から勝手に盛り上がったことに。
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