239 / 239
第七章 忍び寄る悪夢
239.再臨
しおりを挟む第055日―4
ハーミルはジュノに剣を突き付けたまま、抑揚の無い冷たい声で告げた。
「ジュノ。かつて仲間だった誼で、この場で命までは奪わない。投降しなさい」
しかしジュノは肩口から夥しい量の血液を噴出させながらも、能面のように無表情なまま、ゆらゆらと揺れながら立ち上がった。
ハーミルはジュノの様子に、激しい違和感を抱いた。
「……ジュノ?」
一瞬首を傾げたハーミルは、ふいに背後から迫る異常な殺気を感じて横に跳んだ。
―――ドゴォォン!
次の瞬間、先程までハーミルがいた場所が、轟音と共に不可視の力で抉られていた。
ハーミルの背後10m程の所に、【彼女】が立っていた。
【彼女】は機械仕掛けの人形のような動きで、右手を振り上げた。
ハーミルが【彼女】の攻撃に身構えた僅かな隙に、ジュノは切り落とされた左手に走り寄り、それを拾い上げた。
ナイアはシャナと合流し、ヒエロン、そしてナブーと激しく渡り合っていた。
ノルンはいまだ意識朦朧としたままのカケルと、宝珠を奪われ、ピクリとも動かなくなってしまったメイとを庇うように、守護の結界を展開していた。
そしてハーミルは【彼女】の次の攻撃に備えていた。
誰にも妨害される事無く、ジュノは素早く切り飛ばされた自身の左腕へと駆け寄る事が出来た。
彼女は、自身の切り落とされた左の掌に握り込まれていたメイの宝珠を、残された右手でもぎ取った。
そしてそれを自分の額に押し当てた。
―――ぎゃああああぁぁぁぁぁ!
ジュノが背中を仰け反らせて絶叫した。
戦っていた者達も一斉に手を止め、思わず振り返るほどの、魂まで凍らせるかの如く凄まじいまでの叫び声。
そして彼女の身体を突き抜けるようにして閃光が迸った。
何か得体の知れない、異様な雰囲気が周囲を包み込み始めた。
その場に居合わせた人々の背筋を、戦慄が駆け抜けた。
敵も味方も含めて、全ての人々が呆けたように立ち尽くしてしまっていた。
やがて閃光が収まった時、ジュノが呟くように口を開いた。
「ようやく、帰って来たぞ」
いつの間にか、斬り落とされたはずの彼女の左腕は元通りになっていた。
ジュノの額には、禍々しいオーラを放つ黒い宝珠が顕現していた。
彼女は不可思議な輝きに包まれたまま、中空へと浮き上がった。
呆然自失の状態に陥っている人々の中から、ヒエロンがフラフラと進み出た。
歓喜とも恍惚とも取れる表情を浮かべたヒエロンはジュノに近付き、そして跪いた。
「主よ、この日を心待ちにしておりました。さあ今こそ我等を、あるべき姿の世界にお導き下さい」
ジュノ?の右の唇の端が跳ね上がった。
「ヒエロンと申したな。お前の望み通り、この世界をあるべき姿に戻そうぞ」
ジュノ?が右手を高々と掲げた。
そこに光球が顕現した。
「ふむ……まだ万全とはほど遠い、か……」
ジュノ?は、自身が顕現した光球を眺めて独り言ちた。
その時、事態の推移を呆然と見守っていた人々の中で、ナイアがいち早く自分を取り戻した。
彼女は自身のタリスマンの力を解放し、温存していた残り全ての使い魔達を召喚した。
そして使い魔達にジュノ?を攻撃するよう命じると、自身は素早く、まだ呆然と立ち尽くしているノルンの方へ駆け寄った。
「ノルン、しっかりしな!」
数度揺さぶられ、ノルンがハッとしたようにナイアの方を見た。
「勇者ナイア……今、一体何が起こっているのだ?」
ナイアはジュノ?の方に視線を向けながら言葉を返した。
「分からないけれど、多分、相当まずい事態だよ。皆を集めて撤退するんだ」
一方、シャナもナイアとほぼ同時に自分を取り戻していた。
彼女は自身の精霊としての力を使用して、まだ呆然としている帝国側の調査団の人々を、ノルンの近くへと次々と運び集めた。
そして自身もノルンとナイアの傍に駆け寄った。
「ノルン様。カケルは?」
ノルンが困惑したような表情になった。
「見ての通りだ。傷は癒えているはずだが、意識がまだはっきりせぬ」
ノルンの言葉通り、カケルは、完全には気を失っていないものの、こちらの呼びかけに上手く答えられる状況では無くなっていた。
シャナはカケルの様子を確認すると、険しい表情になった。
「恐らく、霊力を失い過ぎている」
ナイアが鋭く問い掛けた。
「カケルなら、あいつに対抗出来るんだろ? どうすればカケルを起こせる?」
シャナは険しい表情のまま言葉を返した。
「霊力が補充されれば、カケルは活力を取り戻すはず。ただ……」
「ただ……?」
シャナがジュノ?に視線を向けた。
「恐らく“アレ”が、この辺りの霊力を全て自分に従えようとしている」
ナイアも釣られるようにして、ジュノ?に視線を向けた。
ジュノ?はまるでナイアの知る守護者の如く、不可視の力でナイアの使い魔達を次々と斃していた。
「アレは、一体何者なんだい?」
「アレはもうジュノじゃない。かといって、まだ完全には復活出来ていないはず。カケルなら……救世主なら、再びアレを封印出来る」
「とりあえずこの場からは撤退しよう。あたしが殿務めるから、早くこの闘技場から出るんだ!」
「私も……私も残るわ。カケルをお願い」
声の方に視線を向けると、ようやく自分を取り戻したハーミルが立ち上がっていた。
「待って!」
シャナは、【ジュノだった何者か】の方へ向かおうとしたナイアとハーミルに声を掛けた。
「私が、救世主に力を与える」
シャナは横たわるカケルの方に身を屈めると、カケルの唇に自分の唇を重ねた。
そして想いを込めて、自身の生命力を吹き込んだ。
「シャ、シャナ!?」
ハーミルが狼狽した声を上げる中、シャナとカケルを柔らかい光が包み込んだ。
……
…………
優しい何かに包まれて、意識が次第に明瞭になっていく。
同時にぼやけていた視界いっぱいに、シャナの顔が広がっている事に気が付いた。
僕はそのまま、シャナに問い掛けた。
「こ、ここは……?」
シャナの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「救世主、良かった」
その時になって、僕はシャナの身体が半分透けている事に気が付いた。
「シャナ、もしかして……?」
頬を染めたシャナが頷いた。
「私の半分をあなたに与えた。残りの半分が必要になるなら、いつでも言って」
僕は立ち上がり、辺りを見渡した。
少し向こうで、不思議な光に包まれて中空に浮かぶジュノが、ナイアの使い魔達と“霊力を使用して”戦っているのが見えた。
僕は直ちに光球を顕現した。
「シャナ。皆を連れて早く逃げて!」
「それは、私以外の誰かの役目」
静かに、そして力強くそう口にしたシャナは、僕の隣に寄り添うように立った。
僕はシャナにちらりと視線を向けた後、傍に立つナイアとハーミルに声を掛けた。
「ノルン様達を連れて、急いでこの場を離れて。翡翠の谷には、帝国の軍営に通じる転移門がまだあるはず」
ノルン様が切羽詰まったような声を上げた。
「カケル! メイは……メイは、どうしよう?」
ノルン様の視線の先に、メイが横たわっていた。
「メ、メイ!?」
僕は身を屈め、メイの状態を確認した。
彼女は顔面蒼白のまま、荒い息をついていた。
額には、何かを引きちぎられたような傷跡が残っている。
心の動揺を一生懸命に抑え込みながら、とにかくたずねてみた。
「何があったのですか?」
「メイが私の危機を感知して、転移してきたのだ。しかしジュノが、メイの宝珠を無理矢理奪い、あのような姿に……」
彼女の言葉に、僕は強い衝撃を受けた。。
ナイアが声を掛けてきた。
「メイの事は任せな。帝国だろうが、魔王だろうが、あたしが指一本触れさせないさ」
今はナイアに頼るしかない。
僕はナイアに頭を下げた。
そして改めて、【ジュノだった何者か】に向けてゆっくりと歩き出した。
シャナが僕の後に続いた。
僕達に気付いたのだろう。
【ジュノだった何者か】がこちらに視線を向けてきた。
彼女の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
「異世界人に精霊の娘……お前達との宿縁(※前世から持ち越された切っても切り離せない関係性)、この地で断ち切ってくれようぞ」
時を越え、再び僕達は対峙した。
0
お気に入りに追加
1,270
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご確認 ください。
第007日―1
「【タカシ】殿にメイ殿ですね? お待ちしておりました」
【タカシ】って誰?
どうも別世界線の何者かが勝手に登場していたようです。
作者として、きっちり排除させて頂きました。
ご報告有り難うございます
面白い!!
秋の夜長にサイコーです
ラストまで(まだ1話)応援してます
ありがとうございます。
この先も楽しんで頂けましたら、作者冥利に尽きます。