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第七章 忍び寄る悪夢

225.玉座

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第053日―2


地響きと共に結界は粉微塵に砕け散り、隠されていた魔王城がその全貌を現した。
無数の尖塔がそそり立つ、巨大な漆黒の城塞。

と、ふいに聞き覚えのある咆哮が、大気を震わせた。


―――オオオォォン!


咆哮の源に視線を向けると、悠然と空を舞う銀色のドラゴンの姿があった。
向こうもこちらに気付いたのであろう。
銀色のドラゴンが、僕とメイの傍にゆっくりと舞い降りてきた。
そして念話で呼びかけてきた。

『カケルよ。助かったぞ』
「銀色のドラゴンさん……ですよね? もしかして、閉じ込められていました?」

銀色のドラゴンは以前第130話、魔王エンリルによって、自らが拠点とする南海の孤島に霊力を使った結界で封じ込められていた事があった。
今回も魔王城と銀色のドラゴンを包み込むように、霊力を使った結界が展開されていた事からの連想だったのだけど。

『そうじゃ。魔王エンリルめに、見事にしてやられた。しかしなぜ、汝がこの地に来ておるのじゃ?』

僕は氷山の中にあった謎の城を偶然見つけた事、そしてその内部から、結果的にナイアを救出する形になった事を順々に説明した。

「……そんなわけで、銀色のドラゴンさんとアレル達は大丈夫かな~と、様子を見に来たんです」
『様子を見に? フハハハハ!』

銀色のドラゴンが、愉快そうに笑いだした。

あれ?
ここって笑う所?

「ど、どうしたんですか?」

戸惑う僕に、ひとしきり笑った後、銀色のドラゴンが念話を返してきた。

『すまぬな。魔王城までちょっと様子を見に来た、等と気軽な物言い。さすがは守護者の力を継承せし者、と感じ入ったまでよ』

そして再び念話が真剣な口調に戻った。

『勇者ナイアと勇者アレル達が城内に突入した直後、われは魔王城ごと、霊力による結界の中に閉じ込められてしまった。そして我の知る限り、いまだ誰も城外に戻っては来ておらぬ』
「では、アレル達はまだ城内に?」
『或いは勇者ナイアの如く、全く別の場所に閉じ込められておるか、じゃな』

銀色のドラゴンと会話を交わしつつ、僕は魔王城の方に視線を向けてみた。
霊力の結界を破壊したにもかかわらず、今の所、魔王城側からの動きは見られない。

どうしようか?

少しの間考えた後、銀色のドラゴンに呼びかけた。

「銀色のドラゴンさん。ここでメイを守っていてもらえないですか?」
『どういうことじゃ?』
「カケル!?」

銀色のドラゴンが疑問を投げかけ、メイが慌てた声を上げた。
僕はそのまま言葉を続けた。

「ちょっと中を見てこようかと」

メイが悲鳴のような声を上げた。

「ダメよ! カケルが行くなら、私もついていくわ」
「でも、魔王エンリルと鉢合わせするかもよ?」
「だったらなおさらでしょ? 城内では霊力を抑制されちゃうかもしれないし。私の知らない所でカケルに何かあったら……私……」

銀色のドラゴンが念話を挟んできた。

『カケルよ、その娘も連れて行けば良いではないか?』
「でも、メイは……」
『魔王エンリルの娘なのであろう? そして宝珠を顕現できる』
「っ! 知っていたんですか?」
『当然じゃ。宝珠を顕現し、魔王に協力して『彼方かなたの地』への封印を解いて回っていた存在。我が調べぬとでも思うたか?』

僕は数千年前のあの世界に飛ばされる前、南海で、銀色のドラゴンとイクタスさんとが交わしていた会話第130話を思い出した。
銀色のドラゴンが念話を続けた。

『魔王エンリルに出し抜かれた我よりも、魔王エンリルが恐れる守護者の力を継承せし汝と共にある方が、その娘もより安全というものよ』

僕はメイの方を振り向いた。
メイは静かに、しかし力強くうなずいた。

「じゃあ行こう」

僕はメイと一緒に、魔王城の城門へと歩き出した。


魔王城の城門の扉は、あの氷山内部の謎の城で見たのと同じく、美しい装飾が施されていた。
その扉に手を触れてみたけれど、固く閉ざされたままだ。
僕は隣に立つメイに聞いてみた。

「この扉って、どうやったら開くかな?」
「前に来た時は自然に開いたけれど、あの時は父と一緒だったから……」

魔王エンリル、或いは、彼が許可した存在に対してのみ開かれるのかもしれない。

僕は扉に手を触れたまま、試しに霊力を展開してみた。
すると、氷山に内包されていたあの謎の城塞同様、霊力による封印が施されているのが感知出来た。

となれば……

僕は霊力を強め、その封印の解除を試みた。


―――ギギィィ……


重そうな扉が、軋むように開いていった。
扉の先は、これまた見覚えのあるホールの様なエントランスが広がっていた。
僕はメイと一緒に、慎重に内部に足を踏み入れようとして……
その足が止まった。


ホールの中央に、一人の人物が立っていた。


白髪の壮年の男性。
壮麗なマントを羽織り、その頭には二本の角が生えている。
間違いない!

「魔王エンリル!」

彼は供も従えず、たった一人でそこに立っていた。
僕は霊力を展開し、メイも詠唱と共に宝珠を顕現させた。
その間、僕達二人の様子をじっと見つめていた彼が言葉を発した。

「ようこそ我が城へ。守護者の力を継承せし者と我が娘よ」

僕は油断なく身構えながら、彼に声を掛けた。

「あなたは魔王エンリルって事でいいんですよね?」
「いかにも。もしやお前は、不甲斐ない勇者どもに代わって、私を倒しに来たのか?」
「……あなたと戦うつもりはありません。今の所は」
「と、いうと?」
「アレル達がどこにいるのか、探しに来ただけです」
「ほう……その物言いでは、勇者ナイアはあの監獄を抜け出したか」
「やっぱりナイアさんを、あんな場所に閉じ込めたのは、あなただったって事ですか?」

魔王エンリルの口の端が少しだけ歪んだ。

「勇者たる者を幻惑の檻に封印するのは容易い事では無い。余人に可能であれば、私の魔王の名がすたるというもの」
「では、アレル達もどこか別の場所にいるのですか?」
「まあ、そんなところだ」
「……場所を教えて下さい」
「そうくな。それよりせっかく来たのだ。本物の玉座の間に案内しよう」

そう話すと魔王エンリルは、右手を高々と掲げた。
僕とメイ、それに魔王エンリルの足元に、信じられない位の勢いで、複雑精緻な幾何学模様が描き出されていく。


転移の魔法!


思う間もなく、周囲の景色が切り替わった。

そこは魔力の光に照らし出され、昼間の様に明るかった。
城内とは思えない程、緑豊かな木々が生い茂り、その木々の間を縫うように小川が流れている。
氷山の内部、謎の城の中心部で見たのとそっくり同じ光景が、そこには広がっていた。
しかし一つだけ異なる点があった。
中央に存在する広大な吹き抜けに、巨大な黒い水晶が浮遊していた。

呆然と佇む僕達に、魔王エンリルが声を掛けてきた。

「ここが本物の玉座の間だ」

笑みを浮かべながら近付いて来た魔王エンリルが、中央に浮遊する黒い水晶を指さした。

「あの黒き水晶こそ我が力の源。守護者よ。滅多に無い機会だ。近付いて、よく見てみたらどうだ?」

魔王エンリルの発言の意図がよく分からなかったけれど、僕はとにかくその黒い水晶へと慎重に近付いてみた。
改めてその黒い水晶をじっくり観察しようとして……息を飲んだ。
内部には、“この世界では無い(あるはずがない)”情景が映し出されていた。


湖に浮かぶ島に築かれた円形都市。
整然と配置された白い建物。
中央にそびえ立つ、天をもかんとする程の巨大な塔。


「これは……」

絞り出すような声が、思わずこぼれ出た。
魔王エレシュキガルが、問い掛けてきた。

「やはり、この場所を知っているのだな?」

やはり?

僕は魔王エンリルに視線を向けた。
彼はどこまで知っているのだろう?
神都や聖空の塔。
魔神へと堕ち、『彼方かなたの地』に封じられているかつての女神自称創造神

僕は逆に問いかけた。

「あなたこそ、この場所について、何か知っているのですか?」


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