225 / 239
第七章 忍び寄る悪夢
225.玉座
しおりを挟む第053日―2
地響きと共に結界は粉微塵に砕け散り、隠されていた魔王城がその全貌を現した。
無数の尖塔がそそり立つ、巨大な漆黒の城塞。
と、ふいに聞き覚えのある咆哮が、大気を震わせた。
―――オオオォォン!
咆哮の源に視線を向けると、悠然と空を舞う銀色のドラゴンの姿があった。
向こうもこちらに気付いたのであろう。
銀色のドラゴンが、僕とメイの傍にゆっくりと舞い降りてきた。
そして念話で呼びかけてきた。
『カケルよ。助かったぞ』
「銀色のドラゴンさん……ですよね? もしかして、閉じ込められていました?」
銀色のドラゴンは以前、魔王エンリルによって、自らが拠点とする南海の孤島に霊力を使った結界で封じ込められていた事があった。
今回も魔王城と銀色のドラゴンを包み込むように、霊力を使った結界が展開されていた事からの連想だったのだけど。
『そうじゃ。魔王エンリルめに、見事にしてやられた。しかしなぜ、汝がこの地に来ておるのじゃ?』
僕は氷山の中にあった謎の城を偶然見つけた事、そしてその内部から、結果的にナイアを救出する形になった事を順々に説明した。
「……そんなわけで、銀色のドラゴンさんとアレル達は大丈夫かな~と、様子を見に来たんです」
『様子を見に? フハハハハ!』
銀色のドラゴンが、愉快そうに笑いだした。
あれ?
ここって笑う所?
「ど、どうしたんですか?」
戸惑う僕に、ひとしきり笑った後、銀色のドラゴンが念話を返してきた。
『すまぬな。魔王城までちょっと様子を見に来た、等と気軽な物言い。さすがは守護者の力を継承せし者、と感じ入ったまでよ』
そして再び念話が真剣な口調に戻った。
『勇者ナイアと勇者アレル達が城内に突入した直後、我は魔王城ごと、霊力による結界の中に閉じ込められてしまった。そして我の知る限り、いまだ誰も城外に戻っては来ておらぬ』
「では、アレル達はまだ城内に?」
『或いは勇者ナイアの如く、全く別の場所に閉じ込められておるか、じゃな』
銀色のドラゴンと会話を交わしつつ、僕は魔王城の方に視線を向けてみた。
霊力の結界を破壊したにもかかわらず、今の所、魔王城側からの動きは見られない。
どうしようか?
少しの間考えた後、銀色のドラゴンに呼びかけた。
「銀色のドラゴンさん。ここでメイを守っていてもらえないですか?」
『どういうことじゃ?』
「カケル!?」
銀色のドラゴンが疑問を投げかけ、メイが慌てた声を上げた。
僕はそのまま言葉を続けた。
「ちょっと中を見てこようかと」
メイが悲鳴のような声を上げた。
「ダメよ! カケルが行くなら、私もついていくわ」
「でも、魔王エンリルと鉢合わせするかもよ?」
「だったらなおさらでしょ? 城内では霊力を抑制されちゃうかもしれないし。私の知らない所でカケルに何かあったら……私……」
銀色のドラゴンが念話を挟んできた。
『カケルよ、その娘も連れて行けば良いではないか?』
「でも、メイは……」
『魔王エンリルの娘なのであろう? そして宝珠を顕現できる』
「っ! 知っていたんですか?」
『当然じゃ。宝珠を顕現し、魔王に協力して『彼方の地』への封印を解いて回っていた存在。我が調べぬとでも思うたか?』
僕は数千年前のあの世界に飛ばされる前、南海で、銀色のドラゴンとイクタスさんとが交わしていた会話を思い出した。
銀色のドラゴンが念話を続けた。
『魔王エンリルに出し抜かれた我よりも、魔王エンリルが恐れる守護者の力を継承せし汝と共にある方が、その娘もより安全というものよ』
僕はメイの方を振り向いた。
メイは静かに、しかし力強く頷いた。
「じゃあ行こう」
僕はメイと一緒に、魔王城の城門へと歩き出した。
魔王城の城門の扉は、あの氷山内部の謎の城で見たのと同じく、美しい装飾が施されていた。
その扉に手を触れてみたけれど、固く閉ざされたままだ。
僕は隣に立つメイに聞いてみた。
「この扉って、どうやったら開くかな?」
「前に来た時は自然に開いたけれど、あの時は父と一緒だったから……」
魔王エンリル、或いは、彼が許可した存在に対してのみ開かれるのかもしれない。
僕は扉に手を触れたまま、試しに霊力を展開してみた。
すると、氷山に内包されていたあの謎の城塞同様、霊力による封印が施されているのが感知出来た。
となれば……
僕は霊力を強め、その封印の解除を試みた。
―――ギギィィ……
重そうな扉が、軋むように開いていった。
扉の先は、これまた見覚えのあるホールの様なエントランスが広がっていた。
僕はメイと一緒に、慎重に内部に足を踏み入れようとして……
その足が止まった。
ホールの中央に、一人の人物が立っていた。
白髪の壮年の男性。
壮麗なマントを羽織り、その頭には二本の角が生えている。
間違いない!
「魔王エンリル!」
彼は供も従えず、たった一人でそこに立っていた。
僕は霊力を展開し、メイも詠唱と共に宝珠を顕現させた。
その間、僕達二人の様子をじっと見つめていた彼が言葉を発した。
「ようこそ我が城へ。守護者の力を継承せし者と我が娘よ」
僕は油断なく身構えながら、彼に声を掛けた。
「あなたは魔王エンリルって事でいいんですよね?」
「いかにも。もしやお前は、不甲斐ない勇者どもに代わって、私を倒しに来たのか?」
「……あなたと戦うつもりはありません。今の所は」
「と、いうと?」
「アレル達がどこにいるのか、探しに来ただけです」
「ほう……その物言いでは、勇者ナイアはあの監獄を抜け出したか」
「やっぱりナイアさんを、あんな場所に閉じ込めたのは、あなただったって事ですか?」
魔王エンリルの口の端が少しだけ歪んだ。
「勇者たる者を幻惑の檻に封印するのは容易い事では無い。余人に可能であれば、私の魔王の名がすたるというもの」
「では、アレル達もどこか別の場所にいるのですか?」
「まあ、そんなところだ」
「……場所を教えて下さい」
「そう急くな。それよりせっかく来たのだ。本物の玉座の間に案内しよう」
そう話すと魔王エンリルは、右手を高々と掲げた。
僕とメイ、それに魔王エンリルの足元に、信じられない位の勢いで、複雑精緻な幾何学模様が描き出されていく。
転移の魔法!
思う間もなく、周囲の景色が切り替わった。
そこは魔力の光に照らし出され、昼間の様に明るかった。
城内とは思えない程、緑豊かな木々が生い茂り、その木々の間を縫うように小川が流れている。
氷山の内部、謎の城の中心部で見たのとそっくり同じ光景が、そこには広がっていた。
しかし一つだけ異なる点があった。
中央に存在する広大な吹き抜けに、巨大な黒い水晶が浮遊していた。
呆然と佇む僕達に、魔王エンリルが声を掛けてきた。
「ここが本物の玉座の間だ」
笑みを浮かべながら近付いて来た魔王エンリルが、中央に浮遊する黒い水晶を指さした。
「あの黒き水晶こそ我が力の源。守護者よ。滅多に無い機会だ。近付いて、よく見てみたらどうだ?」
魔王エンリルの発言の意図がよく分からなかったけれど、僕はとにかくその黒い水晶へと慎重に近付いてみた。
改めてその黒い水晶をじっくり観察しようとして……息を飲んだ。
内部には、“この世界では無い(あるはずがない)”情景が映し出されていた。
湖に浮かぶ島に築かれた円形都市。
整然と配置された白い建物。
中央に聳え立つ、天をも衝かんとする程の巨大な塔。
「これは……」
絞り出すような声が、思わず零れ出た。
魔王エレシュキガルが、問い掛けてきた。
「やはり、この場所を知っているのだな?」
やはり?
僕は魔王エンリルに視線を向けた。
彼はどこまで知っているのだろう?
神都や聖空の塔。
魔神へと堕ち、『彼方の地』に封じられているかつての女神。
僕は逆に問いかけた。
「あなたこそ、この場所について、何か知っているのですか?」
0
お気に入りに追加
1,272
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜
FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio
通称、【GKM】
これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。
世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。
その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。
この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。
その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる