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第七章 忍び寄る悪夢
193.三人
しおりを挟む一途な“想い”は時をも超える?
16日目―――13
『彼女』が口にした”400年前の逢瀬“とは、僕が『彼女』に初めて会った――少なくとも僕の記憶上は――あのタイムトラベル騒ぎの事、そして17年前云々の話は、イクタスさん達が儀式を行い、『彼方の地』への扉を開き、『彼女』をそこから連れ出した時の事を指しているに違いない。
という事は、少なくとも時間軸上は、元の世界に戻ってきた?
だとすると……
「僕はいつからここにいたのだろう? まさかあれから数千年、ここで気を失っていた……ってわけじゃ無いよね?」
図らずも、僕はどうやら『彼女』経由で、あの女神の力を継承してしまったみたいだし、案外あり得る話?
しかし『彼女』は、小首を傾げながら言葉を返してきた。
「さあな……とにかくお前をここで見つけたのは、ついさっきだ。その前、お前がどこでどうしていたかは、残念ながら分からぬ」
『彼女』と言葉を交わしていく内に、僕はふと、とんでもない事実に思い当ってしまった。
「君は……あれから数千年、この地でずっと過ごしてきたの?」
『彼女』が寂しそうな笑顔を見せた。
「そういう事になるな」
「サツキ……」
込み上げる感情を抑えきれず、僕は思わずサツキを抱きしめてしまっていた。
「数千年も一人ぼっちにさせて……ごめん」
涙が自然に頬を伝う。
『彼女』は少しだけぴくっと身体を震わせた後、すぐに僕の背中に手を回してきた。
「暖かいな……カケルにまたこうして抱きしめてもらえるなんて、夢のようだ」
僕は彼女の耳元で囁いた。
「一緒に帰ろう」
しかし『彼女』は、意外な言葉を返してきた。
「それは出来ない。私自身がこの地の封印の要だ。私が去れば、魔神が解き放たれてしまう」
「そんな!」
「これは私が望んで選んだ道だ。それに、外の世界には私の別人格がいる。カケルが話してくれた、“カケルに守護者の力を継承させたサツキ”がいる。その者と仲良くしてやってくれ」
僕は『彼女』から少しだけ身を離し、じっとその目を見つめた。
「サツキ……」
『彼女』が顔を赤らめ、下を向いた。
「なんだ急に……そんなに見つめられては、恥ずかしいでは無いか」
僕は構わず、『彼女』に囁いた、
「キスしよう」
「えっ?」
驚いたような表情を見せるサツキの唇を、僕は自分の唇で塞いだ。
僕達はそのまま、いつまでも抱きしめ合っていた。
数分後、僕達は『彼方の地』の一角、遺跡のような構造物の階段に、並んで腰かけていた。
白い靄がかかり、遠くを見通せない中、僕は隣に座る『彼女』に聞いてみた。
「今の世界って、僕達があの女神を倒してから数千年経った延長線上に存在する……って事だよね?」
『彼女』が頷いた。
「そういう事になるな」
「じゃあなんで、今の時代の人々って、あの女神の事、覚えていないのだろう?」
少なくとも僕の知る範囲内では、ナレタニア帝国で、かつて女神のような”創造主“が存在した、或いはこの世界が誰かに創造された、なんて話を耳にした事は無かった。
「カケルは最後に審判の力を使っただろう? 断言は出来ないけれど、力の影響で、恐らく魔神と化した女神が存在した事実自体が、無かった事になったせいだと思うぞ」
審判の力。
対象の名を奪い、その存在自体を消去する禁忌の力。
「そっか……と言う事は、女神と戦った僕も、あの世界にいなかった事になっちゃったのかな?」
「今の世界に、カケルや魔神と思しき存在の事が伝わっていないのなら、或いはそうかもしれないな。まあ、数千年、この地に留まり続けている私には、真相は分からぬが……」
口にしながら、『彼女』が少しおどけたような表情を見せた。
「もしかして、せっかく世界を救ったのに、忘れられたら少し残念か?」
「そういうのじゃないんだけど……」
別段、自分があの世界を解放したから喝采を浴びたい、なんて気持ちは全く持っていない。
そもそもあの勝利は、決して自分だけでは成し得なかったものだ。
エレシュさんが、計画し、
ポポロが、
シャナが、
銀色のドラゴンが、
そして目の前の『彼女』が、
それぞれの“想“いの中で戦い、最後は世界そのものの“想い”が、勝ち取ったものだ。
とは言うものの、あの世界で多くの人々と共有した体験が、もしかしたら僕と『彼女』しか覚えていないって話になっているのなら、少々寂しく感じるのもまた事実。
そんな事を考えているうちに、僕はふと、シャナから貰った宝石の事を思い出した。
彼女を召喚出来るという、彼女の瞳と同じ浅緑色をした小さな宝石。
それは今も僕の胸元に、寄り添うように吸い付いている。
僕はそれを取り出して、手に取ってみた。
『彼女』が、興味深げに覗き込んできた。
「それは?」
僕は宝石を、『彼女』がよく見えるように、自分の右の手の平に乗せて説明した。
「これ、シャナに貰ったんだ。これを持って念じれば、彼女を召喚出来るって宝石らしいよ」
「シャナ……?」
『彼女』が怪訝そうな表情になった。
あれ?
もしかして、シャナの事を忘れている?
まさか審判の力の影響で……
なんて僕の焦りは、しかしすぐに『彼女』の続く言葉で打ち消された。
「ああ、あの精霊の娘の事か」
どうやら単に、『彼女』がこの地で過ごした数千年の年月が、シャナの名前を忘却の彼方へ消し去ろうとしていただけのようだ。
だけど言い換えれば、数千年経っても覚えているのは、逆に凄いかも。
僕のそんな感慨を知る由も無いであろう『彼女』が、言葉を続けた。
「そう言えば魔神との最後の戦いの場に、あの精霊の娘もいたな。あれはカケルが召喚したから、だったのだな」
「まあ、そんなところだよ」
実際は、僕が宝石に手を触れることなく、“想いの力”だけで彼女は駆け付けてくれた。
そして女神を倒す重要なヒントを与えてくれて、僕が危機に陥った時には、何の迷いもなく、自身の存在の半分を与えて助けてくれた。
僕は最後に見たシャナの身体が、半分透けて見えていた事を思い出した。
あれから、ちゃんと身体は元通りになったのだろうか?
可能なら、もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたかったな……
シャナに対する僕の“想い”が溢れ出した瞬間、
―――ゴォォォ……
一陣の風が吹き抜けた。
「えっ?」
そして、目の前にシャナが立っていた。
「救世主! 良かった。無事だった」
シャナが頬を染めながら、そっと僕の胸に手を添えてきた。
「えっと……シャナ?」
僕が確認の意味も込めて声を掛け、それに応じるかのように、シャナが僕の顔を見上げてきた瞬間……
「こ、こら! 随分久し振りに現れたかと思ったら、カケルにいきなり何をする?」
僕達は『彼女』に、強引に引き離された。
シャナが、若干不思議そうな感じで『彼女』に問い掛けた。
「久し振り? さっきまで一緒に『始原の地』に居た。もう忘れたの?」
「さっきまで?」
『彼女』が首を捻り、それを目にしたシャナが怪訝そうな表情になった。
僕は改めてシャナに視線を向け、彼女の身体が透けているのに気が付いた。
「シャナ、その身体は……?」
シャナは自分の身体にちらっと視線を向けた後、怪訝そうな表情のまま、言葉を返してきた。
「? それはさっき、救世主に私の半分を上げたから……」
口にしつつ、シャナが周囲を見渡した。
そして改めて問い掛けきた。
「救世主、ここは……?」
「ここは『彼方の地』。あの女神が魔神として封印されている場所だよ」
「封印? 『彼方の地』?」
シャナはしばらく考える素振りを見せた後、再度口を開いた。
「救世主にとっての、『始原の地』での最後の記憶は?」
「最後の記憶? 確か……」
僕は自身の記憶をもう一度辿ってみた。
「女神に向かって審判の力を放って……視界が真っ白になって……気が付いたら、この地にいたんだ」
「そう……」
シャナが再び考える素振りを見せながら、言葉を継いだ。
「私の最後の記憶も似たような感じ。視界が真っ白になった直後、救世主にここへ呼ばれた」
「呼ばれた?」
僕はシャナが現れる直前、宝石を手に取り、シャナに会いたいと“想った”事を思い出した。
しかし確か“今”は、魔神と化した女神が封印されて、数千年経っているはず。
まさかシャナは、数千年の時を越えて、僕の召喚に応じてしまった、という事であろうか?
もしそうだとしたら、シャナを何とか元の世界に戻してあげないと……
僕は目を閉じて、数千年の時の壁を越えるべく、霊力の展開を試みた。
そして……
いつかのように、あっさりと気を失ってしまった。
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