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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
192.救世
しおりを挟む明かされるこの世界の秘密
16日目―――12
“元”女神は、異様な姿と化していた。
かつて白く透き通るような美しさを見せていた肌はどす黒く変色し、その体のいたるところから、薄紫色の輝きを放ちながら蠢く無数の触手が伸びている。
額には第三の目が開いており、その瞳は燃える様に赤い。
そして全身から、黒く禍々しい力の波動が漏れ出していた。
僕は、すぐ後ろに立つポポロに囁いた。
「“門”を開いて」
「救世主様、どうするのですか?」
「皆を連れて避難して。僕があいつをどうにかする」
僕はポポロの返事を待たずに、光球を顕現した。
そして目を閉じ、この世界そのものに呼びかけた。
―――もう一度、力を貸して欲しい
目を開けると、この空間を埋め尽くすように、再び無数の光球が出現していた。
“元”女神が叫んだ。
「この失敗した世界を消し去って、再構成してやる。滅べ!」
目を血走らせた“元”女神の全身から、禍々しい力の波動が爆発的に放たれた。
それは周囲に浮遊する光球と激しく衝突し、閃光を放つ!
僕はなんとか、“元”女神の力の波動を抑え込もうと、ありったけの霊力を振り絞った。
全身の血管が文字通り沸騰する、凄まじい感覚が襲ってきた。
「ガハッ……」
体の奥底から熱い物が込み上げ、僕は盛大に吐血してしまった。
視界が真っ赤に染まっていく
そんな僕をあざ笑うかの如く、“元”女神の力が徐々に、僕とこの世界の“力”を圧倒していく。
僕は直感的に理解出来ていた。
僕が“元”女神の力に押し負け、黒い力の波動が全世界を覆った時、この世界は滅びを迎える。
だから、絶対自分は負けられない。
例え自分の命を燃やし尽くしてでも、押し返す!
全身から血が噴き出した。
傷口はシュウシュウと湯気を上げながら修復されていくけれど、それ癒《い》える間も無く、新しい傷が開いていく。
無理矢理霊力を搾り出すこの感覚、前に霊力砲の核にされた時と似ているな……
あの時は強いられて、今は自らって違いはあるけれど……
場違いな事を考えながら、次第に意識が遠のく中、僕は突然誰かに唇を塞がれた。
生命力そのもののような暖かい何かが急速に吹き込まれ、全身を満たしていく。
傷は癒え、意識は完全に覚醒した。
「シャ、シャナ!?」
唇を離したシャナが、僕を見上げてきていた。
僕はそのシャナの姿に、異変が生じているのに気が付いた。
身体が透けている!?
「シャナ、その身体……」
「救世主よ、一人で戦う必要は無い。言ったはず。私の全存在はあなたのもの。私の半分をあなたにあげた。足りなかったら、残りの半分もあなたにあげる」
それって、つまり……
「そんな事をしたら、君は……」
「私は元々あの時消滅していた。だから問題ない」
そう口にして、シャナはにっこり微笑んだ。
意識がはっきりした僕の耳に、誰かが何かを詠唱するような声が聞こえてきた。
声の方に視線を向けると……
「ポポロにエレシュさん!?」
二人の詠唱の声に連動するかのように、“元”女神の頭上に、僕をこの世界へと導いたものとよく似た、しかしそれよりは遥かに小さな魔法陣が形成されていくのが見えた。
目が合ったエレシュが不敵な笑みを浮かべた。
「とっておきの禁呪よ? なにせ、数千年の時の壁を破壊して、回廊を造り出した実績あるからね。もっとも、ちょっと準備不足で、あの時のより威力は落ちるけれど、牽制位にはなるでしょ?」
「“門”を開いて、退避しなかったのですか?」
エレシュと並んで立つポポロが言葉を返してきた。
「世界が滅びれば、どこに逃げても一緒ですよ、救世主様」
二人の詠唱が続く中、“元”女神の頭上の魔法陣から、凄まじい力が放たれた。
その力の影響であろうか?
僅かながらではあるけれど、“元”女神の力の波動が抑制された。
“元”女神の心の中は煮えくり返っていた。
異物の分際で!
造り物の分際で!
お前達もこの世界もただでは済ませぬ。
私に挑戦し、この世界から排除したその思い上がり、無限に続く地獄の業火で焼かれながら悔いるがよい!
そして“元”女神はさらに力の波動を強め……
―――ドスッ!
突然、背中に何かがぶつかってきた。
同時に、急速に力が失われていく。
「な……にが……?」
振り向いた視線の先に、“元”女神の背中に短剣を突き立てた守護者アルファの姿があった。
短剣を目にした“元”女神の顔が引きつった。
自身が創造し、守護者ベータを介して守護者アルファに与えた神器。
その効果は……
―――刺した者と刺された者の“状態を入れ替える”!
“元”女神が叫び声を上げた。
「アルファ! 貴様、私の力を奪う気か? 新たな神にでもなるつもりか!?」
守護者アルファは、静かに言葉を返した。
「主よ……いや、もはや魔神と化したかつての女神よ。私は神になどなるつもりは無い。これを使ったのは、私自身が封印の要となり、お前を永遠に封じ込めるためだ」
彼女はそのまま、“元”女神を羽交い絞めにしながら、カケルに向かって叫んだ。
「今こそ、審判の力を!」
“元”女神は、必死に逃れようと身を捩りながら叫んだ。
「止めよ、アルファ! そんな事をすれば、お前も永遠に封じ込められるのだぞ? 愛しいあの異世界人に二度と会えなくなるぞ!」
「これが、かつてお前に仕えた私自身のけじめのつけ方だ」
彼女が再び叫んだ。
「カケル! 早く!」
『彼女』の言葉を受けて、僕は目を閉じた。
過去からの残響、
未来へ向けて放たれる想い、
エレシュとポポロの詠唱の声、
セリエの絶望、
シャナの希望、
僕達皆の戦い、
そして……
かつて何度も聞いたあの言葉が、『彼女』の口から紡がれた。
「私は必ず“カケル”に会いに行く。例え何千年かかろうとも、必ず! だからその時は……」
迷いは消えていた。
僕は右手を高々と掲げた。
そこに渦巻く黒い審判の力が凝集していく。
放てば、対象の名前を奪い、存在を消去する禁忌の力。
「止めろ! 分かった。もうこの世界には干渉しない。私は去る! だから……」
狼狽し、なんとか『彼女』を振り払おうとしている“元”女神に対して、僕はその力を解き放った。
視界が真っ白に染まっていく。
…………
………
……
…
…
………
どれ位時間が経ったのだろう?
意識がゆっくりと戻って来た。
誰かに膝枕されている。
「久し振りだな、カケル」
真上に見える『彼女』の顔が、にっこり微笑んだ。
「君は……守護者アルファ? それとも……」
「懐かしいな、その呼び名。しかしお前が私に付けてくれた名前が、他にちゃんとあるだろう?」
「サツキ?」
僕は起き上がって、周囲を見回した。
屋外のようではあるけれど、白い靄がかかったような不思議な空間。
先程まで僕がいた、『始原の地』と呼ばれる聖空の塔最上階、あの"元“女神の御座所とは明らかに違う場所だ。
僕は『彼女』に聞いてみた。
「ここは?」
「『彼方の地』、お前が封印した魔神が、永遠の眠りにつく場所だ」
「今って、いつかな?」
「お前と最後に会ったのが400年前。そして私の別人格が、この地を去って17年程経過しているはず」
「別人格?」
「実は、魔神はこの地に封印される前に呪いを残していった。その影響で、私の人格が分裂した」
「呪いって?」
「魔神はあの世界を憎み、裏切った魔族であるエレシュを憎んだ。それで、周期的に魔族に魔王を誕生させて、それを周期的に誕生させる人間の勇者に殺させ続けてきた。魔族は常に指導者を殺され続け、世界は混乱し続ける。それが、魔神の残した呪いだ」
魔王と勇者の戦いは、魔神の呪いの産物!?
戸惑う僕を他所に、『彼女』が言葉を続けた。
「呪いの力は、魔神から力を奪った私をも拘束した。私は定期的に、余分な魔王と勇者の枝打ちをさせられ、世界に混乱が続くように、手伝わされ続けてきた」
『大いなる力の干渉』もまた、魔神の呪いの産物……
力を失い、封印されてなお、影響を及ぼし続けようとする魔神の執念に、僕は少なからず戦慄を覚えた。
「私は、その呪いを部分的に回避するために、記憶を捨て、呼ばれて外の世界で審判を強いられる人格と、記憶を保持し、この地で魔神封印の要となり続ける人格とに分裂した。お互いの人格は、深層心理では繋がっていた。だから私も、400年前のカケルとの一時の逢瀬の記憶を保持している。しかし17年前、私の別人格が少々イレギュラーな方法でこの地を去ってしまった。以来、別人格とは音信不通だ」
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