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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
185.誘惑
しおりを挟む第045日―6
メイは選定の神殿奥、『始原の地』にいた。
彼女は10日程前にもここを訪れていた。
『彼方の地』への扉を閉ざす最後の封印を解き放つため。
そして、そうとは知らされてはいなかったけれど……死して“混沌の鍵”となるため。
周囲にはまだ、あの時の戦いの痕跡が、生々しく残されていた。
しかしあの時とは違い、今ここにいるのは自分ただ一人。
「大丈夫。霊晶石を使わなければ、私は“混沌の鍵”にはならないはず」
自分に言い聞かせるようにそう呟いてから、メイは封印を解く為の詠唱を開始した。
彼女の額が白く輝き、そこに宝珠が顕現した。
宝珠の効果で極限まで増幅された彼女の魔力が、次第に周囲を満たしていく。
そのまま詠唱を続けていくと、祭壇が唐突に閃光を発した。
そしてそこから“何か”が、メイの宝珠へと逆流してきた。
同時にメイは意識の向こう側から、“何者か”が囁きかけて来るのを聞いた。
―――汝、力を欲するか?
これは……!?
まさか魔王を選定するという“天の声”?
しかし同時に、凄まじい頭痛が襲ってきた。
前回の儀式の時同様、自分が自分ではなくなっていくような感覚。
何者かが内側から、自分を徐々に侵食してくる!
霊晶石を使用していないのに何故?
混乱の中、“声”が繰り返された。
―――汝、力を欲するか?
メイは本能的に拒絶の声を上げた。
「来ないで! 私はカケルに会いたいだけなの」
すると“声”に変化が現れた。
―――カケル? ほう、お前はあの男の知り合いか。
「カケルを知っているの? あなたは何者?」
―――我が力を受け入れよ。さすれば、カケルに今すぐ会わせてやろう。
カケルに……今すぐ?
―――そうじゃ。愛しいカケルとずっと一緒に居られるぞ
「カケルと……ずっと一緒に?」
カケルと今すぐ会えて、ずっと一緒に居られるなら……
メイがその何者かに答えを告げようとした瞬間、彼女は右の頬に鈍い痛みを感じた。
続いて掛けられる聞き覚えのある声。
「しっかりせよ!」
視界が次第に明瞭になっていく。
よく見知った顔が、心配そうな表情で自分を覗き込んできていた。
「ノ……ルン?」
メイはいつの間にか自分が、床に仰向けに倒れていた事に気が付いた。
気を失っていた……という事だろうか?
頭はまだ割れそうな位痛いけれど、何かに浸食される異様な感覚もあの“声”も、いつの間にか消え去っていた。
起き上がろうとして、思わずふらついた自分を、ノルンがそっと支えてくれた。
「どうして、ここへ?」
そう問い掛けながら周囲に視線を向けたメイの目に、意外な光景が飛び込んできた。
場所は確かに『始原の地』だ。
しかし先程までは自分一人だったはずのこの場所に、今、数人の人物が、やはり心配そうな表情でこちらに視線を向けてきていた。
イクタス、ミーシア、ガスリン、それにジュノの姿も。
しかしハーミルの姿は無い。
ノルンが説明してくれた。
「ここで宝珠を顕現したであろう? それで、そなたがここに居る事が、私にも伝わった」
どうやら今回も、自分の宝珠とノルンの宝珠とが共鳴してしまったようだ。
ノルンの話によると、ヤーウェン郊外の軍営で就寝中に、いきなり彼女の宝珠が顕現したのだという。
そこで父である皇帝ガイウスに、選定の神殿を調べたい、と急遽申し出て許可を得た。
そしてジュノと衛兵達を連れ、転移の魔法陣を使用して選定の神殿にやって来た所、“偶然”イクタス達と出会ったらしい。
「衛兵達には外を警戒させている。ここにいるのは、そなたの事をよく知る我等のみだ」
どうやらノルンは、衛兵達を通じて、自分の存在が皇帝ガイウスに伝わらないよう、配慮してくれているらしかった。
メイは自分にとって、一番の関心事を口にした。
「『彼方の地』への扉は?」
ノルンは首を横に振った。
「開いてはいない。我等がここへ到着した時、そなたはここに倒れてうなされていたのだ。“儀式”を行っていたのであろう? 途中で何かあったのではないのか?」
どうやら『彼方の地』への扉を開く事に失敗したらしい。
やはり自分のやり方は、霊晶石ありきの方法なのだろうか?
先程の“声”に応じていれば、カケルを取り戻せたのであろうか?
色々な想いがメイの心の中を駆け巡った。
瞳から自然と涙がとめどもなく溢れ出してきた。
ノルンが少し慌てた感じになった。
「メ、メイ!? どこか痛むのか?」
「カケルに……会いたいよぉ……」
我慢出来ず、とうとう大声で泣きだしたメイを、ノルンがそっと抱きしめた。
ノルンがメイに囁いた。
「……そなたの想いは良く分っておる。私に任せよ」
そしてメイから離れると、ゆっくり立ち上がり、イクタスに向き直った。
「イクタス殿、17年前、霊晶石無しで母ディースと共に行った儀式の詳細、私にご教示願いたい」
イクタスの目が細くなった。
「ノルン殿下、『彼方の地』への扉を開く事は、それなりにリスクを伴いますぞ。それに彼の地に赴いたとて、カケルをここへ連れ戻せるかどうか……」
「ですが他に当てが無いのならば、試す価値はあるのでは?」
イクタスは少しの間考える素振りを見せた後、口を開いた。
「……分かり申した。しかし条件がありますぞ」
「お聞かせ下さい」
「まずナイアとアレル、勇者二人にも立ち会って頂く事。そして“儀式”の最中、少しでも異変があれば、“儀式”を中止させて頂く事」
イクタスの言葉に、ノルンは力強く頷いた。
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