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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
178. 呼名
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15日目―――3
「……お前は、昨日もカケルを救世主と呼び、主を打倒して欲しい、と話していたな。やはり、お前達からこの世界を奪った主が憎いので、復讐したいという事なのか?」
『彼女』の問いを受けて、シャナは静かに首を横に振った。
「私達は女神に敗れ、この世界を失った。それは昨日も話した通り、この世界の理によって、決して変える事の出来ない確定した事実。今更女神を憎み、復讐する意味は無い」
「ではなぜ、カケルをわざわざ時の彼方から召喚し、主の打倒を希《こいねが》う?」
「それも昨日、話した通り、この世界の生きとし生ける命全てを、魂の牢獄から解放してあげたいから」
「何故無関係なはずのお前達精霊が、主の創造物の事を気遣うのだ? お前達に取って代わって、この世界に存在する主の創造物が、疎ましくは無いのか? 主の創造物たるここの獣人達も含めて、何の得があって手助けしているのだ?」
シャナは、キョトンとした表情を浮かべた。
「ごめんなさい。あなたが言っている言葉の意味が分からない。暗闇で途方に暮れている人がいる。あなたは暗闇を照らす明かりを手にしている。その時、あなたは相手を明かりで照らしてあげないの?」
僕の隣で、『彼女』が息を飲んだ。
そして僕もまた、シャナの言葉に脳天を殴られたかの如く、強い衝撃を受けた。
精霊を除く、この世界に存在する命全てを女神は創造したという。
シャナの言葉が正しければ、それは、極めて利己的な理由の為に。
自らの創造物を、自らの所有物として、自らの力を高める目的の為だけに。
まるで玩具のように扱われる彼等を、女神に敗れ、世界から排除された精霊達が手助けをしている。
手助けを求めている人がいて、自分達が手助け出来る能力があるからと言う、ただそれだけの理由で。
思い返せば、大地の精霊も、風の精霊も、何の代償も求めず、僕の望む事を手伝ってくれた。
それに比べて自分はどうだろう?
セリエの事は、片時も忘れたことは無い。
前に居た世界のハーミルの事も、メイの事も、その他全ての、自分に関わった人々の事も、決して忘れた事は無い。
にもかかわらず、今の自分は『彼女』と供に、現実に目を背ける道を選んでいないだろうか?
『彼女』がそれを望んだから、というのは、単なる逃げ口上では無いのか?
ふいに、あの時届いた囁き声を思い出した。
―――そんな形で力を使わないで。正しい使い方をすれば、セリエを助けられる。だからそれまでは……
少なくとも囁き声の主は、女神に頼らなくても、僕ならセリエを救えると教えてくれたのでは無いだろうか?
絶対に救われなければならない少女がいて、自分ならその少女を救えるかもしれない。
だから……
自然に口が動いていた。
「シャナさん、僕は僕を召喚した人物に会わないといけない」
シャナが力強く頷いた。
「分かりました救世主。では、一度私の家に戻りましょう」
数分後、僕と『彼女』はゼラムさんに別れを告げ、シャナと共に彼女の家へと向かった。
道々、先程までの会話を思い返してみて、少し不安になってきた僕は、シャナに聞いてみた。
「シャナさん、さっき、ゼラムさんの雑貨屋で、色々突っ込んだ話をしてしまったけれど、大丈夫かな?」
「問題ない。ゼラムはこの村のリーダー。大事な話を気楽に広める人物ではないし、そもそもこの村の人々は、この世界の真実について、よく理解してくれている」
そしてシャナは、僕に微笑みを向けながら言葉を継いだ。
「救世主、シャナさん、と呼ばれるのは落ち着かない。シャナ、と呼び捨てて欲しい」
「じゃあ、シャナさんも僕を救世主って呼ぶのは、やめにして欲しいかな。もし実際に、僕なんかがこの世界を救えたら、その時改めて考えるって事で」
シャナは少しの間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「……分かった。じゃあ、それまでは、カケル様で」
「それも落ち着かないから、単にカケルで良いよ」
「では、ちゃんとシャナと呼び捨てて」
「じゃあ……シャナ」
「……カケル……」
シャナはそう口にすると、何故か耳まで真っ赤になって俯いた。
予期していなかった彼女の反応のせいで、僕の方まで妙に小恥ずかしくなってきた。
そんな僕達の様子を観察していたらしい『彼女』が、明らかに不機嫌そうな声を上げた
「なぜ赤くなっている? まさか、カケルに邪な感情を抱いているのではあるまいな?」
「邪な感情?」
当惑したような表情で首を傾げるシャナに、『彼女』は、なおも言い募った、
「だから、その…….カケルの事が、す、す、好きとか……」
「守護者よ、あなたとカケルの関係は尊重している。私は精霊。どんなに好きな相手であっても、その人を誰かから奪いたいとか独占したいとか、そういう感情は希薄だ。だから安心して」
「その言い方だと、カケルに邪な感情は抱いているように聞こえるぞ?」
「そもそも、人を愛するという感情は、邪なものでは無い」
「! やはりカケルの事を……!?」
二人の会話が、激しく面倒な方向に発展しそうな気配を察した僕は、すかさず言葉を挟んだ。
「ほら、二人とも、シャナの家が見えてきたよ!」
尚も何か言いたげであった『彼女』を宥めつつ、僕達3人は、お昼前、シャナの家に帰り着いた。
部屋の中、椅子に腰掛けた僕は、改めてシャナに話し掛けた。
「君は、僕をこの世界に召喚した人物を知っているんだよね?」
「もちろん。もしあなたが彼女に会いたいのなら、神都に行かなければならない」
「その人は神都にいるの?」
「そう」
「どんな人か、聞いても良いかな?」
シャナは『彼女』にちらりと視線を送った後、囁き声で答えを届けてきた。
『彼女の名前はポポロ。まだ形無き精霊であった頃の私の“声”を、初めて聞いたエルフの少女』
「!」
その名前は今朝、ゼラムさんの話の中に出てきた、森で拾われたという少女のものだったはず。
『ポポロが何故、あの森にいたのか分からない。ポポロが何故、私の“声”を聞けたのかも分からない。確かなのは彼女が5歳の時、私の存在に気付いた事。以来、私は彼女を手助けしてきた』
囁き声が聞こえない『彼女』が、シャナに不信の目を向けてきた。
「急に押し黙ってしまったな。カケルの召喚者については、話せぬのか?」
シャナは再びちらりと『彼女』を見た後、囁き声を送ってきた。
『ここからは普通に話す。ただ、ポポロの名前は伏せておいて。ここでは、女神は盗み聞き出来ない。だけど村の外で、女神が何らかの手段で、守護者から情報を盗むかもしれないから』
そして再び普通に話し出した。
「カケルが召喚者に会えば、彼女が自ら説明する」
「彼女、と呼ぶからには、女性のようだが、この場では詳しく話せない、という事か?」
食い下がる『彼女』の問い掛けに、シャナが頷きを返した。
「そう。女神は彼女をネズミと呼び、恐れ、警戒している。彼女もまた、女神の目を欺くため隠れている。だからカケルが実際会うまでは、詳細は伏せさせて」
僕はシャナに問い掛けた。
「それじゃあ、どうすればその人に会えるの?」
「1日1回、日の出の時刻を挟んだ数分間のみ、聖空の塔の直下の庭園のどこかで、彼女は“門”を開くことが出来る」
「門?」
「そう。その“門”を通り抜けた先で、彼女はあなたを待っている」
「でもあの庭園、結構広かったよ? どこに開くか分からないと、折角行っても、空振りになる可能性ってないのかな?」
「それは大丈夫。“門”はあなたのいる場所にしか開かない。行けば分かる」
僕は隣に座る『彼女』の方に顔を向けた。
『彼女』もまた、僕の方に顔を向けていた。
『彼女』は神都に背を向け、僕と二人、この地でひっそりと暮らしたいと願っていた。
だけど……
少し逡巡した後、僕は『彼女』に告げた。
「僕は神都に行って、その人物に会ってこようと思う」
僕の言葉を聞いた『彼女』が微笑んだ。
「カケルなら、必ずそう言うだろうと分かっていた」
そして僕の目をじっと見つめ返しながら宣言した。
「カケルが神都に行くなら私もついていく。私達の物語にどのような結末が待ち構えていようとも、私は常に、カケルと共にある事を誓おう」
「……お前は、昨日もカケルを救世主と呼び、主を打倒して欲しい、と話していたな。やはり、お前達からこの世界を奪った主が憎いので、復讐したいという事なのか?」
『彼女』の問いを受けて、シャナは静かに首を横に振った。
「私達は女神に敗れ、この世界を失った。それは昨日も話した通り、この世界の理によって、決して変える事の出来ない確定した事実。今更女神を憎み、復讐する意味は無い」
「ではなぜ、カケルをわざわざ時の彼方から召喚し、主の打倒を希《こいねが》う?」
「それも昨日、話した通り、この世界の生きとし生ける命全てを、魂の牢獄から解放してあげたいから」
「何故無関係なはずのお前達精霊が、主の創造物の事を気遣うのだ? お前達に取って代わって、この世界に存在する主の創造物が、疎ましくは無いのか? 主の創造物たるここの獣人達も含めて、何の得があって手助けしているのだ?」
シャナは、キョトンとした表情を浮かべた。
「ごめんなさい。あなたが言っている言葉の意味が分からない。暗闇で途方に暮れている人がいる。あなたは暗闇を照らす明かりを手にしている。その時、あなたは相手を明かりで照らしてあげないの?」
僕の隣で、『彼女』が息を飲んだ。
そして僕もまた、シャナの言葉に脳天を殴られたかの如く、強い衝撃を受けた。
精霊を除く、この世界に存在する命全てを女神は創造したという。
シャナの言葉が正しければ、それは、極めて利己的な理由の為に。
自らの創造物を、自らの所有物として、自らの力を高める目的の為だけに。
まるで玩具のように扱われる彼等を、女神に敗れ、世界から排除された精霊達が手助けをしている。
手助けを求めている人がいて、自分達が手助け出来る能力があるからと言う、ただそれだけの理由で。
思い返せば、大地の精霊も、風の精霊も、何の代償も求めず、僕の望む事を手伝ってくれた。
それに比べて自分はどうだろう?
セリエの事は、片時も忘れたことは無い。
前に居た世界のハーミルの事も、メイの事も、その他全ての、自分に関わった人々の事も、決して忘れた事は無い。
にもかかわらず、今の自分は『彼女』と供に、現実に目を背ける道を選んでいないだろうか?
『彼女』がそれを望んだから、というのは、単なる逃げ口上では無いのか?
ふいに、あの時届いた囁き声を思い出した。
―――そんな形で力を使わないで。正しい使い方をすれば、セリエを助けられる。だからそれまでは……
少なくとも囁き声の主は、女神に頼らなくても、僕ならセリエを救えると教えてくれたのでは無いだろうか?
絶対に救われなければならない少女がいて、自分ならその少女を救えるかもしれない。
だから……
自然に口が動いていた。
「シャナさん、僕は僕を召喚した人物に会わないといけない」
シャナが力強く頷いた。
「分かりました救世主。では、一度私の家に戻りましょう」
数分後、僕と『彼女』はゼラムさんに別れを告げ、シャナと共に彼女の家へと向かった。
道々、先程までの会話を思い返してみて、少し不安になってきた僕は、シャナに聞いてみた。
「シャナさん、さっき、ゼラムさんの雑貨屋で、色々突っ込んだ話をしてしまったけれど、大丈夫かな?」
「問題ない。ゼラムはこの村のリーダー。大事な話を気楽に広める人物ではないし、そもそもこの村の人々は、この世界の真実について、よく理解してくれている」
そしてシャナは、僕に微笑みを向けながら言葉を継いだ。
「救世主、シャナさん、と呼ばれるのは落ち着かない。シャナ、と呼び捨てて欲しい」
「じゃあ、シャナさんも僕を救世主って呼ぶのは、やめにして欲しいかな。もし実際に、僕なんかがこの世界を救えたら、その時改めて考えるって事で」
シャナは少しの間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「……分かった。じゃあ、それまでは、カケル様で」
「それも落ち着かないから、単にカケルで良いよ」
「では、ちゃんとシャナと呼び捨てて」
「じゃあ……シャナ」
「……カケル……」
シャナはそう口にすると、何故か耳まで真っ赤になって俯いた。
予期していなかった彼女の反応のせいで、僕の方まで妙に小恥ずかしくなってきた。
そんな僕達の様子を観察していたらしい『彼女』が、明らかに不機嫌そうな声を上げた
「なぜ赤くなっている? まさか、カケルに邪な感情を抱いているのではあるまいな?」
「邪な感情?」
当惑したような表情で首を傾げるシャナに、『彼女』は、なおも言い募った、
「だから、その…….カケルの事が、す、す、好きとか……」
「守護者よ、あなたとカケルの関係は尊重している。私は精霊。どんなに好きな相手であっても、その人を誰かから奪いたいとか独占したいとか、そういう感情は希薄だ。だから安心して」
「その言い方だと、カケルに邪な感情は抱いているように聞こえるぞ?」
「そもそも、人を愛するという感情は、邪なものでは無い」
「! やはりカケルの事を……!?」
二人の会話が、激しく面倒な方向に発展しそうな気配を察した僕は、すかさず言葉を挟んだ。
「ほら、二人とも、シャナの家が見えてきたよ!」
尚も何か言いたげであった『彼女』を宥めつつ、僕達3人は、お昼前、シャナの家に帰り着いた。
部屋の中、椅子に腰掛けた僕は、改めてシャナに話し掛けた。
「君は、僕をこの世界に召喚した人物を知っているんだよね?」
「もちろん。もしあなたが彼女に会いたいのなら、神都に行かなければならない」
「その人は神都にいるの?」
「そう」
「どんな人か、聞いても良いかな?」
シャナは『彼女』にちらりと視線を送った後、囁き声で答えを届けてきた。
『彼女の名前はポポロ。まだ形無き精霊であった頃の私の“声”を、初めて聞いたエルフの少女』
「!」
その名前は今朝、ゼラムさんの話の中に出てきた、森で拾われたという少女のものだったはず。
『ポポロが何故、あの森にいたのか分からない。ポポロが何故、私の“声”を聞けたのかも分からない。確かなのは彼女が5歳の時、私の存在に気付いた事。以来、私は彼女を手助けしてきた』
囁き声が聞こえない『彼女』が、シャナに不信の目を向けてきた。
「急に押し黙ってしまったな。カケルの召喚者については、話せぬのか?」
シャナは再びちらりと『彼女』を見た後、囁き声を送ってきた。
『ここからは普通に話す。ただ、ポポロの名前は伏せておいて。ここでは、女神は盗み聞き出来ない。だけど村の外で、女神が何らかの手段で、守護者から情報を盗むかもしれないから』
そして再び普通に話し出した。
「カケルが召喚者に会えば、彼女が自ら説明する」
「彼女、と呼ぶからには、女性のようだが、この場では詳しく話せない、という事か?」
食い下がる『彼女』の問い掛けに、シャナが頷きを返した。
「そう。女神は彼女をネズミと呼び、恐れ、警戒している。彼女もまた、女神の目を欺くため隠れている。だからカケルが実際会うまでは、詳細は伏せさせて」
僕はシャナに問い掛けた。
「それじゃあ、どうすればその人に会えるの?」
「1日1回、日の出の時刻を挟んだ数分間のみ、聖空の塔の直下の庭園のどこかで、彼女は“門”を開くことが出来る」
「門?」
「そう。その“門”を通り抜けた先で、彼女はあなたを待っている」
「でもあの庭園、結構広かったよ? どこに開くか分からないと、折角行っても、空振りになる可能性ってないのかな?」
「それは大丈夫。“門”はあなたのいる場所にしか開かない。行けば分かる」
僕は隣に座る『彼女』の方に顔を向けた。
『彼女』もまた、僕の方に顔を向けていた。
『彼女』は神都に背を向け、僕と二人、この地でひっそりと暮らしたいと願っていた。
だけど……
少し逡巡した後、僕は『彼女』に告げた。
「僕は神都に行って、その人物に会ってこようと思う」
僕の言葉を聞いた『彼女』が微笑んだ。
「カケルなら、必ずそう言うだろうと分かっていた」
そして僕の目をじっと見つめ返しながら宣言した。
「カケルが神都に行くなら私もついていく。私達の物語にどのような結末が待ち構えていようとも、私は常に、カケルと共にある事を誓おう」
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