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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える

167. 手刀

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12日目―――4


「僕達を街の外に運んで!」

叫ぶと同時に、僕と『彼女』の身体がふわりと浮き上がった。
次の瞬間、周りの景色が出鱈目でたらめなスピードで後方へと流れ出した。
身体に凄まじいG重力加速度がかかる。
数秒後、僕と『彼女』はヨーデの街の郊外に立っていた。

「何が起こったのだ!?」

理解が追い付いていないのであろう、『彼女』が呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼女に、僕はとりあえずの説明を試みた。

「風の精霊が、助けてくれたみたいだ」

そうは口にしてみたものの、僕の方も理解が追い付いているとは言い難かった。
『彼女』が混乱したような表情を向けてきた。

「風の精霊?」
「うん。あのエレシュって人が、何度も“冥府の邪法”って連呼するから、ダメ元で冥府の獣扱いされていたあの銀色のドラゴンさんから教えてもらった、竜気を使ってみたんだ。そしたら風の精霊達が、ここまで運んでくれた……って事だと思う」
「精霊……あの獣の言う通りだとすれば、しゅの創造以前からこの世界に存在し続けていた種族……」

そう口にした『彼女』はそのまま黙り込んでしまった。

なにはともあれ、窮地を脱する事が出来た。
それに……

僕の心の中に、エレシュの言葉が蘇ってきた。


―――この街全体に、霊力を無効化する結界が張られている


しかしここは“街の外”だ。
先程急に霊力が使用不能になった原因が、エレシュの口にしていた“結界”にあるのなら、ここは結界の効力が及ぶ範囲からは外れているのでは?

そう考えた僕は、目を閉じて右腕に嵌めた腕輪に意識を集中してみた。
すぐに膨大な量の霊力の流れを感じ取ることが出来た。
そして目を開けた僕の傍に、光球が顕現していた。

『彼女』が目を大きく見開いた。

「カケル、光球が……!?」
「うん。どうやらまた霊力が使用出来るように……」

しかし言い終える前に、上空から声が投げかけられた。

「冥府の災厄め! やはり代行者の懸念通り、冥府の邪法にて拘束から逃れ出たか」

見上げると、そこにはそれぞれ意匠の違う鎧を身に付けた、4人の男女が浮かんでいた。
『彼女』が驚いたような声を上げた。

「ベータ、ガンマ、デルタ、それにイプシロンまで!」

僕は『彼女』に小声で問い掛けた。

「もしかして、君の仲間の守護者達?」

『彼女』がうなずいた。
上空に浮かぶ4人の守護者達の一人、薄紫色の重装鎧を身に着けた大柄で筋肉質の男が、『彼女』に視線を向けた。

「アルファ! 今からでも遅くない。冥府の災厄の魅了を打ち払い、共にしゅの敵を討とう!」

『彼女』がその男に言葉を投げ返した。

「ベータ! 何度も言うが、カケルは冥府の災厄では無い」
「まだそんな事を言っているのか、アルファ!」
「カケルはしゅに対して、敵対行動を取っておらぬ」
「ヨーデの街中で、冥府の獣を召喚したでは無いか? それを何と説明する?」
「あれはカケルが召喚したものでは無い。カケルは……」

必死に食い下がる『彼女』の肩を押して、僕が前に出た。
そして上空の守護者達に声を掛けた。。

「初めまして、守護者の皆さん。僕はカケルと言います」

『彼女』がベータと呼んでいた守護者の男が、ジロリと僕を睨みつけて来た。

「冥府の災厄と馴れ合うつもりは無い」
「僕は本当に、あなた達の神様と争う意思は無いんです」
「アルファの力を奪い、冥府より獣を召喚せし災厄が、何をほざくかと思えば……」

守護者ベータが、他の守護者達に何かの合図を送った。
4人の守護者達はそれぞれ光球を顕現し、臨戦態勢を取った。
僕も仕方なく、霊力を展開した。

「カケル、待って!」

光球を剣に変えようと伸ばしかけた僕の手を、『彼女』がそっと押しとどめた。
そして僕に近付き、背中に手を回しながら、耳元に口を寄せて来た。

「えっ?」

『彼女』の唐突な行動に戸惑う中、『彼女』が耳元でささやいた。

「愛している。だから……すまない!」

その瞬間、左の首筋に強い衝撃を感じて、僕の……意識は……
…………
……


アルファは右手の手刀でカケルの側頸部を打った。
カケルが意識を失うと同時に、彼が顕現していた光球も溶けるように消え去った。
『彼女』は腕の中でぐったりとしているカケルをそっと地面に横たえると、再び立ち上がった。
守護者達は、『彼女』の突然の行動に、一瞬虚を突かれて固まった。
しかしすぐに守護者ベータが、『彼女』に喜びに満ちた声で呼びかけた。

「アルファ! ついにやつの魅了を打ち払ったのだな? あの神器はまだ持っているか?」

『彼女』が懐から1本の短剣――刺した者と刺された者の状態を入れ替える事が出来る神器――を取り出した。
そしてそれを、上空の守護者達にもよく見えるよう、かざしてきた。
守護者達が、一斉に声を上げた。

「さあ、今こそ災厄を討ち滅ぼす時だ!」

しかし『彼女』は、その神器の短剣を再びふところに戻してしまった。
そして守護者達に語り掛けた。

「私は今から、カケルが冥府の災厄では無い事、そして私が何かの邪法で魅了されているのでは無い事を証明しよう」
「何を言っているのだ、アルファ?」

守護者達の顔がいぶかしげに歪む中、アルファが言葉を続けた。

「私はベータから神器の短剣を受け取った事、それの持つ力についても、カケルに既に話してある」
「何!?」
「ところがカケルは、私からこの神器を奪おうとしなかった。これをどう説明する?」

守護者ベータが苦々にがにがしげな顔になった。

「それは……そこの災厄が、お前の魅了に自信を持っていて、慢心した結果であろう」
「その説明は苦しいぞ。“ずる賢い冥府の災厄”であれば、私から神器を奪い、後顧の憂いを断つのではないか?」
「だから、単に慢心した結果だと言ったではないか」
「では、ヨーデの街中に出現したモンスター。あれがカケルによるものだとすれば、不自然と思わないか?」
「どう不自然だと言うのだ?」
「ヨーデの街は、しゅの結界に守られている。それをカケルが突破してモンスターを召喚したとなれば、カケルの力がしゅを上回ったという事になる。これは不遜な考えでは無いのか?」
「なっ……!」

守護者ベータはしばし絶句した後、言葉を返してきた。

「……そこの災厄が、奪ったお前の力を使って、局所的に結界の綻びを作り出したのであろう」
「その説明も苦しいな。なぜなら私は、力を奪われていないからだ」
「何を言う? 現にお前は今、霊力を展開出来ないであろう?」

アルファは目を閉じた。
そして心の中で、カケルの事を強く想った。


不器用で、
お人好しで、
正義感だけ空回りする位あふれていて、
しゅが気にも留めていない人々の小さな悲しみや苦しみに同情して、
ささやかな幸せに共感して、
そして……

私に初めて人を愛するという感情を教えてくれた人。

しゅに創造され、
常にしゅの意志に従って行動してきた私の心の中の一番奥に、
しゅの意志とは関係なく、
そこにあるこの感情想いが、
誰かの邪法によって作られたモノだ、
等という事は、決して有り得ない。
それを証明するために、私の心よ、私自身に力を与えてくれ!


再び目を開いたアルファの傍らに、光球が顕現していた。


「なっ!」

守護者達が息を飲んだ。

「カケルは意識を失っている。霊力も展開していない。私に霊力を分け与えられる状況にない」

『彼女』は傍らに浮かぶ光球を、愛おしそうに見つめた。

「これは私の心。私だけの想い。こうして私が光球を顕現出来る事が、私の言葉がまことであることの証明だ」

浅緑色のショートヘアの女性の守護者、イプシロンが、戸惑ったような顔を守護者ベータに向けた。

「ベータ、こ、これは、どういう事? アルファは災厄に魅了され、力を奪われていたのでは無かったの?」
「これは……冥府の災厄が、自分が行動不能になっても、アルファに守らせるため、事前に力を分け与えていたに違いない」

二人の会話に、アルファが口を挟んだ。

「ベータよ。お前の言葉に従えば、冥府の災厄とやらは、しゅの結界を打ち破り、しゅにしか成しえぬはずの、霊力の与奪まで行えることになる。全能者と並ぶ程の力の持ち主の存在を認めるのか?」


守護者達の目に、一斉に動揺の色が浮かんだ。



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