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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
162. 使嗾
しおりを挟む11日目―――1
深夜、カケルが寝息を立て始めたのを確認したアルファは、今夜もカケルの布団に後から潜り込もうとして……
ふとその手を止めた。
誰かいる?
「何者だ?」
「アルファ、俺だ」
いつの間に転移してきたのであろうか?
部屋の隅の壁に、黄色い短髪を切り揃えた筋肉質の男性がもたれかかっていた。
彼の装備する薄紫色の重装鎧が暗闇の中、不可思議な煌めきを放っている。
アルファがその男性に言葉を返した。
「ベータ……」
彼は守護者ベータ。
共に創造神に仕える存在。
鎧を脱ぎ、普段着に着替えているアルファの様子を見て、彼は嘆息した。
「鎧はどうした? 主が仰っていたが、やはり冥府の災厄に魅入られてしまったか」
「カケルは冥府の災厄ではない。その事も含めて、今一度、主に……」
「しっかりしろ、アルファ!」
守護者ベータは、アルファの両肩を掴んだ。
「俺達守護者の中でも最強の存在のはずのお前が、そんな事でどうする?」
彼はアルファの両肩を離すと、懐から1本の短剣を取り出した。
その短剣は黒く禍々しいオーラを放っていた。
彼はそれをアルファの手に握らせた。
「これは?」
「これは主より下賜された神器だ。アルファ、霊力を使用不能になっているだろう? それはそこの災厄に霊力を奪われたからだ。しかしこの神器で、そこの災厄を刺せば、お前は霊力を操る能力を取り戻せる」
「私は霊力を奪われてはおらぬ。現に、私は一定の条件下では霊力を使用出来た」
守護者ベータがベッドで眠るカケルを顎で指した。
「その条件とは、そこの災厄の事を強く想う事では無かったか?」
アルファの目が大きく見開かれた。
「! なぜそれを?」
カケルを起こしたくないのだろう。
守護者ベータは、アルファに声を潜めるよう、仕草で伝えてから言葉を返してきた。
「主が教えて下さったのだ。冥府の災厄はお前の霊力を奪い、お前を魅了した。その証拠に、最初は霊力を使用出来なかったはずのそこの災厄は、今では我等を凌ぐほどの力を振るえるはずだ」
「それは……」
「そして魅了されたお前が、災厄を守ろうとする時だけ、霊力を使用出来るようにしているのだ。」
「違う!」
「違わない。今、俺の言葉にムキになっているその姿こそ、魅入られている何よりの証拠だ」
二人の会話の声が大きくなったためか、カケルが寝返りを打った。
守護者ベータは、カケルが目を覚ましていない事を確認してから言葉を続けた。
「その神器は、刺した者と刺された者の“状態を入れ替える”事が出来るそうだ。すなわちその神器を使えば、お前は再び霊力を取り戻し、災厄は霊力を失う事になる。そうすれば、災厄を処断して神都へ復帰せよという、主の命を容易に達成出来よう」
守護者ベータは言葉を切って、アルファに試すような視線を向けた。
「俺達は神都でお前の復帰を心待ちにしている。お前自身の意志の力で、災厄の魅了を打ち払うのだ。いいな?」
守護者ベータは霊力を展開した。
次の瞬間、転移したのであろう。
彼の姿は掻き消えた。
翌朝、僕が目を覚ますと、『彼女』は普段着のまま、壁際の椅子に腰かけていた。
昨夜は布団の中に潜り込んでこなかったんだな……
僕はホッとするとともに、少し寂しさも感じた。
しかしすぐに『彼女』の様子がおかしい事に気が付いた。
なんだか、思いつめたような顔をしている。
僕はとりあえず『彼女』に声を掛けた。
「おはよう」
『彼女』は、ハッとしたような感じで顔を上げ、ぎこちない笑顔で挨拶を返してきた。
「お、おはよう……」
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「大丈夫だ。ちょっと色々あったからな。疲れているのかもしれぬ」
もしかすると、昨日のあの銀色のドラゴンとの会話――女神は簒奪者である云々――が、『彼女』にはこたえたのかもしれない。
ここは、そっとしておいた方がいいのかも。
そう考えた僕は、それ以上深くは詮索しなかった。
着替えを終え、『彼女』と共に居間に顔を出すと、そこには椅子で寛ぐガルフの姿があった。
昨晩はまだ帰ってきていなかったはずだから、明け方前に戻って来ていたのかもしれない。
彼は僕達の姿に気付くと椅子から立ち上がり、いきなり土下座した。
「カケル、それに守護者様。鉱山を元通りにして下さったんですね? 感謝してもしきれねえです」
「ガルフさん、顔を上げて下さい。あと、鉱山なんですが、僕達が直したっていうより、精霊達が直してくれたっていうか……」
「せいれい?」
ガルフが不思議そうな顔になった。
そう言えば、精霊って、この世界では殆ど誰もその存在を認識出来ていないんだっけ?
僕は銀色のドラゴンとのやり取りの部分はぼかして、鉱山での顛末をガルフに伝えた。
話を聞き終えたガルフは、神妙な面持ちになった。
「そうか……あの鉱山の中には、そういうのがいるんだな。まあ、俺達には見えないみたいだけど、これからは、そいつらにも感謝しながら採掘を行う事にするよ」
ガルフの館で朝食を御馳走になった後、部屋に戻った僕達は、出発の準備をしながら、今後の予定を相談した。
「確認だけど、このまま神都に向かうっていう事で良いよね?」
「ああ、構わぬ」
「じゃあ、僕の霊力で転移する? 今なら多分、神都にも転移出来そうだけど」
マーバの村人達の“想い”に加えて、今はドワーフの集落の人達の感謝の“想い”も、僕に力を与えてくれていた。
“想い”は霊力へとカタチを変え、前の世界で感じていた以上の力強さで僕を満たしている。
しかし『彼女』が意外な言葉を口にした。
「……神都にいきなり転移せずに、歩いて向かわないか?」
「別に良いけど……歩きだと、今夜はヨーデの街で1泊ってなると思うから、神都への到着は、明日になっちゃうと思うよ?」
「構わない。急ぐ旅でも無いし、道々の風景、二人で楽しみながら、のんびり行こうでは無いか」
『彼女』は、そう答えて笑顔を見せた。
しかしその笑顔は、やはりどこかぎこちない。
僕は『彼女』の反応を確認しつつ、聞いてみた。
「もしかして、昨日の話、まだ気にしている?」
「昨日とは?」
「鉱山の中で、僕や銀色のドラゴンさんと話した内容」
「どうしてそんな事を聞く?」
「なんだか、朝から元気無いなって」
「大丈夫だ。カケルは、やはり優しいな」
なんだか、話をはぐらかされた感じだ。
しかし僕の方も、それ以上話を広げる材料を見付ける事が出来ず、結局、この話はここで打ち止めとなってしまった。
僕と『彼女』は、ガルフ以下、大勢のドワーフ達に見送られ、集落を後にした。
日は既に大分高く昇っていた。
道はまばらに木々が生えている林の間を縫うように続いており、時々小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そのまま並んで歩いて行く内に、彼女の笑顔からも、次第にぎこちなさが消えて行った。
僕は『彼女』に、今更ながらの質問をしてみた。
「ねえ、君の事って、アルファって呼べばいいのかな?」
「ん? ああ、名前の事か。私に対して、アルファ、と呼びかけるのは、主か守護者仲間、後は代行者位だからな……カケルにそう呼ばれるのは、ちょっと妙な気分だ」
そして『彼女』は、悪戯っぽい笑顔でを浮かべながら言葉を継いだ。
「カケルがどうしてもって言うなら、私の事を“サツキ”と呼んでも良いぞ? 一回、私の事を実際、そう呼んでいたしな」
女神に閉じ込められていたあの妙な空間で、巨大イソギンチャク――ジャイアントアネモネ――と戦った時の事を言っているようだ。
僕は苦笑した。
「でも君が僕の世界についてきて、もう一人の“サツキ”とばったり出会ったら、混乱するかもよ?」
「その時は、カケルに真の“サツキ”を選んでもらって、選ばれなかった方は改名する!」
僕は少し安心した。
朝のぎこちなさは気になるけれど、こんな軽口が出る位なら、心配する程でも無いだろう。
僕達はそのまま、他愛もない会話を交わしつつ、ヨーデの街を目指して歩いて行った。
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