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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
158. 拳闘
しおりを挟む10日目―――3
「お久し振りです。“剛腕のガルフ”さん」
久し振りの再会だったけれど、どうやら向こうも僕を覚えていたらしい。
ガルフは少しの間、口をアワアワさせた後、言葉を返してきた。
「……なんで、お前がここにいる?」
「なんでというか、さっきもそこの方にお話しした通り、昨日のマーバの村の件で来ました。まさか、ガルフさんがここに居るとは、僕も思いませんでしたよ」
僕達の会話を聞いていた『彼女』が怪訝そうな顔になった。
「カケル、知り合いか?」
「前にセリエとヨーデの街で食事をしていたら、この人に絡まれたんだよ」
僕は小声で、簡単にガルフとのいきさつについて説明した。
話していると、ガルフがやや苛ついた雰囲気で声を上げた。
「それで、守護者様まで出張ってくるとは、どういう事ですかい?」
『彼女』がガルフに向き直った。
「お前達は昨日、マーバの村を襲撃し、村人を攫い、金品を奪っていったであろう。返してやれ」
「これは守護者様とも思えねえお言葉。わしらは神様の規則に従って、なんとか神都にお送りする貢納の工面に奔走する中で、やむなくマーバの村を襲ったのでさ。もし攫ってきた“奴隷”と金品、マーバの村に返したら、貢納が滞ってしまいますが、神様はお赦し下さるんで?」
どうやら、攫われた女性や子供達は、奴隷として神都への貢納品の一部に加えられる予定のようだ。
『彼女』が難しい顔になった。
「ううむ……貢納を怠るのは、主が定められた規則に違反するな……」
逆に説得されそうになっている『彼女』の様子を見て、僕は慌てて口を挟んだ。
「ガルフさん、そもそも、なんでその貢納、マーバの村を略奪しないと滞るのですか? 今までは、どうしていたのですか?」
ガルフが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「お前に説明する必要は無いはずだ」
僕はカマを懸けてみた。
「もしかして、落盤事故と関係ありますか?」
ガルフの声が一気に荒くなった。
「お前には関係ないって言っただろ!」
「ガルフさん、もしかして、最近の落盤事故続きで良い鉱石が手に入らなくなって、イライラして、酒に酔って……それであの時、僕に絡んできたんでしょ?」
半分憶測交じりで口にしてみたのだが、どうやら図星だったらしい。
ガルフが激昂した。
「お前! ここで俺と勝負しろ! お前が勝ったら、マーバの村から奪ったもの、全部返してやる。そのかわり、俺が勝ったら、お前は奴隷として、神都への貢納品の一部になってもらう!」
「ガルフよ、それは少し可笑しな話だ。カケルは……」
「待って」
僕は、慌てて仲裁に入ろうとしてくれた『彼女』を右手で制した。
そして改めて、ガルフに向き直った。
「分かりました。勝負の条件はどうしますか? また殴り合いですか?」
「小僧、良い度胸だ。こんどこそぶちのめしてやる。守護者様には、介入しないで頂きたい」
ガルフは残忍そうな笑みを浮かべて、そう言い放った。
「族長が余所者とやりあうらしいぞ!」
「可哀そうに、あの余所者。勢い余って殺されなきゃいいけど」
周囲に野次馬の輪が出来る真ん中で、僕はガルフと向かい合って立っていた。
最初、この勝負に異を唱えていた『彼女』も、結局僕の説得を受け入れてくれて、今は少し離れた場所から、心配そうな視線をこちらに向けてきている。
ガルフが、にやつきながら宣言してきた。
「いいか小僧! ヘンな魔法や小道具は使うなよ? 拳だけで勝負しろ。一応、俺を気絶させられれば、お前の勝ちで良いぜ」
周囲がどっと沸いた。
ガルフと僕との圧倒的な体格差。
加えて“剛腕の~”と自称するだけあって、腕っぷしには相当自信を持っているのだろう。
そしてどうやら、周囲の誰もが、ガルフの勝ちを確信している雰囲気が伝わって来た。
と、ガルフがこの前の酔っていた時とは、比較にならないスピードでいきなり僕の方に突っ込んできた。
そしてそのままの勢いで、僕の顔面目掛けて右の拳を打ち込んできた。
僕にはその拳の軌跡がよく“見えた”。
だから僕は、彼の拳が僕の顔面に届く寸前、自分の左手で握り止めた
ガルフは一瞬、虚を突かれたような表情になったけれど、すぐに僕の手を振りほどこうとしてきた。
しかし“当然ながら”、彼の右の拳はピクリとも動かない。
周囲がざわめく中、ガルフが焦ったような声を上げた。
「てめぇ、何をした?」
「“魔法”は使って無いですよ」
嘘は言っていない。
僕は元々、魔法は使えない。
ただし……
どうやら昨日、僕に流れ込んできていたマーバの村人達の“想い”はまだ消えていないらしく、僕は今、十分な量の霊力の流れを感じる事が出来ていた。
つまり、体格差で僕を圧倒出来ているはずのガルフが、僕に拳を握り止められて見動き取れなくなっているのは、全て僕が展開する霊力によるものだ。
霊力は、この世界の住民達にとっても不可視の力らしく、『彼女』を除いて、誰も――もちろんガルフ含めてって意味だけど――今、僕が霊力を使用している事には気付く事は出来ていないようだ。
僕は左手でガルフの拳を握り止めたまま、“ほんの少しだけ”霊力を込めた自分の右の拳を、ガルフの鳩尾に叩き込んだ。
「ぐほぅ!?」
ガルフはヘンな声を上げて白目を剥いた。
そして僕が左手を離すと、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。
「そ、そんな……族長が一発で!?」
「あの余所者、一体何者だ?」
ざわめきの中、僕は少しだけ冷や汗をかいていた。
物凄く力を絞ったつもりだったんだけど、一撃で悶絶してしまった所を見ると、どうやら強過ぎた?
死んでは……いないよね?
恐る恐るガルフの様子を確認すると、口から泡を吹いてはいたけれど、厚そうな胸板は規則正しく上下しており、何とか生きてはいるようだ。
ホッと胸を撫でおろしていると、『彼女』が駆け寄って来た。
「素で殴り合いに挑むのかと思ったから、肝を冷やしたぞ」
「ごめんごめん」
僕はガルフの様子を横目で眺めながら、声のトーンを落とした。
「ちょっとズルしちゃったけれど、これ位、いいよね?」
『彼女』も声のトーンを落としながら、少しおどけた雰囲気になった。
「まあ、いいのでは無いか? どうせお前が霊力使った事、誰も気づいておらぬ」
「それはそうと、ガルフさんをあのまま放っておくわけにはいかないよね」
僕は周囲の人々に声をかけ、数人がかりでガルフを彼の館へと運ぶ事にした。
30分程で、ガルフは目を覚ました。
自分が敗北したことを改めて確認したガルフは、すっかり意気消沈していた。
「くそっ……! 約束通り、マーバの村から奪ったものは、全て返してやれ」
「族長! 貢納はどうするんですか? 期日、迫っていますぜ」
「何とかするしか無いだろう……出来ない時は、俺が神都まで直接赴き、申し開きをする」
僕はガルフに声を掛けてみた。
「ガルフさん、改めてお聞きしますが、貢納の工面に困っているのは、落盤事故のせいですよね?」
「くっ! ……仕方ねえ。教えてやるよ」
ガルフが今の状況について、ぽつりぽつりと語り出した。
ガルフに率いられたドワーフ達の集落のあるこの岩山の地下には、女神から与えられた広大な鉱山が広がっているそうだ。
鉱山から産出される良質な鉱石は、それを貢納として神都に送っても十分なお釣りが出る位の恵みを、ドワーフ達にもたらしてくれていた。
ところが1ヶ月程前から、原因不明の落盤事故が頻発するようになった。
そして3日前には、とうとう最後の主要坑道が、落盤事故で崩落してしまった。
仲間達を何人も失い、頼みの鉱石も全く掘り出せなくなり、仕方なくマーバの村を襲撃した……
「俺達はドワーフだ。ドワーフは、鉱石掘ってなんぼだ。何も好き好んで山賊の真似事したかねえが、貢納を用意出来なかったら、俺達ドワーフは滅ぼされるかもしれねえ」
話し終えたガルフは、がっくりと肩を落とした。
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