上 下
158 / 239
第六章 神に行き会いし少年は世界を変える

158. 拳闘

しおりを挟む

10日目―――3


「お久し振りです。“剛腕のガルフ”さん」

久し振りの再会第138話だったけれど、どうやら向こうも僕を覚えていたらしい。
ガルフは少しの間、口をアワアワさせた後、言葉を返してきた。

「……なんで、お前がここにいる?」
「なんでというか、さっきもそこの方にお話しした通り、昨日のマーバの村の件で来ました。まさか、ガルフさんがここに居るとは、僕も思いませんでしたよ」

僕達の会話を聞いていた『彼女』が怪訝そうな顔になった。

「カケル、知り合いか?」
「前にセリエとヨーデの街で食事をしていたら、この人に絡まれたんだよ」

僕は小声で、簡単にガルフとのいきさつについて説明した。
話していると、ガルフがやや苛ついた雰囲気で声を上げた。

「それで、守護者様まで出張でばってくるとは、どういう事ですかい?」

『彼女』がガルフに向き直った。

「お前達は昨日、マーバの村を襲撃し、村人をさらい、金品を奪っていったであろう。返してやれ」
「これは守護者様とも思えねえお言葉。わしらは神様の規則に従って、なんとか神都にお送りする貢納の工面に奔走する中で、やむなくマーバの村を襲ったのでさ。もしさらってきた“奴隷”と金品、マーバの村に返したら、貢納がとどこおってしまいますが、神様はお赦し下さるんで?」

どうやら、さらわれた女性や子供達は、奴隷として神都への貢納品の一部に加えられる予定のようだ。

『彼女』が難しい顔になった。

「ううむ……貢納をおこたるのは、しゅが定められた規則に違反するな……」

逆に説得されそうになっている『彼女』の様子を見て、僕は慌てて口を挟んだ。

「ガルフさん、そもそも、なんでその貢納、マーバの村を略奪しないととどこおるのですか? 今までは、どうしていたのですか?」

ガルフが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「お前に説明する必要は無いはずだ」

僕はカマを懸けてみた。

「もしかして、落盤事故と関係ありますか?」

ガルフの声が一気に荒くなった。

「お前には関係ないって言っただろ!」
「ガルフさん、もしかして、最近の落盤事故続きで良い鉱石が手に入らなくなって、イライラして、酒に酔って……それであの時、僕に絡んできたんでしょ?」

半分憶測交じりで口にしてみたのだが、どうやら図星だったらしい。
ガルフが激昂した。

「お前! ここで俺と勝負しろ! お前が勝ったら、マーバの村から奪ったもの、全部返してやる。そのかわり、俺が勝ったら、お前は奴隷として、神都への貢納品の一部になってもらう!」
「ガルフよ、それは少し可笑しな話だ。カケルは……」
「待って」

僕は、慌てて仲裁に入ろうとしてくれた『彼女』を右手で制した。
そして改めて、ガルフに向き直った。

「分かりました。勝負の条件はどうしますか? また殴り合いですか?」
「小僧、良い度胸だ。こんどこそぶちのめしてやる。守護者様には、介入しないで頂きたい」

ガルフは残忍そうな笑みを浮かべて、そう言い放った。


「族長が余所者よそものとやりあうらしいぞ!」
「可哀そうに、あの余所者よそもの。勢い余って殺されなきゃいいけど」

周囲に野次馬の輪が出来る真ん中で、僕はガルフと向かい合って立っていた。
最初、この勝負に異を唱えていた『彼女』も、結局僕の説得を受け入れてくれて、今は少し離れた場所から、心配そうな視線をこちらに向けてきている。

ガルフが、にやつきながら宣言してきた。

「いいか小僧! ヘンな魔法や小道具は使うなよ? 拳だけで勝負しろ。一応、俺を気絶させられれば、お前の勝ちで良いぜ」

周囲がどっと沸いた。
ガルフと僕との圧倒的な体格差。
加えて“剛腕の~”と自称するだけあって、腕っぷしには相当自信を持っているのだろう。
そしてどうやら、周囲の誰もが、ガルフの勝ちを確信している雰囲気が伝わって来た。

と、ガルフがこの前の酔っていた時とは、比較にならないスピードでいきなり僕の方に突っ込んできた。
そしてそのままの勢いで、僕の顔面目掛けて右の拳を打ち込んできた。
僕にはその拳の軌跡がよく“見えた”。
だから僕は、彼の拳が僕の顔面に届く寸前、自分の左手で握り止めた
ガルフは一瞬、虚を突かれたような表情になったけれど、すぐに僕の手を振りほどこうとしてきた。
しかし“当然ながら”、彼の右の拳はピクリとも動かない。

周囲がざわめく中、ガルフが焦ったような声を上げた。

「てめぇ、何をした?」
「“魔法”は使って無いですよ」

嘘は言っていない。
僕は元々、魔法は使えない。
ただし……

どうやら昨日、僕に流れ込んできていたマーバの村人達の“想い”はまだ消えていないらしく、僕は今、十分な量の霊力の流れを感じる事が出来ていた。
つまり、体格差で僕を圧倒出来ているはずのガルフが、僕に拳を握り止められて見動き取れなくなっているのは、全て僕が展開する霊力によるものだ。
霊力は、この世界の住民達にとっても不可視の力らしく、『彼女』を除いて、誰も――もちろんガルフ含めてって意味だけど――今、僕が霊力を使用している事には気付く事は出来ていないようだ。

僕は左手でガルフの拳を握り止めたまま、“ほんの少しだけ”霊力を込めた自分の右の拳を、ガルフの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。

「ぐほぅ!?」

ガルフはヘンな声を上げて白目をいた。
そして僕が左手を離すと、そのまま地面に崩れ落ちてしまった。

「そ、そんな……族長が一発で!?」
「あの余所者よそもの、一体何者だ?」

ざわめきの中、僕は少しだけ冷や汗をかいていた。

物凄く力を絞ったつもりだったんだけど、一撃で悶絶してしまった所を見ると、どうやら強過ぎた?
死んでは……いないよね?

恐る恐るガルフの様子を確認すると、口から泡を吹いてはいたけれど、厚そうな胸板は規則正しく上下しており、何とか生きてはいるようだ。

ホッと胸を撫でおろしていると、『彼女』が駆け寄って来た。

「素で殴り合いに挑むのかと思ったから、肝を冷やしたぞ」
「ごめんごめん」

僕はガルフの様子を横目で眺めながら、声のトーンを落とした。

「ちょっとズルしちゃったけれど、これ位、いいよね?」

『彼女』も声のトーンを落としながら、少しおどけた雰囲気になった。

「まあ、いいのでは無いか? どうせお前が霊力使った事、誰も気づいておらぬ」
「それはそうと、ガルフさんをあのまま放っておくわけにはいかないよね」

僕は周囲の人々に声をかけ、数人がかりでガルフを彼の館へと運ぶ事にした。


30分程で、ガルフは目を覚ました。
自分が敗北したことを改めて確認したガルフは、すっかり意気消沈していた。

「くそっ……! 約束通り、マーバの村から奪ったものは、全て返してやれ」
「族長! 貢納はどうするんですか? 期日、迫っていますぜ」
「何とかするしか無いだろう……出来ない時は、俺が神都まで直接おもむき、申し開きをする」

僕はガルフに声を掛けてみた。

「ガルフさん、改めてお聞きしますが、貢納の工面に困っているのは、落盤事故のせいですよね?」
「くっ! ……仕方ねえ。教えてやるよ」

ガルフが今の状況について、ぽつりぽつりと語り出した。

ガルフに率いられたドワーフ達の集落のあるこの岩山の地下には、女神から与えられた広大な鉱山が広がっているそうだ。
鉱山から産出される良質な鉱石は、それを貢納として神都に送っても十分なお釣りが出る位の恵みを、ドワーフ達にもたらしてくれていた。
ところが1ヶ月程前から、原因不明の落盤事故が頻発するようになった。
そして3日前には、とうとう最後の主要坑道が、落盤事故で崩落してしまった。
仲間達を何人も失い、頼みの鉱石も全く掘り出せなくなり、仕方なくマーバの村を襲撃した……

「俺達はドワーフだ。ドワーフは、鉱石掘ってなんぼだ。何もこのんで山賊の真似事したかねえが、貢納を用意出来なかったら、俺達ドワーフは滅ぼされるかもしれねえ」

話し終えたガルフは、がっくりと肩を落とした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...